「ニセ科学」「疑似科学」批判本の問題点 -社会進歩への抵抗勢力

網代太郎(電磁波研会報編集長)
 『科学がつきとめた疑似科学』(2024年2月、株式会社エクスナレッジ発行)という書籍に電磁波のことが書いてあるので、読んで感想を聞かせてほしいというメールを電磁波研会員の方からいただきました。私の地元の図書館にありましたので、借りて電磁波の部分を中心に読んでみました。これまで読んできた「ニセ科学」「疑似科学」を批判する書籍と共通する問題点を感じました。世界中の研究者が真剣に研究をしている分野について「ニセ科学」「疑似科学」というレッテルを貼るのであれば、当然のことながら、きちんとした根拠を示した上で、丁寧な説明がなされるべきです。しかし、「ニセ科学」「疑似科学」批判本の中で、なぜ電磁波による健康影響が「ニセ科学」などと言えるのか、きちんと丁寧に説明したものに、私はお目にかかったことはありません。本書も、同様でした。
 本書の著者は2名の連名になっていて、一人は山本輝太郞(きたろう)・金沢星稜大学総合情報センター講師、もう一人は石川幹人(まさと)・明治大学情報コミュニケーション学部教授です。
 私たちの社会は、先人たちの努力により、私たちの人権や安全がより守られるよう少しずつでも進歩してきました。一方で、そのような進歩に対抗して、社会進歩の歯車を逆回転させようとする反動(バックラッシュ)勢力が出てくるのも歴史の常です。そのような反動勢力の一翼を、ニセ科学たたき界隈が担っていると言えます。

「疑似科学とは」

『科学がつきとめた疑似科学』から。電磁波で体調が悪くなるは気のせいであることを読者へ印象づけるイラスト

 本書は「はじめに」の中で、「疑似科学」という言葉について「ざっくり定義すると、『科学的であるかのように見えるが実は科学的とはいえない主張や言説、情報』のことで、似たような言葉として、『ニセ科学』『エセ科学』などがあります。もしくは、『科学のフェイクニュース』『あやしい科学』『科学のニセ情報』などと言い換えてもよいかもしれません」と説明しています。
 さらに、本書は「科学とは何か?」の章の中で「疑似科学を見抜くための4つの視点」として「理論」「データ」「理論とデータ(の関連)」「社会」を挙げています。
 本書が「疑似科学」だとして取り上げている対象は、“本当は効果がないのに市民らが効果があると考えているもの”としてホメオパシー、デトックス、水素水、O-リングテスト、マイナスイオンなど、“本当は危険ではないのに市民らが危険と考えているもの”として、化学調味料、遺伝子組換食品、電磁波などがあります。

「発がんリスクはなさそう」

 各対象についての解説はいずれも短く、電磁波についても4頁だけです。そこには「Repacholiらのメタ分析[1]では、脳腫瘍の種類別および携帯電話の使用時間別に研究を整理し、どの分析においてもリスク増加はないことを示した」などとして「電磁波による発がんリスクはなさそうだ」と書いています。国際がん研究機関(IARC)が、高周波電磁波について2B(ヒトに発がん性があるかもしれない)と評価していることを、本書は無視しています。また、本書が挙げたRepacholiらの論文を読むと「長期間の使用(10年以上)については、データが不十分であるため判断できない」と書いてあるのですが、なぜか本書はそこには触れず「リスク増加はない」と断言してしまっています。

「鉄塔の下は落雷のリスクが減る」

 高圧線や送電線からの(超低周波)電磁波と小児白血病のリスクの関連が示唆された研究は「(結果が)安定していない」と本書は述べています。IARCが超低周波電磁波についても2B評価をしていることは、やはり無視しています。そして「近くに鉄塔がある場合、それが避雷針の役割を果たすため落雷のリスクは減る」と、話をすりかえています。

「電磁波で精子は死なない」

 本書は「電磁波による精子の生存率や濃度には影響がないとのほぼ一貫したデータが示されている」と述べつつ、その根拠論文などは示していません。精子への影響を示す研究は多く、欧州議会(EUの立法機関)の「Panel for the Future of Science and Technology(科学と技術の未来を考える専門家委員会)」は高周波電磁波について「男性の生殖能力に悪影響を及ぼすという十分な証拠がある」と評価しています[2]。本書が何を根拠に「影響がないとのほぼ一貫したデータが示されている」と述べているのか、説明はありません。

同じ論文を大久保千代次氏と同様に間違う

 本書で私がもっとも興味をひかれたのは、主として電力会社からの資金とスタッフで運営され、電磁波の安全性をPRする組織である「電磁界情報センター」の大久保千代次所長が、市民向け講演会で紹介したものと同じ論文を本書も取り上げていること、さらに、この論文について、大久保氏と同様の誤った説明を本書が行っていることです。
 その論文は、Klapsらによる論文です(会報第146号参照)。本書には「Klapsらは電磁波有害の研究方法に着目し、『盲検化された研究』『盲検でない研究』『フィールド研究』の3つに分類したうえで分析した。その結果、盲検化された研究では悪影響を示すデータが示されない傾向がある一方、非盲検化の研究やフィールド研究では電磁波による害が強く示されていた。このような結果から、対象に対するネガティブな思い込みによる『ノセボ効果』(マイナス方向のプラセボ効果を指す)の可能性が高いことが指摘されている」と書かれています。
 しかし、Klaps論文は、フィールド研究で見られた電磁波の悪影響を示すデータは「ノセボ効果によるものとは限らない」「(フィールド研究が対象にしている)あるかもしれない長期的な影響については、今後の研究の焦点とすべきである」と述べています。ですので、Klaps論文はすべてがノセボ効果(気のせい)と結論づけているわけではなく、本書はこの論文について誤った説明をしていると言えます。大久保千代次氏も、講演会で、同様の間違いをしていました。
 本書の著者らと大久保氏が “偶然に” 同じような誤解(または曲解?)をした可能性も否定できませんが、むしろ、本書の著者らが、大久保氏からの受け売り(または大久保氏と共通の元ネタ)に基づいて、本書の電磁波に係る部分を執筆した可能性のほうが、ありそうです。となると、本書の著者らが、自らが取り上げた論文をしっかりと読み込むなど、電磁波についてきちんと勉強したうえで電磁波を「疑似科学」と認定したのだろうかという、根本的な疑問も湧いてきます。

説明よりもイメージ

文章よりもイラストが大きなスペースを占める本書

 筆者らは前述の通り「疑似科学を見抜くための4つの視点」などの解説を本書に書いておきながら、それらの視点などからの電磁波問題の検討について本書に記載はありません。根拠もなく、または、極めて不十分な根拠をもとに「電磁波の害はない」と述べているだけです。
 本書は文章よりもイラストが大きなスペースを占めています。そのイラストも、「電磁波」に(理由もなく?)おびえている人々を見て科学者(?)が苦笑しているというような、読者の感情に訴えるものも目立ちます。本書の際だった特徴と言えます。

“危険かもしれない”を否定する

 本書などがターゲットにしている「疑似科学」「ニセ科学」の対象は多岐にわたります。それらの中には、たしかにニセ科学と言われても仕方がないものもありそうですが、私自身が詳しく調べているわけではないので、ここで言及することは控えます。
 その上で私が言いたいのは、本書のような「疑似科学」「ニセ科学」をたたく書籍は、“本当は危険ではないのに、市民らが危険と考えているもの” を、取りあげる傾向があることです。たとえば、電磁波、農薬、食品添加物、遺伝子組換食品などを警戒する考え方が「ニセ科学」「疑似科学」だと認定されがちです。
 多数の著書がある左巻健男氏(さまき・たけお。教育学者)は著書『学校に入り込むニセ科学』(2019年、平凡社新書)の中で、「無農薬野菜と聞くと、体によく安全・安心だというイメージが広まっている。しかし、虫の食害に対抗するために、野菜自身が多種類の防虫成分(天然農薬)を作り出す」「それが健康に悪い影響を与える可能性がある」「無農薬で育てた野菜のほうが虫の食害などで天然農薬が多くなっているとも考えられる」と述べたうえで、「奇跡のリンゴ」をやり玉に挙げています。妻に農薬による健康被害が出たことから、苦労を重ねてリンゴの無農薬栽培を成功させた青森の農家の「奇跡のリンゴ」の実話は、映画化もされました。左巻氏は「(奇跡の)リンゴが腐らないとしたら、微生物が生育できないリンゴである。そのリンゴはいったいどんな(天然の)化学物質をふくんでいるのかを考えると、“奇跡”というより“恐怖”のリンゴだ」と、こきおろしています。奇跡のリンゴは腐る代わりに発酵するそうなので「微生物が生育できない」と書いたのは、左巻氏の調査不足からでしょうか。いずれにせよ、合成農薬と天然農薬の危険性はどっちもどっちといわんばかりの左巻氏の主張とは裏腹に、日本で使用されているネオニコチノイド系農薬の規制が海外で広がるなどの動きがあります。ドキュメンタリー映画「いのちの林檎」で描かれているように、農薬が使用された農作物を食べられない化学物質過敏症の発症者が、奇跡のリンゴは食べられた事実についても真剣に受け止めるべきです。
 消費者が農薬の使用を不安に思い、無農薬野菜を選択することも、彼らにとっては「ニセ科学」なのです。

“危険ではない”は批判しない

 逆に、“本当は危険(かもしれない)のに、危険と言われていない”ものについては、ニセ科学たたき本はあまり批判しない傾向があります。たとえば、地下40m以上より深い大深度地下で工事をしても地表には影響が出ないという国土交通省や地盤工学の専門家らの「科学的」判断は、東京外郭環状道路工事による陥没事故で否定されましたが、「ニセ科学」だと批判されたという話は聞きません。「小児甲状腺がんは(大人の甲状腺がんと同様に)進行しない」という甲状腺専門医の中でも少数意見である考え方が正しいという前提から福島第一原子力発電所事故による甲状腺がんの多発を認めない人たちも「ニセ科学」と批判されているわけではありません(私が知らないだけで、もし批判されていたら、申し訳ございません)。

社会進歩への反動としての「ニセ科学」たたき

 言い換えれば、権力・権威側をニセ科学だと批判することは少ない一方で、市民・消費者側が主張したり信用したりするものをより多くニセ科学と認定する傾向があります。
 農薬のクロルデンはヒトへの毒性が強いことから使用が禁止されましたが、禁止前はシロアリ予防用に住宅の床下へ散布され、健康被害が発生しました。私の母が化学物質過敏症を発症した一因と推定しています。多くの新たな化学物質などが開発され、次々に流通していく中、被害が出てからは遅いとして「予防原則」の考え方を政策に取り入れる動きがヨーロッパを中心に出てきました。電磁波についても、フランスで保育園へのWi-Fi設置を禁止するなど、多くの国が予防原則に基づく何らかの施策を講じています。産業側の利益よりも市民の健康をより重視するのですから、このような動きは社会の進歩と言えます。
 反面、社会の進歩により自己の利益を害されるなどの人々からは、進歩に抵抗しようとする動きが出てきます。そのような動きを「反動(バックラッシュ)」と言います。予防原則的な考え方が広がると、新しく開発したものを売って利益を得たい人々にとっては、都合が悪くなります。予防原則的な観点から安全性が十分に確認されていないと思われるものを警戒する消費者らに対して「心配するのは科学的でない」と攻撃する反動勢力の一翼を、「ニセ科学」「疑似科学」たたき本の著者らは(自覚的なのか、無自覚かは分かりませんが)担っているという一面があると、私は従来から考えています。

「疑似科学」のレッテル貼りは必要か

 本書は、科学と疑似科学の線引きが難しいことを認めています。線引きが難しいのに、あえて「ニセ科学」「疑似科学」のレッテル貼りを著者らがするのはなぜでしょうか。本書には「科学と疑似科学の線引きが不可能だからといって積極的に『科学と疑似科学の区分は不要である』とするのは問題だ。特に健康に関わるような分野では『科学をうたうこと』が商業上のアドバンテージになるため、健康食品などであやしげな疑似科学商法が問題となっている」と書かれています(太字は筆者)。「疑似科学」認定が必要だとする最大の理由は、本書によれば、健康食品などの「あやしげな商法」への対抗のためであるようです。本書は取り上げていませんが、電磁波防護グッズ(効果がないものも多いと当会も考えています)を扱う商売も「あやしげな商法」に含まれるのでしょう。であれば「この商品の効能は、科学的に証明されていない(または、科学的に誤りである)」と注意喚起すれば良いのではないのでしょうか。「疑似科学」だと言わなければダメなのでしょうか?
 本書には「電磁波の害が十分に立証されているとは言い難い」と書かれています。著者らの考え方なのですから、そう書くことは否定しませんが、そこから電磁波の害が「疑似科学」「科学のニセ情報」であるとまで飛躍させることが「科学リテラシー」だとは、とうてい考えられません。
 私の目からは、「疑似科学」「ニセ科学」というレッテル貼りを推奨する本書のような書籍を売る「商法」も、まあまあ「あやしげ」です。

[1]Systematic review of wireless phone use and brain cancer and other head tumors
[2]Health impact of 5G

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