網代太郎(電磁波研会報編集長)
東京スカイツリー(東京都墨田区)が2012年5月22日に開業して10周年を迎えたとのことで、マスメディアによる報道は「お祝い」が中心ですが、一部では、お客さんはスカイツリーしか行かず周辺の商店街などへは来ないという、開業当初から変わらない嘆きも報じられています。一方、スカイツリーからの電波(高周波電磁波)についての報道は見当たりません。開業前後には、多少なりとも電波について心配する声も取り上げられていました。スカイツリーからの電波は、高すぎる国の指針値を下回っており、この電波で健康影響が実際に起きていたとしても、大規模な疫学調査などを行わなければ証明することはできません。だれも調査をしないから被害が表面化していないだけかもしれないのですが。
観光・商業施設としてのスカイツリーが開業したのは2012年でしたが、電波塔としてのスカイツリーは、テレビの地上波デジタル放送(地デジ)の送信所が東京タワーから移転してきた2013年5月(東京MXを除く)からで9周年です。
9年前、受信テスト時とその前後に電波測定
当時、筆者はスカイツリー周辺で、電波の測定を行いました(会報第83号参照)。送信所が東京タワーからスカイツリーへ移転することによって、受信障害が多数発生しました。自宅などのテレビに障害が発生するかを視聴者に確認してもらうため、スカイツリーからの本放送開始(2013年5月31日)以前に、東京タワーからの送信を停止してスカイツリーから約1~10時間送信する受信テストが繰り返されました。筆者は、この受信テストを、電磁波測定の好機ととらえました。なぜなら、受信テスト中と、その前後の受信テストを行っていない時間帯(または前後の日など)に同じ場所で測定すれば、スカイツリーからの電波の中で最大出力である地デジ電波がある場合とない場合との比較ができるからです。
環境中の電波の発生源はテレビ電波だけなく、携帯電話基地局やWi-Fiなど、さまざまです。それでも、受信テスト中と、その前後の時間帯(または前後の日など)とで測定すれば、数時間から1日の間に携帯基地局が増える確率はあまり大きくないので、地デジ電波の送信場所の違い以外は、まあまあ同じ条件下で測定できると考えました。もちろん、地デジ以外の電波が日時によって大きく変化する可能性は残るので、まったく同じ条件であるとは言えません。しかし、たとえ大まかであっても、スカイツリーによって私たちの環境がどう変わるのか、地元住民である筆者は把握しておきたいと考えました。
測定は、スカイツリーから8方向へ水平距離で100mおきに行いました。測定場所の設定のしやすさなどから、方向によってタワー近くの0.1~0.3km地点から、3.0(西方向)~4.9km(南方向)地点にかけて測定。測定場所は全部で269カ所でした。タワーがよく見えない場合は、前後最大30mまで距離をずらして見える場所を探すか、または最低でもタワーの地デジアンテナが見える場所を選びました。タワーが見える場所が見つからない場合は、その距離については測定しませんでした。測定器は信頼性が高いとされる、電磁波研の備品であるEMR-300を使わせていただきました。
その結果、すべての方向でタワーから0.7km地点(方向によっては0.6kmまたは0.8km地点)の電波が特に強く、東京タワーからの地デジ送信時(2回測定の平均)と比べて0.128~0.554μW/cm2上昇し、0.281~0.613μW/cm2(1.03~1.52V/m)でした(1分間測定。数値はすべて平均値。V/mをμW/cm2に換算)。ホットスポットならぬ、いわば「ホットリング」が生じていました。もちろん「ホット」と言っても、電波防護指針(数百μW/cm2)を大幅に下回ってはいます。また、下の図の通りスカイツリーから1.8km、2.3km、2.9kmの地点でも、電波が強い所がありました。逆に、1.2km前後の地点は、距離の近さの割に低い数値でした。
9年前と同じ場所で測定
今年5月11、12の両日に、9年前と同じ場所で測定しました。9年前は8方向でしたが、今回は東と西の2方向、計56カ所で測定。機器や方法は前回と同じです。
今回の測定結果でも、スカイツリーから0.7km付近が強い傾向は変わりませんでした。特に西方向0.6kmでは0.998μW/cm2と、前回0.448μW/cm2より大幅に高い値でした。強くなった原因がスカイツリーかどうかは分かりません(受信障害の原因になるので、テレビ電波の強さを大きく変えることはないように思います)。
また、9年前と比べて、繁華街での上昇が目立ちました。スカイツリータウン付近(西方向0.2km)で0.445μW/cm2(9年前0.178μW/cm2)、浅草雷門前(西方向約1.3km)で0.558μW/cm2(同0.229μW/cm2)、上野駅付近(西方向2.9km)で1.440μW/cm2(前回0.149μW/cm2)などです。今回使った測定器で測定可能な電磁波の周波数は100KHz~3GHzなので、3.7GHz帯以上の第5世代移動通信システム(5G)や、5GHzのWi-Fiは測定できません。今回見られた大幅な上昇は、4Gや、4Gと共用(4Gから転用)の「なんちゃって5G」、2.4GHzのWi-Fiの電波が9年前より増えたからかもしれません。
測定結果について、電磁波研の測定担当の鮎川哲也さんに意見を求めたところ「全体的にかなり高い」とのことでした。鮎川さんによると、普通の住宅街で測定して、0.22V/m(0.012μW/cm2)を超えると「高い」と感じるそうです。そのような場合は、基地局の300m以内であることが多いそうです。スカイツリー周辺は9年前と今回の両方とも、ほとんどの地点で0.22V/mを超えています。
タワーの見え方で比較
スカイツリーのアンテナが見える場所ばかりで測定したので、特に高いのかもしれません。そこで、9年前の測定で、スカイツリーからの電波が強いと考えられた0.6km、0.7km付近と、スカイツリーからの電波が比較的弱いと考えられた1.2km、1.3km付近で、スカイツリーの見え方による影響を調べてみることにしました。スカイツリーが見えるけれども約3m移動しただけでビルなどに隠れて見えなくなる場所を探して、測定してみました(5月23日。1.2km付近のみ約5m移動した)。0.6km、0.7km付近では、スカイツリーが見えなくなると測定値は大きく減りました。1.2km付近ではスカイツリー見えなくなると少し減り、1.3km付近では逆に見えたほうが低い値でした。わずか地点での測定ではありますが、スカイツリーの電波が強い地点では、スカイツリーが見えるかどうが電波の強さに大きく影響するという一応の結果が得られました。一方で、鮎川さんが強いと感じる0.012μW/cm2はスカイツリーが見えなくても下回りませんでした。