温故知新 シリーズ「あの頃こんなことがあった」(4) 熊本市御領地区の携帯基地局問題(上)

大久保貞利(電磁波研事務局長)

熊本市は九州のへそ
 熊本県熊本市は人口約74万人。今でこそ九州の中心といえば福岡市で、たしかに駅前を見れば福岡市の一人勝ちの態(てい)です。しかし地政学的に言うと九州の中心は熊本市です。昔、陸軍は軍管区を設けました。軍が地域を中央集権的に把握しやすい場所に軍管区本部は置かれました。九州の軍管区本部は熊本市に設置されました。熊本市は九州のへそなのです。その名残で総務省の九州総合通信局は熊本市にあり、ここが九州全域をカバーしています。

御領地区でこっそり基地局を建てようとした
 熊本市東区御領(ごりょう)地区は、熊本城から東に8kmの場所にあります。
 1996年11月のある日、御領地区町内自治会の一人の理事(いわゆる班長)が自治会長宅に行き、「なにやら町内に通信鉄塔が建つと聞いたが、説明会を開くべきではないか」と尋ねました。自治会長はそのことを事前に知っていましたが、説明会は必要ないと考えていました。しかし理事から開催の申し出があったので「では開きましょう」となりました。日本全国どこでも共通していますが、携帯会社は地権者を除いて自治会長や区長などほんの一部に声掛けするだけで、こっそり携帯電話中継基地局を建てようとします。御領地区では携帯会社は基地局予定地のごく近くの家だけ簡単なあいさつに回っただけなのですが、たまたま感度のいい理事にその事実が伝わったのです。

1回限りの説明会で逃げようとしたが
 こうして1996年11月17日に携帯基地局建設の地域説明会が開かれました。携帯会社名は「九州セルラ―電話(株)」です。現在のKDDI(au)です。周囲を住宅地に囲まれた400m2(約120坪と広い)の土地に高さ40mの基地局が建つと説明されました。説明会は携帯会社と自治会長の間で綿密な打ち合わせがあったらしく、①説明会には地域住民以外は参加させない、②説明会は1回限り、③自治会としては建設に反対しない、という筋書きで自治会長は通そうとしました。
 説明会には約70名が参加しました。当然ながら「そんな条件はおかしい」という声が上がりました。住民たちは電磁波についてまったく知識がありませんでしたが、説明会で携帯会社がやたら「電磁波は危なくない」と力説するものだから、かえって「電磁波ってなんだ?」という疑問がわきました。とくに住民たちを怒らせたのは、「すでに建設確認をとってあるので、あとは法律に沿って進めるだけです」と聞く耳を持たない携帯会社の態度でした。納得しない住民たちは「再度説明会を開け」と要望したが、自治会長は断固として要望を拒否しました。

市内の新大江地区でもトラブルになっていた
 理不尽な自治会長のやり方に怒った住民たちが新聞記事を集めたところ、市内の水前寺公園に近い新大江地区で通信鉄塔反対運動が起こっているのを知り、ツテを通じて新大江地区の住民に話を聞きました。そこで「セルラーは勝手に話を進めるから市役所に行け」と教えられました。住民たちはさっそく説明会の翌日市役所に事情を聞きに行きました。するとセルラーは「事前の説明会を済ませ、住民の了解を得ている。説明会で特に反対の声はなかった」と市役所に虚偽の報告をして、すでに市から建築確認を得ていました。
 慌てた住民たちがさらに調べていくと、ドコモ、九州セルラー、デジタルツーカー(現在ソフトバンク)の3社の携帯電話会社で、九州だけで700の基地局が建てられ、さらに300の新たな基地局を建てようとしていることを知りました。一方で、福岡市など九州全域で10カ所が基地局トラブルを起こしていました。
 運よく、新大江地区で11月30日に荻野晃也氏の基地局問題学習会が予定されていたので、御領地区の住民11人が学習会に参加しました。そこで電磁波が人体に悪影響を及ぼすとの研究が多数あり、電磁波問題が自分たちの考えている以上に大きな問題であることを知りました。

託麻の環境を守る会が発足し、住民の9割の署名を集める
 これを契機に12月2日、住民有志40人で「託麻(たくま)の環境を守る会」を発足させました。会長はKさんで、事務局長が川上博さんです。この日から毎週金曜日に役員会を開きました。川上さんは現在も電磁波研の会員で何度かお会いしましたが、言葉に力があり話に説得力のある人です。
 すでに基地局の建築確認が下りているので、「鉄塔建設反対」と「住宅地から離れた所への建設地移転」の二つを要求する署名を集めることにしました。自治会長が反対運動を妨害するので、自治会として署名回覧することはできませんでした。だが、わずか2週間足らずで1575名の署名を集めました。町内人口は1755名ですから9割の住民たちが短期間に署名したのです。

陳情行動も矢継ぎ早に開始
 次に住民15名で市役所に、続いて住民50名で県議会と住民37人で市議会に怒涛の如く陳情行動を行いました。県知事と市長には年内のうちに陳情書を提出しました。陳情行動には新大江地区の住民と、熊本市の隣町の菊陽町ひばりが丘(ここも基地局トラブルを抱えていました)の住民も参加しました。
 新大江は住宅地の真ん中に35mの基地局を建てる計画で、住民80名が「反対期成同盟」を結成し闘っていました。菊陽町ひばりが丘地区は高さ40mの基地局を建てる計画で、この地区は町のモデル地区に指定されており、自治会ぐるみで反対運動が展開されていました。3地区とも相手は九州セルラーです。

3地区で「ネットワーク熊本」を立ち上げる
 年が明けた1997年1月11日、新大江、菊陽町ひばりが丘、御領の3地区の住民は「中継塔反対ネットワーク熊本」を結成し、初会合をもちました。そして1月16日、「ネットワーク熊本」名で九州セルラーに内容証明付きの陳情書を郵送しました。2月からは「5000人署名」に乗り出しました。この頃には、その後御領と並ぶ大きな運動を展開した熊本市「沼山津」(ぬやまず)地区の住民もネットワーク熊本に加わりました。

沼山津と横井小楠
 沼山津地区は幕末の思想家・横井小楠(よこいしょうなん)ゆかりの地です。横井小楠は幕末期に幕府の固陋な鎖国体制と幕藩体制を批判した開明の士で、坂本竜馬が「当時天下の人物9名」の1人として挙げた傑物です。幕末動乱の中で暗殺され非業の死を遂げました。沼も津も水と関係する言葉で、沼山津は湧水豊かな地です。そんな地盤の軟弱な地区に九州セルラーは高さ40mの基地局を建てようとしたのです。しかも建設予定地は地元の英雄横井小楠ゆかりの「小楠公園」のすぐ脇という住民の感情を逆なでする非常識な場所でした。1997年1月15日、町内自治会臨時総会で「中継塔建設反対」の決議を挙げました。沼山津地区にとって有利な点は、地元に住む弁護士が手弁当で運動の先頭に立ってくれたことです。
 この沼山津と御領の2地区がお互いに連携し刺激し合って反対運動を継続させた力が、その後の「九州ネットワーク」結成へと繋がったのです。

御領のその後の取り組み

御領住民集会

 話を御領に戻します。御領の「託麻の環境を守る会」の名称は地元の託麻小学校PTAと自治会に基地局反対運動に協力してくれるよう働きかけました。しかしPTAも自治会も組織として動くことを拒否してきました。そのため勢い御領の住民たちはネットワーク熊本を強化する方向に向かいました。御領はいくつかの旧地名が合併してできた町です。そのため地元民は旧地名の託麻に愛着を持っています。「託麻の環境を守る会」はそうした背景から付けられました。
 ネットワーク熊本は、熊本市議会の委員会で陳情のための趣旨説明や傍聴、各市議への働きかけを精力的行う一方で、マスメディアにも様々な働きかけを行いました。その甲斐あってテレビや週刊誌が基地局問題を取り上げるようになりました。
 相前後しますが、九州セルラーが1996年11月に基地局を計画したのは「御領5丁目」です。年が明けた1997年1月早々、今度は「御領2丁目」にNTTドコモが基地局建設を計画していることが発覚しました。そのため御領地区では同時に九州セルラーとドコモの2社を相手に反対せざるを得なくなりました。

250名の圧巻の住民パレード
 運動の前半の一つの山場が、1997年5月11日に実行した「住宅地鉄塔建設反対パレード」です。熊本市内の目抜き通りを行進する企画ですが、約250名が参加しました。熊本は保守的な土地柄です。このような取り組みは画期的です。パレードには御領、沼山津、新大江、菊陽町ひばりが丘、の4カ所の住民が全力で参加しました。御領地区は100名が参加しました。

街頭パレード

 電磁波にしても、基地局問題にしても、25年経った現在でもあまり国民的な関心は多くありません。そんな中で、25年も前にこれだけ大きな住民が参加する取り組みがあったのです。
 これだけ大きな住民が立ち上がっても、九州セルラー(今のKDDI)は撤退しようとしません。それどころか次回に報告しますが、工事を始めるのです

 

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