電磁波過敏症の統一的な診断基準の確立に向けて ベルポム博士らの論文を読み解く(上)

 上田昌文さん(NPO法人市民科学研究室)

 電磁波問題市民研究会の会報第95号から第97号に分載され、ホームページでも全文が読める、「ブリュッセルで過敏症の「歴史的」国際会議」という翻訳記事をお読みになった皆さんは、どのような感想を持たれたでしょうか。この記事の原題は、「電磁波過敏症の会議が「ノセボ効果」理論の正体を曝露(Electrohypersensitivity conference debunks‘nocebo effect’theory)」というもので、2015年5月18日にベルギーのブリュッセルで開かれた「第5回 パリ・アピール会議」という国際会議に参加したあるジャーナリストが、その会議に登壇した科学者たちを取材して書いたものです。
 「ノセボ効果」とは、「プラセボ効果」の反対語で、「効果も影響もまったくないことがわかっている物質(例えば片栗粉)を薬だと偽って投与したら、改善効果が現れた」のがプラセボ効果ですから、ノセボ効果は「偽薬なのに(プラセボとは反対に)悪影響が現れた」、つまり端的に言うなら、患者の側の“思い込み”によって、出ないはずの症状が出てしまうことを指します。
 これまでWHOなどの国際機関をはじめ、多くの国々の政府機関も、「電磁波過敏症を疾病として認知すること難しい」、つまり、そう断言はしないももの「ノセボ効果とみなせるのではないか」、といったスタンスをとってきました。化学物質過敏症についてはそれなりに正式な認知がなされるようになり、決してまだ十分とは言えないものの、公的な規制や対策も徐々に進んできましたが、経験的に「電磁波過敏症(EHS(※1))を発症する人は化学物質過敏症(MCS(※1))を併発している人が多い」ことがわかっているのに、EHSが“思い込み”のせいで起きる病気であるかのように扱われていることに、多くの方々が悩まされてきた、と言えるでしょう。

 ※1 EHSはElectro-Hyper-Sensitivityの略で「電磁超敏感性」の意で、MCSはMultiple chemical sensitivityの略で「多種化学物質過敏性」の意。
過敏症への系統立った取り組み
 上記のブリュッセルでの国際会議はEHSをMCSと同等に位置づけ、両者をあわせて「突発性環境不耐症(environmental idiopathic intolerance)」に分類できるものとしています(※2)。

 この会議は、2004年、2006年、2011年、2014年と同じくパリで国際会議を重ね、その都度議論を重ねたうえでアピールを取りまとめてきました。会議のスタイルは、「環境と健康と化学物質」に関する主要なテーマをその時々で決め、予防原則的対応を重んじる世界中の先進的な研究者から数名から10数名ほど発表を募り、ワークショップを行うというものです。2015年に初めて電磁波過敏症に踏み込みましたが、それには、全体の座長を務めたフランスのベルポム博士(Dominique Belpomme(※3))たちの研究グループの業績が大きく後押ししたように思われます。
 私が電磁波過敏症に系統的に向き合う本格的研究グループであるEHS & MCS Research and Treatment European Groupが注目に値すると考えるのは、この団体が科学研究をベースにしながら、「診断」「予防」「治療」「情報」「研究」を相互に関連させた系統だった取り組みを実現していることです。ホームページ上ではまだ予告されているコンテンツが掲示されていない部分もありますが、診療に訪れる人を被験者にしてのかなり多くのデータの蓄積がなされているようであり、曝露や発症に関するデータの量と質を確保して科学的精度を高めていこうとしているように思われます。
 このグループのメンバーをはじめ、上述のパリ会議に集った科学者たちには、電磁波過敏症・化学物質過敏症を、深刻な公衆衛生上の問題として位置づけて、社会がその解決に向けて本気で動き出すべきだという思いが共通しています。
 彼らの基本的な主張は、パリ会議で取りまとめられた次の文書の後半―前半は電磁波過敏症に対する各国の国際的な取り組みとして主だった会議や報告書類を年表的に挙げています―にまとめられていますので、まずは、その翻訳を掲載しておきます(※4)。

 ※2 会議の標題は「Environmental idiopathic intolerance : what role for EMFs and multiple chemicals?(突発性環境不耐症:電磁波や複数の化学物質はそれにどう絡んでいるのか?)」です。発表者のプレゼン資料とプレゼン動画を掲げているホームページ
 ※3 ARTAC(L’Association pour la Recherche Thérapeutique Anti-Cancéreuse 抗癌治療研究協会)、ならびにECERI(European Cancer and Environment Research Institute 欧州癌及び環境機関)の両者に所属し、EHS & MCS Research and Treatment European Group(電磁過敏症と化学物質過敏症 研究と治療ための欧州グループ)という組織の中心人物である。ホームページ
 ※4 電磁過敏症と化学物質過敏症に関するブリュッセル国際科学宣言

「WHOは過敏症を真剣に受け止めよ」
【翻訳】電磁過敏症と化学物質過敏症に関するブリュッセル国際科学宣言(後半)
 化学物質ならびに電磁波による汚染で環境がグローバルに悪化していることを考慮すると、いわゆる電磁過敏症(EHS)と複数の化学物質による化学物質過敏症(MCS)は、先進国だけでなく、発展途上国においても影響がエスカレートしている世界的な健康問題です。
 私たち医師は、ヒポクラテスの誓いに従って行動し、私たち科学者は、科学的真理の名のもとで行動する者ですが、ここに集った世界各国から医師や研究者は、利害の影響を受けない完全に独立した判断として以下の事柄を宣言します。
 (1)全世界でEHSとMCSに苦しむ人は急速に増加しています。
 (2)EHSとMCSは、女性、男性と子供たちに影響を与えています。
 (3)現在、ピアレビュー(査読)を経た利用可能な論文において、電磁界(電磁場)と様々な化学物質が健康への悪影響をもたらすことが、科学的証拠に基づいて示されています。すなわち、患者の臨床的および生物学的研究にもとづいて、電磁波曝露とEHSとの関連ならびに化学物質曝露とMCSとの関連が示されています。
 (4)多くの周波数の電磁波(ラジオ波およびマイクロ波周波数だけでなく、低周波ならびに超低周波)がEHSに、そして数多くの種類の化学物質がMCSの発症に関連しています。
 (5)発症は急性の大量(高濃度)曝露でも、あるいは慢性的な少量(低濃度)曝露でも起こり得ることがわかっています。またその病気は、電磁場と化学物質を人為的に低減した環境では治まることがあることもわかっています。
 (6)症例対照疫学研究などを含め、最近、「EHSやMCSの科学的立証は難しい」ことを示そうとする挑発的な研究がみられますが、それらには研究デザインの欠陥があって、因果関係があるかどうかを示すのにふさわしい研究とはなっていません。とりわけ、発症者(患者)に含めるべきかどうか、エンドポイントをどこにとるのかということの評価基準については、もっと明確に定義する必要があります。電磁場や化学物質への反応は非常に個人差が大きく、曝露状況を決める因子も様々なのです。設定された実験条件によっては、あり得るかもしれない影響の証拠(意味のある情報)を覆い隠してしまうほどに、意味のない情報を拾ってしまう割合が大きくなっていることもあるのです。
 (7)科学的に価値のあるブラインド試験(目隠しをして反応を誘発する試験)がなされる場合、ノセボ効果でその結果を説明するのは的を得ていないし、有効でもありません。というのはヒトの患者の場合も実験動物の場合も、客観的な生物指標(バイオマーカー)が検出できるからです。
 (8)EHSとMCSを臨床的にあるいは生物学的に診断し、症状を見守るのに活用できる新しい方法が、信頼性の高いバイオマーカーの使用を含んで、現在確立しつつあります。
 (9)EHSとMCSは同じ過敏症に関連した2つの病理学的状態とみなすことができます。そしてこうした状態が存在するということは、患者自身の健康にとっても、そしてその人の家族との生活や職業生活にとっても重大な結果を引き起こしているのです。
 (10)したがって、EHSとMCSは、公衆衛生に関わる国内外の機関によって十分に認識されるべき問題なのです。
 私たちの現在までに得ている科学知識に照らして言うなら、国内外のあらゆる保健衛生関連機関、とりわけより具体的には世界保健機関(WHO)が、EHSとMCSは、この先数年間で大きな公衆衛生上の懸念を引き起こすかもしれない医学的な状態の、指標となる病気だとみなせるのだ、ということを真剣に受け止めてほしいと思います。というのも、電磁波を用いた無線技術や市場化された化学物質を無制限に用いる国はすべてこの問題をかかえているからです。
 私たちの科学知識はまだ不完全であるにしろ、この公衆衛生上の問題が深刻であり、国際的なレベルでこの認識を至急に広めていかねばならないと考えている点では、皆意見が一致しています。私たちが採用している診断ツール、新しい治療法、そして何より私たちが重点的に用いている予防法といったものが、この先世界的に広がっていくだろうこの疾病に対して有効に活用されるようになってほしいのです。
 現在の知識に照らして予防原則を適用するなら、一般公衆は化学物質や無線技術の使用に関する本物の情報を提供されるべきだし、とりわけ子どもや脆弱性の高い人々に対しては予防的な措置が早急に、とられるべきです。予防的な措置に関しては、化学物質に関する欧州のREACH規制[訳注:欧州におけるこれまでの化学物質に関する規制を包括的かつ実効的なものとするために2003年10月に欧州委員会が提出した規則であり、2007年に発効]がその先例とみなされるべきでしょう。
 こうした目標を達成するために、産業界に関わりを持つ専門家を除外して、明確に科学に基いて働く科学者で構成された、電磁界や化学物質のリスク評価を行う委員会を制度的に設けることを、私たちは求めます。
 したがって、私たちや以下のことを、国内外のあらゆる関連機関に求めます。この問題は環境と健康に関わる重大な問題であると認識し、責任ある対応を早急にとること。とりわけWHOは、2005年と2014年に発行したEHSに関する文書を更新し、すでに特定のコードの下でMCSを分類したドイツと日本にならって、EHCとMCSを、WHOのICD(国際疾病分類)に登録すること。EHSとMCSをICDに登録するに際しては、医学界、政府、政治家や一般市民の問題関心を高めるために、それぞれ別のコードで登録すること。これらを発症してしまった人々の病態の研究を促進すること。効果的な医療的な予防策や治療を施せる医者を養成すること。【翻訳ここまで】

診断基準確立への最先端研究
 この宣言の(7)(8)(9)で言及している、診断基準とバイオマーカーの確立こそ、現時点における電磁波過敏症の研究の中心課題と言えると思いますが、その最先端とも考えられる研究がベルポム博士らの仕事です(その論文は※5)。
 次号では、この長い論文から要旨の部分を取り出して解説してみたいと思います。(つづく)

 ※5 Dominique Belpomme, Christine Campagnac and Philippe Irigaray “Reliable disease biomarkers characterizing and identifying electrohypersensitivity and multiple chemical sensitivity as two etiopathogenic aspects of a unique pathological disorder” Rev Environ Health 2015; 30(4): 251–271 全文をPDFファイルでダウンロードできる。

カテゴリー: 過敏症, 調査研究 

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