平久美子さん(東京女子医科大学附属足立医療センター)ら
日本臨床環境医学会学術集会(2024年6月)での発表から
電磁波過敏症の方も一部含みますが、どちらかというと化学物質過敏症(MCS)の治療についての発表です。平さんは東京女子医科大学附属足立医療センターの麻酔科(ペインクリニック外来)で、患者の診療にあたっています。ペインクリニックの「ペイン」とは、英語で「痛み」という意味で、ペインクリニックは「痛みを治療する専門の診療所」のことです[1]。痛みのことを医学用語で「疼痛(とうつう)」と言います。
神経障害性疼痛[2]や線維筋痛症などの治療で使われる薬剤であるガバペンチノイド(商品名「リリカ」「タリージェ」)の投与によってMCSが改善する場合があるとの発表で、MCS発症者にとっては朗報です。もちろん、過敏症は個人差が大きいので、これらの薬剤についてすべてのMCS発症者に有効とは限りません。MCS発症者の中でも、どのような方々に、どの程度有効なのかを明らかにしていくことで、個別の発症者に対してより適した治療方針を選べるようになると思います。
平さんはまた、ビタミンDや亜鉛が欠乏している過敏症の方が多いので、それらを補充する必要性についても述べました。
平さんの発表の概要は、以下の通りです。
【前置き】
- ガバベンチノイドは興奮性ニューロンの神経終末へのカルシウム流入を減らすことで、神経伝達物質の放出を抑制し、沈痛、抗不安、抗痙攣をもたらす。
- ガバベンチノイドはカルシウムイオンチャンネルのα2δ(アルファ2デルタ)サブユニットに結合することで作用する。
- 私たちはビタミンD欠乏、亜鉛欠乏は、多種多様の健康障害をもたらすことを、文献的に調査した。化学物質過敏症とビタミンD欠乏や亜鉛欠乏が合併した場合、その症状の多様さの一部がこれらの欠乏によって起こっているという可能性が十分にあり得ると考えている。
【今回の発表】
<調査対象>
- 2021年以降本学関連3施設に受診したMCS患者94人について検討した。
- 全体の85%が女性。
- 90人(96%)が何らかの慢性疼痛を訴えた。
- 男女の年齢差はない(中央値は50歳前後)。
- 末梢神経障害性疼痛を61%が訴えた。
- 慢性口腔顔面痛(常に顔のあたりが痛い)が41%。
- 精神神経疾患の併発が30%。
- ビタミンD欠乏が54%。
- 亜鉛欠乏が62%。
- ビタミンD、亜鉛の両方の欠乏が36%。
- ビタミンD欠乏、亜鉛欠乏の方には補充療法を即日開始した。
<ガパペンチノイドの効果>
- 神経障害性疼痛を有し、ガパペンチノイド服用を希望した73人中51人で、疼痛が軽減するとともにMCSが改善=奏功例。
- 奏功例のうち4例が脳脊髄液減少症と診断され、ブラッドパッチ後治癒。
- 7人が専門医により統合失調と診断され、いずれも非特異的な頭部または体表の痛みを訴え、うち5人(70%)でガパペンチノイドによる疼痛の軽減が得られ、3人が就労可能となった。
- 1年後まで経過観察した79人について(図)。
- ガパペンチノイドが有効だったのは54%、そのうち64%が1年後に就労就学可能だった。
- ガパペンチノイドが無効/または中止したのは24%、そのうち26%が1年後に就労就学可能だった。
- ガパペンチノイドを投与しなかったのは22%、そのうち40%が1年後に就労就学可能だった。
- 1年後に就労就学可能だった40人と、可能でなかった39人を比較すると、発症から受診までの月数について前者(中央値27.4か月)のほうが後者(同68.4か月)より短い、精神神経疾患の併発が前者のほうが少ない、末梢神経障害性疼痛の併発が前者のほうが多い、という特徴があった。電磁波過敏症の合併はどちらも4人だった。
- なぜガパペンチノイドが効かない人がいるのか。
- 症状が慢性化すると、アストロサイトが三者間シナプスを形成して神経伝達物質の循環が変化する。アストロサイトには、α2δサブユニットがないので、ガパペンチノイドが結合できないことが効かない理由である可能性がある。
- その場合は他の神経細胞終末に作用する薬品(たとえばレベチラセタム)、あるいはグルタミン酸が考えられる。
- いずれにせよ、発症早期の治療開始が最重要と考えられる。
【網代太郎】
[1]東京都中野区医師会のウェブサイト
[2]「神経障害性疼痛」とは、体性感覚系(痛みを伝える神経)の損傷や疾患の直接的な結果として引き起こされる疼痛(東京女子医科大学のウェブサイト)。