2009年4月27日
総務省総合通信基盤局 電波部 電波環境課 御中
生体電磁環境に関する今後取り組むべき研究課題の提案(パブリックコメント)
○提出者 電磁波問題市民研究会
○代表者 野村修身
○事務所所在地 千葉県船橋市前貝塚町1008-22 大久保方
○連絡先 (略)
○研究課題名称
曝露試験を行った電磁波過敏症研究の検証と新たな研究デザインの構築等に係る研究
○研究課題概要
電磁波過敏症と電磁波被曝の関係を探るために曝露試験を行った研究についてその妥当性を検証するとともに、今後の研究のあり方について新たな研究デザイン構築も含めて検討する。
なお、提案募集対象は「課題」のみだが、この課題に適切に対応するために必要な「体制」についても、あわせて提案するものである。すなわち、電磁波過敏症発症者の臨床経験が豊富な医師や、臨床を踏まえた研究を行っている研究者が参画しての研究体制構築が必須である。
○研究課題を選んだ理由
1.はじめに
多くの人にとってはその影響を自覚することができない微弱な電磁波に反応してさまざまな症状を呈する、いわゆる「電磁波過敏症」(EHS)に苦しんでいる方々がいる。日本においても、北里研究所病院臨床環境医学センターの石川哲医師(北里大学名誉教授)らが、厚生労働省の補助を受けた研究の報告書で、7例の症例を報告している。(1)
電磁波過敏症は、日常生活中に遍在するさまざまな微弱電磁波に被曝すると、それらに反応して様々な症状を出現させて苦しむ。このため、重症になると、就労、就学、家事などの日常生活に支障をきたすなど、たいへん深刻な病気である。そのうえ、電磁波過敏症についての社会的認知は低く、発症者は症状の苦しみだけでなく、周囲から理解や支援を得にくいという困難も併せて抱えている。
電磁波過敏症と電磁波被曝の関係を探る研究は、これまでにも行われており、総務省「生体電磁環境研究推進委員会」の報告書(2007年)の17頁以下にも、「携帯電話基地局からの電波による症状に関する研究」(以下、「総務省委員会研究」という。)が掲載されている。これらの研究の中には、電磁波過敏症を訴えている発症群と、そうでない対照群に対して、電磁波曝露試験を二重盲検法によって行い、電磁波「感知(検出)」能力や、生理的データの変化等について、両グループに有意差があるかどうかを調べるという研究デザインのもとに行っている研究が多く見られる。総務省委員会研究もその一つである。
そして、こうした実験の結果、「電波を正確に感知しているかに関しては、両群で有意差はなかった」ことなどを根拠として、電磁波過敏症の症状が「電波により生じているという証拠は見出せなかった」と結論づけている報告も多く見られる。総務省委員会研究もその一つである。
2.従来の研究への疑問と、本研究の必要性
しかし、電磁波過敏症における被曝と症状の関係について、従来の曝露試験によっては正確な結果を得られない可能性が大きいのではないか、または、曝露試験結果を評価するうえでいくつかの留意点を踏まえるべきではないかと、発症者からは疑問の声も上がっている。
その理由は以下の通りである。
- 電磁波の「感知」
そもそも、曝露試験で電磁波過敏症発症者が電磁波を「感知(検出)」できるかどうかを本質的な問題であるかのように論じることは科学的に誤りであるとの指摘がある。ある研究者は「患者が電磁場(界)曝露を「検出」できる能力と、電磁場が原因でEHSの症状が発生することは元来異なった話である。検出できようとできるまいと、電磁場を原因としてなんらかの症状が生ずるか否かが問題なのである。それは、私たちがウィルスに「感染した」ことを「検出」出来なくても、結果としてインフルエンザに掛かりうることと同じである。」(2)と指摘しているが、まさにこの指摘の通りである。
一般的に、発症者は電磁波を「感知」できる人もいるし、できない人もいる。また、体調によって感知できたりできなかったりする人もいる。むしろ、体調悪化があった時に、電磁波被曝の証拠が確認できる状況であるか(戸外を歩行中に体調が悪化したので、周りを見渡してみたら携帯電話基地局のアンテナを見つけた、など)、または電磁波以外の原因が考えられないときに「自分は電磁波に被曝して症状が出たのだ(ろう)」と発症者は認識することが多く、「まず感知ありき」ではないのである。
電磁波「感知(検出)」の可否ではなく、症状が出たかどうかが重要であり、まず、この点を踏まえた研究デザインが必要がある。 - 発症者の体調
電磁波過敏症の発症者は、同じ条件の被曝であれば、いつでも同じように症状を呈するわけではない。本人の体調が良ければ、被曝しても、その際の症状が比較的軽いか、または、まったく症状が出ない場合もある。体調が悪ければ、被爆時の症状が比較的重く出る場合もあり、さらに体調が著しく悪いなどの場合は、すでに症状が出ているため、電磁波の被曝によってもそれ以上の体調変化を自覚できない場合もある。
本人の体調は、その日の朝起きてから、実験室に着席するまでの間に、どの程度電磁波に被曝したのか、そのときに体が受けたダメージがどれだけ残っているのかに左右される。当日だけでなく、前日、あるいはそれ以前の日に、極めて大きなダメージを受けた場合は、そのダメージが実験当日にもまだ残っているかもしれない。
また、電磁波過敏症の発症者の中には、化学物質過敏症を併発している者も多く、実験前または実験中の化学物質被曝により、体調が悪化する場合もある。
発症者の実験前からの体調によって、電磁波被曝による体調変化を本人も自覚しづらい場合があり、この場合、被曝試験によっても電磁波被曝時と非被曝時との違いが明確に現れないおそれがある。 - 実験時のストレス
電磁波過敏症は、心理的なストレスにも弱い傾向がある(このことは、電磁波過敏症が心理的ストレスにより発症することを意味しない。電磁波過敏症になったことを原因として、心理的ストレスに弱くなるという結果が起こるのである)。総務省委員会研究においても、「電波の有無に関連なく、両群とも実験後で疲労感・混乱などが有意に高くなった」ことが報告されているが、いわゆる過敏症でない人であっても、実験室という特殊な環境に置かれること、また、安全かもしれないがこれから電磁波を被曝するという状況からは、相当なストレスを受けることは想像に難くない。まして、発症者の多くは「健常者」以上に強いストレスを受けている可能性が大きいと見るべきである。
発症者の実験前からの体調によって、電磁波被曝による体調変化を本人も自覚しづらい場合があり、この場合、被曝試験によっても電磁波被曝時と非被曝時との違いが明確に現れないおそれがある。 - 被曝と症状出現のタイムラグ
電磁波過敏症発症者が電磁波に被曝した際に出る症状の種類(頭痛、皮膚の刺激、倦怠感など)や、その強さは、発症者によって大きな個人差があることが特徴である。また、症状が出やすい周波数(超低周波か高周波か)や、電界と磁界のいずれか・または双方に敏感なのかなどについても個人差が大きい。また、同じ個人であっても、体調によって、これらが変化することもある。
電磁波に被曝してから症状が出るまで、どの程度時間がかかるのかについても、同様に個人差が大きく、また、同じ個人によっても、体調等により変化する場合がある。すなわち、被曝により即時に症状が出る人・場合もあり、被曝してから相当時間経過後になって症状が出る人・場合もある。これは、アレルギーに即時型と遅延型があることと似ている。
従来の研究モデルにおいても即時の症状悪化は把握可能と思われるが、遅延して現れた症状についてもフォローしているのかどうか、検証が必要である。 - 心因性「発症者」の混在のおそれ
電磁波過敏症は電磁波被曝により症状が発現するが、中には、実際に電磁波によって症状が出ることはないにも拘わらず、思い込みなどにより自分が電磁波に過敏であると信じている心因性の方々もいることは、電磁波過敏症の診療に取り組む研究者・医師も認めているところである。心因性の方々に対しても、もちろんそれなりの対策は必要だが、電磁波と症状の関係を探る曝露試験においては、心因性の方々を発症群から排除しなければ、科学的に正確な結果は得られるはずがない。
しかし、従来の研究の中には、本人の自己申告によるアンケートのみによって発症者を抽出しているため心因性の発症者を排除できないものも見られ、総務省委員会研究にも、この問題点が当てはまる。
以上述べた通り、電磁波過敏症の発症者は、“いかなる場合でも電磁波被曝を即時に感知することができる、精確な測定装置”ではなく、総じて電磁波被曝により症状が出るものの、本人の体調等によってその出方には大きな違いがある。また、電磁波に反応すると思い込んでいるだけの方々を発症群に含めているおそれがある。
曝露試験を実施するにあたって以上の点を配慮したのか、また、曝露試験結果の評価にあたって以上の点に留意して評価を行ったのかについて、従来の研究では必ずしも明確ではなく、検証が必要である。
発症者の実態を無視した研究は、その結果について妥当性を欠くおそれがある。上に述べた問題点を自覚しないまま曝露試験等を今後漫然と継続しても、電磁波被曝と症状の関係について正しい研究結果を得られない可能性が大きく、社会へ何らの貢献も行わない。
したがって、従来の研究の妥当性について検証が必要なのであり、検証結果を踏まえて今後の研究のあり方について検討し、必要であれば新たな研究デザインを構築しなければならない。
3.本研究のために必要な体制
従来の研究の妥当性を検証するとともに、今後の研究のあり方について新たな研究デザインの構築も含めた検討を行うためには、電磁界専門の工学者や、実験・研究を主に行っている医師だけではなく、電磁波過敏症発症者の臨床経験が豊富な医師や、臨床を踏まえた研究を行っている研究者など、発症者の実態に精通している方々の知見が必要であり、そうした医師・研究者が参画しての研究体制構築が必須である。日本におけるそうした医師・研究者の代表は、北里研究所病院臨床環境医学センターの石川哲医師(北里大学名誉教授)、宮田幹夫医師(同)、坂部貢医師(北里大学薬学部教授)らである。
4.最後に
本パブリックコメントは、当「電磁波問題市民研究会」スタッフの一人が、多くの化学物質過敏症発症者や電磁波過敏症発症者に会い話を聞いた“経験”を踏まえて起案したものである。当会は、電磁波に反応して症状を呈する方々は実際にいるものと考える立場である。そう考える根拠の一つは、互いに顔も名前も知らない全国に散在する多くの発症者が、自身の発症経緯や症状について語るとき、それらの中にあまりにも共通点が多いことである。
市民がこうした “経験”を基にものを語るとき、それは科学的ではないと一蹴する「科学者」もいる。しかし、事象に対する注意深い観察の積み重ねは科学的方法の核心と言うべきものであり、市民の経験、特に全国から相談を受ける立場である市民団体の経験は重視されるべきである。たとえば、一部の「科学者」は「電磁波をこわがるから過敏症になる」と解説するが、この解説が実態とかけ離れていることは、多くの発症者に接する立場である私たちの目からは明らかである。
また、医学は、「後追いの科学」と言われている。臨床の現場で新たな病気が先に見つかり、研究室での証明は後からなされるからである。臨床の現場における医師の経験・知見を抜きにしては、妥当な研究はなし得ない。
総務省においては、電磁波過敏症発症者の実態を踏まえた、科学的に真に妥当な研究の推進を求めるものである。
○参照文献
(1)石川哲ら「平成17年度厚生労働科学研究費補助金健康科学総合研究事業 微量化学物質によるシックハウス症候群の病態解明、診断、治療対策に関する研究 総括・分担研究報告書」、30~45頁、2006年
(2)本堂毅・東北大学大学院理学研究科助教「電磁波過敏症 WHOのファクトシートを読んで」、特定非営利活動法人化学物質過敏症支援センター『CS支援第29号』、2006年