気仙沼・大島の牡蠣パーティー

旧友との再会
 5月3~5日の連休、宮城県気仙沼市大島で開かれた「牡蠣パーティー」に誘われて行ってきました。30年以上続いた市民団体「コンピュータ合理化研究会」の仲間たちとの再会です。気仙沼からフェリーで20分の距離に大島はあります。ここに住む昔の仲間が3・11東北大震災で津波に遭いました。そこで当時百万円以上の救援カンパをしたのですが、そのお礼を兼ねてパーティーは企画されました。

カンパは有効に使われた
 気仙沼の牡蠣養殖は有名です。養殖場は津波で壊滅的打撃を受けました。長年養殖をしてきた人たちの何人かは業を放棄しました。反対に都会から牡蠣養殖をしてみようという脱サラ組が生まれました。私たちのカンパはそうした意気込みのある30代の若者の起業資金に使われました。牡蠣は成長に2年かかります。被災後3年経ってようやく牡蠣も成長し、生業も軌道に乗りました。こうして牡蠣パーティーは企画されました。牡蠣というと冬場がいいかと思いがちですが、実は今が旬なのです。大きさといい、味といい、友人の庭で約20名が集まりその場で焼いて食べる牡蠣の醍醐味は最高でした。

復興の厳しさ、難しさ
 気仙沼の友人は知り合った当時は組合青年部の役員でしたが、今は50代後半で市の幹部になっていました。友人の兄は全国的に有名な人権派弁護士です。友人は国の復興政策を大いに批判していました、「国は震災瓦礫を自治体の責任で処理する一般廃棄物扱いし、責任を放棄しようとした。だから私は環境省とやりあい、結局は国の責任で処理させた。気仙沼市は通常年間予算250億円だが、復興予算で現在は10倍の2500億円に膨張している。しかしそれを処理する人員が確保されていない。復興財源は一時的なので、正規職員を雇えば後になって人件費負担で苦しむ。だから臨時職員しか雇えない。しかし正規でも困難な仕事を臨時職員でこなすのは無理がある。こうした苦しみを中央の役人は理解しない。とにかく場当たり的な国のやり方にあきれている」。彼の反骨精神は健在でした。

自立する大切さ
 大島では「休暇村」に泊まりました。船着場から宿までのわずかな時間で送迎運転手が津波襲来当時の状況を説明してくれました。胸に沁みました。友人は「住民は役所に依存しすぎて、自らの発言や行動はしない。このままでは防潮堤建設のような土建国家方式に戻ってしまう。住民が提案し、行動し、それを役所が支えていくことが重要だ」と語りました。わずか3日間の旅でしたが、何か、大きな宿題をもらったような旅でした。被災地を忘れてはいけない、と心に刻みました。【大久保貞利】

 

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