近藤哲哉さん(関西医療大学教授)ら
日本臨床環境医学会学術集会(2024年6月)での発表から
静岡県牧之原市の認定こども園で3歳児が通園バスの車内に取り残され熱射病で死亡した事故が2022年9月に起きました。携帯電話基地局からの電波が園のスタッフらにミスを起こしやすくさせることで、このような事故のリスクを高める可能性を考察したユニークな発表です。電磁波による障害については電磁波過敏症に焦点があたりがちですが、「一般」の人々への影響はどうなのかという問題意識から、今回の発表をされたとのことです。
近藤さんは、長期間の電磁波曝露について調べた数少ない研究のうちの一つ[1]に注目。この論文は、2000~2002年の間に出生時に募集された、グラナダ(スペイン)の123人の男児の健康状態を9~11歳の時点で調べ、また、住宅近くで電磁波(100kHz~6GHz)を測定しました。その結果、9~11歳男児がADHD(注意欠陥多動性障害)を発症するリスクは、最大電力密度の中央値である0.2759μW/cm2以上でβ=2.20(オッズ比9.025)でした。
近藤さんらは、バス置き去り事故があった認定こども園の近くのNTTビルの上に巨大なアンテナ塔があることに気づき、同園の周辺で測定したところ、園の建物近くで最大10.5μW/cm2の強度を確認しました。上記論文の0.2759μW/cm2を大きく上回る数値です。
近藤さんらは、電磁波が強い環境で長時間の勤務を続けているスタッフらの認知機能に電磁波が影響して事故の発生率が高まる可能性について試算しました。
オッズ比9.025、大人のADHD有病率2.5%[2]のとき、計算上、相対危険度(発症リスク比)が7.52になります。また、2021年7月にも福岡県中間市の私立保育園でバス置き去りによる死亡事故が発生していることから、前記の事故と合わせて20年間に事故が2件起きる(確率0.1件/年)と仮定。この次に述べる計算を逆算して、1日に1人の大人がミスをする確率を0.011と導きました。
0.011に、電波が強いことによる相対危険度7.52をかけ、ある1日に園のスタッフ4人全員がミスをする確率を求め、そこから4人のうちだれかがミスをしないことが1年間続く確率を求め、その逆の場合の確率(1年間に4人全員がミスをする確率)に全国の送迎バス2万2842台[3]をかけたところ、1年間の事故の発生件数は277件となりました。最初の仮定(0.1件)と比べ、電磁波が強い環境では2770倍、事故が起きやすいという結論です。
近藤さんは、このような環境に園があったことと不運が重なって事故が起きたのでは、と述べました。
もちろん、置き去り事故の原因に電磁波が関係したことが証明されてるわけではありません。また、あくまでも仮定の数字に基づいた試算です。しかし、電磁波が被曝した個人に直接健康影響を生じさせるだけでなく、電磁波が社会集団に対して負の影響を及ぼすことによって間接的に被害が出る可能性という視点を示してくださったことが、たいへん意義深いと思いました。
なお、近藤さんの発表時に、一部の数字が間違っていたことが分かったとのことで、この記事では修正した数字に基づいて私が計算し直し、近藤さんに確認していただきました。【網代太郎】
[1] Calvente I,et al.:Does exposure to environmental radiofrequency electromagnetic fields cause cognitive and behavioral effects in 10-year-old boys? Bioelectromagnetics. 2016 Jan;37(1):25-36.
[2]米国精神医学会DSM-5による
[3]文部科学省「こどものバス送迎・安全徹底プラン」(2022年10月)