おかげさまでカネミ油症救済法が成立しました

大久保貞利(カネミ油症被害者支援センター共同代表)

 電磁波研会報で3号(65号~67号)にわたって、カネミ油症問題を掲載させていただきまして、ありがとうございました。おかげさまで、2012年8月29日に「カネミ油症救済法」は参議院本会議で満場一致で可決・成立しました。お礼を兼ねて報告させていただきます。
「生きててよかった!」
 その日(8月29日)、支援センターと被害者は午後から、北九州市JR小倉駅北口にあるKMMビルで「カネミ油症新認定者損害賠償請求訴訟勝利と油症全被害者救済を求めて!小倉集会」を開催していました。カネミ油症事件の加害企業であるカネミ倉庫㈱は小倉に本社があります。
 すでに8月24日にカネミ油症救済法は衆議院で全会派一致で可決・成立し、あとは参議院での議決を待つばかりでした。当初はこの日の午前中に可決される予定でしたが、野党が出そうとした野田首相問責決議案を巡って国会が紛糾し、参議院本会議開会時間の予定が狂ったためです。
 集会は午後4時半に予定どおり終了しましたが、その時点でまだ参議院本会議は開かれずハラハラしました。問責決議案が出されると国会は空転し、カネミ救済法も宙に浮いてしまいます。集会終了後も参加者と大勢のマスコミは帰らず、その場で待機しました。会場の大型スクリーンには参院本会議場の様子がライブで映し出されるようになっていました。午後5時、ようやく参議院本会議は開かれました。カネミ救済法は17法案の10番目です。午後5時45分、法案が成立した歴史的瞬間、会場は拍手に包まれました。
 長崎県諫早市の被害者下田順子さんは、成立した瞬間、多くの報道陣のマイクとカメラの前で、感極まり「生きててよかった!」と叫びました。

年間24万円支援金支給と未認定被害者救済拡大
 成立した救済法の内容は、①被害者の医療費はカネミ倉庫が支払う、②国は毎年1回健康実態調査を実施し、支援金として被害者一人当たり年間24万円(内訳国19万円、カネミ5万円)を支給する、③認定被害者と同一の家族でカネミ油を食べた未認定者にも救済対象を拡大する、というものです。
 当初被害者が求めていた「医療費の公的負担」は残念ながら見送られ、カネミ倉庫が医療費を支払うことになりました。そのためカネミ倉庫に「政府米保管料拡大」という経営支援策を施すことになりました。この面では後退ですが、万一カネミ倉庫が倒産しても医療費と支援金は国が支払うことが法案に入り、「公的救済」が実現しました。そして「国の責務」「都道府県の責務」「カネミ倉庫の責務」「国民の責務」も明記されました。被害者は健康を害され、医療費負担が重くのしかかり(これまでもカネミ倉庫は医療費を負担していましたが、その内容はズサンで貧弱でした)、生活保護以下の生活を強いられている人が少なくありません。年間24万円の支援金は大いに救いです。また、これまで国が恣意的に決めた「認定基準」に合致しないとはじかれていた未認定者が数百人規模で救われるのも画期的です。

まだまだ油断はできませんが
 医療費の公的負担ではなく「カネミ倉庫が支払う」ことになったことは今後に心配のタネを残しました。医療費の公的負担だと、全国どこの医療機関でも患者の医療負担はゼロです。原爆被害者や生活保護と同じ扱いです。カネミ倉庫が支払うとなると、カネミ倉庫が発給する「受療券」を使わねばなりません。ところが国が2008年に実施した健康実態調査によると認定被害者の約半数は「受療券」を持っていません。さらに、「これはカネミと関係ない」と医療費が支給されなかったり、医療機関まで通う通院交通費が支給されなかったり、といった例が多くあります。カネミ油症患者を知らない医療機関も多く、窓口で受療券を拒否されるケースも少なくありません。これらの諸問題の解決が残りました。
 厚生労働省が法案化に反対してきたのは、「食中毒事件は加害企業の責任であり、国が救済するのは筋違い」「カネミを救えば、ユッケやO-157もみんな国が救済しなければならなくなってしまう」「カネミ旧裁判で原告は裁判を取り下げた。国に責任はない」というものです。しかし、カネミ油症は「世界で初めてダイオキシンを食した」異例な事件であり、事件後44年経っても治らない特殊な食中毒事件です。そこで今回「議員立法」で提案し、法案に「国の責務」を明記したのです。厚生労働省は最後まで「法案化」に反対しました。

全議員を動かした被害者と支援センターの取組み
 ごみ問題やダイオキシン問題の市民運動に取り組んできた私たちが、カネミ問題を知ったのは今から13年前の1999年。そして「カネミ油症被害者支援センター(YSC)」を発足させたのが10年前の2002年。当時世間もマスコミも「カネミは過去のこと。もう終わった」という認識。そこで私たちは長崎県五島市、福岡県、広島県、高知県、等に足を運ぶ一方、全国会議員へのロビー活動を何回も行いました。署名も32万人以上集めました。こうした活動の成果として、マスコミも変わり、国会議員の中から動いてくれる人が出てきました。法案が成立した今、感無量です。

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