事業者が携帯電話基地局の設置などをしようとするときに、事前に周辺住民へ説明会を開くことなどを義務付ける条例の制定を求める請願が3月17日、神奈川県大磯町議会で全会一致で採択されました。自宅のすぐ脇に基地局が建設されてから自身と娘さんが体調を崩し、同町内からの引っ越しを余儀なくされた村越史子さん(会報第140号参照)が粘り強く町議らへ働きかけた努力が実を結びました。
1月29日に提出された請願は、以下のことを求めています。
- 町は各携帯電話事業者に対し、基地局の設置、改造および契約更新の際、事前に周辺住民に対し説明会の開催を求める条例を制定してください
- 町は各携帯電話事業者から基地局の設置または改造の届出を受理した際は、その情報を速やかに開示することを条例に加えてください
自宅のすぐ脇の基地局で4年前に体調悪化
村越さんと娘さんは、大磯町の環境が気に入って町内に家を建て、終の棲家にするつもりで都内から引っ越してきました。しかし、自宅のすぐ脇で楽天の携帯電話基地局が稼働した2021年1月ごろから娘さんが体調を崩し、頭を少し動かしただけで、ひどいめまいや吐き気がするなど症状が深刻化していきました。2022年3月からは5Gアンテナが追加され、このころから村越さんご自身にも症状が出ました。村越さん親子は断腸の思いで自宅を手放すことを決め、同年11月に隣の平塚市内の貸家へ転居しました。
大磯町へ戻る準備中
平塚へ転居後、二人の症状は改善しました。しかし、家の中は電磁波を低く保つよう努めていても、大磯よりは“都会”である平塚は、一歩外に出ると測定値が時として高くなり、また、近くに高圧送電の鉄塔もあり、不安になります。友人たちがいる大磯へ戻りたいと、娘さんと村越さんは町内で物件を探し回り、電磁波に敏感になってしまった娘さんも何とか妥協できる土地を見つけて、購入。電磁波対策をした家の建設を業者と相談されています。
3年前の陳情を受け町が携帯事業者へ要請
村越さんは、平塚への転居前から、大磯町や町議会へ地道な働きかけを積み重ねていきました。
2022年5月、転居前の村越さんは、やはり健康影響が出た近所のCさんと連名で「基地局周辺住民から健康被害の訴えがあった場合は、健康被害の聞き取り調査等、町ができる対策を取っていただくこと」を求める陳情を大磯町議会へ提出。陳情は町議会の総務建設常任委員会で審議され、全会一致で採択されました。
採択を受けて、大磯町は町長名で、携帯6社(ドコモ、KDDI、ソフトバンク、楽天、UQ、Wireless City Planning)に対して要請文を送付しました。6社は、基地局を設置または変更する場合は町へ報告書を提出することなどを了承しました。
基地局周辺住民に健康アンケート
Cさんが住んでいる家、そして村越さんがかつて住んでいた家のすぐ近くに建てられ、村越さんらの健康被害の原因となった基地局の周辺住民を対象に、Cさんと村越さんは2024年1月、健康に関するアンケートを行い、31名から回答を得ました(会報第147号参照)。基地局稼働前から住んでいる30名のうち、17名が「稼働後に健康状態が悪くなった」と回答しました。
報告書の開示を請求
前述した大磯町による要請に応じて、携帯電話事業者が提出を了承した報告書の件数や内容を確認するため、Cさんと村越さんは、この報告書の2023年1月~2024年4月分の開示を求めて、2024年4月、行政情報公開請求書を大磯町へ提出しました。
同年5月に開示されましたが、「位置図等携帯電話等基地局の設置場所に関する情報」「立平面図、設備機器の使用に関する情報」などの部分が非公開とされました。すなわち、開示された文書では、設置場所の詳しい住所や、電波の強度などの部分が真っ黒に塗りつぶされていたのです。一部を非公開とした理由は「生産活動上のノウハウに関する情報及びその他公開するとにより、明らかに法人等に不利益を与えると認められる情報であるため」などと示されました。
村越さんらは、非公開部分の公開を求め「審査請求書」を同年7月に大磯町へ提出しました。この結論は、まだ出ていません。
楽天による説明会を求める陳情
さらに、Cさんと村越さんは2024年5月、町議会へ陳情を提出しました。村越さんらの健康被害の原因となった基地局から300m以内の住民と希望する大磯町民に対し、この基地局についての説明会を開催するよう楽天モバイルに求める内容です(会報第149号参照)。6月の町議会総務建設常任委員会での審議の結果、陳情は「趣旨了承」[1]と議決されました。
この陳情が、採択に至らず、趣旨了承にとどまったのは、同委員会の委員7名のうち4名が反対したからでした。賛成は2名でした(あとの1名は委員長で、委員の賛否が同数のときのみ自分の賛否を表明します)。
結局、この陳情後に、楽天モバイルによる説明会は実現していません。
基地局条例を目指すことに
陳情が趣旨了承と決まった直後、村越さんは基地局条例制定を目指すことを決めました。そのころ、村越さんは大磯町へ戻るために物件を探していましたが、戻った後に、また知らないうちに近所に基地局が設置されたら、元も子もありません。
複数の議員や町民が、村越さんに協力してくれました。そして、前回の陳情が趣旨了承にとどまったことを反省点として、陳情ではなく請願にすることにしました。請願と陳情は、要望などを議会へ訴える手段という点では同じですが、請願の場合は紹介議員が必要です。また、大磯町議会の場合は、陳情は委員会での採決だけですが、請願は委員会での裁決後、本会議で採決を行います。つまり、委員会で不採択にされても、本会議では逆転して採択される可能性が残ります。
また、議員らからのアドバイスで、条例制定への機運を高めるために、基地局条例についての学習会を今年1月に開きました(会報前号参照)。大磯町では、町の許可をとれば町の掲示板を使える仕組みがあり、村越さんらは町内すべての掲示板に学習会の案内を貼ったそうです。学習会は盛会でした。
議員1人1人と会う
前回の陳情が趣旨了承に留まったことを踏まえ、今度は議員から反対が出ないよう、村越さんは議員全員に直接会ってお願いすることにしました。2人だけ事前に会えませんでしたが、その方には電話で家族にあらかじめお願いしたうえで資料を議員宅のポストに入れました。
「前回の陳情のときは、たぶん基地局の問題について事情をよく知らずに反対したのだと思う。話をしてみると、理解してくれました」と村越さんはおっしゃっています。
委員会で採択
請願は2月12日の本会議で審議され、紹介議員である石川則男議員が、趣旨説明をしました。請願の審議は総務建設常任委員会へ付託されました。
同月18日の同委員会で審議され、村越さんが請願の理由を述べ、娘さんも意見を述べました。審議の末、前回の陳情で反対した委員も含め、全員が請願に賛成しました。
本会議で全員賛成
3月17日の本会議を、筆者(網代)も村越さんらとともに傍聴しました。総務建設常任委員長が委員会の審議について報告したあと、亀倉弘美議員が賛成の立場から討論しました。大磯町議会の常任委員会は二つあり、亀倉議員は福祉文教常任委員会に属しているため、村越さんの請願についての委員会での審議には関わっていません。亀倉議員の力強い討論に、傍聴席からは拍手が起こりました。
その後、採決となり、議長が賛成議員の起立を求めると、全員が起立し、請願は採択されました。村越さんは小さくガッツポーズ。
ちなみに、採決に加わらない議長以外の、大磯町議会の構成は、無所属7名、自民党2名、公明党2名、共産党1名、日本維新の会1名です。
傍聴していた村越さんの仲間からは「一歩も二歩も前進」「でも本当は、村越さんのように被害を受けた人の救済が必要よね」などの声が出ていました。
契約更新時にも説明会の開催を
すでに基地局条例がある神奈川県の鎌倉市や二宮町は、事業者による基地局の「設置」や「改造」の時に住民へ説明するよう求めています。これらに加えて、村越さんによる請願は「契約更新」の時にも説明会を開くよう求めており、他市町の基地局条例にはない特徴となっています。
事業者は基地局を設置するとき、設置場所を貸してくれる地主や、屋上を使わせてもらうマンションの管理組合などとの間で契約を結びます。期間は個別案件によって異なりますが、5年間、10年間などがあります。
基地局設置場所を提供した地主やマンション管理組合が、周辺住民などから基地局の撤去を要望されたとき、要望じたいは理解できても、契約解除すると違約金を取られるのではと心配して、解約をためらうケースがあります。現実には、事業者から違約金を請求された事例はこれまで1件もありません。しかし「1件もない」と伝えても、地主らが信じてくれないこともあります。そのような地主らにとっても、契約更新の際に更新しないことは、解約よりも心理的ハードルが低くなります。村越さんは、契約更新時は周辺住民の意向を反映させやすいため、そのタイミングでも説明会を開くことを求める内容を、請願に盛り込みました。
条例の具体的な条文は、今後、町当局によって作られていくものと思われますが、請願の趣旨がきちんと反映されるのか、村越さんらは注視していくことにしています。【網代太郎】
[1]趣旨了承とは、陳情(請願)の内容について、願意は十分に理解できるが、当地方公共団体の財政事情等から等分の間は願意を実現することが不可能である場合等に、その陳情(請願)の趣旨のみ取り上げる議会の意思決定のことをいう(大磯町議会のウェブサイト「議会用語」)。
携帯電話中継基地局条例制定についての請願
1.請願の要旨
2022年5月に「携帯電話中継基地局(以下基地局という)に関する陳情」が採択された結果、町から各携帯電話事業者6社に、電波による健康への影響に関して、町民の不安解消と近隣住民との紛争を予防する観点から「要請文」が出されました。要請文を受け、町に各事業者から回答があり、設置、改造の届出が提出されるようになりました。しかし、情報公開手続きをして報告書のコピーを入手しましたが、前述の不安解消と紛争を予防することを考慮するのであれば、設置場所の住所、電磁波の強度等の情報は黒塗りとなっており、開示されませんでした。
また、基地局設置の際の住民への説明については、提出する届出書の中のチェック欄に印をつけるだけで、説明の内容も「基地局からの電磁波は国も安全だと言っている」ということのみです。留守の家には設置のお知らせがポストインされるだけで、これは説明とは言えません。
フランス、スペイン、エジプトで行われた調査では、基地局の300m以内で健康への何らかの異常があるとの報告がああります(※1-1,1-2)。2024年1月に西小磯の基地局(4G、5G)300m以内の住民約150人に健康アンケートを行いました。アンケートには31人の回答があり、そのうち17名が基地局稼働後に健康状態が悪くなったと回答しています(※2)。このアンケートにより、多くの住民たちは、基地局に対して健康不安を訴えていることがわかりました。
基地局からの電磁波は300mは影響することが考えられるので、近隣住民だけでなく、周辺住民に対しても事業者、地権者を含めて説明を開き、お互いの理解を深めるべきと考えます。
2.請願の理由
最近では、携帯電話が急速に普及するに伴い、基地局も増え、さらに既存の4G基地局に5Gも追加改造されていることも多々見られます。今まで使用されていなかった5Gの電磁波は、波長が短く、エネルギーが強いため、人体に与える影響は4Gの電磁波の10倍ともいわれています。WHOの機関でもある国際がん研究機関(IARC)では、高周波電磁波を、発がん性の可能性があると分類しています。国によっては、電磁波の健康被害を認め、フランスやチリ、インドなどでは裁判により携帯電話会社に勝利したり、法律で電磁波の強さをより厳しく規制したりする動きが出てきています(※3)。
鎌倉市は2010年4月に「鎌倉市携帯電話等中継基地局の設置に関する条例」が施行され、事業者は、基地局の設置、改造の際、自治会、町内会の代表および住民から説明会開催を求められたときは、説明会を開催することを規定しています。また、二宮町でも、2024年9月に基地局設置、改造に際して、事業者が近隣住民に事前説明を義務(努力義務)づけることなどを定めた条例が公布されました(※4)。こうした近隣自治体の動きも踏まえ、大磯町でも知らないうちに近所に基地局が建ってしまい不安を訴えるということがないようにすることが大切です。町民、地権者、事業者の基地局設置をめぐる紛争を防止するために、また自分自身や家族の健康を守るために、説明会は必要と考えます。
これからの子供たちのために、安心、安全な環境づくりをしていくためにも説明会で町民と企業間で意見交換することは、大切なことだと考えます。
以上の理由により、下記を請願します。
町は各携帯電話事業者に対し、基地局の設置、改造および契約更新の際、事前に周辺住民に対し説明会の開催を求める条例を制定してください
町は携帯電話事業者から基地局設置または改造の届出を受理した際は、その情報を速やかに開示することを条例に加えてください。
令和7年1月29日
大磯町議会議長
吉川 重雄 様
(住所電話番号省略)
氏名 村越史子
紹介議員 石川則男
(※1~4の添付資料は省略)
請願の趣旨説明(2月12日、石川則男議員)
気候温暖な大磯の町を「終の棲家(ついのすみか)」として請願者が家を建てられてから7年後の2020年11月、自宅から1m弱の場所に携帯電話中継基地局(以下「基地局」という)が建てられました。その後、体調が悪化し、めまい、耳鳴り、頭痛、嘔吐と症状がひどくなり、このまま住み続けると命の危険を感じるようになりました。そのため、近くに基地局のない場所にアパートを1カ月借りて住んでみると体調は良くなるものの、家に帰ると以前と同様めまい、耳鳴り、頭痛、嘔吐と症状も元に戻りました。そのため請願者一家は9年間住み慣れた家を2022年手放し、電磁波の弱い所に引っ越す決断をされました。今は平塚に住んでいますが、やはり大磯に住みたいということで、このたび大磯町に土地を購入され、電磁波対策を施した家を建築業者と相談されているとのことです。
最近、めまい、耳鳴り、頭痛がするという町民の声を聞くことが増えてきました。請願者や電磁波に関心のある町民の方たちと町民の健康を守りたい4人の町会議員でほぼ毎月会議を開いています。その想いを受け紹介議員を引き受けた次第です。
もちろん、まだ電磁波と症状の因果関係は証明されていませんし、電磁波過敏症という病名も正式には認知されていませんが、フランスでは「予防原則」という考えから、携帯会社に罰金や賠償金の支払い及び基地局の撤去を命じた判決が出された事例があります。
2022年5月、請願者が大磯町議会に出された陳情は採択され、前町長が同年11月に携帯会社に出した「要請文」に対し、守られていない点があること、また回答書が6社とも「弊社規定により説明する…」となっているため、要請文を出す前と変わらず[編注:基地局設置のお知らせを]ポストインするだけや、改造については無視されているのが現状です。そのため条例を作る請願を出すにいたった次第です。請願項目は配布した通りですが、「町に対し、基地局の設置、改造及び契約更新の際、事前に周辺住民に対し説明会の開催を求める条例の制定を求める」ものです。
また、現状では基地局の設置については情報公開をかけないと町民は知ることができない状態になっていることを改めて「町が基地局の設置又は改造の届け出を受理した際は、その情報を速やかに開示することを条例に加えることを求める」ものです。
以上で請願の趣旨説明を終わりますが、この請願の趣旨をご理解いただき、町民の健康を守るため、ご賛同くださいますようお願い申し上げます。
請願の討論(3月17日、亀倉弘美議員)
「請願第1号 携帯電話中継基地局条例制定についての請願」について、賛成の立場から討論いたします。
スマートフォンなど電子機器の普及に伴って、携帯電話事業者各社が基地局をつぎつぎと建設し、つながりやすさをアピールしていますが、その基地局は、キャリア事業者からユーザー向けに届くニュースをみても、住宅街のなかにもポンポンと建てられるような、そんな勢いで乱立しているといった状況だと感じています。
実際にこれまで、自宅のそばに基地局が建てられたことで、如実に体の具合が悪くなったという方からお話を聞いてきました。
事業者は、携帯電話基地局から発せられる電磁波は国が定める電波防護指針の基準値以下に抑えられており、健康への悪影響は少ない、安全だ、と主張しますが、状況的に、基地局の発する電磁波によって電磁波過敏症を発症しているとしか考えられないケースが全国的にも相次いでいます。
わたしは、このような問題については、本来、国が予防原則を採用すべきだと考えています。すなわち、人の健康や環境に不可逆的な影響を及ぼす恐れがある場合は、科学的に因果関係が十分証明されない状況でも、一定の規制を検討すべきだというものです。
しかしながら、日本では予防学的なアプローチは採用されておらず、現在の法制度の中では事業者の営業の自由が優先されるのが現状です。
では、苦しんでいる町民がいる前で、それを放置してよいのでしょうか。
町民の命を守ることは地方自治体の使命です。現状のなかで考えうる次善策は、事業者の裁量による住民説明ではなく、自治体の条例として、住民に対する説明会の開催を積極的に求めることだと考えます。それは、被害者と、基地局を立てる土地の地権者の間の紛争や分断を食い止めることにもつながります。
それであったとしても、すでに建ってしまったものを撤去できる方策は制度上ほぼなく、電磁波過敏症を発症された方は泣き寝入りであったり、もしくは体の不調の原因がそれとわからないまま、苦しみ続けている方もいらっしゃるだろうと推測します。
そのような方がこれ以上増えることのないよう、町として最大限できることを実行に移すべきだと考えます。
すでに先行事例として鎌倉市に「携帯電話等中継基地局設置条例」があります。そういったものも参考にしながら、最新の知見を加味しつつ、最先端の条例を制定されるよう町に求めます。
以上、賛成の討論といたします。
ご賛同よろしくお願いいたします。


