基調講演 「電磁波についてのリスクコミュニケーション」

髙峰 真さん(弁護士・日弁連公害対策環境保全委員)

 弁護士として電磁波問題、特に携帯電話中継基地局問題についてどう考えているのかについてお話させていただく。
 電磁波問題について私の最初のきっかけは基地局を差し止める裁判に関わったことだ。その裁判は負けてしまったが、社会を変えるような動きをして、なんとか電磁波問題を解決しなければならないのではと考えて、裁判の途中から、日本弁護士連合会の公害環境委員会にも所属して、電磁波問題について活動をしている。

電磁波についての日本の法規制
 超低周波については経済産業省「電気備に関する技術基準を定める省令第27条の2」で磁界の強度を200μTと定めている。これは国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)の基準に準拠したものだ。スイスの厳しい値とか、国立環境研究所の兜眞徳先生(故人)らの研究で小児白血病のリスク上昇が見られた0.4μTと比べれば、200μTがどれだけ高い値かが分かると思う。
 今日のテーマである基地局から出る高周波電磁波は、1990年に定められた電波防護指針に基づいて規制されている。周波数によって規制値が違うが、1.5Ghzを超え300GHz以下では電力速密度1mW/c㎡(1000μW/c㎡)が規制値だ。スマートフォンの高速データ通信で使われている2GHzあたりはここに含まれる。世界的に見ても、これに近い基準値の国が多い。
 この基準値は、電磁波を浴びると細胞の温度が上がる「熱効果」をもとにした値である。これは法律の条文からも分かることで、電波法施行規則第21条の3に「別表第二号の三の二(周波数ごとの基準値を示した表)に定める値を超える場所(人が通常、集合し、通行し、その他出入りする場所に限る。)に取扱者のほか、容易に出入りすることができないように、施設をしなければならない」とある。つまり、日本の法律の基準値は、ここの場所に立ち入ってはならない、短時間でも入ったら影響を受けてしまうかもしれない危険があるという値だ。
 しかし、電磁波を短時間浴びて何かが起きるというものだけではなく、微量でも長期間浴びることによって小児白血病が増加するとか、がんが増加するという研究が世界中で行われている。微量でも長期間浴びることによる慢性影響については、今、日本の法律は考慮していないということになる。基地局建設計画について住民と業者が話し合うと、必ず業者は「国の基準を守っているから安全だ」と説明する。ただ、彼らが言う国の基準は、今、世界中で心配されている慢性影響については考慮していないので、国の基準を守っても、慢性影響について安全だという理由にはならないということが言える。

基地局設置の手続き規制
 もう一つ問題なのは、携帯電話基地局を設置するときの手続きの規制が日本にはないことだ。一般の建築物にも適用される建築基準法が適用される場合もあるが、その手続きを満たせば、基地局周辺の住民に説明などをしなくても建てることができる。「うちの近くに基地局が建てられようとしているが、何の説明もなく突然工事が始まった」という相談をよく受けるし、皆様の中にもそういう事態に陥った方がいると思う。国の法律上はそれで良いというのが現実だ。
 ただ、これだけ世界でいろいろな研究結果が出ていて、世界のいろいろな機関が「気をつけたほうがいい」と言っている問題について、周辺住民に何の説明もなく自分の家の隣とか、自分が住んでいるマンションに突然基地局を建てられてしまうのは、やっぱりおかしいのではないかと考えている人が多くいると思う。国の法律は事前説明を定めていないが、地方自治体が定める条例で、基地局を建てるときには周辺の住民に説明しなければならないと定めている自治体も出てきている。神奈川県鎌倉市、福岡県篠栗町などだ。最近、福岡県太宰府市でも条例を作るという動きがあったが、残念ながら市長の独断で妨害されてしまった。
 住民の皆さんは、基地局を突然隣に建てられるのはたまらないので、少なくとも事前に説明はしてほしい、自分たちの意見も聞いて、その上で、基地局の設置場所を決めてほしいと考えていると思う。それは当然の要求なので、条例に任せるのではなくて、国の法律のレベルできちんと基地局設置の手続きを規制しなければならないと思う。

厳しい基準を採る国
 世界的には、日本よりも低い基準値を採っているところも多い。たとえばスイスだと1.8GHzだと9.5μW/c㎡なので日本の100分の1ぐらい。ロシアは10μW/c㎡。イタリアはセンシティブエリアという学校や幼稚園が近くにある所では厳しい値を採らなければならないとして10μW/c㎡としている。
 私は日弁連公害環境委員会の関係で、昨年3月に電磁波問題の視察でスウェーデンとスイスへ行ってきた。
 スイスの弁護士の話によると、スイスでは基地局を建てる時に、業者はきちんと周辺住民に公示して、基地局周辺の電磁波強度の予測計算結果を示した書類を役所に提出しなければならない。住民はそれを閲覧することができ、内容に異議がある場合は異議を役所に提出することができる。役所で審査して業者の書類に間違いがある場合は訂正させるし、役所がOKでも住民が納得できなければ不服申立を行い、役所の別の委員会で審査をしてもらえる。その結果にも不服ならば裁判を起こすことができるという制度になっているそうだ。基地局設置について非常に厳しい規制があることが非常に参考になった。
 欧州評議会という、欧州議会よりもさらに多い国が参加し、日本もオブザーバーで参加している機関がある。その欧州評議会議員会議も「新しい(無線)アンテナの位置を、単に事業者の関心に従うだけでなく、地方や地域政府の担当者、地域住民、懸念する市民の団体と相談して決めること」をすべきという意見を出している。基地局建設の時に地域住民に情報を伝えて、設置場所を地域住民と話し合って決めることの重要性が認識されているということだと思う。

リスクコミュニケーション
 自分たちがリスクを負うかもしれないことについて、リスクを負うかもしれない人が正確な情報を手に入れて、その上でどうすべきかを話し合っていくことがリスクコミュニケーションであり、それが民主主義、国民主権の基本だと思う。
 国などもリスクコミュニケーションという言葉をよく使ったりするが、ごまかしの使い方をしていて、要は国民が不安に思うから、不安を解消するために「大丈夫だよ」という言い方をすることを「リスクコミュニケーション」だと国は言う。それは本当の意味でのリスクコミュニケーションではない。本当の意味は先ほど述べたとおり、正確な情報をきちんと国民・住民が知って、その上で、自分たちで決定していくことがリスクコミュニケーションだ。
 そもそも私たちは憲法上、知る権利がある。憲法21条の表現の自由から当然に認められる権利として、政治や地域のことなど自分たちの生活に必要な情報は、きちんと正確な情報を知る権利があるということだ。憲法の人権の中でも知る権利は非常に重要な権利だと位置づけられている。正確な情報を知ることが、これからどういう国・地域にするのか、自分たちがどういう生活をするのかを決定するための前提になるからだ。憲法の三大原則と言われている国民主権や民主主義、すなわち自分たちで国の政治などを決定する権利を持っているのに、正確な情報がないと正しい決定は出来ない。だから今の日本は、いろいろな面で正しい決定ができていないのではないかと思う。言い方は悪いが、国民はバカではないと私は思っている。正確な情報を国民が知ったら、必ずこの国は良い方向へ向かっていくと思っている。
 電磁波問題について、先ほど説明した通り、規制が甘かったり、きちんとした手続きの規制が採られていなかったりということは、やはりこの問題に対する正確な情報を国民が知らないことが一番の問題ではないかと思う。その意味で、今日のシンポジウムは非常に意義があると思うし、これから私たちは、国民に電磁波に関する正しい情報を伝えていくためにそれぞれが、それぞれの立場で頑張っていくべきではないかと思う。私は弁護士の立場で正しい情報を伝えていきたいと思うし、研究者、医師、母親、地域住民、こういうシンポを行う団体に入った者として、それぞれの立場で、情報を伝えていければ良いのではないかと思う。これからも皆さんと一緒に頑張っていきたいと思う。

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