成田−羽田リニアモ−タ−カ−構想は愚策

電磁波公害面からも経済面からも問題

□いまさらの成田−羽田間リニアモ−タ−カ−構想
 森田健作・千葉県知事は、就任早々の4月に、成田−羽田間リニアモ−タ−カ−構想のための検討研究会を立ち上げる準備を進めると発表しました。知事は選挙公約としてもリニア構想を掲げていましたので、その意味では、公約実現の第1歩といえます。問題は、この構想が千葉県民にとって、また日本全体にとって、本当に良いことなのかです。

□電磁波公害をどうする?
 リニアモ−タ−カ−の最大の問題は、強力な磁場で車体を浮かせ高速で走らせるという、リニアの構造からくる電磁波公害問題にあります。リニアモ−タ−カ−は、床面で20万ミリガウス、座席で2〜5万ミリガウスという超強力な電磁波(磁場)を発生させます。これが人体にどのような影響を与えるかは未解決です。

□3兆円も要する金食い虫
 千葉県知事のリニア構想は、彼が以前所属していた、自民党の政務調査会や国土交通省のプランが基になっています。そのプランによると、総事業費は、大づかみで3兆円かかります。羽田空港ハブ化構想が出ているのに、羽田空港−成田空港間の顧客需要が見込めるか疑問です。来年度には、京成新線が成田空港と日暮里駅を36分で結びます。需要予測が杜撰なリニアモ−タ−カ−構想に3兆円もかけるのは、壮大な無駄になる恐れが強いといえます。公共事業に金をかける土建国家方式を、いつまで続けるつもりでしょうか。

□リニアモ−タ−カ−構想とは
 千葉県知事の成田空港−羽田空港間リニアモ−タ−カ−構想は、成田空港、千葉市、東京臨海副都心、羽田空港を、用地買収をなくすため大深度地下で結び、リニアモ−タ−カ−を走らせるというものです。これが開通すると両空港は直通で15分で結ばれるというものです。神奈川県知事は羽田空港−横浜間へ延長を考えています。

□足元から疑問の声上がる
 総事業費は約3兆円もかかるこの構想に対し、鶴岡啓一・千葉市長(当時)は、2009年4月に「誰がやるのか。東京湾の地盤は軟弱で費用がかかる。元気だけではできない」と皮肉り、石原慎太郎・東京都知事さえも「リニアに期待するが、羽田と成田の間の顧客の需要というのはどれぐらいあるのか」と醒めた目で語っています。国土交通省が2004年度に行なった調査によると、両空港間を結ぶ交通機関利用客推計は、1日当たり約3100人です。しかも、来年度には成田空港と山手線・日暮里駅を結ぶ新線が開業し、成田空港−日暮里間は最速36分に短縮されます。これに加えて、前原誠司・国土交通大臣が最近投掛けた、羽田ハブ空港化構想が動きだすと、両空港間の交通機関利用客はさらに減ります。このように考えていくと、3兆円かけてリニアを通して、果たして採算が合うかどうかは、はなはだ疑問と言わざるをえません。

□最大の問題は電磁波公害
 なによりも問題なのは、電磁波問題です。この構想で使われるリニアモ−タ−カ−は、超電導磁気浮上方式(JRマグレブ方式)を採用しています。他方、中国の上海で導入されているのはドイツ方式で、トランスラピッド方式です。この構想の方式では超伝導磁石を使うのに対し、ドイツ方式は通常の電磁石を使います。この2方式には一長一短がありますが、前者のほうが電磁波は強いと言われており、床面で20万ミリガウス、座席位置で2〜5万ミリガウスとされています。2007年6月に出されたWHOの環境保健基準では、3〜4ミリガウスで小児白血病発症リスクが約2倍と疫学調査で示していますが、その値の1万倍から10万倍という、桁外れに大きな値です。こう指摘すると、変動磁場(交流磁場)と静磁場(直流磁場)は違う。WHOの環境保健基準は交流磁場を扱い、リニアは直流磁場だ、混同するのはおかしいという反論が出てきます。しかし、リニアモ−タ−カ−の走行中では変動(交流)磁場が発生します。また、直流(静)磁場でも、このように高い値だと、生体に影響を与えざるを得ないと考えるべきではないでしょうか。
 鉄道総合技術研究所で働いていた技術者は、「リニアで発生する強力磁場の乗務員や車内販売員への影響は未解決で、どれだけ磁場を下げられるか大きな課題となっている」と語っていました。

□他にも問題が山積
 電磁波だけではありません。騒音も問題です。時速500キロメートルでトンネル内を突っ走るので、騒音問題は深刻です。また、トンネル内を常時走行するので車窓を楽しむことはなく、圧迫感や閉塞感が強いので閉所恐怖症の人にはきびしいでしょう。さらに、大深度地下を走行しますから、事故が発生した場合、救出作業は困難を極めます。地震、火災、停電とどれを想定しても相当な懸念が予想されます。

□経済的に見ても
 成田−羽田を結ぶ具体的ル−トは、まだ決まっていません。大変な騒音と電磁波公害を伴うリニアモ−タ−カ−は、市街地を通すと沿線住民の猛反発が予想されるので、大深度地下を通すことになりますので、それに伴うコストは膨大であり、3兆円前後というのも甘い見方で、どこまでコストが増大するか予想がつかない、というのが本音だと思います。公共事業問題を扱う法政大学・五十嵐敬喜教授(都市政策論)は、次のように厳しく批判しています。「(JRが進める)東京−大阪間を結ぶリニアも天文学的な費用がかかる上、環境破壊のため国民的合意がないのが現状。まして、成田−羽田間のリニア構想とは思い付きにすぎない。政治である以上は、誰が金を負担するのか、どんなスケ−ルなのかを条件で示すべきだ」
 経済面の問題点としては次のように上げられます。
(1)建設コストが膨大にかかります。JR東海の東京−名古屋間リニア中央新幹線では1km当たり196億円かかるとしています。しかし、東京の地下鉄(池袋−渋谷間)では1km当たり276億円かかるとされます。つくばエクスプレスの秋葉原−東京間の延長工事計画での試算は1km当たり500億円かかるとされています。さらに、リニアは超伝導という特殊な技術が必要ですし、駅の新設、防災施設(避難路確保のための用地買収)コスト、金利等は試算に含まれていません。リニア中央新幹線の試算は、あまりにも安易と批判されていますが、この批判はそのまま成田−羽田間のリニア構想にも当てはまります。
(2)維持コストも膨大です。大深度地下を通すため電力費は現行新幹線の3〜5倍かかるとされています。安全保守費用も大深度地下であれば、相当な金額が見込まれます。
(3)これだけのコストをかけるだけの需要はあるのでしょうか。2004年度に国交省が調査したデ−タによると成田空港−羽田空港間の交通機関利用客数は推計約3100人。この程度の顧客数で採算は合うのでしょうか。さらに、来年度には成田空港−日暮里間の新線が開通し最速36分でその間を結びます。この新線のほうが車窓が楽しめ料金もリニアより安いでしょうから、リニアよりも新線を使う客の方が多いでしょう。さらに、国土交通大臣が提起した、羽田ハブ空港化構想が動きだすと、国内線と国際線の乗り継ぎがスム−ズなり、成田と羽田の間を移動は必要なくなります。いずれにしても、莫大な資金を費やしてリニア構想を実現する根拠が弱くなります。

□リニア中央新幹線はどうなのか
 他のリニア構想としては、2025年開業を予定している、東京−名古屋間を結ぶリニア中央新幹線です。将来的には東京と大阪を1時間で結ぼうという構想ですが、とりあえず東京−名古屋間を40分で結ぼうという構想です。このリニア中央新幹線が正式に発表されたのは2007年4月で、JR東海による計画です。JR東海は、リニア中央新幹線を東海道新幹線のバイバス路線と位置づけていますが、本当に東海道新幹線のバイパスは必要なのでしょうか。新幹線の建設には法律による手続きが必要です。リニア中央新幹線はこの法律による基本計画に入っていますが、次の手順である整備計画には入っておらず、中途半端な段階なのです。そこで、JR東海は総事業費を自己負担とし、まだ途中段階なのに、強引に2025年に開業すると宣言したのです。こうした強引な手法に対し、JR東海労働組合は、一方的かつ独善的と批判する声明を2009年7月に発表しました。

□リニア中央新幹線の問題点
 リニア中央新幹線の最大の問題点は電磁波公害です。これについては既に述べたとおりです。
 次に問題なのは経済性です。建設費は5兆円を越えますが、自前でやるとJR東海は言っていますが、本当に財源を確保できるのでしょうか。また、JR東海は、リニア中央新幹線を東海道新幹線のバイバス路線と位置づけていますが、なぜ東京−名古屋を先行開業するのでしょう。想定ル−トは、南アルプスを貫く南アルプスル−トと、北に迂回する伊那谷ル−トと木曽谷ル−トがあり、まだ決まっていません。JR東海としては直線ル−トである南アルプスル−トが最短で建設費も安く最善としています。しかし伊那谷ル−トを要望する長野県の抵抗もあり、そう簡単には決まりません。中間駅は、神奈川、山梨、長野、岐阜に、1県に1駅を設置する公算ですが、駅建設費は全額地元負担なので、通過県の意向を無視することにはいきません。一番問題なのは、バイパスとしながら、東海道沿線の人は利用できないことです。東海道沿線こそ集客能力が高いのに、果たして採算は合うのでしょうか。国立社会保障・人口問題研究所のデ−タによると、日本の人口はすでにピ−クを過ぎて減少傾向にあります。世界的金融危機で、経済成長もあまり期待できない時代に入っています。リニア新幹線は通常の新幹線より高い料金体系になることが予想されますが、高額料金払ってまで客が利用するのでしょうか。
 第3に、建設費と環境破壊の問題があります。リニア新幹線は電磁波公害が大きく、超高速走行なので騒音問題も深刻なので、沿線住民の協力が得られにくいでしょう。したがって用地買収が困難を伴うので、地下40メートル以下の大深度地下利用しかないといわれています。そのため土木費、残土処理費、事故対策費、大規模地震対策費等が、通常の鉄道敷設より相当に高くなると予想されます。また、リニアが地震に対して有効であるということは聞いたことがありませんし、大深度地下ですので、異常出水や破砕帯対策など、自然災害の被害リスクもその分高いといえます。想定されるル−トは山岳地帯を通りますが、特に南アルプスル−トの場合、中央構造線、伊那谷、等々、いくつもの活断層を横断します。そのために、地層を流れる地下水脈を分断することや土壌大量掘削と残土処理等による環境破壊も問題です。電力費や大深度で事故が起こった際の救難対策費など維持費(ランニングコスト)も半端ではありません。
 第4に、リニアでなければならない理由はあるのでしょうか。JR東海によると、リニア推進の第1の理由は、東海道新幹線の輸送力の限界にあります。第2の理由として、航空機輸送との競争上、より早くより便利に輸送する鉄道を本能的に渇望していることです。しかし最も大切なことは、リニア中央新幹線が利用者を満足させることなのです。

□リニア新幹線は本当に必要なのか
 第1に、JR東海は、東海道新幹線の輸送力が限界なのでリニア中央新幹線が必要としていますが、本当に東海道新幹線の輸送力は限界なのでしょうか。東海道新幹線の利用状況は、2008年度決算で見ると、対前期比でマイナス4億9600万人キロで、わかりやすく言うと、対前期比マイナス1.1%です。また、国立社会保障・人口問題研究所の資料によると、列車を最も多く利用する15歳〜64歳の年代層は、現在は約8100万人なのが、リニア開業年の2025年には約7100万人と約13%も減少します。こうした試算からすれば、東海道新幹線の輸送力は限界という根拠は薄弱です。
 第2に、リニア中央新幹線は東海道新幹線のバイパスといいますが、それではなぜ、東京〜名古屋間を先行開業するのでしょうか。大阪まで行くには、名古屋で通常の新幹線に乗り換えなければなりません。リニアは相当高い運賃が設定されるでしょう、しかも、大深度地下を走行するので車窓は楽しめず、閉塞感も強くストレスが高まります。そんなマイナス面がいくつもあるならば、通常の新幹線だけを利用する人は必ず出てくると思います。
 第3に、リニア中央新幹線は大深度地下走行なので、既存の鉄道網との接続が極めて困難であり、とても利用しづらい交通機関です。他方、既存の新幹線は開業して45年が経過して老朽化し、改修が必要な時期にきているので、既存新幹線の線路、道床、橋梁、トンネル等の改修や新車両の導入等に力をそそぐべきではないでしょうか。減少する利用客を、既存新幹線とリニアに取り合うのは愚の骨頂で、第2のJR赤字が生まれるおそれが十分予想されます。
 第4に、桁外れに強い電磁波曝露による生体への影響は未知数です。言い換えれば、人間はどこまで電磁波に耐えられるかという、人体実験するようなものです。営業運転を行えば、乗務員は毎日リニアに乗りますが、そこで起こる健康への影響は誰もわかりません。大深度地下を通すことによる環境破壊も深刻です。どの角度から見ても、リニアモ−タ−カは派推進すべきではありません。

<解説>磁気浮上式高速鉄道方式について
JR式マグレブとトランスラピッドの比較

 マグレブとは英語の magnetic levitation (磁気浮上)の省略呼称であり、その意味では両者共にマグレブです。前者は日本のJR東海と鉄道総合技術研究所が共同開発している方式で、超伝導電磁石を使い、日本独自の方式です。超伝導電磁石方式はすぐれた面もありますが、同時に強力な磁界を発生する超伝導電磁石の問題も合わせ持ちます。後者はドイツで開発された方式で、この方式を開発し販売している企業名から来ており、永久磁石と通常の電磁石を使うため低コストで済むし、停止時も浮上しているので車輪を必要としません。しかし、車両と軌道の間で約8mmしかないため、地震多発地帯や地盤軟弱地域では困難要素となりますが、浮上が少ない分、磁界発生量は少なくてすみます。超伝導に必要な液体ヘリウム冷却が必要ないのでコストも小さいのです。上海のはドイツ式です。地震国日本では向きませんが、かといって、JR式マグレブが向くわけではもちろんありません。ちなみに、JRマグレブでは約100mm 浮上します。


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