網代太郎(電磁波研会報編集長)
世界保健機関(WHO)が、高周波電磁波による健康影響の評価について見直しを行うため、これまで世界中で行われた研究をまとめて評価する系統的レビュー(システマティックレビュー=SR)を行うよう、研究者へ委託しています。その一部の結果が公表されました。これまで公表されたSRの結果は、熱作用を引き起こすほど強くない電磁波で健康影響が起きる証拠は確認できないという、WHOの従来の見解に近いものとなっています。これらのSRに対して「科学的に妥当でない」との批判が、他の研究者らから起きています。
多くの国の電磁波規制の基礎となっているのがWHOの見解であり、また、WHOと協力関係にある国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)が策定している国際指針値です。「日本の電磁波規制は海外各国に比べて緩い」という批判をよく耳にしますが、その批判は正しい面と、間違った面があることを、私は指摘してきました(会報144号など)。つまり、電磁波規制の全体像をみれば確かに日本の規制は緩いですが、「規制値」に限ってみれば、大半の国が日本とほぼ同等の緩い規制値(ICNIRPが策定した国際指針値)になっています。これらの国々の規制値は、熱作用を引き起こさないほどには強くない電磁波による健康影響は確認されていないというWHOの見解に基づいています。しかし、国際指針値を超えるような強い電磁波に曝露される状況に私たちが遭遇することは、現状ではほとんどありませんので、国際指針値は実際には規制値として機能していません。この点において、大半の国と日本は同じです。日本の基準値の甘さを批判することは大事ですが、同時に、各国の市民と連携してWHOやICNIRPへも必要な批判をしていくことが本当は重要です。
高周波電磁波についてのレビューを委託
WHOは、環境汚染物質などに対する「科学的根拠」に基づく評価を実施しており、その内容は環境保健基準(EHC)モノグラフ(研究書)として発刊されています。高周波電磁波のモノグラフは1993年に発刊されていますが、それから時間が経過していること、そして、2000年代以降、世界中で携帯電話が爆発的に普及したこともあり、改訂が検討されてきました。2019年、WHOは高周波電磁波のモノグラフ改訂のために、生物学的および健康への影響に関する研究について、テーマごとに10件のSRをまとめるよう、研究者らに委託しました。
WHOが委託したSR論文が、昨年夏から公表され始めました。すべてウェブ上[1]で読めます。これらのSRのうち二つの論文を批判する論文が出されたのです。
複数の研究の結果を統合して評価する系統的レビュー(SR)の場合、評価対象の論文をどのように選ぶのかが問題になります。また、SRの中でも、結果を統計学的に分析するメタ分析の場合は、個々の論文の結論をどのように集計するのかが問題になります。これらの点などが不適切であるなどとして、WHO委託のSR論文は批判を受けているのです。
「低品質で偏ったレビュー」
一つ目は、WHOが委託したSRで最初に結果が公表された、イタリアのEugenia Cordelliらによる「妊娠と出産の結果に対する高周波電磁場曝露の影響:ヒト以外の哺乳類の実験研究の系統的レビュー」[2]という論文です。このSRは、88件の論文について検討し、「高周波電磁波への曝露と子どもの数との関連がないという証拠には高い確実性があった。胎児体重にわずかな悪影響があるという証拠には中程度の確実性があった。子の脳重量に遅発性影響がないという証拠にも中程度の確実性があった。他のほとんどの評価項目では、高周波電磁波の有害な影響が認められたが、証拠の確実性は低いか非常に低い。証拠には限界があり、高周波電磁波が、よく知られている加熱による悪影響を引き起こすレベル以下の曝露量で妊娠結果に影響を与えるかどうかを評価することはできなかった。結論として、子宮内の高周波電磁波曝露は繁殖力に有害な影響を及ぼさず、出産時の子の健康に影響を与える可能性があることが示された」などと結論づけました。
このSRを批判したのが、ノルウェーのElse K. Nordhagenらによる「WHOは欠陥のあるEHCレビューに基づいて、高周波電磁波曝露の危険性を無視するつもりか? ケーススタディは危険性を示すデータから『危険性なし』という結論がどのように導き出されるかを示す」[3]という論文です。Nordhagenらによる主な批判は、以下の通り。
- 日常的な状況における妊婦とその胎児に対する危険性の評価のためには、熱効果を起こさないような低い強度の電磁波に、1回だけでなく数日間曝露させる実験でなければならない。しかし、このSRが対象に選んだ研究の半数以上は、この条件を満たしていない。
- このSRは、複数の論文の結果をまとめて統計学的手法で分析するメタ分析を行っているが、メタ分析のときにデータを単純に合計するのではなく、論文ごとにその重要性に応じた重み付けを行っている。その重み付けのための計算式が公表されてないうえ、私たちによる検討によれば一般的な文献で提示されている標準的な式はどれも使用されていない。この不透明で標準的ではない重み付けでは、重み付けの品質をチェックして偏りがないかを確認することが不可能であるため、研究全体の信頼性が低下する。
- それぞれの論文ごとに、バイアス(偏り)があるかもしれないリスクに応じたランク付けを行っているが、熱効果を起こさない低い強度の電磁波曝露の実験研究については低く評価(バイアスがある可能性が大きいと評価)し、高い強度の電磁波による実験研究は高く評価するという傾向が見られる。つまり、熱効果についての論文に比べて、非熱効果についての論文が低く評価され、そうした評価が論文の結論に反映されている。たとえば「電磁波の被曝量の評価は確実か」「温度上昇について十分に評価されたか」が、バイアスの可能性についての評価項目に含まれているが、それらは低い強度の電磁波曝露を調べる研究では、必ずしも重要でないかもしれない。しかし、SRは、これらの評価項目において、高い電磁波強度の実験の論文に否定的な評価がほとんどない一方で、低い電磁波強度の実験の論文に否定的な評価が多い。
Nordhagenらは、このSRには上記などの数多くの欠陥があるため、非熱効果に関する決定的な証拠はないというこのSRの結論は偏っており、分析対象とした各論文を正しく評価すればSRの結論とは逆に高周波電磁波への曝露による有害な非熱効果を明確に示しているという結論になると主張、「このレビューの偏った方法論と低品質は、人工的な高周波電磁波による人体への健康被害の分野におけるWHOの信頼性と専門性を損なう恐れがあるため、非常に懸念される」と強く批判しています。
論文の取り消しを求める
二つめのSRは、スイスのMartin Röösliらによる「一般および職業集団における耳鳴り、偏頭痛、非特異的症状に対する高周波電磁界曝露の影響:ヒト観察研究に関する系統的レビューとメタ分析」[4]です。8つの異なるコホート研究および1つの症例対照研究の13本の論文を対象に分析。耳鳴りは3本の論文で、偏頭痛は1本、頭痛は6本、睡眠障害は5本、複合症状スコアは5本の論文で取り上げられていました。職業曝露を取り上げた研究は1本でした。それらを分析したところ、指針値以下の高周波電磁波曝露は症状を引き起こさないことを示唆しているが、その証拠は非常に不確実である、との結論でした。
このSRを批判したのが、ICNIRPに対抗して研究者らが立ち上げた「電磁波の生物学的影響に関する国際委員会(ICBE-EMF)」(会報第139号参照)のJohn W. Frankらによる「WHOによる2024年の系統的レビュー『高周波電磁波曝露が耳鳴り、偏頭痛/頭痛、非特異的症状に及ぼす影響』の批判的評価」[5]という論文です。
FrankらによるこのSRに対する主な批判は、以下の通りです。
- 研究室で管理された電磁波への曝露によって症状を意図的に誘発する人間を対象とした実験的研究や、横断研究[6]を検討の対象から外したことにより、分析の対象がわずか13論文となり、バイアスが生じた可能性がある。
- 耳鳴り、偏頭痛、頭痛、睡眠障害、さらに疲労、衰弱、神経過敏などの非特異的症状は、通常、長期間にわたって(しばしば数年間にわたって)繰り返し発生するので、コホート研究や症例対照研究ではなく、曝露レベルの変化と症状の発症や悪化との関連を評価するケーススタディなどのほうが望ましい研究デザインである。コホート研究では、初めから症状がある者を対象から除外するので、新たな発症者しか含めることができない。これらの症状は一般的に再発するものなので、除外することで、実際の症例よりも少なくなってしまうと考えられる。初めから症状がある電磁波過敏症の人も除外されてしまう。
- このSRの著者らが認めているように、このSR論文には13本の論文の限界に起因する「重大な不確実性」がある。ならば、この論文の結論を「指針値以下の高周波電磁波が症状を引き起こすことは示されなかった」とするのは科学的に正確ではない。「全体として、レビューした一次研究から得られた証拠の量と質は、指針値以下の高周波電磁波曝露が調査対象の症状を引き起こすかどうかについて、有効な結論を導くには不十分である」という結論にすべきである。
Frankらは、このSR論文の取り消しと「利害関係のない専門家による現在入手可能な証拠と、今後の研究優先事項の公平な調査を求める」と、論文で主張しています。
WHOの人選に偏り
電磁波問題についてウェブサイト「Electromagnetic Radiation Safety」で発信している米カリフォルニア大のJoel M. Moskowitz氏は、以下の通り指摘しています[7]。「(WHOが委託した)10件のレビューのうち9件について、プロトコル(研究の手順)を説明した論文が発表されています。ICNIRP現職および元職の9名が9件のレビューに関与しており、そのうち4名が複数のレビューに関与しています」。一方で、「ICNIRP指針値は長期曝露と低強度の影響をカバーしていないため、公衆衛生を保護するには不十分である」などと訴える「国際EMF科学者アピール」に署名した世界各国の科学者250人については、だれ一人としてWHOから声がかかっていないとのことです。WHOによる研究者の人選が偏っており、WHOは「ICNIRPの緩い高周波曝露制限を支持することを確実にしているようだ」とMoskowitz氏は述べています。
これらの批判にWHO委託研究の論文著者らがどのように反論するのか、または反論しないのか、注目していきたいと思います。
[1]https://www.sciencedirect.com/special-issue/109J1SL7CXT
[2]Effects of Radiofrequency Electromagnetic Field (RF-EMF) exposure on pregnancy and birth outcomes: A systematic review of experimental studies on non-human mammals
[3]WHO to build neglect of RF-EMF exposure hazards on flawed EHC reviews? Case study demonstrates how “no hazards” conclusion is drawn from data showing hazards
[4]The effects of radiofrequency electromagnetic fields exposure on tinnitus, migraine and non-specific symptoms in the general and working population: A systematic review and meta-analysis on human observational studies
[5]A critical appraisal of the WHO 2024 systematic review of the effects of RF-EMF exposure on tinnitus, migraine/headache, and non-specific symptoms
[6]「横断研究」は、ある一時点におけるデータを集めて調べる方法。基地局から近い住民と遠い住民の症状などのデータを同時に調べる場合のフィールド調査は「横断研究」に含まれる。これに対して、時間的な追跡調査を行う研究手法が「症例対照研究」「コホート研究」。
[7]https://www.saferemr.com/2021/09/who-radiofrequency-emf-health-risk.html