2月25日に放映されたNHK・BS番組『フロンティア 地磁気と生命 40億年の物語』の内容を前号に引き続きご紹介します。「ネアンデルタール人の絶滅は地球磁場の大移動と関係」にも触れます。これだけ優れた番組はNHK地上波で放送し、より多くの人に見てもらいたい。【大久保貞利】
地磁気とオーロラ
2024年5月に観測された太陽フレアは大規模なものだった。太陽表面の黒点の周辺で発生する爆発現象である太陽フレアが放出する電磁波や高エネルギー粒子は、最短で約8分という短い時間で地球に到達し、通信インフラや電力網などに障害をおよぼす恐れがある。一方で、太陽活動の活発化である太陽フレアにより世界にオーロラが出現する。オーロラは地磁気のバリアによって生まれる。
国立極地研究所の片岡龍峰氏はオーロラの研究を行っている。太陽から100万℃を超えるプラズマの風が吹く、これが太陽風だ。地球には磁力バリアがあって、これが太陽風をせき止めて電流が生まれる。電流は北極と南極の方に集まる。そのエネルギーが発光する、これがオーロラだ。人間には見えない地磁気のグリッドとなる「磁力線」を見せてくれる現象だ。
今、片岡氏は市民と共同でオーロラを研究している。最近のスマートフォンは性能が良くオーロラが見える。そこで市民がたくさんオーロラを観測する。「シチズンサイエンス」、市民参加型の科学である。今年5月、兵庫でオーロラが発見された。これまでオーロラは高くても高度600kmと考えられていた。それが5月には1000km以上伸びていた。これまでの常識の倍近い。市民参加型の科学でオーロラの新常識が生まれた。
チャプター2 地磁気に翻弄される生物
生物に備わった磁気を感じる力。地磁気を道しるべとして私たちは生き延びてきた。もし、その道しるべが大きく乱れたら。
養老渓谷の地層で「地磁気の逆転」が見られる
神戸大学名誉教授・兵頭政幸は古地磁気学を専門にしている。地磁気が岩石の中の磁石に固着され残る。これが「地磁気の化石」である。100万年前、1億年前でも復元できる。千葉県房総半島にある養老渓谷、紅葉の名所である。ここの崖はかつて深海底だった。堆積した時に、N極がどの方向に向いているか。1億7千年間に500回以上地磁気の逆転が見つかっている。最後の逆転は77万年から78万年前である。
「なぜ逆転するのか」―イギリスの著名な研究者が「理由はない」(because it can)と『ネイチャー誌』で発表している。
「逆転すると、地磁気は弱まる。」
立命館大北場育子氏(古気候学研究センター)はこう語る。
78万年前は暖かい時代だった。阪神淡路大震災の時に、大阪湾で全長1700mのコアと呼ばれる地層が掘削された。地震の原因解明のためだ。このコアで過去300万年の人類史上の気候変動をカバー研究できる。コアに含まれた花粉から植物が分かる。80万年前に氷期が終わった。氷期が終わると樫(かし)が増える。樫は常緑樹で暖かい気候で育つ。78万年前に寒冷地で育つブナの木が増えた。2万年で温度が2~3度下がったからだ。寒冷化が起こったのだ。地磁気が弱まった時代だ。地磁気は宇宙線や太陽からのプラズマ粒子をそらす。地磁気が弱まると宇宙線が増え、雲を新しく生み出す。低い所で発生する白い雲だ。雲の層で太陽光が届きにくくなり寒冷化になる。
磁極の小旅行(エクスカーション)
それ以外の事象として、今から4万2千年前にフランス、ニュージーランド、日本で溶岩から「方位磁石が北を指さない」という異常がわかっている。1968年にフランスの研究者が、はじめてフランス中央高地の溶岩流で磁気異常を発見した。磁極が小旅行のように移動するもので、「ラシャンプ(Laschamp=放送では“ラシャン”と仏語表記)地磁気エクスカーション」と命名された。
日本では、立命館大中川毅氏(古気候学)がこの問題に詳しい。福井県水月湖(すいげつこ)が地磁気の異変を読み解く場所として知られる。福井県南部に三方五湖(みかたごこ)という観光地があるが、水月湖は5つの湖の一つだ。水月湖はまわりの川から水が流れてきて、天然の砂防ダムのように閉ざされていて穏やかな湖だ。1991年に湖底から7万年前からの「年縞(ねんこう)」が発見された。年縞は20年間調べられ、長さは45mに及ぶ。7万年分もの年縞が1カ所で連続しているのは世界でも水月湖以外に発見されていない。年縞で、黒っぽいのは夏繁殖する植物プランクトンの死骸で、白っぽいのは冬湖面が冷やされある種の化学反応でできた鉄分主体の鉱物である。黒白がワンセットで1年分を指す。年縞を熱処理と測定を繰り返し分析する。長さ45mのうち、ここの部分が4万2千年前の年縞にあたる。こうして分析すると地磁気の異変がわかる。2014年から2022年の8年間分析して磁極の変化がわかった。

地磁気はスイングしてまた戻る
兵頭名誉教授の説明によると、4万2千年前、地球儀で見ると磁極は大移動した。「エクスカーション」(小旅行・小移動)では表現できない、いわば大移動だ。磁極はスイング(swing=移動)してまた戻る。最初は、北極から北太平洋に移動し、そこで40年~50年滞在しまた北極に戻る。反時計回りの移動だ。第二は、4万2200年前で、北太平洋からオーストラリアを通り南極の近くまで行き、アフリカ経由で北極に戻る。第三は、一直線に南極大陸に行き、そこで40年~50年滞在し、一気に北極まで戻る。行きが45年で帰りが38年かかった。移動は止まらず、合計7回の大移動が起こった。7回目の移動は3万8千年前に起こった。これがスイングの正体だ。年縞を調べてわかった。磁極の移動先は北太平洋、南太平洋、インド洋、東アフリカの4カ所に集中していて、地球内部の磁場が強いことが分かっていた4カ所に一致することが、地球地図にプロット(当て込む)してわかった。驚きだった。地球内深部に4つの巨大な液体金属の流れがあり、磁極は4万2千年前、地球内部の強い磁場に引き寄せられながら、移動を繰り返した。
ネアンデルタール人はなぜ絶滅したか
78万年前の地磁気逆転で寒冷化が起こった。4万2千年前の「ラシャンプ地磁気エクスカーション」の時も地球に異変が起きた。4万2千年前に北米で氷床や氷河が拡大したと報告されている。一方で、南半球では強い乾燥化が起こり、オーストラリアでは湖が干上がり、水源を失って大型動物の多くが絶滅した可能性がある。当時、人類史上でも大きな出来事があった。「ネアンデルタール人の絶滅」だ。ネアンデルタール人はホモサピエンス(現生人類)より肌が白いという仮説がある。肌の白いコーカサス系の人は紫外線に弱く皮膚がんになりやすいと言われる。地磁気が減少すると紫外線が強くなる。地球のバリアが弱まり、宇宙線がオゾン層を破壊し、紫外線が強まるからだ。この仮説が実証されると、私たち自身の存在と直結してくる。実際そういうプロジェクトが始まっている。
長い歴史の中で、地磁気は決して安定したものではなく、時に逆転し、時に移動して揺れ動く。地磁気(地球磁場)は気紛れで、気候変動を起こす。人類の運命まで影響する。
火星にも昔、磁場があった
地磁気(地球磁場)と生命を巡る問題はフィールドが広がっている。火星はこの問題の面白い対象だ。
九州大学高橋太氏(地球惑星電磁気学)は次のように語る。火星は昔、大規模な磁場があった。それが40億年前に止まった。磁気がなくなると大気が守れなくなって、太陽風によって徐々に大気がとられ、水もなくなった。そこで、かつて火星に存在していた大気や水の痕跡を探した。火星に生命はいたのか。議論を呼んだ隕石がある。「アラン・ヒルズ(ALH)84001」だ。ジャガイモ大で重さは2キロ。42億年前の岩石で、南極で発見された。火星から飛んできた隕石だ。内部を電子顕微鏡で見ると、鎖状の構造をもった物体がある。そこには磁力があった。磁性細菌と同じだ。
東大鈴木庸平氏(地球微生物学)はこう語る。興味があるので、分析を繰り返し、見えないものを見えるようにする。それが科学の本質だ。
再び、カリフォルニア工科大学のジョセフ・カーシュヴィンク氏に登場してもらおう。1970年代にオーストラリアの学生が「古地磁気学は終わった」と言った。それが50年前だ。しかし、人間と磁場の関係を明らかにすることは重要だ。なぜ生命は生まれたのか。
