(ここに示された文章は、『AERA』2002年10月7日号より、抜粋したものです)


携帯メールが脳を壊す

TVゲームの危険警告した森教授が指摘

ゲームのやりすぎで前頭前野か働かなくなる「ゲーム脳」という新説。それが、ゲームだけでなく、携帯メールでもなるというのだ。

 テレビゲームのやりすぎで、脳の前頭前野が働かなくなる−−日本大学の森昭雄教授(脳神経科学)は著書『ゲーム脳の恐怖』で、こう警告し、ゲームに特化した脳を「ゲーム脳」と名付けた。だが、前頭前野を劣化させるのはゲームだけではない。森教授は、「携帯電話のメールをやりすぎても、ゲーム脳になるんです」
 この夏、高校生100人の脳波を調べた結論だ。実験の詳細は後述するが、前頭前野の働きが悪くなることがなぜ問題なのか。
 人間の思考や記憶、感情の制御といった高度な精神活動を司るのは、脳の中でも額のすぐ裏側の前頭葉の一部、前頭前野という部分。逆に言えば、すぐキレる、物忘れが激しいといった症状は、前頭前野の脳細胞が活動していないため、と考えられている。
 森教授は以前、幼児から大学生200人の脳波を測定して前頭前野の働きを調べ、その結果、脳を4種類に分類した。「ノーマル脳」では、リラックスしているときに出るα波より、脳細胞の活発な動きを示すβ波が安定して常に多く出ていた。つまりいつも前頭前野は活発に働いていた。この人たちはゲームもせず、テレビもほとんど見ない。だが、1日に教時間何年にもわたってゲームをしていると、β波がほとんど発生しない「ゲーム脳」になることがわかった。

1日10時間の子も

 このときゲームもせず、テレビもほとんど見ないのに、なぜか「ゲーム脳」という男子大学生がいた。聞けば、1日に携帯メールを2時間以上。友達との会話のほとんどがメール、という生活だった。
「携帯メールは、文章を作るので一見頭で考えているようですが、実際は挨拶程度や単語の羅列に近く、文章とは言えないものも多い。文字を画像として認識し、反射的にボタンを押しているから、テレビゲームに近いんです」
 高校生を調査すると、まず携帯メールをしていない生徒は皆無だった。短い子で10、20分。長い子では1日に10時間の子も。結果は、「ノーマル脳」がたったの1割で、残りは「半ゲーム脳」か「ゲーム脳」だった。
 1日10時間メールをするという女子高生は、ゲーム経験がないのに「半ゲーム脳」。β波は出ているが、α波より低い。このままメールをやり続けると、完璧な「ゲーム脳」になる可能性が高いという。
 中には1日にテレビを1、2時間、ゲームも1時間、携帯メール1時間という電子メディア大好きの女子高生もいたのだが、意外にも「ノーマル脳」。ゲーム脳や半ゲーム脳だった子との連いは、メール以外にも友達と直接しやべる時間が長いという点だった。
「しやべるのが不得意、友達も少ない、コミュニケーションはメールが主という子が『ゲーム脳』になる。そういう子は顔も無表情。逆にメールやゲームをやっていても、それ以上に他人と直接会話をしていれば、その間前頭前野も働くから、影響が小さい」
 と森教授はいう。脳波を調べると同時に、記憶力のテストもした。6桁の数字を1秒表示して、何人が覚えているか。100人中ほとんどの生徒が覚えられなかった。

頭痛と物忘れか減しく

「いまの子にメールをやめると}言っても無理でしょう。みんな、なしの生活は考えられないと言ってました。彼らは脳の前頭前野に携帯が刺さっている感じ。でもせめて1日15分以内にするべきです」
 携帯電話の体への影響といえば「電磁波」と決まっていた。だが、森教授の実験は、メールという新たな機能が脳に及ぼす「見えない」影響を警告している。
 一方で国民生活センターには毎年、数件だが、自覚的な身体への携帯電話被害について相談も寄せられ続けている。圧倒的に多いのは吐き気や頭痛だ。
 スタイリストのヒデコさん(33、仮名)は今年5月、深夜に突然頭が割れるように痛くなった。激痛はひと晩中統いた。
 その半年前から、左頬には低温やけどのような携帯の形の跡が残った。3月ごろからは携帯で話すと、決まって左のこめかみにキーンという痛みが走った。もの忘れも激しかった。電話で、「ちょっとお待ちください」と会話が途切れると、誰に電話をしていたのがわからなくなる。どもる癖も出た。
 だが、フリーで仕事をしているので、携帯は仕事を受けるにも、打ち合わせをするのにも手放せない。切るとまた鳴り、充電しながらもしやべる、という状態だった。
 激痛に襲われた翌日、這うようにして行った病院ではCTスキャンなどで脳の検査もしたが、異常なし。耳鼻科にも回されたが、
「複数の医者が相談しても、原因はわからないってことでした。携帯電話の影響かもしれないけど、それは実証されてないから、と言うだけ。ただ、左の顎の骨がずれている、とは言われましたけど」
 以来、極力、電話を取らないようにした。仕事は激減したが、痛みはいつの間にか出なくなった。
 携帯電話の電波の影響については国によってさまざまな報告がなされている。ドイツやスウェーデンではネズミでの実験で、脳の血管にある血液脳関門に影響を及ぼすという結果を発表。イギリスでも、「携帯の電波は子供の脳に有害かもしれない」という報告がまとまっている。
 だが、日本は「影響なし」が主流だ。旧郵政省の「生体電磁環境研究推進委員会」は3年前、ドイツやスウェーデンのデータを否定する実験結果を発表。携帯の電磁波は安全、と言い切っている。
 ヒデコさんはいま仕事上の必要性からまた携帯を使い始めた。漠とした不安を抱えたままで・・・。


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