脳脊髄液減少症とは 電磁波/化学物質過敏症の原因の可能性

 脳脊髄(せきずい)液減少症患者を対象とした問診票調査の結果、同症患者の50.7%に化学物質過敏症(MCS)の疑い、33.3%に電磁波過敏症(EHS)の疑いがあることを、国際医療福祉大学熱海病院の薬剤師の中里直美さんらが「日本臨床環境医学会第26回学術集会」(6月)で報告しました(会報前号既報)。たいへん興味深いご報告であったことから、NPO法人市民科学研究室の上田昌文さんと電磁波問題市民研究会の網代とで、脳脊髄液減少症の診療を行っている同病院脳神経外科の篠永正道教授にお話をうかがいました。この病気は交通事故や転倒などの負傷により脳脊髄液(以下「髄液」と略します)が漏れることなどによって起こります。全治数週間の「むち打ち」などと診断されがちな、一見軽い外傷でも発症したり、原因不明の発症も多く、潜在患者が多くいる(後述の著書によると推計「数十万人」)と考えられるそうです。篠永教授は、EHSやMCSの方々の一部は脳脊髄液減少症が原因となっている可能性があるとおっしゃっていました。同症は治療により症状を改善でき、特に子どもの場合は治療効果が高いとのことです。
 静岡県熱海市内で9月15日、主に学校養護教諭や医療関係者などを対象とした同県主催の脳脊髄液減少症の勉強会が開かれ、篠永教授が講演されました。私たちは、この勉強会に参加させていただいた後、同病院で篠永教授、中里さんからお話をうかがいました。さらに、篠永教授の著書『脳脊髄液減少症を知っていますか』(西村書店)も拝読しました。
 以下、篠永先生のお話と著書から、脳脊髄液減少症とは何か、その原因、症状、診断、治療などについて、簡単にご紹介します。

脳脊髄液減少症とは
 髄液は、脳や脊髄の周りにあるくも膜下腔内を満たしている透明な液体で、脳や脊髄は髄液の中で浮いている状態です。髄液の役割は、柔らかい脳が頭蓋骨に衝突して損傷しないためのクッションの役割や、脳を冷やしたり、リンパ液と同様に様々な物質を運ぶ役割があると考えられていますが、まだ分かっていないことも多いとのことです。
 脳脊髄液減少症とは、主として髄液が漏出することにより髄液が減少し、そのため神経系の機能不全が生じ、頭痛、頸部痛、めまい、耳鳴り、視覚機能低下、記憶力・集中力低下、倦怠など多彩な症状が持続する疾患です。

脳、脊髄、髄液、くも膜下腔の概念図。ただし、篠永教授によると、最近は髄液は循環していないと考えられているのこと(長野県佐久市のウェブサイトより)

脳脊髄液減少症の原因
 この病気の原因としては、①真の脱水状態(体内水分の減少)、②脳脊髄液シャント(過剰にたまった髄液を他の体腔へ流す治療)による流出過多、③外傷性、④特異性(原因不明など)-があります。

脳脊髄液減少症の症状
 痛み、脳神経症状、自律神経症状、倦怠、免疫異常、内分泌異常などの多彩な症状が同時に出ますが、この病気で出ることが多い、特徴的な症状が二つあります。
 一つは起立性頭痛で、立ち上がった時に頭痛などの症状が出て、横になると改善するというものです。ただし重症になると、寝ていても痛むようになってしまうこともあります。
 もう一つは、低気圧の接近や、高所、飛行機内など、気圧が下がると症状が悪化するというものです。

脳脊髄液減少症の診断
 この病気の診断の鍵となるのが、画像診断です。髄液が減ると、その中で浮いている脳が沈むので脳と頭蓋骨の間に隙間が出来ることをMRIで確認できます。また「RI脳槽・脊髄液腔シンチグラフィー」「CTミエログラフィー」などの方法によって、漏出している様子を撮影することができます。
 しかし画像で確認できない場合もあり、その場合は、生理食塩水を硬膜外(硬膜の外側の部分)に注入します。髄液が漏れている場合は症状が改善するので、この病気だと診断できます(診断的治療)。

脳脊髄液減少症の治療
 治療では、まず髄液の漏れを止めます。横になって安静にして過ごし自然治癒を図ります。1週間から10日程度、食事とトイレ以外は、ずっと横になります。
 しかし安静にしても、発症して3カ月以上の人など約3割の人は良くならないそうです。その場合は「ブラッドパッチ」を行います。これは漏れている場所の硬膜外に自分の血液を注入して、硬膜外の圧力を上げるとともに、血液の凝固作用で漏れている場所をふさぐ治療法です。注入中からすぐに症状改善が見られます。患者の約半分は1回で漏れが止まりますが、複数回必要な人もいるとのことです。ブラッドパッチは昨年、保険適用されました。
 漏れが止まっても、髄液がなかなか増えない人もいます。その場合、人工髄液を注入して髄液を補充するとのことです。
 体が髄液を作ることを促すことも必要です。具体的には、髄液産生の阻害要因となる睡眠障害、胃腸障害、栄養障害、ストレス(交感神経の緊張)などを除去するために、良い睡眠、規則的な食事・水分摂取、交感神経の緊張をとるための体操・散歩・ゆっくりとした腹式呼吸などを行うことです。特に水をきちんと摂取することが重要です。

脳脊髄液減少症の過敏症
 脳脊髄液減少症患者の症状の一つに過敏症があります。疼痛過敏、光・音過敏、味覚・嗅覚過敏、化学物質過敏、電磁波過敏を訴える患者がいます。
 髄液の中には様々な神経伝達物質があります。これらの物質は神経を興奮させたり、抑制したりします。車でたとえればアクセルとブレーキです。髄液減少によって神経伝達物質が減ったり、場所によっては増えたりすることによって、ブレーキが壊れて神経が暴走するのが過敏症だろうと、篠永教授は考えています。もちろんこれは仮説ですが、患者の髄液の中の物質が実際にどうなっているのかを調べることができれば、この病気で過敏症が出る仕組みが分かり、ひいては、EHS、MCSの発症のしくみの解明にもつながる可能性があります。

子どもの脳脊髄液減少症
 子どもの脳脊髄液減少症は珍しくありません。子どもはくも膜・硬膜が脆弱であること、動きが活発であり外傷を負いやすいからです。にもかかわらず、小児科の医師にこの病気がほとんど知られておらず「偏頭痛」「起立性調節障害」と診断され、不登校の原因にもなっています。
 2005~2015年の子どもの症例70人を調べたところ、男子と女子が35人ずつ、平均12.7歳(5~17歳)、罹病期間平均2.0年(0.1~13年)、登校状況は不登校21名、登校困難26名、登校可7名でした。発症の原因は体育授業、バスケット、サッカーなどのスポーツが最多(25名)でした。体育授業の中には組み体操をしていて崩れたことによる発症事例もあります。また、運動中に後ろ向きに転倒すると、とても危険です。交通事故(14名)や、子どもがいたずらでやる「イス引き」(3名)も危険です。
 子どもはブラッドパッチの効果が抜群です。回復すれば普通に生活でき、プロのパスケットボール選手になった子もいます。

EHS、MCSとの共通点
 以上、篠永先生のお話などからまとめました。多彩な症状が出ること、対処法として規則正しい生活、交感神経の緊張をとるための軽い運動や腹式呼吸が有効であることなど、EHS、MCSとの共通点が多く見られます。
 この病気が一般にも、また専門医以外の医師にも知られていないという悩みも、EHS、MCSと似ています。勉強会の冒頭で体験をお話しされた女性患者は、交通事故にあい、この病気を知らない整形外科医に頸椎捻挫など全治6週間と診断されて誤った治療を受けたために症状が悪化した挙げ句、この医師に「治っているので痛むはずがない」と言われたそうです。あらゆる診療科を受診しては異常なしと言われ続けたこと、体中の痛みなどで仕事も生活もできず廃人寸前のようになったことなど、EHS、MCSの方々からもしばしばうかがうような壮絶な体験談でした。

医学の常識をくつがえす
 EHS、MCSの発症者や家族の立場からは、医学界でもなかなか認められないこれらの病気を診療してくれる医師たちは神様のような存在ですが、篠永先生も脳脊髄液減少症患者にとって神様のような存在であることが、上記の体験談からうかがえました。
 篠永先生はこの病気の患者を約2000人診療してきた第一人者ですが、篠永先生によるこの病気についての考え方は、医学界での共通認識にはなっていないそうです。海外ではこの病気のうち非特異性(原因不明)のものの論文が主で、外傷性についての診療は、篠永先生を中心に日本が先んじているそうです。今でも「軽いけがで髄液が漏れることはあり得ない」などの批判があるそうです。
 篠永先生は医師として最初からこの病気に詳しいわけではありませんでした。交通事故で「むち打ち」になった患者がどうしていろいろな症状を訴えるのか分からなくて数年間考えていたところ、ある時、雑誌をめくっていて「低髄液圧症候群」の記事が目に入り、ひらめいて、もしかしたらと患者を調べてみたら、髄液が漏れていたそうです。むち打ち程度で髄液が漏れるわけないというそれまでの医学の常識がくつがえされたのです。
 これまで分かっている「医学的知見」を盾に、患者の訴えをろくに聞かずに退ける医師も多いです。電磁波の影響を訴えても、耳も貸そうとしない医師に悔しい思いをした方は多いと思います。篠永先生のように患者の訴えにきちんと向き合ってくださる医師が当たり前になってほしいです。

EHS、MCSの原因かも
 現在EHS、MCSを発症して苦しんでいる方々のうち、発症前にけがをしたことがある方、発症直後から起立性頭痛がある方や、気圧低下に弱い方、さらにお子さんの発症者は、一度、脳脊髄液減少症の検査を受けてみたほうが良いかもしれません。
 篠永教授の所へは全国から患者が来ていて、大人は半年待ちですが、子どもは特別に人数制限を設けず、1カ月以内に受診できるようにしているとのことです。また、ウェブ検索をすれば、この病気の診療を行っている全国の医療機関を調べることができます。【網代】

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