(ここに示された文章は、週刊金曜日第516号(2004.7.16)40ページに掲載された記事より、電磁波問題市民研究会が抜粋したものです)


フランスからの手紙

高圧送電鉄塔の建設計画に住民が団結して反対

羽生のり子(はにゅうのりこ)

 フランスの最南西に、ピレネー・オリアシタル県がある。ピレネー山脈と地中海にはさまれた地域で、自然保護区が多い。ピレネー山脈周辺は、ユネスコの世界遺産に指定されるよう申請中の地域である。考古学的な追跡から現代美術にいたるまで、歴史的な文化財も豊富だ。こうした自然と文化に意がれ、毎年400万人の観光客が訪れている。
 2001年10月、この県に40万ボルトの高圧送電鉄塔を建設する計画が持ち上がった。主な目的はスペインへの電力供給で、フランスのシラク大統領とスペインのアスナール首相(当時)が、建設に合意した。しかし、スペインは、電力をポルトガルや北アフリカに転売している。これではなんのための電力供給かわからない。しかも、フランスが売るのは、原発で製造した余剰電力である。
 計画を推進する電力輸送網公団は、計画の発表後、住民を対象に4ヶ月にわたって公開討論会を開催した。
 住民たちは、最初からなんとなく反対だった。それが、専門家を交えた討論を経ていくうちに、計画の理不尽さを理解した。「なぜ自分たちは反対するのか」を論理的に説明できるようになったのだ。
 鉄塔建設は、フランス新幹線(TGV)ヘの電力供給のためにも必要といわれているが、新幹線に40万ボルトもの送電線はいらないことがわがった。また、生物学的な調査で、自然環境に深刻な影響が出ることが明らかになった。健康への害に対する疑問も解消しなかった。こうして、当初住民の70%だった反対派は、討論会の終わるころにはほぼ100%になった。
 住民たちは代替案も検討した。しかし、たとえ送電線を地中に埋めても、電磁波による生物への影響は変わらないことがわかった。また海底に送電線を埋めても、海底施設に2へクタールも必要な上、水面下100〜150メートルには魚がいなくなるという。県民たちの結論は、「鉄塔はいらない。産業担当大臣は計画の中正を発表してほしい」だった。
 しかし、住民たちの意向は、まったく計画に反映されなかった。県民の神経を逆なでするかのように、公開封論終了の四カ月後、シラク大統領とアスナール首相が、「この計画の実現後、2010年までに、ピレネー山脈にまたがる第二の高圧送電鉄塔を建設する」と発表したのだ。
 ピレネー・オリアンタル県は、フランス側のカタロニアである。数世紀にわたり独立国だったこのカタロニアの東側は17世紀、スペインとフランスの条約により、フランスに吸収された。当時のフランス王ルイ14世がわれわれの最初の敵だ、とカタロニア人は今でも言う。このときから中央政府への不信が続いている。鉄塔問題でも、住民の頭越しに両国の首長が勝手に決定したことが、カタロニア人の誇りを傷つけた。
 鉄塔建設で自然や風景が破壊されることは、観光が大きな産業であるこの地方にとって死活問題である。特産のワインの質にも影響が及ぶ。今年1月31日、県庁所在地のペルピニャンで二回目の大掛かりなデモが企画され、約1万5000人が集まった。デモには県会議員全員、県の市町村長組合のほか、市町村議会議員、地方議会議員、EU議員も参加した。スペイン側のカタロニア人も、赤と黄色のカタロニアの旗を持って応援に駆けつけた。
 思い出されるのは、宮崎県綾町の鉄塔建設問題だ。綾町では、国の顔色を窺って反対できない住民が多いというが、ピレネー・オリアシタルではまったく違う。対立の構図は「国対県」である。デモには、シラク大統領の党に属する保守派のペルピニャン市長までが参加した。政党への帰属よりも、地域への帰属意識のほうが強いのである。 デモの一日前、産業担当大臣が、「鉄塔計画をいったん白紙に戻し、皆の合意が得られるような計画を検討するよう、電力輸送網公団に依頼する」と発表した。住民たちの粘りが国を押し戻したといえるが、勝利にはほど遠い。県民は、どんな変更案にも反対なのだ。
 3月21日、地方選挙で右派が大敗し、新内閣が組閣された。高圧鉄塔問題は、国務・経済・財政・産業大臣の担当に変わったが、依然として何も進展していない。


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