電波(高周波電磁波)利用を推進する官庁である総務省が、電波によるヒトへの健康影響のチェックも行う--すなわち、アクセル役とブレーキ役を同じ官庁が担当している不思議な国が、この日本です。その総務省で久しぶりに、電波によるヒトの健康への影響について新しい動きがあったようです。総務省は「電波の利用環境の在り方」について報告案をまとめ、8月17日までパブリックコメントを募集しています。
総務大臣の諮問機関である情報通信審議会の「電波有効利用委員会」の下に「電波環境分野の在り方検討作業班」が設けられ、今年4~7月のわずか2カ月余の期間に開かれた5回の会議を通して、この報告案がまとめられました。
私(網代)がこの作業班の存在に気付いたのは第3回が開かれた後だったことと、それ以降は都合がつかなかったことから、これらの会議をいずれも傍聴することができませんでした。また、本稿執筆時点でこれらの会議の議事録はいずれも同作業班のウェブページ[1]で公開されておらず、議事概要が「後日掲載予定」と記載されているのみです。ですので、報告案に示された情報だけからこの記事を書いていることを、あらかじめおことわりいたします。
パブコメの対象となっている報告案と、報告案概要は、パブコメ募集ページ[2]から見られます。
報告書は「電波環境分野において優先的に取り組むべき政策課題」として、①電波の安全性に関する我が国の研究等の在り方、②電波の安全性に関する情報発信・啓発等の在り方、③近接結合型WPT(ワイヤレス電力伝送)の制度運用の在り方--の3点を挙げています。

「電波の安全性に関する研究」
電波の「安全性」に関する研究については、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)の動向を踏まえ、従来の「人体表面の体温の上昇」のみでなく、「痛覚閾値に関する研究」「深部体温上昇と健康への影響に関する研究」「眼球の損傷と機能に関する研究」を進めるべきとしています。これらは電波の熱作用・刺激作用による健康影響を研究対象とするものです。
一方で、「必ずしも科学的に確立していない作用」(非熱作用のことでしょう)に係る研究については、近々、WHOによる環境保健クライテリア[3]の改定が予定されており、改定後に改めて検討する、としています。
また、5G(第5世代移動通信システム)や6Gで将来、現在よりもさらに高い周波数の利用が見込まれていることから、「超高周波」(6GHz~3THz)についての研究の推進も掲げられています。
「電波の安全性に関する情報発信・啓発」
他国では5Gの導入や展開の際に「デマ情報」が流れて基地局への放火や破壊活動が発生するなどの社会問題も発生、日本でも総務省の相談窓口に5Gの安全性に関する多くの問い合わせが寄せられたーーと報告案は述べています。「本当は心配ないのに市民が間違った情報に基づいて勝手に不安がっている」と言いたげです。
2030年代が想定される6Gの導入・普及に向けて、電波を安心して利用できるよう情報発信・啓発を適切に進めていくことが必要であり、過去の例や国民の関心からも、特に携帯電話に関する情報が重要だ、と書かれています。
今後の取り組みの方向性として、「中立的な組織が十分な対応能力を持てるようにしつつ、それぞれの組織で、これまでの情報発信の内容や方法を、より正確で、より良いものにするよう努力していくべき」「その際、動画等の効果的な発信方法やサイエンスコミュニケーターの知見の活用も、可能な範囲で検討するべき」などと書かれています。国が言う「中立的な組織」とは、電磁界情報センターのような“なんちゃって中立組織”をイメージしているのでしょう。また「動画等」を掲げていることから、御用系ユーチューバーたちが登場してくるかもしれません。
近接結合型WPTの制度運用
近接結合型WPTとは、ワイヤレス給電システムのうち、送電側と受電側が接近した状態で電力を送る方式のことです。コードをつながず、スマホを置くだけで充電できる充電器が、一番イメージしやすいかもしれません。この他、電気自動車への充電や、産業用ロボットへの充電などの場面で、近接結合型WPT普及させたいと国は考えています[4]。
日本は世界に先駆けて近接結合型WPTの制度化をしたものの、必ずしも普及につながっておらず、国際競争に乗り遅れるのではないかと、報告書案は危機感を示しています。WPTは電波を利用するため、製品を市場に出すためには電波法上の許可が必要ですが、無線設備と異なり多様な環境で利用されることから、他の通信設備や人体への影響を評価に関して様々な可能性を考慮する必要があり、そのためにメーカーに対する許可まで時間がかかることが、普及につながらない理由の一つだと、報告案は述べています。
対応策として、国際規格を活用した製品については速やかに許可するよう制度化したり、国際規格ではない製品についても許可のための議論が長期化しないよう工夫すべきだと報告案は述べています。総務省が軸足を置いているのは、人体への影響の予防ではなく、電波の利用促進であることが如実に表れています。【網代太郎】
[1]https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/policyreports/joho_tsusin/denpa_yukoriyo/dempakankyo/index.html
[2]https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban16_02000368.html
[3]環境保健クライテリア(環境保健基準)は、様々な化学物質や騒音、電磁波、放射性核種などがヒトの健康や環境に与える影響について、専門家が評価した結果をWHOなどがまとめたもの
[4]近接結合型WPTとは異なり、送電側から離れた場所にある充電側へ送電することを「空間伝送型WPT」という。会報前号で紹介した、人工衛星からの送電や、Wi-Fiのように部屋中に給電用の電波をばらまくのは、空間伝送型WPTに該当
