温故知新 シリーズ「あの頃こんなことがあった」(6) 熊本市御領地区の携帯基地局問題(下)

熊本市御領地区の携帯基地局問題(中)のつづきです。

熊本の状況
 「ネットワーク熊本」の御領(ごりょう)と沼山津(ぬまやづ)以外のその後ですが、水前寺公園近くの新大江地区は当初の予定地計画が凍結され、その後別の場所に移して基地局は建てられました。菊陽町ひばりが丘は凍結されたままです。山鹿市はここも当初の予定地は凍結され、その後場所を移して基地局が建てられました。

「九州ネットワーク」の旗上げ
 こうして御領と沼山津を頂点とする苦闘を基盤に,2000年11月26日、「中継塔問題を考える九州ネットワーク」が結成されました。九州ネットワークの事務局長は宮嵜周(みやざき・しゅう)さんです。宮嵜さんは御領の住民ですが、御領の闘いの当初は東京で働いていて、その後定年退職し故郷の熊本に戻っていました。そして1999年頃から御領の闘いに誘われ、「託麻の環境を考える会」の事務局に加わっていました。
 九州ネットワーク結成の契機は以下です。
 熊本市の隣町の菊陽町原水新町(はらみずしんまち)でドコモの基地局に反対する運動が展開されていました。菊陽町ひばりが丘とは同じ町ですが別の地域です。その原水新町の住民が荻野晃也氏の講演会を2000年11月26日に開きました。講演会には130名が参加しました。
 講演会後に交流会がもたれました。その交流会に九州の16地域・90名が参加しました。その盛り上がりの中で、一気に九州ネットワークをつくろうという話に進みました。もちろん、それまでに各地域の間で一定の信頼関係が築かれていたからこその気運です。

鹿児島市皇徳寺の闘い
 九州ネットワーク結成の大きな力となった要因の一つとして、宮嵜事務局長は「鹿児島市皇徳寺の闘いの成果」を挙げました。
 鹿児島市の西部に位置し、永田川の中流域の丘陵部に「皇徳寺台ニュータウン」という新興住宅大団地があります。町の由来は「皇徳寺」(こうとくじ)という曹洞宗の寺院があることからきています。この大団地に隣接した崖地に、NTTドコモが1999年9月に、40mの基地局鉄塔を建てようとしました。この大鉄塔建設計画に団地住民が反発し、反対運動を繰り広げたのが「皇徳寺の闘い」です。
 闘いは1年半にわたって大規模に展開されました。署名は1555名分集めました。また鹿児島市、鹿児島市議会、郵政省(当時、今の総務省)、ドコモへの反対要請活動や抗議活動が展開されました。しかしドコモは、2000年10月に鉄塔建設工事を強行しました。2001年1月に基地局は稼働され、住民組織「皇徳寺住環境を考える会」はその年の5月に解散されました。

鹿児島市が「指導要綱」を制定
 基地局鉄塔は建ってしまいましたが、住民たちの取り組みで鹿児島市は2000年10月5日に、「市指定工作物築造計画に関する指導要綱」を制定しました。闘いの成果です。
 「指導要綱」は、①指定工作物(つまり基地局のこと)の高さの1.5倍の範囲の住民は説明を求めることができる、②指定工作物をつくる者は築造の確認申請の少なくとも14日前には「築造」標識を設置しなければならない、③築造主(つまり携帯会社)は近隣住民から不安・疑問等の申し出があったら誠意をもって対応し、理解を得るえるよう努めねばならない、④築造主は説明会等の内容(例えば参加者名簿)を市長に求められたら提出するものとする、としています。
 この「指導要綱」を使えば、高さ40mの基地局ならば基地局から60m以内の住民には説明会を開かねばならないし、建築申請の2週間前には予定地に基地局を建てることを標識で知らせなくてはなりません。いまでは全国で少なくとも22の自治体でなんらかの規制を設けた基地局条例や環境景観条例や指導要綱ができています(会報第134号参照)が、23年前にこうした「指導要綱」が制定されたことは画期的なことです。

御領・沼山津は地裁で同日に敗訴
 本裁判は沼山津が1997年8月22日に熊本地裁に提訴し口火を切りました。御領はそれから2年遅れた1999年12月20日に本裁判を提訴しました。
 熊本地裁の判決は沼山津と御領の2つとも2004年6月25日に出ました。ともに「棄却」で原告(住民側)の敗訴です。この「6・25不当判決」に対し、御領の原告団・弁護団は共同で以下の声明を出しました。
 「本日、熊本地方裁判所は、住民らの請求を退ける請求棄却の判決を言い渡した。携帯電話中継塔の安全性については、すでに学者・専門家の方から地質の軟弱性・鉄塔の基礎工事の施行が甚だずさんであり、倒壊の具体的危険性が極めて高いという多数の意見・証言がなされていたにもかかわらず、本判決のような判断を下したのは、全くもって遺憾であると言わざるをえない。
 私達は、裁判において、専門家の意見だけでなく、実際の施行現場を詳細に撮影したビデオの検証を行うように求めてきた。又、実際に現地で掘削してその付着状況を確認するため掘削鑑定を行うことも求めてきた。裁判所は、我々のこれらの正当な証拠調べを求める権利を無視しておきながら、判決では我々を負かせるなどと全く矛盾した判断を行っており、本裁判は文字通り不当判決と言わざるを得ない。(後略)」
 両地域は当然ながら福岡高裁に控訴しました。

KDDI(旧九州セルラー)本社に直接要請行動
 地裁判決は6月25日の午前中に出ましたが、その日の午後、御領地区の宮嵜周さんと川上博さんの二人と沼山津地区の尾山幸太郎さんの計3人は、東京千代田区飯田橋にあるKDDI本社に要請書をもって直接会おうとしました。KDDI本社を訪れたのは裁判の途中で九州セルラーがKDDIに吸収されたためです。私はこの日行動を共にしました。
 KDDIはきちんとした身なりの3人を頑なに拒否し会おうとしませんでした。それどころか50人のガードマンとスーツ族で排除行動に出ました。はるばる九州から来た住民に会おうとしないKDDIの態度に私は驚きました。

高裁・最高裁でも敗訴
 日本の裁判所は体質が古く1審判決を覆すいわゆる逆転判決はめったに起こりません。沼山津の福岡高裁判決は2008年10月29日に出ました。御領の福岡高裁判決は2009年9月14日に出ました。ともに「控訴棄却」つまり原告敗訴です。両地域は不服として最高裁に上告しました。
 最高裁は特殊な裁判所で、公判等の公開審理は通常しません。書類審査が主でいつ判決が出るか原告にも通知がきません。注意深く最高裁の動きを追っていないとどういう判断が出たかわかりません。まったく不親切なところです。逆に、原告や被告を呼んだり公判が開かれる時は「高裁判決を認めない時」つまり逆転判決が出るということです。
 沼山津の最高裁決定は2009年5月に出ました。具体的な日付はつかめません。住民側が不慣れだったため後でわかったのです。決定は「受理しない」つまり敗訴です。御領の最高裁決定は2010年3月23日です。沼山津の反省を踏まえて決定日はつかみました。内容は「棄却及び受理しない」で原告敗訴です。両地域とも10年を超す裁判闘争でした。
 2010年2月15日と同年3月1日の2回、御領の宮嵜さんは最高裁前で早朝ビラ入れを行い、私は2回とも行動を共にしました。それそれ1時間ばかりですが、意外にも最高裁職員はビラを受け取ります。「けっこう気にしているんだな」と思ったものです。

御領の「基地局300m以内と301m以遠の健康比較調査」
 御領では2007年10月から11月下旬までの2か月間、基地局から300m以内に住む住民と301m以遠に住む住民の健康比較調査を実施しました。これは2003年にフランス国立応用科学研究所が行った調査を参考にしたものです。フランスの調査結果は300m以内の住民の方が301m以遠の住民より健康被害を訴える人が多いと出ました。いわば300m以内が「タバコを吸う人」で、301m以遠が「タバコを吸わない人」ということです。
 御領の対象世帯は約900世帯です。実際訪問したのはその約5割で、健康アンケートを回収できたのが320世帯、907人です。御領地区には調査した2007年段階で、ドコモ(2002年稼働)とKDDI・ソフトバンク(ともに2004年稼働)の3基が稼働しています。したがって「300m以内」が648人、「「301m以遠」は252人です。合計が907人にならないのは「不明者」がいるからです。
 調査内容は12の症状項目で、①慢性的な疲労感、身体がだるい‣重い、②集中力の低下、記憶力‣思考力の低下、③気持ちがふさぐ、ゆううつ、④興奮しやすい、イライラ、⑤眠れない、眠りが浅い、⑥腹痛、胃が重い、便秘や下痢、食欲低下、吐き気、⑦耳鳴り、耳の聞こえ方がおかしい、⑧目が痛い、しみる、目がかすむ、⑨頭痛、頭が重い、めまい、⑩動悸、息切れ、胸が苦しい、不整脈、血圧が高い‣低い、⑪筋肉‣関節の痛み、腰痛、肩こりなど、⑫のどの腫れ‣渇き、せき、皮膚の炎症・かゆみ、です。それぞれ該当する個所に〇をつけるのです。

九州ネットワークが2007年に行った健康調査の結果

男女とも「300m以内」の方が「最近体調不良者の割合が高い」と出た
 誌面の関係で詳細な報告は省きますが、「300m以内」と「301m以遠」の比較では、男性では、「症状に変化なし」という人を除き12症状で割合が高く出ました。特に疲労感、集中力低下、イライラ、のど・皮膚の異常、に関して「301m以遠」より10~17%の割合の中で5ポイント前後も上回りました。
 女性では、耳鳴りと動悸関連の2症状を除いた10症状で、「300m以内」の症状を訴えた割合が高く出ました。なかでも疲労感、集中力低下、腹痛関連、のど・皮膚の異常、の4症状で9~19%の割合の中で5ポイント以上も上回りました。
 このうち、疲労感、集中力低下、のど・皮膚の異常、3症状は共通して「以内」と「以遠」の差が大きいことがわかりました。
 「結論」として、「この地域ではこの携帯電話基地局から放射される電磁波以外に症状に変化を及ぼすものが見あたらない以上、基地局からの電磁波が周辺住民の健康へ何らかの悪影響を及ぼしている可能性を示唆している」としています。
御領と九州ネットの果たした役割は大きい
 現在、電磁波問題市民研究会が全国の住民と連携して「基地局計画の中止」「稼働している基地局の撤去」させた事例は290以上に達しています。
 住民が基地局の問題点を把握し行動に動いた場合、強気だった携帯会社が態度を翻してきた場面を私たちは数多く見てきました。その背景に、御領や九州ネットワークの皆さんの血のにじむような努力や闘いがあったことを忘れてはなりません。(了)

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