「リニア沿線」で体験する昔の生活 大平宿の古民家に泊まる

写真1・大平宿

 9月7~8日、家族や友人達と、長野県飯田市の山中にある大平宿(おおだいらじゅく)を訪れた。
 標高1150mの高原に、江戸時代(1754年)に人が移り住むようになり、当初は狩猟生活や木地師を生業としてきたが、19世紀前半頃から飯田市と木曽を結ぶ交通ルートとして栄えるようになり、宿場町としても発展する。
 しかし、近年になると、中央自動車道の開通や、国鉄飯田線の開通に伴い、物資の運送や交通が大きく変化し、自然に大平街道の重要性は無くなっていく。追い打ちをかけるように1970年、中心部の民家4戸が消失する火事が起き、これを契機に住民の総意として集団移住を決定。同年11月30日をもって、大平宿は消滅する。冬の早い大平宿では、民家を壊さずに大急ぎで移住した住民も多くいて、この偶然が今日に建物を残す結果となる。
 その後、大平宿を別荘地や民宿として開発する動きに反対する市民活動の中で、「大平宿を残す会」が結成され、最近まで活動を続けてきた。その結果、大平宿は囲炉裏のある古民家に泊まることのできる貴重な場所として残されてきたのである(写真1)。

携帯電話が通じない
 さて、会報114号でも触れたように、私はこの場所を、リニア反対で闘う大鹿村の前島久美氏に教えて貰った。大平宿の魅力は、中央アルプスの大自然、囲炉裏、かまど、薪の風呂、集落を流れる素朴な水路など沢山あるが、電磁波研事務局員としては、何と言っても「携帯電話が通じない場所である」ということを強調しておきたい。今日日、山の中と言えど登山道でも携帯電話が普通に通じるところが多くなっている中、定住する住民がいないため、基地局の建設もされないのだろう。ただし、マイクロ波を利用している衛生公衆電話が1台だけある。
 昨年訪れた時は数時間の滞在だったが、今回は1泊なので、思う存分集落内を歩き回ってみた。大平宿には電柱があり、電気は通っている。そのため、各古民家には電気メーターが設置されている。アナログメーターの家もあるが、スマートメーターに替えられた家もある。ただ、携帯電話が通じないところからすると、このスマートメーターも通信しているかどうかは不明である。
 集落の一番端の方の橋本屋という屋号の古民家に設置されていた古いアナログメーターを見ると、何と1971年製で、私と同い年である。有効期限が34年2月となっているので、西暦にすると2022年だが、50年以上も使い続けられることになる。ここまで使えるアナログメーターをスマートメーターに置き換えるというのは壮大な無駄遣いのようにも思えるが、同時に壮大なお金儲けにもなるということなのだろう(写真2)。
 そして、この大平宿の下をリニア中央新幹線が通ることになる。すでに2018年2月15日、中央アルプストンネル(全長23.3㎞)の松川工区(4.9㎞)の準備工事が着工している。飯田市内から大平宿に通じる大平街道沿いにある、松川ダム付近での工事で、2019年度末の本坑掘削開始を目指すという。

写真2・大平宿で見つけたアナログメーター

囲炉裏の火が育む人の繋がり
 大平宿での生活は、まず薪で火を熾すことから始まる。囲炉裏に細い枝を積み上げ、火をつけて段々と太い薪に燃え移るようにする。必要に応じて炎が少し立ち登るようにしたり、熾火がチロチロと燃えるだけにする。煙が建物全体を燻す。風呂も薪で沸かす。1時間程度かかるが、火加減に気を遣わないと熱くなりすぎたりする。竈でご飯を炊く。これも火加減に注意。昔の生活では、火を自由自在に扱えることが重要だったということがよく分かる。誰かが必ず火の番をしていなければいけない。火事の原因となるため、責任は重大である。自然と囲炉裏の周辺に人が集まる。そこで育まれる人の繋がり。
 現代においては擬似的な体験となるが、それでもとても貴重な体験ができる場所である。大平宿は、宿泊をして利用することがそのまま保存につながる。ここを守っていこうという人が増えることが、スマートメーターやリニア中央新幹線にがんじがらめにされない社会を作ることに、きっとつながっていくだろう。是非とも多くの人に訪れて欲しい。
 大平宿は、冬期は大平街道が通行止めとなるため、およそ毎年4月~10月の利用となる。問い合わせは南信州観光公社(℡0265-28-1747。)へ。【渡邊幸之助】

 

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