2月25日に放映された、NHK・BSの番組「フロンティア 地磁気と生命 40億年の物語」は出色でした。内容が濃いので、2回に分けて紹介します。【大久保貞利】
方位磁石を操る地球磁場(地磁気)は、北極と南極を結ぶように存在している。地磁気は見えない。野生生物たちはそれを身体で感じ、地磁気に反応する。地磁気はある種の生命の神秘である。
渡り鳥や回遊魚など多くの生物は、地磁気を利用しながら生きている。40億年前、地磁気は生命誕生のきっかけになった。
チャプター1 生命に刻まれる磁気変動
ジョセフ・カーシュヴィンク氏はカリフォルニア工科大学(生体磁気学)で、地質学と生物学の観点から磁気と生命の関係を研究しているこの道の第一人者。
地磁気は、見えないけれど私たちに方向を教えてくれる不思議な力。地磁気は、地球内部を流体金属が流れることで生み出される。金属の流れが渦状の電流を生み、地球は一種の発電機になる。この電流が元になって地磁気が生まれる。地球の外側で北と南に磁極を持ち、磁場は地球のまわりの空間に広がっていく。
地球磁場(地磁気)は、物理学的には弱い力だが、生物学的には強い力だ。魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類など多くの生物は、磁気に反応する「磁気感覚」を持っている。
磁気感覚(Magnetic Sense)は我々にもある。2019年にある研究が世界を驚かせた。人間の脳が地磁気に反応するという研究だ。電波や磁気のノイズを除去した「ケージ」を用意する。ケージの中に磁気コイルを正確に設置し、磁場を静かに移動させる。被験者は10分ごとに座り脳波を観察する。そして被験者のまわりで磁気を動かし脳に何が起こるか観察する。この実験の開始段階で磁場を浴びない段階だと、強いアルファ波が脳に出る。アルファ波が出るということは落ち着いていることを意味する。次に磁場を浴びせると脳のアルファ波は弱くなる。脳が磁場に反応したのだ。つまり神経生理学上では、人間にも磁気感覚があることをその研究は明らかにした。
良く知られているが、クジラは磁気を使って回遊する。犬は土に埋められた磁石をみつけることができる。犬は磁石を発見することを訓練すれば、地磁気をナビゲーションとして使えるようになる。犬にとってそれは視覚や聴覚のようなもので、「意識的」な感覚になる。「視覚」「聴覚」「嗅覚」「味覚」「触覚」プラス「磁気感覚」なのだ。
人間にも磁気感覚が備わっているが意識的には使うことができない。磁気感覚として生き物はどのような世界を感じているのだろうか。磁気受容(感覚)に関していうと、渡り鳥が有名だ。我々が使う方位磁石のようなものが鳥の身体の中に存在していることがわかっている。
早稲田大学磁気生物学の岡野俊行氏。専門は磁気生物学と光生物学である。岡野氏によると、おそらく鳥の目の中に磁気受容体があって、それが視覚的な情報に近い形で地磁気を知覚している。人間はふつう見ているものが見えるだけだが、鳥には同時に磁力線の指標となるものが見えているのではないかという。えさを探し回った後に、自分の巣に戻る際、自分の頭の中に地図のようなものを持っていて、自分がどんな距離、どのような方向に移動したかきちんと記憶していて方向がわかるから、自分の巣に最短距離で帰れるのだ。
サケもなにか磁気受容し、回遊する時に化学物質の匂いのようなものを使うし、それと磁気や光を組み合わせて使う。長距離移動しない生き物でも磁気受容を使うことがわかっている。ゼブラフィッシュは体長5cmほどの淡水魚だが、磁気を2重に遮断した実験装置に入れる。そして様々な方向に磁場をかけて行動を見る。右上を北にする磁場をかけると右上のエリアに移動し長く滞在する。左下ならそのエリアに移動する。ばらばらだと敵に襲われやすいので集まるのだ。生物によって磁気感覚をどう使われるかは種によって違う。
一枚貝や細菌にも磁気感覚がある
カーシュヴィンクにとって忘れられない出来事がある。1971年のことだ。彼の指導教官がヒザラガイの歯を見せてくれた。海岸に棲む軟体生物で、5億年以上前から生息していて「生きた化石」といわれる一枚貝だ。注目したのは腹部にびっしり並んだ歯だ。鉄に歯を近づけるとくっつく。歯はマグネタイト(磁鉄鉱)でできていた。同じことは他の生物でも作れるのではと思った。生物磁石であるマグネタイトは磁気感覚の元になっている。
さらに面白いのが細菌だ。多くの細菌はマグネタイトを生成する。彼らは体内にマグネタイトの結晶をつくり、その結晶を鎖状に保つ。マグネタイトを持つ細菌を磁性細菌という。大きさは1mmの千分の1。マグネタイトは鎖状に連結して磁力を高める。磁性細菌に磁石のN極を近づけると離れ、S極だと近づく。
このことは何を意味するのか。私たちは、サル(霊長類)から進化し、げっ歯類から進化した爬虫類とも繋がっている。そして、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類など多くの生物は磁気感覚を持っている。つまりこの能力は原始的なものだ。
「磁気感覚は原始より受け継がれている」。生物は、およそ40億年前に誕生し進化してきた共通祖先を持ち、枝別れした一つの大樹に例えられる。ヒザラガイは5億年以上前から生息している。進化は大樹の根本に位置する古細菌にさかのぼる。
生命の誕生 深海の微生物
無人探査機で、マリアナ海溝の深度2700mの深海火山帯で生物類が集まっている場所を探索して見る。深海の熱水噴出孔は、生命の起源、生命の誕生の場と有力視されている一つだ。海底にそびえる煙突状の熱水噴出孔はチムニーと呼ばれる。ここは細菌と古細菌の分岐点だ。チムニーは固くなく折れる。折れた部分の構造を持ち帰って、中の生き物を調べる。先端に黄色の古細菌がある。DPANN(ディーパン)という。折りとったチムニーの外側の黄色でない部分をそぎ落とすと、磁石に反応する何かがある。走磁性細菌という微生物だ。方位性の磁石をもつ細菌だ。調べてから2日後に細胞の中に鎖状の磁石を見つけた。つまり、チムニーに2種類、磁性細菌と古細菌(DPANN)が住み分けていたのだ。噴出孔には栄養源がある。だから熱水が止まったら、栄養源のある隣のチムニーに移動する。磁気で噴出孔を感知し移動するのだ。走磁性の獲得は重要なのだ。
磁場は生命進化にとって、大事な可能性がある。生命が誕生した瞬間から磁場は作用し、生命はその使い方をすぐに学び、以後ずっと使い続ける。つまり、生物圏は地磁気と共に進化した。(つづきは次号)

