温故知新 シリーズ「あの頃こんなことがあった」(1) 広島ルーテル教会の変電所問題(上)

広島ルーテル教会

大久保貞利(電磁波研事務局長)

 「温故知新」(おんこちしん)とは、昔の事をたずね求め、そこから新しい知識や見解を導くことです。電磁波問題市民研究会ができたのは1996年です。設立から27年が経ちました。月1回開かれている事務局会議(事務局員は7名)で、「過去にあった電磁波問題を会報で随時紹介したらどうか」という意見がありました。たしかに野村代表と私(事務局長)の二人は設立以来さまざまな事象に出会ってきました。しかし他の事務局員は知らないが、現在に通じる数々の電磁波を巡る出来事がありました。そこでこれからシリーズでそれらを紹介していきます。乞うご期待。


教会の下に変電所をつくる?!
 広島市、言わずと知れた中国地方最大の都市です。この街に平和大通りと名付けられた100m道路があります。この大通りに面して広島ルーテル教会があります。この由緒ある教会が高さ43m、地上10階、地下2階のビルに生まれ変わりました。ビルの完成は1996年です。教会に10階建ビルとは不釣り合いな感じがします。教会はこのビルの3~4階を占めます。1階は全国的に知られる寝具メーカーのショウルーム。2階は保育所、この保育所は教会が運営する保育所です。5階から10階は貸事務所です。
 問題は地下の1~2階部分です。なんと中国電力の変電所が入ったのです。

変電所の規模は
 変電所の概要は,11万Vの地中送電線4回線、6千Vの配電線12回線、そのための巨大変圧器が2台と関連付属装置、です。平たく言うと、11万Vの高圧送電線を引き込み、それを6千Vの配電線に変圧して送り出す、という施設です。電場が動くと磁場が生まれます。磁場が動くと電場が生まれます。したがって、変電所は巨大電磁波発生源です。そんな変電所の真上に保育所があるのです。非常識極まりない計画です。

ルーテル教会とは
 私は現場に行くまでルーテル教会について知識がありませんでした。その昔、ローマ教会(カトリック)がローマにサン・ピエトロ寺院を建設するため「免罪符」を発行し資金を得ようとしました。こうしたカトリック教会の腐敗にドイツのマルチン・ルターらは宗教改革に立ち上がりました。ルーテルとはこのルターのことです。ルーテル教会はプロテスタント最大の派で世界に8千万人以上の信徒がいます。

なぜ、商業ビルに乗り出したのか
 ルーテル教会の日本支部である日本福音ルーテル教会(以下日本ルーテル教会)は、従来は海外から資金援助を仰いでいました。だが1974年から資金援助が途絶え、自前で資金調達せざるを得なくなりました。地上10階、地下2階のルーテル広島ビルは総工費約30億円です。うち14億円は中国電力が地下1~2階部分を60年間使う権利の代償として支払います。残り約16億円は銀行から借り、保育所と貸事務所から得る収益で賄うという資金計画です。資金計画としてはしっかりしています。
 問題は二つあります。宗教法人は税法上優遇されています。それを利用して収益を図るというのは問題があります。もう一つの問題は「命の尊厳を説く」教会が、健康影響で安全とは言い切れない電磁波発生施設(変電所)を教会敷地内に呼び込む是非です。さらに言えば、被爆地ヒロシマで原発を有している中国電力の金を当てにした資金計画でいいのか、ということです。いろいろ聞いていくと、このビル計画を提案したのは中国電力側だということです。変電所をどこに建設するかは電力会社にとっては頭が痛い問題です。一方、ルーテル教会からすれば、中国電力だからこそ、14億円という巨額な金が入り込む「優良資金計画」になるのです。

信徒から疑問の声が上がる
 先ほども述べたように日本ルーテル教会は自前の資金調達を求められていました。広島のビル計画は本部も承知の話です。
 この計画は1991年に「ルーテル広島教会センタービル建設構想案」として、広島教会総会で信徒に示されました。広島総会は27名が出席しました。広島信徒代表でその後反対運動の中心の一人となる信徒Iさんは、総会の時、別の懸案で頭がいっぱいだったのと、電磁波問題についてなんの知識もありませんでした。そのため建設構想案はなんの質疑もなく起立多数で可決してしまいました。信徒Iさんは、私に「私の無知のため、多くの信徒たちに対しなんと無責任なことをしたか」とおっしゃいました。本当に心が清らかな人という印象が残っています。
 ルーテル広島教会センタービル建設構想案を含む「第2次収益事業」は翌1992年の第15回日本ルーテル全国総会」でさほど反対もなく可決されました。その理由は、多くの信徒がこの時点で電磁波問題が重要な問題とは考えていなかったからです。
 しかし、総会後に詳しい事後報告書が信徒たちの手に渡るようになってから、信徒たちから疑問の声が上がるようになりました。
 まず、この広島ビル構想が、信仰の問題でなく日本ルーテル教会の組織を守り維持するためだけの経済財政問題に終始していることです。しかも収益第一主義の姿勢に加えて、原子力発電の問題がありました。被爆地ヒロシマです。原子力を使う発電所建設にまい進する中国電力と結んで収益を上げようとするルーテル教会本部の姿勢を疑問視する声が出てきたのです。

計画の見直しを求める臨時総会を開け
 日本ルーテル教会の総会は2年に1回開かれます。1992年の総会の次は1994年の総会です。それでは広島教会ビルの計画は止められません。そこで計画に反対する全国の信徒たちは横につながり、「広島教会ビル建設の見直しを話し合う臨時総会の開催」に取り組み始めました。
 全国総会は代議員制で全国から約250名の代議員が集まります。徐々に始まった臨時総会開催の声はやがてうねりになり、ついに代議員の半数以上の支持を得て、臨時総会が開かれるようになりました。日本ルーテル教会ができて以来、教会を二分するような論争はかつてありませんでした。

だが臨時総会では惜しくも敗れる
 1993年に日本ルーテル教会の臨時総会が開かれました。本部側は「広島ビル建設」に至る不透明なやり方には触れず、もっぱら「電磁波は安全か、そうでないか」に争点を集めました。そして中国電力からの全面協力でしょうが、豊富な「電磁波安全説」資料を準備していました。
 一方、建設反対派信徒は、臨時総会開催にエネルギーを費やし、電磁波リスクを証拠立てる資料の準備は不十分でした。建設反対派信徒は内部で学習会等はやってきましたが、全国に散在しているため、電磁波についての知識の統一性は十分とは言えませんでした。代議員の半数以上が臨時総会開催を支持していたとはいえ、なかにはとりあえずもう一度論議しようとする単なる良識派もいました。
 結果は、広島ビル建設賛成137,反対103,保留6、棄権2で、賛成55%、反対・保留・棄権45%で、僅差ながら建設は承認となりました。

悲憤はいかばかり
 当時山口県下関信徒代表で、当研究会の会員だったYさん(現在は高齢のため非会員)は「反対は45パーセント 教会の伝道世人はいかに見るらん」と歌にしました。「ルターの宗教改革は、ローマ教会(カトリック)がサン・ピエトロ寺院建立資金捻出のため免罪符を売ったことなどに端を発して起きた。広島の問題も本来浄財で運営すべき教会を大型収益事業に頼ろうとしたことこそ問題なのだ。しかも被爆地広島で、原発をつくっている中電に頼ろうとした。それに加えて,幼な子の命にかかわるかもしれない電磁波をまき散らす変電所で得る収益でだ」と悲憤を語りました。

しかし闘いは続いた
 ルーテル教会内部の闘いは敗れました。しかしこの問題はそれで終わりませんでした。次号で周辺住民の取り組みを紹介します。

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