携帯電話基地局に近い住民に染色体異常が増加 ドイツでの研究

放射線などが原因で起きたDNA損傷(DNA切断など)が修復される時、一部が誤って修復されると、染色体異常が生じる。そうした細胞の中から、将来がんになるものが出てくる可能性があると考えられている=公益財団法人放射線影響研究所のウェブサイトより

 携帯電話基地局の近くに住む人々は、離れた所に住む人々に比べて、将来がんになるかもしれない染色体異常が生じるリスクが高いという、ドイツの住民を対象とした疫学調査論文[1]が2024年5月に公表されました。この研究をリードしたウィーン医科大学教授のモスゲラー(Wilhelm Mosgöller)は「染色体異常の発見はそれほど新しいものではない。(しかし)結果の説得力と明確さには驚いた」とコメントしています[2]。
 研究対象は、ドイツの同じ郡で、携帯電話基地局の近くまたは遠方に5年以上居住している24人。最寄りの基地局までの距離に基づいて、12人ずつ2つのグループに分けられました。遠い方(対照群)は基地局から490~1020m、近い方(曝露群)は75~160mでした。
 性別、年齢、体重、慎重、自宅での居住期間、食品の好み、アルコールやニコチンの摂取といったライフスタイルの要素について、両グループでほぼ同等でした。
 家庭内(論文の記載から寝室で夜間測定したものと思われます)の電磁波を測定し、基地局からのGSM(第2世代)電波は、対照群が0.0006μW/cm2、曝露群が0.035μW/cm2、LTE(第4世代)電波は、対照群が0.01μW/cm2、曝露群が1.22μW/cm2でした(いずれも最大値の平均値)。基地局からの電波の強さには、両グループで統計的有意な差がありました。一方で、超低周波磁場、および無線LANとコードレスフォンからの電波の強さは、対照群と曝露群の間に統計的有意な差はありませんでした。

基地局近くのがん増加を説明できる可能性

 調査対象の住民らから採血、分析しました。採血と分析は盲検法で行われました。
 検査の結果、酸化ストレスの指標である脂質過酸化は、統計学的有意ではないものの曝露群のほうが高い値を示しました。DNA損傷のうち一本鎖切断は曝露群が統計的有意に高かったものの、二本鎖切断は両群で違いはありませんでした。そして染色体異常は、曝露群が統計的有意に高い値を示しました。この結果について、著者らは「曝露群の自宅で測定された強度のGSMおよびLTEシグナルへの長期間(数年間)の曝露が、染色体異常の発生率を増加させることを裏付けるものである」「(先行研究が示した)携帯電話基地局からのシグナルに曝露した人々におけるがんリスクの著しい増加に関するデータについて、生物学的に妥当なメカニズムを提供できる可能性がある」と述べています。
 電磁波問題について情報発信しているウェブサイト「マイクロウェーブ・ニュース」に掲載された記事[2]によると、この研究は、ATHEM3(「携帯電話通信に関連する電磁界曝露の非熱的影響」の略)と呼ばれるプロジェクトの一環として実施されました。3という数字は、この研究がATHEM研究プログラムの第3段階であることを示しています。ATHEM研究プログラムは2002年に開始され、ATHEM1と2はオーストリア労働災害補償局(AUVA)がスポンサーでした。このATHEM3は、無線技術から健康と環境保護を推進することを目的として2007年に発足したドイツの非営利団体の支援を受けているとのことです。

住民を対象としたのは画期的

 携帯電話で使うものと同じマイクロ波が脳細胞にDNA損傷を引き起こすことを世界で最初に発表したのは、ワシントン大学のレイ(Henry Lai)とシン(Narendra Singh)です。1995年のことでした(会報第37号参照)。
 その後、欧州連合(EU)の出資によるREFLEXプロジェクトが2000~04年に行われました。7カ国の12の研究所による共同研究プロジェクトで、熱作用や刺激作用を引き起こすほど強くはない電磁波によって細胞が受ける影響を検証し、携帯電話で使われるような高周波電磁波で、細胞内に活性酸素種が作られ、DNA損傷や染色体異常を引き起こすことを示しました。また、送電線の近くで生じるような超低周波磁場でも、オンオフを繰り返すように間欠的に曝露されるとDNA損傷や染色体異常が起きることが分かりました。
 これら過去の研究は、主に研究室で行われた実験によるものでした。今回の研究のように、実際に基地局の周辺で生活している住民の遺伝子について調べた研究は画期的です。ただ、研究対象が24名と少ないことが、この論文の弱点と言えそうです。

産業界などから激しく攻撃された過去の研究

 レイとシンの研究結果について、携帯電話会社は「この研究はあまり信用できるものではない」などと非難し続けました。レイは「私たちの研究は“貶めようとするキャンペーン”の格好の対象となってきた」と述懐しました。
 マイクロウェーブ・ニュースの記事[2]によると、REFLEXプロジェクトの研究の一つを行ったレディガー(Hugo Rüdiger)と、今回の研究をリードしたモスゲラーは、ウィーン医科大学の同僚でした。レディガーは、REFLEX研究でデータを捏造したと中傷されるなどの攻撃を受け、研究から引退しました[3]。携帯電話事業者に不利益な研究を行うことがいかに困難かという一例です。
 今のところ、REFLEXプロジェクトほどには注目されていないモスゲラーらは、より多くの参加者を対象とした追跡調査を計画しているとのことです[2]。【網代太郎】

[1]Evaluation of oxidative stress and genetic instability among residents near mobile phone base stations in Germany
[2]「Cell Tower Radiation Linked to Genetic Changes in Nearby Residents」Microwave News 2024年7月1日
[3]「German Court Moves To Silence Relentless Critic of RF DNA Studies」Microwave News 2021年2月8日

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