経済誌も指摘 5Gは全然うまくいっていない

網代太郎(電磁波研会報編集長)

 第5世代移動通信システム(5G)が2020年3月に開始されてから4年以上がたった今年7~8月、「5Gの誤算 揺らぐ『6G』」という連載記事(全7回)が、東洋経済オンラインに掲載されました(有料会員限定)。5Gは最先端産業だと持ち上げ、「次は6G」と何の疑問も持たずに伝えるメディアが目立つ中、5Gがビジネスとしてうまくいっていないことを正面から取り上げた連載です。5Gがうまくいく保証がないことを、私は5G開始以前からこの会報などで指摘してきました。それを関係者のナマの声が裏付けるような内容でしたので、私の認識と照らし合わせながら、連載の内容の一部をご紹介します。
 連載第1回の記事は、以下の文章で始まります。

 山あいの長閑な道を走るワンボックスカー。車に運転手の姿はなく、後部に座る若者がスマートグラスを装着してサッカーの試合に夢中になっている。田園地帯の上空を飛ぶドローンが果樹園に水を散布し、高齢者が自宅で鏡のような画面と向き合い遠隔医療を受診している。田舎町に着いた若者は祖父母にスマートグラスを渡し、ホログラフで現れた仲間たちと演奏を披露して記念日を祝う――。
 2018年10月、総務省が公開したこんな1本の動画が話題を集めた。(略)
 あれから4年――。冒頭のムービーが描いた未来像はいまだほど遠く、ある携帯キャリアの首脳は「5Gは全然うまくいっていない状態だ」と嘆く。

 7月に公表された総務省「5G普及のためのインフラ整備推進ワーキンググループ報告書」に、「5Gは(略)幻滅期に入り、『5Gならでは』の実感がわかないといった声や、『なんちゃって5G』といった言葉が飛び交う状況になってしまっている」と記されたことも、この記事は伝えています。
 5Gには、消費者にとっての「キラーコンテンツ(売上に直接影響をもつ魅力的な商品)」がないことから、携帯事業者にとっては基地局整備などの投資をしなければならない一方で「収益の向上につながりにくい」状況が続いています。4Gが始まったころには「3G=ガラケー」「4G=スマホ」という消費者にとってもわかりやすい構図が成立しましたが、5Gになっても端末はアプリを含めて4G時代と大きく変わっておらず、当初期待されていた拡張現実(AR)や仮想現実(VR)に対応したゴーグルも「利便性の問題や価格の高さがネックとなり、購入層は一部の消費者にとどまるとみられる」と記事は指摘しています。

行政、産業利用が広がらず

 そもそも、携帯電話やスマホを使っている一般消費者にとっては4Gで十分であり、5Gになってもその差は実感しにくく、携帯事業者の収入増につながりにくいことは、5G開始前から予想されていました。夏野剛・慶応大学特別招聘教授は「高速・大容量、低遅延、多数接続と言われてもユーザーには価値が分かりにくい」と指摘していました(会報第109号参照)。
 5Gを推進する政府や携帯事業者も、同様の懸念は持っていました。だからこそ、政府は「5G利活用アイデアコンテスト」「5G総合実証試験」などを実施し、企業や行政機関に5Gを利用させることに躍起になってきました。重機の遠隔操作、複数のトラックを1人で運転する(先頭のトラックだけ運転手がいて、後ろのトラックは先頭車に自動追従する)、遠隔医療、防災・災害対応、児童生徒数が少ない学校の部活どうしを5Gで結んで合奏するというような様々なユースケースが示されました。
 しかし、産業や行政による利用も「現状では限られる」と、この連載記事は指摘しています。ドコモは2018年以降、5000社以上と連携しつつ、5Gを用いた新たなソリューション創出を目指してきましたが「4Gが成熟しており、『高速大容量であれば4Gで十分』というケースは往々にしてある。5Gほどの高速大容量が必要なケースは一部にとどまる」というドコモ関係者の声を紹介しています。
 5G関連の投資は日本だけでなく世界的に低迷していて、「この数年は回復が期待できない」という業界の声も、この連載は伝えています。「世界的に5Gの投資の勢いが2023年くらいから相当スローダウンし、『5Gマネタイゼーション(5Gの収益化)』は、世界でも非常に大きなテーマだ」と総務省の前・技術政策課長である川野真稔氏は述べているとのことです。

ミリ波を広範囲で使うのは難しい

 5Gの中でも、周波数が高いだけでなく、帯域幅が広いため、最高速であることが売りなのがミリ波です。しかし、携帯電話4社全体の通信量の中で、ミリ波は0.01%しか利用されていません(会報第141号参照)。周波数が高く直線性が強いミリ波は、電波が届く範囲が狭いので、ミリ波エリアを広げるためには、約100mおきと言われる大量の基地局を設置する必要があります。現状としてはミリ波は、特に通信量が多い駅前などでのスポット的な利用に留まっています(ただし楽天を除く。会報第141号参照)。
 東洋経済オンラインの連載記事も「5Gの時代を通じて改めて明らかになったのは、高周波数帯を活用する難しさだ」「とりわけミリ波について、業界関係者は『広範囲で使うのは難しい』と声をそろえる」と、ミリ波エリアの拡大は難しいことを伝えています。
 6Gでは、ミリ波よりもさらに周波数が高いテラヘルツ波が利用されると言われてきました。しかし、記事によれば、アメリカの携帯事業者AT&Tのブライアン・デイリー副社長は5月に開かれたイベントで、「今日の携帯電話業界は、『G』とも呼ばれる世代サイクルによって推進されることが多いが、今後スペクトル(周波数)の決定は『G』と関連づけるべきか」と述べ、より高帯域の周波数利用を前提とする「ジェネレーション(G)」の考えに懐疑的な見方を示したといいます。そして記事は、「5Gの先にある6Gでは、従来と同じようにより高い周波数を使う形で発展していけるのか。無線の単線的な『進歩史観』は今、揺らぎつつある」と指摘しています。

2030年に6Gは来ない

 1980年代以降、10年ごとに「進化」して「世代(G)」を更新してきた携帯電話。2020年の5Gの次は、2030年の6Gだと言われてきました。しかし、5Gの苦戦を目の当たりにして、政府も業界も、2030年の6G開始は難しいと考えていることを、この連載記事は示唆しています。たとえば、関係者の声を以下の通り伝えています。

 「『とにかく2030年に6Gが来る』という話は、違うのではないかという潮目は感じている」
 2022年夏から2年にわたり政府の次世代通信政策の陣頭指揮を執った、総務省の前・技術政策課長である川野真稔氏(現・デジタル庁参事官)はそう話す。
 NTTドコモの中南直樹・無線アクセスデザイン部長は「個人的には、あまり『ジェネレーション』を変える必要性を感じない。昔のように(通信の)エリアを作って速度を上げるように劇的に無線方式が変わるかというと、そうではなくなってきている。今のLTE(4G)、5Gをしっかり面的に構築すれば、あとは必要に応じてスポットで(基地局を)打てばいいと思う」と話す。

 最近、政府や業界は「ビヨンド5G」という言葉を使うようになっています。ビヨンド(beyond)は「超えて」という意味なので、「ビヨンド5G」は「5G以降」のような意味合いです。なぜ「6G」ではなく、あえて「ビヨンド5G」と言っているのでしょうか。この言葉を使う人によってもニュアンスの違いがありそうですが、記事の趣旨を私なりにまとめると、従来のG(ジェネレーション)の更新が、通信速度を上げるなどの電波の高度化にほぼ限られていたのに対して、今、業界が目指してる携帯電話の新技術には、電波の高度化以外の部分(人工衛星とスマホの直接通信、空飛ぶ基地局など)がかなり含まれています。「ビヨンド5G」という呼称は、テラヘルツ波利用など電波高度化だけに留まらないことを示し、競争相手の海外と差別化を図る目的もあるようです。

IOWNについて、NTTによる総務省情報通信審議会分科会への提出資料より

 連載記事によると、国内各事業者が目指しているビヨンド5G技術の中で、総務省が最重要とみているのが、NTTが開発中の、光電融合技術を活用した「アイオン(IOWN)」だと言います。私なりの理解に基づいて説明すると、携帯電話のインフラから端末までのすべての経路において、できるだけ光のままで伝送する技術の集合体がIOWNであるようです。光ケーブルを通ってきた光信号を電気信号に変換するロスをなくすことや、演算を行うチップ内も一部を光に置き換えるなどで、高速化、低遅延だけでなく、消費電力を大幅に削減できるとのことです。

ミリ波はもうやめてはどうか

 どんなに「優れた」技術を開発しても、経済性を含め、ユーザーに受け入れられなければ意味がありません。まして、それが健康に有害なら論外です。5Gがうまくいっていないのであれば、見直すべきです。
 5Gじたいを見直すべきですが、それが難しくても、せめてミリ波だけは、すぐにやめてはどうでしょうか。0.01%しか使われていないミリ波が街から消えても、だれも困りません。ミリ波ほどの高速性がどうしても必要な工場内などのローカル5Gに、利用を限定してはどうでしょうか。
 いずれにせよ、携帯各社は、ミリ波エリアを街なかで拡大することには積極的ではありません。総務省の懇談会[1]でKDDIは「ミリ波はスタジアムや製造工場内等のスポット的な需要のあるエリアに集中的に投資するもの」と述べ、楽天は「自動運転やドローン活用などの実用化に向けては、広範囲なエリアカバーが困難なミリ波より、Sub6をベースにする必要がある」と述べています。
 「5Gになると100mおきに基地局が建つ」「すべての信号機に基地局が付けられる」などと言われてきましたが、ミリ波のエリアがスポット的なままで留る限り、他の大部分の地域では、そのような心配はなさそうです。
 そして、ミリ波よりもさらに扱いが難しそうなテラヘルツ波が携帯電話のために将来使われることは、おそらくないだろうと私は考えています。

[1]「デジタル変革時代の電波政策懇談会 5Gビジネスデザインワーキンググループ(第3回)」配布資料

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