リニア中央新幹線 南アルプストンネルでゆれる大鹿村を訪ねる

 会報101号でもリニア中央新幹線を巡って訴訟が提起されたことが報告されているが、JR東海はそんなことお構いなしに工事を着々と進めている。
 8月24日には、最難関と言われる南アルプストンネル長野工区の本体工事が行われる長野県大鹿村(おおしかむら)に通ずる県道松川インター大鹿線にトンネル2本を新設し、5区間を拡幅する工事の説明会が行われた。本体工事のための準備工事の説明会ということである。
 工事で発生する膨大な残土の置き場は未だ決まっていないのに工事の説明会を行うことや、日常生活を長期間脅かす工事への説明の声が会場から上がったが、JR東海はこの1回をもって「地元に理解された」とし、29日には工事に着手、31日には安全祈願祭を実施、本体工事説明会の日程を明示した。本体工事は10月中にも着手したいとしている。
 大鹿村住民有志は、大鹿村議会にリニア事業へ反対決議を求める陳情書を提出し、賛同署名を集めたが、9月12日の特別委員会で否決され、20日の本会議でも否決されてしまった。否決はされたが、村としては「JR東海や県に質問をしていく」とは言っており、今後の対応が注目される。

すれ違うダンプに緊張
 筆者は、9月17日~18日にかけて大鹿村を訪問した。住民団体の「大鹿の100年先を育む会」がリニア現地ガイドを実施しており、村のリニア対策委員でもある前島久美さんに案内をして貰うことになったのである。
 中央自動車道松川インターを降り、大鹿村に至る県道を走っていると、採石場やダム工事現場からのダンプと何台かすれ違う。この数台でも、道が狭いので緊張感を強いられる。道端に「地質の状況を調べています」という目新しい看板があった。発注者は東海旅客鉄道株式会社とある。JR東海だ。さらに進むと白い囲いが目に入る(写真1)。これが29日に着手した工事の現場である。

写真1 南アルプストンネル本体工事の準備工事現場

写真1 南アルプストンネル本体工事の準備工事現場

 17日は村内で宿泊し、18日は朝から前島さんに様々予定地を案内して貰う。まずは、春の大鹿歌舞伎定期公演の舞台である大磧神社から村の中心地を眺める。南北に国道152号線が通り、小学校や保育所が見える。当初、大河原地区のメインストリートの国道152号線をピーク時で1日1736台の工事車両が通るとしていたが、村が仮の残土置き場を村内に提供したことにより、ピーク時の台数を1350台に平準化。しかし、いずれの台数にせよ住民にとっては生活に大きな影響が予測される。また、工事車両が国道152号線を通過することについて住民から反発が大きかったため、村が迂回ルートを提案。住民は工事車両の国道152号線の通過は回避したと思っていたが、9月7日の本体工事の工事説明会でJR東海が示したのは、「迂回ルートができる約2年あまりは、資材運搬車の国道152号線の通過を我慢して欲しい」ということだった。住民としては寝耳に水の状態である。人口1100人を切った村に、ものすごい台数であり、危険なので、保育所の散歩に事前の許可申請が必要とまで言われている。
 工事で出る残土置き場は、県内どこにも決定していないが、大鹿村では仮残土置き場が9ヶ所予定されており、そのうち2ヶ所が境内から見えた。この仮残土置き場が恒久化し、最終的に産業廃棄物処分場になってしまうのではないかという懸念もあるとのこと。
 小渋川にかかる小渋橋から山並みの奥、南アルプス赤石岳方面を眺める。山並みの向こうにリニア中央新幹線が地上に出る部分がある。迂回ルートを作るために、新たに橋梁を3ヶ所かけなければいけないが、そのうちの1ヶ所が目の前に見える場所で、そこだけで2億円もかかるという。
 長野工区は、鹿島を代表とする共同企業体が請け負うが、JR東海の長野工事事務所大鹿分室の横に、7棟で200人を収容する本体工事作業員用宿舎を建設する計画である。ここは、昨年まで田んぼだったとは思えないほど草がぼうぼうに伸びている場所になっていた。今冬には着工の予定である。
 対照的に、稲穂が垂れ、村で唯一、宿泊施設に川魚を提供している養魚場がある場所も案内して貰った。この田んぼの作付けは今年までで、養魚場もつぶし、ここにはリニア中央新幹線のための変電施設を作り、村に既存の物と比べて3倍の高さの送電線鉄塔を9基も建設するという。大鹿村には電磁波過敏症の方も移住しているが、これらが出来ると、ここには住めなくなるのではないかと懸念をしている。

「人が住めない村に」
 住民の中には、「12年経てば元の大鹿村に戻るからそれまでの我慢だ」と言っている人も少なくないが、前島さんは、本格的に工事が始まってしまえば、この村には人が住めなくなってしまうのではないかと危惧している。大鹿村の美しい自然にひかれ、移住してくる人も少なからずいるが、リニア工事が持ち上がったために、去って行った人もいる。このカフェは、村の対応に疑問を感じ、村から去った人が建てた物で、現在は売り物件となっていた(写真2)。

写真2 空き家になったカフェ

写真2 空き家になったカフェ

 小渋川の上流、リニアの本坑とほぼ並走するように流れる小河内沢は、工事の影響で渇水期には水量が何と86%も減少すると予測されている。既にリニア実験線が通っている山梨県内でも水涸れは報告されているが、その場合の水の補償は最大30年までである。
 そして、JR東海は「リニア中央新幹線の耐久性は100年」と言っている。連綿と続いてきた人々の暮らし、生き物の営みを寸断して、誰のために何のために、たかだか100年しか持たないものを作ろうというのだろうか。前島さんは問いかける。
 知れば知るほど問題だらけのリニア中央新幹線。当会も訴訟のサポーターとなっているが、機会あれば是非現地を訪れて下さい。リニア現地ガイド希望の方は、件名に「リニアガイド希望」と記入して、「大鹿の100年先を育む会」(メールアドレス略)にご連絡を。【渡邊幸之助】

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