世界保健機関(WHO)科学的不確実分野における予防的方策展開のためのフレ−ムワ−ク

追加資料B:高周波電磁波分野におけるケ−ススタディ

翻訳:渡海

 このフレ−ムワ−ク対策草案で対象にしている環境因子の一つとして、テレビやラジオ放送とセル方式無線通信、とりわけ携帯電話からの無線周波数電磁波の曝露問題がある。現在までのところ高周波電磁波の健康リスクは立証(確立)されてはいないし、科学的研究に基づくリスク示唆は弱い。その一方で、多くの国で一般市民の高周波電磁波への懸念は相当強いし、比較的短い年月で急速に高周波電磁波を一般市民は曝露されるようになった。科学的証拠はあまりないが、その一方で潜在的影響は大きいし一般市民の懸念も大きい、といういろいろな要素をもつがゆえに高周波電磁波問題は、WHOの予防方策フレ−ムワ−クを適用するのにうってつけで、重要な試金石といえよう。

《関連する健康問題》
 高周波電磁波には、無線周波数(radio-frequency)の電磁波(electric and magnetic fields or electromagnetic fields)が含まれている。高周波電磁波は幅広いので次のような分類が理解に役立つであろう。

高周波電磁波発生源曝露の特徴
テレビ・ラジオ放送
大体100キロヘルツ(10万ヘルツ)から100メガヘルツ(1億ヘルツ)の周波数で伝送されているラジオやテレビ放送であり、数は多くないが、固定された場所(訳注:放送塔)から比較的高出力で発信している
実際に、すべての人が曝露(被曝)され、曝露レベルは比較的低く絶え間なくすでに何十年間も曝露されている
セル方式無線通信(基地局)
400メガヘルツ(4億ヘルツ)から1ギガヘルツ(10億ヘルツ)の周波数が使われている携帯電話が中心であるが、他にも様々な無線通信システムが開発中で、低出力で多数の場所(訳注:基地局)から小さなエリアに向けて発信されており、基地局は増加中
実際にすべての人が曝露(被曝)され、曝露レベルは比較的低く、絶え間なく様々な強さの高周波を浴びる。この種の高周波は、まったくゼロだったのが現在のような強さのものを浴びるまでに大体10年ほどしか経っていない
セル方式無線通信の送受話器本体
携帯電話が中心で、通常は身体に密着させて使われるが、使用時間は常時でなく間欠的である
曝露量は比較的に多く、特に脳が曝露され、その量は国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)の曝露基準値に近いが、浴びているのは電話使用中だけの間欠的な時間だ(携帯電話が出た初期の頃は、おそらくICNIRPの基準値を超えた時もあろう)
職場での高周波電磁波発生源 
それ以外の様々は高周波電磁波発生源 

 テレビやラジオ放送による高周波電磁波は、ほとんどの国で何十年間もいままでに浴びてきた。それに対して、セル方式無線通信による高周波電磁波の曝露は比較的新しく、せいぜい10年間程度だ。人類史上において、車にしてもテレビにしてもその他の発明品にしても、携帯電話ほど早く広く普及したものは他にない。

 テレビやラジオ放送の高周波電磁波を1世紀以上曝露した人類の経験は、最近のセル方式無線通信の高周波電磁波曝露に勇気を与えてくれるかもしれない。しかしその一方で、セル方式無線通信の高周波電磁波は、テレビやラジオ放送の高周波電磁波とは生物学的に異なったものかもしれない可能性もある。その理由は、セル方式無線通信のほうが、テレビやラジオ放送より一般的に周波数が高く、特に数十ヘルツや数百ヘルツの周波数のパルスで、より複雑な周波数変調を加えられているからである。この問題は科学的には未解決である。それゆえWHOの予防方策フレ−ムワ−クの考えからすれば、テレビやラジオ放送による高周波電磁波の健康証拠は、セル方式無線通信による高周波電磁波を評価する段階で、同時に考慮されるべきであろう。しかし、セル方式無線通信による高周波電磁波の評価を、そのままテレビやラジオ放送による高周波電磁波の評価すべてに、あてはめるというわけにはいかないであろう。それはともかくとして、携帯電話本体による電磁波曝露についてはテレビやラジオの放送通信技術とは異なり、テレビやラジオ通信技術は先例とはならない。携帯電話がこんなに広く使われる前の比較対象となる曝露例としては、ウォ−キ−ト−キ−(無線電話)を仕事で使うぐらいであろう。

 国際がん研究機関(IARC)や同様の権威のある国際機関では、まだ高周波電磁波について評価がなされていないが、国内レベルの信頼性の高い組織による上質の評価(レビュ−)はなされている。[具体的には、英国携帯電話問題独立専門家委員会(IEGMP)や英国放射線防護局(NRPB)やフランス携帯電話問題独立専門家委員会(Zmirou)]。したがって、以下に掲げた科学的立場に立った要約(サマリ−)について、IARCやWHOによる評価にしたがって検討がなされるべきであろう。
 このように一方においては、現在使われる科学的証拠が一般的に再確認が必要な段階であり、IARC分類で「2B」もしくは「それ以上のランク」とするにはリスクがきちんと立証されていない。他方においては、高周波電磁波の広範な曝露、とりわけ一般市民の携帯電話普及による高周波電磁波の広範な曝露という事態はごく最近起こったことであり、利用できる科学的証拠も「影響はない」と自信をもって言い切るにはあまりにも不確かなものでしかない。
 たとえ高周波電磁波に健康リスクがあるとしても、携帯電話基地局が原因ではないように思える。それは一般市民への高周波曝露量が小さいことと、テレビ・ラジオ放送による高周波曝露が何十年もあっても悪影響が立証されてこなかったことから類推できる。健康影響の原因としてもっとも考えられるのは携帯電話本体の電磁波だ。とくに脳への電磁波曝露はレベル的にもタイプとしても人々が以前は経験してこなかったものだ。子供が特に影響を受けやすいと考えることには根拠がある。それは、子供の神経組織が発達途上にあることだ。ただし、このことを裏付ける証拠は実際にはほとんどない。しかしながらWHO予防方策フレ−ムワ−クでは、子供に対しては大人に向けた保護策より高いレベルの法律的保護策を用意すべき、と考えている。
 たとえ高周波電磁波に健康リスクがあるとしても、急性影響や潜伏期間の短い病気をもたらすものではないように思える。このことは、すでに確認がなされていると言っていいだろう。具体的証拠はないのだが、人々がもっとも不安に感じる高周波電磁波の影響の可能性は、早い時期に電磁波を浴び続けた結果、後になってその影響が蓄積して出てくる脳がんや頭部の脳以外のがん、あるいは、一時的記憶喪失、精神機能の喪失、などである。

 今回のWHO予防方策フレ−ムワ−クにおいては、現在直接利用できる科学的証拠は再確認(再保証)されているので、「予防方策」(precautionaey measures)を採用する必要性は少ないという見解だ。しかしながら、特定のタイプの高周波電磁波が広範に浴びるようになったのは最近のことで、長い潜伏期間による影響は発見されていないということからすると、それだけ「用心策」 (greater precaution) の必要性は高いという見解をとっている。特に子供は影響を受けやすいということを考慮すると、子供にはより「用心策」(greater precaution)が必要であろう。しかし、その影響の可能性は(あることはあるが)強いというものでない(not strong)。

 高周波電磁波を産むテクノロジ−は実際に社会に重要な便益をもたらしている。ラジオやテレビ放送は文化や教育や民主主義の便益を社会にもたらしている。セル方式無線通信は具体的に安全便益をもたらしているし、疑いなく救命に寄与しているし、コミュニケ−ションの拡大という一般的な便益ももたらしている。(もちろん、人間は建設的な目的だけでなく破壊的目的でもこのテクノロジ−を使っているのだが)。

 多くの社会(国)で、大多数の一般市民は高周波電磁波について不安に感じている。一般市民の不安(concern)は携帯電話中継基地局(base station)に集中している。携帯電話本体については基地局ほどの不安は感じていない。このような一般市民の不安の仕方は理解できる。それは基地局からの電磁波曝露は否応なしのものだからだ。「否応なし」というのは市民にとってコントロ−ルが効かないということと、直接的な便益を市民は基地局には感じないからである。だが一般市民の不安と科学評価はいつも一致するとは限らない。今回のWHO予防方策フレ−ムワ−クでは、「一般市民の不安」というものは法的対処に値すると認識している。それは民主主義における社会的優先事項の表れであるし、法制化と旧来からの科学者とでは意見が分かれる時もあれば一致することもあることの表れであるからだ。とくに、新しい汚染要因が社会に広まった時、たまに予想を超えて広範囲に重大な結果をもたらしたことが前にあったという知識が、一般市民の不安感の形成に一役買っている。WHO予防方策フレ−ムワ−クおいては、この種の一般市民の不安感は問題を対処するうえで重要な観点である、ととらえている。しかし(他方で)WHO予防方策フレ−ムワ−クは科学に根拠を置いて評価がなされるよう要求している。それゆえ一般市民の不安感が科学と矛盾しているような場合は、つまり携帯電話や基地局について科学と矛盾するような不安を一般市民が抱いているような場合は、WHO予防方策フレ−ムワ−クとしては科学を無視するようなことを是認すべきでない。

 多くの社会(国)で基地局を巡って起こっている健康不安の問題は、設置場所や美観や計画システムや一般的アメニティ(快適さ)の問題と密接に絡んでいる。WHOは基地局を巡るこうした問題を重要なものと認識しているし、各国の行政機関の意思決定にこうした問題が影響を及ぼすであろうとも認識している。しかしながらこの問題は今回の予防方策フレ−ムワ−ク及びこの追加資料Cの対象には入っていない。同様に携帯電話本体を公共の場で不適切に使ったり、運転中に使って命を危険にさらすような時は、携帯電話は人々を不快にさせる。社会的には基地局と携帯電話本体の両方に対し取り組むことが望まれるであろうが、これもこのケ−ススタディの守備範囲ではない。

《リスク評価》
 影響を及ぼすメカニズムが不明な因子に関しては、曝露の正しい測定法や曝露の性質はどんなものであるのかについても同じく不明なのである。高いレベルの高周波電磁波においてすでにわかっている効果(基本的に熱効果だが)は「熱吸収比」(SAR=specific absorption rate)で適切に評価される。現在熱効果(熱作用)を発揮すると考えられているレベルよりもっと低いレベルでもなんらかの効果(作用)を及ぼす「“不明な”効果」があるとしても(それも結局は熱効果であると判明するかもしれないが現在のところは不明な効果)、それでもSARが測定法としては適切であろうと考えられるのは穏当であるが、熱効果(熱作用)ではない別の効果(作用)があるのだとすれば、SARでは測定法としては不適切となろう。(訳注:これは非熱作用の存在を言っているのだが、WHOは非熱作用という言葉を意図的に回避している)。しかし、SARの代替となる測定法を採用するにはまだ根拠がない以上、WHOとしては「削減の対象となる電磁波は身体の中に入りこむ力(パワ−)と関係する種類の電磁波である」とする現行の方法を勧告せざるをえない。具体的にはコンスタント(一定の)な曝露形状においては、「削減すべき種類の電磁波は単純に出力密度と関係する」とする現行の方法を勧告するということだ。

 ここで言及しているリスク(訳注:非熱作用レベルのリスク)においては、リスクを量的評価で測定することは不可能だ。それは、証拠がほとんどないことと、重要な研究がまだされていないからだ。以下のリスクの質に関わる意見は参考になる。
《選択肢について》
 今回のWHO予防方策フレ−ムワ−クの立場からすると、高周波電磁波による健康影響の証拠はIARC(国際がん研究機関)の「2B」レベルより低いであろうと推測されるので、対策は「とても低いコストの方法」か「まったくコストをかけない方法」が選択されるべきであろう。現実に健康リスクが存在するとする可能性はとても少ないので、多額のコストをかける方法(interventions)は正当化できない。詳細な費用便益分析はこの場合ふさわしくなく、費用(cost)と便益(benefits)の比較は簡単な方法(in a simple way)で行なわれるべきだ。

 高周波電磁波に対する実行可能な予防方策(precautionary measures)は、国ごとにまちまちなものとなろう(will be vary from country to country)。WHOは「指針」やもっと論議がなされるねらいで以下のようなカテゴリ−を提案するが、ここに挙げたリストをそれぞれの国でその国に見合ったように修正を加えることを期待する。

☆なんの対策もしない
☆調査研究
☆情報提供
☆携帯電話基地局やその他のインフラ設備に関する方策
☆曝露基準の設定
 以上のすべての選択肢は、それぞれ一定期間を経た後の総括と今後に向けた見直しが考慮されるであろう。

《選択肢の評価と採用について》
 今回のWHO予防方策フレ−ムワ−クに従えば、コスト負担は社会全体の責任で考慮すべきである。社会全体によるコスト負担とは、企業も携帯電話を使う人も納税者もその他もその中に含まれるべきだということだ。

 適切な予防措置(appropriate precautionary actions)を決定するために、費用(コスト)と便益を比較するにあたって次の要因が参考になる。
 それゆえ携帯基地局に予防的方法を採用することは、以下のような条件がないところでは正当化されにくいであろう。その条件とは、基地局許可制度の変更するとか、住民との話し合いを促進するための計画政策の採用とか(the planning policy to provide greater public consultation)、センシティブ・エリア(要注意区域)から基地局を離す距離を拡大することによって住民の不安を減らすとか、といった他の理由がある場合を指す。

 しかし携帯電話本体については、明明白白に低コストで対応できる可能性がある。その国の状況やその地域の状況に特有な要因に依存するが以下のことが正当化されるように思える。
 携帯電話ネットワ−クを機能させる方法としては、「適応性のある出力管理」(adaptive power control)として知られているようにネットワ−クシステムの中で「携帯電話の出力」と「基地局の出力」の相互作用に依存する。一般的には携帯電話のバッテリ−寿命を持続させるには、なるべく低い出力で機能できるようにすることである。このことは、電磁波曝露を減らす方法が結果として携帯電話の出力を上げるのであればそうした方法は非効率なものと映る。さらに言うと、携帯電話本体の電磁波曝露量を減らそうとすると携帯電話基地局の電磁波量を上げざるを得ないし、反対に基地局の電磁波量を下げようとすれば携帯電話本体の電磁波放出量を上げざるを得ない。今回のWHO予防方策フレ−ムワ−クにおいては、そうした効果は選択肢の採用結果として評価の対象となるべきととらえている。しかしWHOは正当な根拠に見合った対応を採用をとるべきだと勧告するが、それ以上のものではない。電磁波の影響を防ぐという十分な証拠がない以上は、「適応性のある出力管理」をしなくていいという理由は存在しない。もう少し突っ込んで言えば、電磁波曝露量が多いほど健康に良くないと考えるならば、(事務局注:携帯電話本体の電磁波のほうが基地局からの電磁波より影響が大きそうだという仮定を前提にすれば)基地局からの電磁波量を上げることで携帯電話本体の電磁波量を下げるという方法は(訳注:これは「適応性のある出力管理」でできるやり方だ)、やはりやる価値があるといえよう。

《行動選択と実行について》
 様々な選択肢を実行するための分析に基づいて、各国政府や関係部局はその国に見合った選択肢を選び実行するであろう。どんな方法がもっとも良いかはその国その国によって異なる。一般的には、予防の理由で選択肢を採用する場合は、厳格な実施方法より自主的規制や奨励策や共同計画といった方法のほうが適切といえよう。しかしながらいままでの経験からすれば勧告だけでは必ずしもうまくはいかないといえる。たとえば、英国の携帯電話問題独立専門家委員会(IEGMP)の勧告で「子供の携帯電話の販売を自粛するように」とか「SAR値の表示」とかがされたが、携帯電話メ−カ−は従わなかったしSAR表示も購入者にはわかりにくい形でしかされなかった)。

 今回のWHO予防方策フレ−ムワ−クは、予防方策の実行は法的規制ではない方法で採用するよう求めている。とくに予防方策選択にあたっては以下の観点から実行すべきと考えている。
 今回のWHO予防方策フレ−ムワ−クでははば広いステ−クホルダ−(利害関係者)を取り込むよう奨励している。高周波電磁波での「ステ−クホルダ−」とは、政府・学会・市民グル−プ・計画者のような専門家・学校関係者・不動産業者・企業(携帯電話会社や放送会社及びインタ−ネット・プロバイダ−、そして携帯電話メ−カ−)を指す。

《実行後の評価》
 今回のWHO予防方策フレ−ムワ−クで詳述したが、採用された方策は実施後定期的に再評価(再検討)されねばならない。新しい科学的知見が発表された場合は、特に再評価(再検討)は必要だ。セル方式無線通信技術の高周波電磁波は変化が急速なので特に再評価(再検討)が重要といえる。


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