ダラス環境医学治療センタ−(EHC−D)調査報告(下)

□分析医グリフィス氏
 ダラス環境医学治療センタ−では、患者の健康状態を科学的に把握するために研究室を持ち、徹底した分析体制を敷いている。分析スタッフは5人で、リ−ダ−がジャマイカ出身のバ−ティ・クリフィス(Bertie Griffiths)博士だ。グリフィス博士はダラス環境医学治療センタ−に来て13年になるが、その前はオクラホマ州の大学医学部で教授をしていた。
 注射されると体内で抗体の形成を促す物質を抗体(アンティジェン=antigen)というが、どんな抗体が患者に有効かを分析するのがここの重要な仕事の一つだ。抗原に防腐剤(保存剤)を使うと過敏症患者は過敏反応するのでダラス環境医学治療センタ−では保存剤を使わない抗原を内部開発した。急性の患者には時として薬剤も含めた治療が必要だが、慢性の患者には免疫力をいかにつけさせるか鍵である。その患者にとってどのような処方が適切かについて、臨床医と連携して科学的に分析した内容を提示するのが、この研究室の役割である。
 興味深かったのは、ある種のかびを吸い込むと過敏症になるだけでなく、多重人格(分裂症)になるケ−スがあるという話。それもその人に免疫力がある時は悪さをしないが、免疫力が落ちている時にそのかびを吸引するとさまざまな悪さをするのだそうだ。また、人が適度な運動をしなかったり、必要な栄養を含んだ食物を摂らなかったり、不規則な生活をしている、身体のいろんな部位に本来適切な信号が行くべきなのにいかず、変な信号が行ってしまうという。そのため細胞が勝手な活動をし始め、結果として「恒常性の維持」(ホメオスタシス)という本来、身体の仕組みが持つ基本的な構造に異変が起き、制御できない状態になることもあるという。極端な例として「女性は原則として1回に一人の子を出産する」というプログラムが人間の身体に刷り込まれている。しかし生活が乱れて勝手な信号が各部位に行くと、「1回に百人産め」という信号が細胞に行き身体内で混乱が起こる。それが自律神経の不調や精神的ストレスなど思いがけないところに出る可能性がある。グリフィス博士の話を聞いていて、「規則正しい生活はとても大事だ」ということがよくわかった。

□栄養の摂取は予防にも治療にも肝要
 ダラス環境医学治療センタ−で機会ある毎に説明されたことは「食事の重要さ」「必要な栄養を摂ることの大切さ」だ。
 治療プログラムでも「誘発物質の回避」や「免疫療法」などとともに「栄養補給」や「多様化食餌療法」が重要な要素として強調されている。
 詳しい話をダラス環境医学治療センタ−のロン・オ−バ−バ−グ(Ron Overberg)栄養学博士に聞いたので紹介しよう。オ−バ−バ−グ氏は週2回、ダラス環境医学治療センタ−で働き、あと2日は自身が経営しているクリニックに従事している。過敏症は「ト−タルボディロ−ド(身体全体負荷)」の許容量を超えた時に起こる症状だが、食事は「生物学的負荷」の範疇に入りト−タルボディロ−ドの中の占める比重は大きい。かびや重金属や電磁波に曝露されても、食物が良くて免疫力のある人は体内でそれらの因子と闘うエネルギ−が発揮され過度の反応症状が出ずに済む。ところが栄養が不十分だったり過度の栄養を摂っていると身体バランスが悪く、かびや重金属や電磁波のような身体負荷を与えるものに身体が抵抗しようとするエネルギ−がうまく使えず、過敏症状の発露を抑制できなくなる。
 そこで過敏症の予防として栄養バランスのいい食事を摂ることが大切である。そして発症した場合は、治療としてまず食物にアレルギ−反応しているかどうかをみる。もし食物にアレルギ−があれば、身体のエネルギ−がアレルギ−と闘うほうに向かってしまい、電磁波過敏症対応に使われるべきエネルギ−が削がれてしまうからだ。

□フ−ドロ−テ−ションは実践
 食物をたくさん食べる人はまず種類を減らす。反応するものを少しでも避けるための対策だ。次に、種類の少ない食物を食べると今度は「同じものを食べ続ける可能性」が大きくなり、そのことに反応しやすくなる。そこで必要な対策として「フ−ドロ−テ−ション」が行なわれる。
 フ−ドロ−テ−ションとは摂取する食物の種類の周期を変えていくことで身体への負担を減らしていくやり方で1938年に開発された食餌療法である。
 フ−ドロ−テ−ションには二つのル−ルがある。一つは、たとえば「まぐろ」を食べたらその後4日間は「まぐろ」を食べず5日後に食べる。同じものを食べないことで反応を減らすためだ。もう一つは、「まぐろと同じ種類の魚」もその後2日間は食べず3日後に食べることだ。まぐろを4日間食べないことは理解しやすいが、「まぐろと同じ魚」とはどういう意味か。具体的には鯵(あじ)とか鰹(かつお)で魚の生態系で同じ種類に属するものだ。これはちょっと素人では見分けが難しいのでマニュアルが患者に渡される。もう一つの例として「たまご」の場合は「チキン(にわとり)」が「たまごと同じ種類」となる。たまごとチキンが親子だからだ。ここで大事なのは患者の過敏状態の程度によって可変的であることだ。状態によってはロ−テ−ション間隔がもっとあくこともある。その逆もありえるであろう。(参考までにロ−テ−ション表を掲載する)。
 「同じ種類の食物」(food family)表はラテン語で書いてあるのでみんな覚えたくなく、番号がふってあり番号で覚えるようにしているという。オ−バ−バ−グさんたちが作っているロ−テ−ション表は米国用なので日本は日本の食物に見合った表、とくに海藻類や根菜類や米を入れた独自のものを作るといいとアドバイスを受けた。

ダラス環境医学治療センタ−のロ−テ−ション食事パタ−ン
(番号は国際的に決められた番号である)
第1日第2日第3日第4日第5日(第1日)
たまご(124)アマランサス(30)そば(27)キノア(28)たまご(124)
小麦(6),小麦胚油干しぶどう(52)ひまわり油,種(80)かえで糖(50)とうもろこし(6),小麦粉,とうもろこし油
七面鳥(126)豚肉(134)鶏肉(124)まぐろ(98)七面鳥(126)
アボガド(34),アボガド油ア−モンド(40b),ア−モンド油オリ−ブ油(69),オリ−ブゴマ油(79),種アボガド(34),アボガド油
レタス(80)西洋かぼちゃ(79)にんじん(65)グリ−ンピ−ス(41)レタス(80)
牛肉(137)ピスタチオナッツ(48)りんご(40a)グレ−プフル−ツ(45)牛肉(137)
チ−ズ(137)さけ(106)えび(82)タラ(87)たまねぎ(11)
亜麻種油(44)大豆(41)サクラソウ油(180)かぼちゃ(79),油,種亜麻種油(44)
ポテト(74)ブロッコリ(36)トマト(74)カリフラワ−(36)ポテト(74)
セロリ種(65)オレンジ(45)米(6),米ぬか油ミント茶(79)セロリ(65)

ロ−テ−ション食事パタ−ンに基づいたメニュ−の一例
 朝  食昼  食夕  食


小麦胚油をかけた小麦のクラッカ−の上に落とし卵七面鳥とレタスでつつんだアボガドのスライス牛肉油で調理したひき肉とポテトとセロリシチュ−。塩と亜麻油とセロリ種の香辛料


干しぶどうまたはぶどうつきのアマランサスのシ−リアル蒸した西洋かぼちゃつきのア−モンドポ−ク大豆油で豆腐を調理した鮭と豆腐とブロッコリ。ビタミンE。デザ−トに新鮮なオレンジジュ−ス


□電磁波過敏症には「良い脂肪を摂る」ことが良い
 化学物質過敏症患者であれ電磁波過敏症患者であれ、反応する原因を取り除くことが治療として大事なことだ。その際、食物は自分でコントロ−ルできるものなので、ぜひロ−テ−ション食事を実施することをお薦めしたい。
 電磁波過敏症患者が来たら、オ−バ−バ−グさんはまず初めに「良い脂肪を摂る」ことを指示するという。すべての身体の細胞は栄養物に反応するが、問題はノ−マルな反応がアブノ−マルな反応かにある。アブノ−マルしか反応しない人は「良い脂肪の摂り方ができていない」という。そこで患者にどんな脂肪を摂っているか、どんな食物を摂っているか詳しく聞き、電磁波過敏症患者とノ−マル(ふつう)の人の摂り方と比較しているという。そうするとなにが悪いか見えてくる。
 肝臓の下に胆嚢という器官があり胆嚢から胆汁が出る。胆嚢の障害があると当然胆汁が出にくくなるが、そうなると適切な脂肪処理ができなくなる。電磁波過敏症患者とふつうの人を比較すると電磁波過敏症患者に胆嚢障害が出ている人が多いという。脂肪も天然ものでなく加工されたものは電磁波過敏症患者に良くないのだそうだ。オ−バ−バ−グさんがくれた脂肪とミネラルとPHに関する文書を以下に掲載する。

<脂肪>
 食事で脂肪分を多く摂ることを薦める。人の脳は脂肪でできているからだ。脂肪は絶縁体として身体内でふるまう。そしてミネラルは身体内で電気が流れる電線と同じようにふるまう。「絶縁体として脂肪がふるまう」と言っても、EMF(電磁波)の絶縁に脂肪が十分に働くわけではない。しかし脂肪の摂取は効果がある。一口に脂肪というが脂肪(Fats)には「脂肪」(fats)と「油」(oils)と「ナッツまたはタネ」(nuts or seeds)の3つがある。これを脂肪の3大カテゴリ−という。脂肪の摂取が十分でない場合は、ダラス環境医学治療センタ−が薦める脂肪を摂り入れるといい。その際、脂肪の入っている食物に過敏反応を示すのであれば、その食物を摂取できるようにロ−テ−ション食餌療法を取り入れるといい。そうすることでその食物に過敏になるのを緩和させ、長期間の摂取を可能にできる。(脳が脂肪でできているからといって過度に脂肪を摂ればかえってマイナスなことはいうまでもない)。

<ミネラル>
 ミネラルとは栄養として必要な無機物(鉱物質)のことでカルシウム、マンガン、マグネシウム、等のことだ。ミネラルは電気インパルス(神経衝撃)の力で神経システムを機能させる。これが微量金属を含む広い範囲のミネラルが生体にとって必須な理由のひとつだ。どんなミネラルがどのくらいの量足りないか、あるいはミネラルのバランスはどの程度か良いのか、を判断するのは難しい。そのことはまだ科学ではわかっていない。だから現段階で言えるのは、いろんな種類の食物を食べることが大切だということだ。(好き嫌いが激しいのは良くない)。それもなるべく有機食物を食べるほうがいい。天然の塩を使うのも身体に良い。天然の塩は食物内のミネラルを体内で分解吸収するのに役立つので消化に良い影響を与えるからだ。なお多くの食物には重金属が入っている。水銀・カドミウム等の重金属は、電磁波による症状に対し身体が抵抗し症状を緩和するのに役立っているミネラルを追放してしまうからだ。

<PH(ペ−ハ−)>
 あなたの身体が酸性体質かアルカリ性体質かによってあなたの身体のミネラルを使う能力が影響される。(両方とも良くなく中性の状態のほうがいい)。だからあなたの身体のPH(ペ−ハ−=水素イオン濃度)テストをすることは必要である。

 オ−バ−バ−グさんはオランダ人で、ダラス大学で栄養学を学んだ。「人は普段、忙しさにかまけて食物に注意を払わない。その人が病気になって食物に注意を払うがそれは良くないことだ。病気の治療段階もさることながら、病気の予防の観点からも食事(栄養摂取)がとても重要だという考えがゆっくりだが広まってきている。」と穏やかな口振りで語っていたのが印象的だ。

□国際色豊かなスタッフ
 ダラス環境医学治療センタ−は、米国人だけでなくフランス人、カナダ人、中国人、ジャマイカ人、オランダ人、など多国籍なスタッフで構成されている。そして年一回ダラスで開催される米国環境医学財団と米国環境医学アカデミ−共同主催の「国際環境医学シンポジウム」は1981年に始まり、2003年で21回目を数えている。2003年のシンポジウムには米国以外にも、メキシコ、フィリピン、英国、カナダ、ポ−ランド、日本、フィンランド、イスラエル、からの参加があった。ちなみに、日本からの参加は北里研究所病院の坂部貢臨床環境医学センタ−部長である。このような国際的協力があって、ダラス環境医学治療センタ−の医学レベルの向上が図られているのであろう。

□「患者は一人ひとり皆違う」という原則
 ダラス環境医学治療センタ−の治療プログラムは「患者は一人ひとり皆違う」という原則に立っていることはすでに紹介した。当たり前と言えばそれまでだが、それを実践するのは簡単なことではない。患者が一人ひとり皆違うのであれば、患者一人ひとりの診察時間も長くなるし治療メニュ−も別々だし効率性とは対極の発想が求められる。しかもなるべく外科治療や薬物治療を施さず、患者の免疫力や抵抗力をつけることが基本になっているからなおさら効率性とはほど遠い。
 長く治療がかかれば医療費はかさむが、それを避けるためにダラス環境医学治療センタ−では患者が「自分は何が原因で健康を害しているか、その原因はどうして生じたか、そして原因を克服するにはどうすればいいか、克服するためには患者自身がどう積極的に努力すればいいか」ということを自覚することが重要だ、としている。
 つまり、環境的要因と患者の健康状態の関係を客観的に患者が把握し、医者に頼るのでなく患者自身が納得づくで病気を克服するため努力することが健康回復の道だ、いう考えに立っている。究極の「インフォ−ムド・コンセント(納得診療)」がそこにある。
 環境要因には「生物学的要因」「化学的要因」「物理的要因」さらには「社会的・心理的要因」があり、それと主体としての人間の内的要因の総合的理解があって健康の維持は保たれるのである。
 治療的には、引き金となる因子(誘発物質)の回避と栄養の摂取(多様化食餌療法)を前提とした上で、その患者にあった多様な治療処置が施される。治療の目標は「その人の免疫力をどうつけさせるか」にあるのはいうまでもない。

□ダラス環境医学治療センタ−調査で感じたこと
 「医は仁術である」というが、「医は算術である」現実を日々、日本で見せつけられている身からすると、ダラス環境医学治療センタ−は新鮮である。なぜ、新鮮だったのかをもう一度振り返って整理してみよう。

  1. ダラス環境医学治療センタ−はダラスの「病院地区」といっていい病院が集まった地区にあるが、敷地が広く緑地スペ−スも確保されている。そして2階建ての低層建築なので患者に安らぎが与えられる。

  2. 医師もサポ−トスタッフも受付事務も皆和気靄々として明るく働きやすそうな感じが伝わってきた。患者を治療する病院自体がギスギスしていたら「良い治療」はおぼつかない。

  3. 心臓外科出身のレイ院長がたどりついた先が「外科手術」や「薬物治療」をなるべく避ける治療方針だったことは意味深い。

  4. 患者が「客」でなく、自己観察と自己洞察を医療スタッフの協力の下で行い、患者自らが治療に参加することが求められている。本来医療はそうあるべきではないだろうか。

  5. 医療に無知な人間が言うのは僭越かもしれないが、西洋医学は「救急医療」「部分治療」「急性症状医療」には効果的であろうが、これからの医療は、予防医学・環境医学・心と肉体を関連させてとらえる総合医学、の方向に発展させるべきではないだろうか。

(了)


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