医療機関のWi-Fi整備で総務・厚労両省からヒアリング 「助成金・補助金を出す予定はない」

医療機関のWi-Fi整備についてのヒアリング。手前左が大河原雅子衆議院議員。3月15日、衆議院第一議員会館で

 医療機関のすべての病室にWi-Fi(無線LAN)を整備させようという著名人らによる運動に対して「電磁波過敏症発症者が入院できなくなってしまう」と危機感を募らせた当会会員の方からの問題提起に対し、当会として何ができるかを探るため、医療機関のWi-Fi整備状況を調べました。さらに、国の考え方などについて、総務・厚生労働両省の担当者の方々からお話をうかがいました。
 電磁波過敏症発症者の娘を持つAさんが危機感を抱いているのは、フリーアナウンサーの笠井信輔さんらによる「#病室wifi協議会」です。笠井さんは自身が悪性リンパ腫で闘病していた時にインターネットを使って友人と話せたことが心の支えになったという経験から、コロナ禍の面会制限が患者の孤独を深めているなどと訴えて、医療機関のすべての病室に患者用Wi-Fiを整備すべきだと主張、国会議員や関係各所に働きかけてきました。フジテレビのニュースキャスターだった笠井氏さんの知名度もあって、この活動は注目され、メディアに繰り返し取り上げられています。
 同会のウェブサイトは、全病室で無料Wi-Fiを使える全国の医療機関名を列挙する一方で、「Wi-Fiや電磁波について正しい知識を持つことで偏見のない判断ができるようになります」などと述べ、電磁波による健康リスクについて否定的な姿勢を示しています。

患者・訪問者用のWi-Fi整備は約3割

電波環境協議会「2021年度医療機関における適正な電波利用推進に関する調査」より ※1レセプト作成システム、電子カルテ、オーサリングシステムなどの医療事務や診療を支援するシステム ※2一般X線撮影装置、超音波検査装置等のデータ伝送用

 Aさんからの訴えを受けて筆者が調べたところ、「電波環境協議会」という組織が毎年、医療機関での電波利用機器(無線LAN、業務用携帯電話・タブレットなど)利用についてアンケート調査を行っていました。同会は、旧郵政省出身の研究者、総務省電波部長、電気事業連合会(全国10電力会社で構成)幹部などが関与しており、半官半民の組織と言えそうです。
 アンケートは、ベッド数20床以上の「病院」と、19床以下の「有床診療所」とに分けて集計。昨年6月に公表された同会による調査によると、2021年度は病院の93.2%、有床診療所の74.9%で、無線LANを導入済みでした。導入済み医療機関での無線LANの利用用途は、病院、有床診療所とも、「施設スタッフのネット接続用」「医療情報システム用」が特に多く、「#病室wifi協議会」の関心の的である「患者・訪問者のネット接続用」にWi-Fiを利用しているのは、病院で33.5%、有床診療所で29.2%でした。

国による支援策
 医療機関でのWi-Fi整備について、国の取り組みはどうなっているか、調べました。
 #病室wifi協議会のウェブサイトの「病室Wi-Fi設置工事に厚生労働省の補助金がついた」「残念ながらそれが(2022年)9月いっぱいで終了してしまった」との記載を手がかりに調べたところ、厚労省が「令和3年度新型コロナウイルス感染症感染拡大防止・医療提供体制確保支援補助金」で、Wi-Fi整備費を補助の対象とした旨、ネット上に情報がありました。
 また、総務省は、前述の電波環境協議会と共催で3月に「医療機関における安心・安全な電波利用推進シンポジウム」を開催しました。名称の中の「医療機関における…電波利用推進」という文言が総務省の姿勢なのか、筆者は同省に確認したいと考えました。

「あくまでもコロナ対策のための補助金」
 以上の通り調べた内容を確認し、より詳しい情報を得るため、また、すべての病室へのWi-Fi設置を望んでいない人々がいることを国の担当者に認識してもらう意味も込めて、大河原雅子衆議院議員(立憲民主党)にお願いして3月15日、衆議院議員会館でヒアリングを行いました。総務省から3名、厚労省から1名、当会からAさん、電磁波過敏症発症者の石黒貴子さん、大久保事務局長、筆者の4名、そして大河原議員ご本人と秘書の方1名が出席しました。事前に5項目の質問を提出し、それらへの回答をいただきました。
 電波利用推進のための国の補助金制度について、厚労省医療経営支援課の小林晋一・医療法人係長は「医療機関での電波利用推進のためという目的の補助金は、これまで行っていない。医療機関でコロナ感染拡大防止のため(直接の面会が制限されたので)オンライン面会をできるように『令和3年度新型コロナウイルス感染症感染拡大防止・医療提供体制確保支援補助金』の中でWi-Fi整備も対象にしたが、Wi-Fi整備が目的ではなく、あくまでもコロナ対策の一環。補助金は現在は行っていないし、今後についても行う予定はない」と回答。
 総務省地域通信振興課の中川衛課長補佐は「医療機関における電波利用推進のための助成金・補助金というものに直接該当するものは過去、現在も行っていない。災害避難所などの防災拠点の情報通信を確保するための補助金制度を実施したが、令和3年度をもって事業を終了しており現在は実施していない。今後再開する、あるいは類似の事業を予定していることはない」と回答しました。

医療機関のWi-Fiへの不安「聞いていない」
 電磁波過敏症の方などから病院でのWi-Fi利用推進への懸念や反対の声を聞いたことはないか、との質問に対して、総務省電波環境課の藤原史隆課長補佐は「私は、受けたことはない。今回、初めて聞いた。ただ、私が担当をやっている期間もそれほど長くはないので、もしかしたら過去にはいただいているのかもしれない」と回答しました。
総務省が推進しているのは「安心安全な電波利用」
 前述の通り、医療機関のWi-Fi普及率などのデータを「電波環境協議会」が公表していますが、この他の厚労省、総務省による独自の調査は、行っていないとのことです。
 また、電波環境協議会との共催で「医療機関における安心・安全な電波利用推進シンポジウム」を開催した総務省は、医療機関での電波利用を推進しているのか、との質問に対して、総務省電波環境課の瀬田尚子・電波環境推進官は「電波利用を推進するというよりは、どちらかと言うと安心安全に使っていただくことを目指している。医療機関において電波を使う臨床技師、看護師などに電波に関する知識が不足しているため、トラブルが多かった。医用テレメータという心電図をモニタリングするシステムがあって、患者の重要な状況を看護師が遠隔で把握できるのだが(電波がきちんと届いておらず通信障害になる)トラブルの発生が、けっこう多かった。高市早苗総務大臣だった時に、高市大臣が大きな問題だとおっしゃられて、それからこの問題に集中して取り組んできた」と説明しました。すなわち、総務省が言う「安全」とは、「電波がきちんと届くことで患者の重要な変化などを見落とさない」という意味での「安全」であり、電波そのものの安全のことではないようです。
 また、総務省として、医療機関における電波利用について目標、将来像を示したものがあるのかとの質問には「ない」とのことでした。

電磁波過敏症発症者・家族からの訴え
 Aさんは、電磁波過敏症である娘について、以下のように訴えました。「うちの子は数年前から電磁波過敏症になった。電磁波過敏症の薬などはなく、電磁波を避けることによって治療するしかない。電磁波にあたると、髪を振り乱して苦しさに耐えている。Wi-Fiがある場所へ行くと、突然の不整脈、呼吸困難、ぐるぐる回るめまい、吐き気などに見舞われてしまう。受診しなければならないときは、何軒ものクリニックに電話をして、Wi-Fiの有無を確認している。幸いWi-Fiを飛ばしていない病院があり、そこを利用しているが、それでも建物内で電磁波が強い場所があるので、事前に家族が電磁波を測定して、診察室までの電磁波が弱い経路を調べたり、待合室(では患者がスマホなどを使うので)ではない場所で(イスがないので)立って診察を待っている。このような電磁波過敏症患者にとって、#病室wifi協議会の活動は脅威でしかない。笠井氏のお気持ちは理解できるが、電磁波に対する弱者がいることを理解していただき、活動に歯止めをかけていただきたいという気持ちでいる。ほとんどの病室にWi-Fiが設置されたら、電磁波過敏症患者は入院できなくなり、命に関わる問題だ」と訴えました。
 また、石黒さんは、1年前に電磁波過敏症を発症したときには「死にたい」と思うほど苦しんだが、工夫を重ねて外を歩けるようになった体験を述べ、「総務省は『電磁波過敏症などについて研究して成果を公表する』と意思表明しているが、成果を上げる研究ができているのか」などと問いかけました。

電磁波に配慮する医療機関の情報収集・発信
 今回のヒアリングを通して、医療機関のWi-Fi整備について現時点では国の助成金が予定されていないことを確認でき、その点についてはとりあえずホッとしました。また、電磁波過敏症の訴えを両省の担当者に直接伝えることができたのも、良かったと思います。
 今後当会は、電磁波過敏症などに配慮した対応をしてくれる医療機関の情報を集め、その取り組み例などを情報発信していきたいと考えています。そのことによって、医療関係者へ理解を広げ、また、発症者の命を守る一助になるのではないかと思います。
 「この病院は良かった」など、皆さんからもぜひ、情報をお寄せいただければ幸いです。【網代太郎】

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