村上梅司さん(神奈川県、電磁波研会員)
神奈川県二宮町に設置され稼働した楽天の基地局を、住民の力を集めて撤去に追い込んだ村上さんが、ご寄稿くださいました。
村上さんたちの運動により、昨年6月の二宮町議会定例会で「二宮●●●番地の携帯基地局から300m内の住民及び希望者に対して事業者が住民説明会を開催し、健康被害等の質問に答えることを求める」陳情が全会一致で採択され、説明会が開催されたことが地元紙などで報じられていました。
突然見上げるような高さに基地局が建っていた
二宮町の住宅街に、2021年10月にアンテナ風のものが設置されたコンクリートの柱が建った。以前、カリフォルニアに住んでいた時、電磁波被害のことは話題になって知っていたので、これが基地局であることはすぐわかった。
私の家は、ここから100mしか離れていない。電磁波による健康被害がいよいよ自分の身にも起こることになってしまった。防ぎようのない不安感が、この先の日常生活に暗い影を落し始める。
基地局の携帯会社を突き止めることから始まった
しばらく、どうして良いのかわからずに、1週間ほど過ぎていった。
とりあえず、どこの会社が立てたのかを突き止め、なんらかの抗議をして改善策を見出そうとした。
町役場、並びに神奈川県の土木事務所に出向いた。15m以下の基地局は、建築基準法の建築確認が不必要なので、いずれにも届出の情報はなかった。ちなみに、基地局の高さを、レーザー測定器で実測したところ14.5mであった。
携帯電話会社は、基地局の位置情報を社外秘にしている。したがって、基地局に社名が書いてない限り、どの携帯会社かはわからない。法務省出張所に出向いたが、やはり社名が分からなかった。
いろいろ手をつくしているうちに、ある経由で、楽天モバイル(株)の基地局と判明した。
撤去に向けて、方針を立てることにした
西も東もわからない者が、基地局撤去の方針を立てることなどできるわけが無かった。そこで、基地局問題に関する書籍、並びにネット情報を片っ端から読んで勉強した。その中で、基地局問題の解決に極めて優れている組織、人物を突き止めることができた。
その組織は、電磁波問題市民研究会、そして人物は大久保貞利氏であった。したがって、方針は、大久保貞利氏に教えを乞うことにした。これが、基地局撤去への出発点になった。
周辺の住民の方々に、基地局の問題点を知ってもらうことから始めた
大久保さんの教えの最初のステップは、「私の本を参考にチラシを作り、周辺住民に基地局の問題点をわかりやすく知らせることです。チラシのヒナ形は添付しますので参考にしてください。大切なポイントとして、チラシ配りは、ポスティングはだめです。一軒一軒、対面で説明してください。」
これは、魔法の言葉だった。
チラシを作成し、それを持って、基地局周辺の住民の方々に、一軒一軒説明に行きました。合計114件のお宅をおとずれて説明をしました。
中に、こんな会話がありました。
「基地局なんて、建ってしまえば撤去なんてできないよ。」と住民の方。
「いえ、撤去された例があるんです。東京でも、大阪でも、沖縄でも、住民運動で撤去された例があります。」
「えっ、本当か。」と住民の方。その方の態度がガラッと変わった。
このような会話を一軒一軒続けました。
繰り返す過程で、周辺住民の皆さんの生の声に触れ、多くの共通点があることがわかりました。それをまとめて、Q&Aにして、自治会、町会議員たちに話しました。周辺住民の気持ちを淀みなく伝えることができ、住民運動への動きに弾みがつきました。
大久保さんから教わったポイントは、まさに、魔法のようでした。
基地局撤去の戦略を立てる
大久保さんの著書、及び電磁波問題市民研究会の会報などから学んでいた、厳しい現実があります。住民運動が軌道に乗っても、陳情が採択されても、そして、住民説明会が実施されても、一種の高揚感は得られるものの、肝心なゴールは、この延長上にはあるとは限らないことです。ゴールは、基地局の撤去です。そこで、基地局撤去に特化した戦略を立てることに集中しました。
戦略は、2つからなります。
(1)楽天モバイル(株)対策:
動向を把握し、何が弱点になるのかを特定し、そこに集中して攻勢をかける。
(2)地権者対策:
地権者が「望んでいること」、「望まないこと」をリストアップし、細心の注意をしながら対策をたて、確実に実施する。
戦略を実行していくための組織づくり
まず最初にしたのは、地域の力を結集する土台として、「電磁波から健康を守る会」を設立させました(2021年12月)。これは、周辺の皆さん、支援してくださる町会議員、並びに自治会の皆さんに、必要な情報、考え方を提供するためのもので、月々の会報としてツール化しました。
次は、この運動のブレーンを設置する必要があった。以前から信頼している二宮町会議員をブレーンとして数名のメンバーからなるグループが非公式に出来上がりました。これは、実務的に戦略を練り、スケジュールをたて、実践していく中核になった。同時に、同志ができたことは、心の支えになり、この後の運動の大きな力になりました。
スケジュールを立てる
楽天モバイル(株)の動向を知った上で、攻勢をかけるためのスケジュールを立てる必要があります。
(1)楽天モバイル(株)の動向:二宮町には、設置時期が異なる楽天モバイル(株)の基地局が4カ所あることが確認できました。4つの基地局を毎週、調査し比較した結果、そのどれも、初めは4Gアンテナの基地局で、その後5Gを併設する傾向がありました。しかも4Gアンテナ設置から5Gの併設までの時期がほぼ同じであることに気がつきました。
基地局の稼働状態、放射されている電磁波の推移を4カ所の基地局全てに対し、定期調査を続けると見えてくるものがありました。ターゲットの基地局(二宮753)は、現在4Gアンテナだが、8月ごろに5Gが導入されるだろうと、かなりはっきりした推定ができた。もし、現在の4Gアンテナに5Gのアンテナが併設されると、この基地局は楽天モバイル(株)にとって企業価値が大変高くなる。その前に、5G導入を阻止する必要があるとの重要な結論が得られたわけです(2022年4月)。
周りにこの事実を話しても、緊迫感を持って理解してもらえなかった。単なる測定値の書き込まれたグラフは、測定している私だけが実感できることなのかもしれない。
これは、8月までに、なんとしても5G導入を食い止めないと基地局撤去はさらに難しくなる。なんとしても、住民パワーを楽天モバイル(株)にぶつけて、5G導入を阻止するのだ、と心に決めました。
そこで、これに間に合わせるためのスケジュールを急遽立てました。立てたのは4月です。すぐさま住民活動を起こし、署名を数百名集め、6月の町議会で陳情を可決させ、8月までに二宮町全体の住民説明会を楽天モバイル(株)に開かせるというスケジュールです。非常にタイトな日程です。難所であった住民運動から陳情採択までのプロセスは、基地局のある周辺に大変影響力のある町会議員が全てリーダーシップを発揮して実行していただいた。その結果、陳情は滞りなく行われ、満場一致で採択された。
戦略は、まだ続きます。楽天モバイル(株)への攻勢として、8月までの住民運動の高まりをしっかり伝えることをしながら(幸いなことか、町役場から楽天モバイルへの情報漏洩が即座になされており、目的は達せられていた。)、それと並行して「雑音戦術」を繰り広げました。基地局が設置されている目の前に、「この基地局は、建築基準法上問題あるので立ち入り禁止」と明記した目立つ立て看を立てました。加えて楽天モバイル(株)には苦情の電話攻勢をかけるといった離れ業を不本意ながら実施しました。
強がりの虚勢を張っていることが時々わかり、寂しくなります。例えば、基地局に不審な軽トラックが止まっていると、よもや5Gの工事かと、どきりとした。そして、私たちには、阻止するなんの力も持ち合わせていないことを心の底から実感した。
途中、私たちのような素人が起こす弱い基盤の住民運動につきものの、内部からの不協和音、造反、嫌がらせなどが出てきたのは言うまでもありません。それを乗り切るには、「先手必勝の戦術」で、情報をできるだけ表に出さずに、先へ先へと戦術をたて、当初のスケジュールに支障がないように進めていくしかありませんでした。後に出てきます住民説明会の「第二幕」の計画は極近い人のみにしか伝えていませんでした。
(2)地権者に対しては、電磁波による健康被害を肌で理解してもらい(基地局による健康被害が事実あると納得してもらうことが大変重要であった)、毎月の不労収入を断念してもらう準備をし、そして、途中契約の決断に向けて、楽天モバイル(株)からの違約金請求に対する不安を払拭する準備をする必要がありました。
結果的にですが、地権者が元々持ち合わせていた健康を何より重視する姿勢、優れた社会正義感、そして思慮深い人格であったことが幸いしました。
熱気ある住民説明会の準備
楽天モバイル(株)は、今までの経験から、署名数の10の1か20分の1程度しか住民説明会には集まらないとうそぶいていた。
楽天モバイル(株)の予想をくつがえす住民の熱気とパワーがあふれる住民説明会を実施するため、集客に力を入れました。住民説明会のチラシを町にまくことはもちろんのこと、若いお母さん達に影響力のある町会議員、及び住民リーダーの方々の支援をお願いしまくりました。最後は町役場の職員たちには、登庁時の朝、入り口の付近で全員にチラシを配りました。受け取らない職員には、その人たちの後を追っかけながら「町役場の職員として、住民の力になってください」と注意喚起を徹底しました。やり過ぎたかもしれませんが、事実そう信じていましたから、失礼を受け入れてもらえたものと思います。
結果は、住民説明会に用意した部屋は、定員60名に、70名を超える超満員の状況が実現しました。
もちろん、このパワー溢れる住民説明は、住民の人に肌で感じていただくことと、町の役場にも実感してもらいたかったものです。そして、住民説明会の熱気は基地局の撤去には直接繋がらないことはわかった上で、このパワーを地権者にいかに感じてもらうことがポイントでした。
住民説明会の結論は初めから見えていた。
陳情の目的は、楽天モバイル(株)に住民説明会を開催してもらうことであった。しかし、これは、ゴール前の一つのプロセスにすぎません。大切なポイントは、目的は、住民説明会の開催そのものではなく、この開催の直後に準備していた「第二幕」にありました。
ご承知のように住民説明会を目的にすると、運動そのものが破綻してしまう恐れがあります。
住民説明会の結論は初めから見えていた。
楽天モバイル(株)側は、決まってこう結論する。「私たちは、国が安全だと決めている電波防護指針に従って基地局を運営しています。安全性に問題はありません。」と。必ずこういう趣旨を述べて、表向き上、丁寧な説明をして、住民説明会を終わらせるつもりであった。
事実、実際の住民説明会もこの軌道に沿って進められた。楽天モバイル(株)側は、思惑通り住民説明会を乗り切ったと思っていたものと思われます。会議の後、会場を出る楽天モバイル(株)側の人々は、談笑をしながら、会場を後にしていた。
このパターンは、よくある例で、いくら、住民側が、基地局の電磁波を実測し、予防原則を説明して、楽天モバイル(株)を凹ましたところで、住民側は、実質的には何も得ることがないという現実があります。このことにより、どれほど住民が無力感をあじわい、自信喪失をし、住民運動のパワーが損なわれたことか。住民説明会の目的は、議論で勝つことでなく、その次のステップである基地局の撤去である。そのために、「第二幕」を準備していた。
最後の最後に姿を表した「第二幕」の戦略
私たちの「第二幕」の戦略には、楽天モバイル(株)は幸い気がついていなかったようだ。説明会の直後に、出席者全員にアンケートをとり、結果を定量的に解析した。これをまとめて、総務省に「楽天の説明会は、住民が納得するものではなかった」結果を提出し、一方、楽天モバイル(株)の基地局設置の責任者に、「住民説明会は、住民からの総意によると、要を得ず、住民に丁寧な説明をするものでないことが明確であった。この結果を総務省に報告した」と伝えた。
「第二幕」は、楽天モバイル(株)が、基地局の健康被害について、説明責任を果たしていないことの証明をしたことであった。
これにより、住民説明会に参加した住民は、本来なら無力感を味わい、結束が失われるところであったが、ぎりぎりのところを、「第二幕」が逆転する形になった。少なくとも、住民のパワーは、同じ憤りを維持し、温存したままにすることができた。これは、楽天モバイル(株)に対して一定の効果があったものと思われだけでなく、地権者に対しても大変大きな影響を与えたものと思われる。基地局撤去の要望は、住民の総意であり、社会正義として正しいことであると。
これこそが、陳情の本当のゴールであった。契約期間途中で契約破棄しても、説明責任をしていない楽天モバイルから違約金は求められる心配はなくなる。そして、何よりも、何が社会正義かも圧倒的に肌感覚で地権者は理解できる。
このように、戦略であった携帯会社の対策、地権者の対策が、予定ギリギリのスケジュールで実施完了に漕ぎ着けることができた。
楽天モバイル(株)は、5Gアンテナの設置ができずに、半減した価値しかない基地局に追い込まれ、地権者は健康被害を十分理解し、社会正義の側についてくれた。
その結果、地権者は楽天モバイル(株)に契約解除を申し入れ、基地局は、2022年9月に撤去された。