追悼・松本健造さん

鮎川哲也(電磁波研事務局)

松本さんの新刊『健康をむしばむ電磁波』

 電磁波の問題を長く追い続けてきた松本健造さんの著書『健康をむしばむ電磁波』(緑風出版・2640円)が刊行された。2007年に出版された『告発・電磁波公害』(緑風出版)に続き松本さんが電磁波の問題を丹念に取材し、詳細に報じた渾身の書である。
 そして本書は松本健造さんの遺作となった。
 松本さんは朝日新聞社入社後、「社会部や科学部で取材記者。調査報道によって、1980年代後半に続発したオートマチック車の暴走などの欠陥車問題や、企業が社員に無断で保険加入させて死亡保険金を独占する悪習『団体定期保険』問題などを手がけた。」(本書プロフィールから)

松本さんとの出会い

 筆者は松本さんの出会いについて強い印象が残っている。今から十年以上前に筆者自身が電磁波に過敏になった経緯、電磁波問題市民研究会の測定担当として測定をしたときの状況や依頼者の様子、周囲の環境などについての取材を受けた。当時、筆者も朝日新聞で取材・執筆をする仕事をしていた同業者ということもあり、とても打ち解けて話ができた。
 それでいて松本さんは、時折鋭い質問をした。筆者も取材をすることも多くあるが、電磁波問題に関しては自分が電磁波過敏症であり、いわば当事者でもあるため、見えなくなる部分がある。松本さんはそこを聞き出し問題として提示してくれた。
 一方で取材をされる相手に対して、単に聴くだけでなく、心の声さえを聴いてくれるような優しさを感じた。
 初対面であったが、お昼から夕方まで話し込んだ覚えがある。別れる際に松本さんが車で移動しているとのことで駐車場まで見送りに行くと、久留米ナンバーの車が止まっていた。東京まで車で来たのかと驚いた。「運転するのが好きなので……。また、お会いしましょう」と笑顔で颯爽と車を走らせて行った。
 それから月日が流れ今年の6月19日、松本さんから電話があった。著書に名前を出すがよいかという許諾の電話であった。少し声に力がなかったので尋ねると体調がよくないとのこと。「もうこれが最後の本になります……」と松本さんはつぶやいた。病の状況を聞き、「そんなこと言わないで、元気になってください」と伝えた。「ありがとう、ありがとう……」何度もお礼を言いながら電話が切れた。まさか、それが最後の会話になるとは、あの時の声がまだ耳に残っている。ただ声を聞けただけでもよかったと思いたい。
 『健康をむしばむ電磁波』の著者である松本さんは2002年8月24日付『朝日新聞』一面トップで「電磁波 健康に影響」と報じた人であり、長く電磁波に悩む人を取材し続け、調査し報道してきた人でもある。その集大成が本書である。集大成と書いたが、これからも調査し報道し続けてくれると信じていたが、それだけに残念である。

新刊の完成を見届けて…

 残された妻の裕子さんお話を聞いた。
 「この本の見本(発売前に関係者に渡される数部印刷されたもの)が来た日のお昼にパラパラめくっていました。そして本が出来たのを見届けたかのように、その日に静かに息を引き取りました」
 松本さんのお人柄について聞くと、「健造さんは人と関わるのが好きで、世の中をよく変えたい。誰かの保身のために不幸になる人がいることに怒りを感じる人でした。とにかく権力者の横暴が許せないという思いが強かったですね」

電磁波に悩む人たちから丁寧に取材

 本書は電磁波で大変な思いをしている人に直接会い、お話を聞き、その人の思いと周辺取材を丁寧に行い事実を伝えている。こんなにもつらい思いとしているのかと、改めて思い知らせてくれる。松本さんが取材対象の人に直接会い、眼の前で話を聞いて書かれた言葉ばかりで、すべては真実であるので強く心に刺さる。
 本書は296ページにわたる大作で、どんな仕組みで電磁波が体をむしばむのか、どうしたら危険を避けられるか、電磁波が関係する病気の実態、電磁波のさまざまな発生源、電磁波の自衛方法、電磁波が健康被害を引き起こす仕組みについて、順を追って紹介している。よって現在、電磁波の対応で苦慮している人には有益な情報であることは間違いない。
 あとがきに、「新聞記者はかつて『社会の木鐸』と呼ばれた。この本が木鐸となって、電磁波による健康被害を未然に防げるように、皆さんの胸に響けば嬉しい」とある。この言葉のように本書だけでなく、私たちも社会の木鐸となり、電磁波の問題を知らしめていかねばと思いを新たにした。
 最愛の夫を亡くした直後にも関わらず当方の取材をお受けいただいた裕子さんに心からのお悔やみとお礼を申し上げます。そして最後に松本健造さんへ。天国で安らかにお休みするのではなく、私たちを叱咤激励し続けてください。

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