総務省・経産省主催の講演会で「電磁波の健康影響なし」を強調 市民をごまかす電磁界情報センター・大久保千代次氏

神奈川県大磯町で開かれた講演会(電磁界情報センターのフェイスブックより)

 総務省と経済産業省が共催する「電磁波の健康影響に関する講演会」が昨年(2023年)11月17日、神奈川県大磯町で開かれました。両省の担当者などとともに「電磁界情報センター」所長の大久保千代次氏が講演しました(同じ大久保でも、当会の大久保貞利事務局長とは別人ですので、ご注意ください)。電磁界情報センターは、経済産業省の方針で「電磁波による健康影響はない」ことを宣伝するために設置され、発足時から大久保氏が所長を務めています。私が大久保所長の講演を聴くのは約4年ぶりですが、世界保健機関(WHO)の見解から都合の良いところを切り取って、それが絶対に正しいという前提で、電磁波による健康影響はないと繰り返す大久保所長のスタイルは相変わらずでした。加えてこの日の講演では、明らかな間違い、曲解を述べている部分もあったので、私(網代)ら参加者有志は公開質問状を大久保所長宛に送付しました。
 総務・経産両省による「令和5年度『電磁波の健康影響に関する講演会』」は昨年11月から今年2月まで、全国6カ所で共通のプログラムで行われています。大磯町以外の開催場所は、那覇市、札幌市、長野県松本市、大阪市、高松市で、いずれも各地方の大都市・主要都市であり、「なぜ関東で大磯町が選ばれた?」とだれもが思うでしょう。大磯町の自宅脇に携帯電話基地局を建てられた後、娘さんとご自身の体調が悪化して家を手放すまでに追い込まれた村越史子さん(会報第140号参照)が、町や議員らに対して基地局に係る条例制定などを求める活動などを精力的に行っていることと無縁ではあるまいと考えた私は、昨年8月の基地局問題院内集会の実行委員だった村越さん、東京都板橋区で携帯基地局の撤去を求めているAさんらとともに、大磯町で大久保所長らを迎え撃つことにしました。
 講演会では、総務・経産両省の担当者、独立行政法人情報通信研究機構(NICT)の職員、大久保所長らが講演。その後の質疑応答では、講演を聴いた参加者からの質問は一切受けず、事前に出されていた質問のみに、主に大久保所長が淡々と答えました。約3時間の長丁場で、私たち参加者はひたすら、彼ら(全員男性でした)の話を聞くのみでした。
 その中で、私が特に違和感を覚えたのは「(電磁波は)安全であると(国などは)言っているのに、安全ではないかもしれないという研究結果が出るのはなぜでしょうか」という質問に対する、大久保所長の回答でした(これは村越さんの娘さんが事前に出した質問だと、後で知りました)。
 前述の通り、「WHOがこう言っているから」が大久保所長の決まり文句ですが、この質問に対しては、珍しく、違う説明の仕方をしました。大久保所長は一つの「メタアナリシス(メタ分析)」研究の論文[1]を紹介しました。メタ分析とは何か、ざっくり説明すると、ある程度似ている研究の複数の結果をまとめて評価することをシステマティック・レビューと言い、その中で統計学的手法を用いたものをメタ分析と言います。
 大久保所長が紹介したメタ分析論文は17の研究をまとめたもので、その中には、ヒトに電磁波を曝露させる実験的な研究と、実際の基地局から近い住民と遠い住民の症状を比べる「フィールド研究」とが含まれていました。また、電磁波を曝露させる研究には、「二重盲検法」による研究と、そうではない研究が含まれていました。二重盲検法とは、電波を曝露させているのかいないのかについて、実験者と被験者の双方とも分からないようにして行う方法です。
 そして大久保所長は、概要として、以下のように説明しました。

(ア)このメタアナリシス論文によると、データ精度の高い二重盲検法による研究では、電磁波による悪影響を示すデータが得られていない
(イ)この論文によると、データ精度が低い「二重盲検法でない研究」や、データ精度が低いフィールド研究では、電磁波による害が強く示されていた
(ウ)この論文は、(健康影響は)「ノセボ効果」の可能性が高いと考察している
(エ)この論文は、(健康影響は)電磁波固有の害とは考えにくいとの結論を出している
(オ)WHOは、メタアナリシスやシステマティック・レビューをリスク評価に用いるので、(基地局からの電波は安全ではないかもしれないという研究も含めて)個別の研究結果をWHOは、いちいち調べない

 「ノセボ効果」とは、害がないものについて害があると信じることにより実際に悪い影響が発生することです。
 大久保所長による上記(ア)~(オ)の説明を聞いた私は、「(電磁波は)安全であると(国などは)言っているのに、安全ではないかもしれないという研究結果が出るのはなぜでしょうか」の質問に対する大久保所長の回答は「安全ではないかもしれない研究結果が出るのは、その研究のデータの精度が低いから」だと、受け止めました。

大久保所長による説明と実際の記述が違う!
 私は講演会終了後、大久保所長が示したメタ分析論文を入手して読みました。すると、論文の内容は、大久保所長の説明と違っていることがわかり、私はビックリしました。大久保所長の説明だと、「フィールド研究はデータの信頼性が低く、電磁波による健康影響についてはノセボ効果の可能性が高い。電磁波の害とは考えられない」と、この論文に書いてあるかのようです。しかし、実際に読んでみると、二重盲検法による研究の分析に基づいて基地局による短期的影響に否定的な見解を示していますが[2]、長期曝露の影響を調べるフィールド研究については「ノセボ効果を考慮すべき」ではあっても、電磁波の害については断定的な結論を述べていません(表1)。

大久保千代次氏のスライドの記載実際の論文の記載
考察
(Discussion)
「ノセボ効果」の可能性が高いとの考察有意な(電磁波の影響が見られた)フィールド研究と、有意でない実験との間の不一致は、盲検化されていない条件下でのノセボ効果によるものとは限らない。(基地局からの電波の)あるかもしれない長期的な影響については、今後の研究の焦点とすべきである
結論
(Conclusions)
電磁波固有の害とは考えにくいとの結論我々のデータは、メタアナリシス結果に含まれる二重盲検化された研究において、携帯電話基地局が人間の幸福に影響を与えないという証拠を示している。しかし、非盲検の研究の結果に関しては、ノセボ効果を考慮すべきである。
[網代による注:「電磁波固有の害」を完全には否定していない]
表1 メタ分析論文[1]について、大久保千代次氏の説明と、論文の実際の記載(訳・網代)。下線は網代による

 大久保所長は「安全ではないかもしれない研究結果が出るのは、その研究のデータの精度が低いから」だと聴衆に印象づけたいために、論文の内容をあえて不正確に紹介したのでしょうか。もしそうならば、科学者として許されないことだと考えました。
 また、大久保所長は「フィールド研究はデータ精度が低い」ことを強調していましたが、このメタ分析論文に、そのような記載はありませんでした。

公開質問状に驚きの回答
 そこで私は、一緒に参加した3名と連名で昨年12月11日付で、公開質問状(前頁)を送付。同月26日付で、大久保所長から回答がありました(この頁の下欄)。
 大久保所長による論文の紹介が、論文の実際の記述通りでないことについて質問するために、私たちは質問状の(1)で論文の「考察」について質問し、(2)で「結論」について質問したのですが、大久保所長は(1)と(2)をまとめて回答し、「論文の『Discussion(考察)』…と論文全体の結論を一緒にして議論していますので、取り間違えています。ご注意ください」などと私たちへ説教しています。私たちは、考察と結論を分けて質問したのに、「一緒にして議論」したのは、大久保所長のほうです! 驚くほど不誠実な回答です。自分の説明が論文の記載と違うことに後ろめたさがあり、ごまかそうとして「一緒にして議論」したのでしょうか?
 大久保所長は質問状への回答の中で、論文の結論は「要旨(Abstract)」に書いてある通りだと言い(なぜか「結論」からではなく)「要旨」中の次の文を引用しています。「全体として考えると、メタ分析の結果は、携帯電話基地局の影響は、かなり、ありそうにないことを示しているように思える。しかし、ノセボ効果は起きる」。しかし、この文章は、携帯基地局の影響のすべてがノセボである、という意味ではありません。その少し前で「これは、少なくとも一部の効果がノセボ効果に基づいていることを示す証拠となる」と述べているように、「ノセボ効果が起きることがある」と言っているだけです。電磁波による悪影響のすべてをこの論文が否定しているかのような大久保所長による言い方は、この論文を正確に説明しているとは言えません。

「『電磁波の影響ありという研究は精度が低い』と印象付けたかったということはない」
 大久保所長はまた、「『電磁波の影響があるという研究は精度が低く、電磁波の影響がないという研究は精度が高い研究ということを印象付けたかった』ということはありません」と質問状へ回答しています。それが本当ならば、村越さんの娘さんによる質問「(電磁波は)安全であると(国などは)言っているのに、安全ではないかもしれないという研究結果が出るのはなぜでしょうか」への大久保所長の回答は、何なのでしょうか? 大久保所長は質問状への回答の中で「参加者には論文の内容(科学的根拠)に基づきその主旨をスライドで正確に説明して」いると強弁していますが、そもそも、質問者は、この論文の内容の説明を求めたわけではありませんし、「安全ではないかもしれないという研究結果がWHOのリスク評価でどのように扱われるか」という質問をしたわけでもありません。大久保所長の講演内容とスライドを読み返しても「(電磁波は)安全であると(国などは)言っているのに、安全ではないかもしれないという研究結果が出るのはなぜでしょうか」の回答になりそうなのは「その研究のデータの精度が低いから」しか見当たりません。
 念のため、大磯町の講演会に一緒に参加した方々に、あらためて尋ねてみました。Aさんは「電磁波が安全ではないという結果も出るんですと認めながら、でもそれはたくさんある研究のうち、精度の低いものに多く見られるんですと言っていたようで、違和感がすごくありました」とのメールをくださいました。また、村越さんは「Aさんのメールを見て、同じことを感じました」と、おっしゃっていました。お二人とも、私と同様に「安全ではないかもしれないという研究結果が出るのは、その研究のデータの精度が低いから」と大久保所長は言いたかった、と理解したということです。今さらなぜ、大久保所長は否定するのでしょうか。

大久保千代次氏(電磁界情報センターのウェブサイトから

「フィールド研究は信頼性が低い」は誤りと、疫学専門家は指摘
 では、安全ではないかもしれないという研究は、本当に精度が低い研究なのでしょうか。
 前述の通り、大久保所長は一つのメタ分析論文を示して、二重盲検で電磁波を曝露させるデータ精度が高い研究では電磁波の有害性を示すデータが得られず、実際の基地局周辺から近い住民と遠い住民とを調べた精度が低いフィールド研究では電磁波による害が強く示されたと説明しました。
 私たちは公開質問状で「『フィールド研究はデータの精度が低い』は、あなたの見解ですか。そうであれば『フィールド研究はデータの精度が低い』と断定する根拠をお示しください」と質問しました。これに対して大久保所長は「疫学の研究手法として、フィールド研究は観察研究の中の横断研究に位置づけされます」「学問的にはフィールド研究で得られた科学的証拠は、症例対照研究、コホート研究などの断面研究や、メタ分析、系統的レビューで得られた科学的証拠よりも信頼性が低いのは、共通認識と言えます」などと回答しました。
 「症例対照研究」「コホート研究」「フィールド研究」は、いずれも疫学研究の方法です。また、大久保所長が言う「断面研究」(一般的な用語は「縦断研究」)は時間的な追跡調査を行う研究手法で、「症例対照研究」「コホート研究」が該当します。これに対して「横断研究」は、ある一時点におけるデータを集めて調べる方法です。基地局から近い住民と遠い住民の症状などのデータを同時に調べる場合のフィールド調査は「横断研究」です。
 疫学の専門家である津田敏秀・岡山大学教授に、大久保所長による上記回答へ見解をいただくようお願いしました。津田教授は「横断研究としてのフィールド研究が縦断研究よりも信頼性が低いというのは、間違い。疫学研究者らが観察研究の質の改善を目的としてまとめた『STROBE声明』は、症例対照研究、コホート研究、横断研究を、3大研究デザインとして同列に扱っています」と述べ、大久保所長の説明は間違いだと断言しました。
 また、大久保所長は回答書の中で「フィールド研究では対象とする集団をある指標(この場合は基地局からの距離)で分類して、指標と長期的影響との関係を調べています。基地局からの距離は基地局からの電波ばく露レベルの代替指標ですが、実際の測定値ではないことから信頼性が高くありません」と述べていますが、この点について津田教授は「実際の病因物質の測定値を測っているようなフィールド研究は、ほとんどありません。(だから信頼性が高くないなどということはなく)これまでも、フィールド研究をもとにして大気汚染の環境基準が作られたり、環境汚染を引き起こした企業が責任を問われて倒産したりしています」と説明してくださいました。
 津田教授はまた「(大久保千代次所長は)もう、お歳でしょう? 昔は大学医学部に疫学の授業はなかった。疫学についての本や論文をお読みになったことがないのでしょう」ともおっしゃっていました。なお、大久保所長は薬学部出身です。
 大久保所長が示したメタ分析論文に限らず、基地局からの電波による健康影響の可能性を示唆した研究は多数あります。スペインの研究者Alfonso Balmori(バルモリ)は、基地局による健康影響を調べた38の論文のうち28(73.6%)が「影響あり」であることを示しました(会報第137号参照)。しかし、大久保所長のように「データの精度が低いから無視して良い」といわんばかりにこれらの研究が切り捨てられるのであれば、科学者がどれだけ一生懸命研究しても無駄ということになり、基地局周辺住民はいつまでたっても不安を抱えたままです。
 WHOはフィールド研究を電磁波のリスク評価から外していると、大久保所長は回答書の中で主張しています。フィールド研究はデータの精度が低いとWHOが判断して外した事実があるのであれば、WHOの姿勢も問われるべきです。もっとも、公正さについて疑問が持たれている国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)による評価をWHOが取り入れているなど、WHOが少なくとも電磁波の分野においてはフェアな立場にないことは以前から明らかです。

科学者の不正は厳しく問われるべき
 電磁界情報センターは、経産省に設置されていた会議の提言を受け、2008年に発足。同センターのウェブサイトには「電磁界ばく露による健康影響に関する正確な知識が国民に正しく伝わっていないことから生じる問題の解消に資するためのリスクコミュニケーションの増進を目的としています」「中立的な常設機関です」と書かれていますが、発足当時、大久保所長以外のスタッフは電力会社からの出向者であり、また、収入源である賛助会員の多くが電力会社でした。昨年(2023年)11月に私が電話で同センターに問い合わせたところ、初めは回答を拒否しましたが、私が粘って質問すると、大久保所長以外のスタッフ5名は現在でも全員が電力会社の出向者であることを認めました。送配電線、変電所などから漏れる超低周波電磁波の規制対象である電力会社のカネと人で運営されている組織が、電磁波問題で「中立」であるはずがありません。
 しかし、事情を知らない自治体や学会などは、同センターが中立機関であると勘違いしてしまいます。決して中立機関ではないことや、今回の大磯での講演のようにデタラメを言う[3]団体であることは、広く知られるべきです。
 「電磁界情報センターを批判しても、あまり意味がないのでは。それよりも電磁波問題について広めることに注力したほう良い」というご意見もあるかもしれません。しかし、私たちが国や自治体、事業者などに対策を訴えても、WHOや電磁界情報センターなどの「権威」の見解を盾に拒否されることが多いです。私たち市民や議員、行政が適切な政策判断をできるためには、科学者がその専門的な知識を正しく伝えていることが前提となります。権威を濫用する者から公正でない情報が発信され続ければ、市民の健康を守るための政策が大きくゆがみます。影響のある科学者の不正に対して、市民は厳しい目を向ける必要があると私は考えます。【網代太郎】

[1]Klaps,et al.(2015):“Mobile phone base stations and well-being – A meta-analysis”
[2]この論文が、二重盲検法による研究の分析に基づき基地局による短期的影響に否定的な見解を示していることについても、もちろん異議があります。しかし、話がややこしくなりますので、ここでは論じません。
[3]「『電磁界情報センター』所長・大久保千代次氏はどこが間違っているか 東北大・本堂毅さんに聞く」(会報第121号)もご覧ください。

大久保千代次氏への公開質問状

一般財団法人電気安全環境研究所
電磁界情報センター
所長 大久保千代次様

公開質問状

 お仕事おつかれさまです。
 私たちは、本年11月17日、神奈川県大磯町内で開催された総務省、経済産業省主催の「電磁波の健康影響に関する講演会」に参加した者です。
 本講演会では質疑応答も行われましたが、フロアからの直接の質問は受け付けられず、事前に提出されていた質問のみに回答がありました。
 事前質問の中に、「(国などは電磁波は)安全であると言っているのに、安全ではないかもしれないという研究結果が出るのはなぜでしょうか?」というものがありました。これに対し、あなたが回答を担当し、「Mobile phone base stations and well-being – A meta-analysis」という論文(以下、「本論文」と言います)を示して説明しました。本論文は、医学文献のデータベースを「携帯電話基地局」の単語で検索するなどして選んだ17の研究のメタアナリシス(複数研究の結果を統合する統計学的研究)です。17の研究には、電磁波の短期曝露の影響を調べた曝露実験による研究(二重盲検法によるもの、及びそうでないもの)と、基地局から住民への長期曝露について調べたフィールド研究(疫学研究)が、含まれていました。
 あなたは、この論文について、概要、以下のように説明しました。
 ①データの精度が高い二重盲検法による実験では、電磁波の悪影響を示すデータは得られなかった。
 ②データの精度が低い二重盲検法でない実験や、データの精度が低いフィールド研究では、電磁波による害が強く示されていた。
 ③この論文は、「ノセボ効果」の可能性が高いとの考察と、電磁波固有の害とは考えにくいとの結論を出している(別紙当日配付資料)。
 つまり、電磁波の影響があるという研究は精度が低い(ダメな)研究で、電磁波の影響がないという研究は精度が高い(優れた)研究であるということを、あなたは参加者へ印象づけたかったものと思われます。
 あなたによるこの説明について、以下、質問します。

(1)本論文のDiscussion(考察)には「有意な(電磁波の影響が見られた)フィールド研究と、有意でない実験との間の不一致は、盲検化されていない条件下でのノセボ効果によるものとは限らない」[1]、「(基地局からの電波の)起こり得る長期的な影響については、今後の研究の焦点とすべきである」[2]と書いてあります。したがいまして、本論文で「『ノセボ効果』の可能性が高いとの考察」が行われているというあなたによる市民への説明は、極めて不正確なのではありませんか?

(2)本論文のConclusions(結論)には「我々のデータは、メタ分析結果に含まれる二重盲検化された研究において、携帯電話基地局が人間の幸福に影響を与えないという証拠を示している。しかし、非盲検の研究の結果に関しては、ノセボ効果を考慮すべきである」[3]と書いてあります。つまり、本論文は、二重盲検法による研究の分析に基づいて基地局による短期的影響に否定的な見解を示していますが(この点の妥当性は、ここでは措きます)、長期曝露の影響を調べるフィールド研究(疫学調査)については「ノセボ効果を考慮すべき」ではあっても、電磁波の害については断定的な結論を述べていません。したがいまして、「電磁波固有の害とは考えにくいとの結論」を本論文が出しているというあなたによる市民へのご説明は、極めて不正確なのではありませんか?

(3)あなたは「学問的には、フィールド調査というのは精度が良くありません」などと述べていましたが、本論文には「フィールド研究(疫学研究)はデータの精度が低い」とは書かれていません。「フィールド研究はデータの精度が低い」は、あなたの見解ですか。そうであれば「フィールド研究はデータの精度が低い」と断定する根拠をお示しください。ちなみに、国際がん研究機関は、ヒトに対する発がん性の評価に際して、疫学研究をもっとも重視していることは、あなたもご承知の通りかと存じます。

 以上の質問について、本状送達日から1カ月以内に文書でご回答ください。

(原文[1]~[3]略)

2023年12月11日

 網代 太郎
 石黒 貴子
 A(実際は実名)
 村越 史子

(連絡先略)

大久保千代次所長からの回答

網代 太郎様
石黒 貴子様
A様(実際は実名)
村越 史子様

2023年12月11日付で私に出された公開質問状にお答えします。
一般論ですが、科学的な議論の際に正確さとわかりやすさを両立することは困難です。今回の講演会は、必ずしも疫学など学術的な話に詳しくない一般市民の方々を対象と考えましたので、わかりやすさを優先しました。なお、当日は35分間の質疑時間枠に48件の多数の事前質問を頂いておりましたので、時間的に十分に説明できなかった回答があったかもしれませんが、出来る限り科学的な事実に基づいて分かりやすく回答したつもりです。

さて、3つのご質問に回答します。

ご質問(1)(2)ですが、ノセボ効果は、ヒトボランティア研究など実験的介入によって発見された作業仮説です。フィールド研究(フィールド調査)では原則実験的介入を行いませんのでノセボ効果を検証するのは困難であることから、「Discussion」での記述に科学的矛盾はないと考えられます。(1)および(2)の「したがいまして」以下の貴方方の私への批判については以下をご覧ください。この論文Abstractの結論は「Taken together,the results of the meta-analysis show that the effects of mobile phone base stations seem to be rather unlikely. However,nocebo effects occur.」です。論文の「Discussion」の一部のフィールド研究とノセボ効果について述べた局所的記述と、論文全体の結論を一緒にして議論されていますので、取り間違えています。ご注意ください。

ご質問(3)ですが、疫学の研究手法として、フィールド研究は観察研究の中の横断研究に位置づけされます。フィールド研究では対象とする集団をある指標(この場合は基地局からの距離)で分類して、指標と長期的影響との関係を調べています。基地局からの距離は基地局からの電波ばく露レベルの代替指標ですが、実際の測定値ではないことから信頼性が高くありません。また、交絡因子も問題となります。学問的にはフィールド研究で得られた科学的証拠は、症例対照研究、コホート研究などの断面研究や、メタ分析、系統的レビューで得られた科学的証拠よりも信頼性が低いのは、共通認識と言えます。例えば、WHOは現在無線周波の健康リスク評価のために系統的レビューを実施しています。その一つに「一般公衆および労働者集団における耳鳴り、片頭痛および非特異的症状に対する高周波電磁界ぼく露の影響:ヒト観察研究についての系統的レビューおよびメタ分析(EnvironInt 2023:[online]:108338 https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0160412023006116?via%3Dihub」があり、その:3.1.5.2.Exclusion criteriaでは、実験的介入を行ったフィールド研究(横断研究)以外のフィールド研究報告はリスク評価の考察対象から除外されています。

以上のように、当日配布した資料および口頭補足説明により、参加者には論文の内容(科学的根拠)に基づきその主旨をスライドで正確に説明しており、貴方方の主張する「電磁波の影響があるという研究は精度が低く、電磁波の影響がないという研究は精度が高い研究ということを印象付けたかった」ということはありません。

2023年12月26日

    一般財団法人電気安全環境研究所
    電磁界情報センター
           所長 大久保 千代次

大久保所長が紹介したKlaps論文の問題点

山口みほさん(福岡県)

 電磁界情報センターの大久保千代次所長は、自身が示したメタ分析論文(Klaps論文)の内容を、市民へねじ曲げて説明したことを、網代らは指摘しました。加えて、元久留米大学非常勤講師の山口みほさんは、Klaps論文自体の問題点について論考を寄せてくださいました。


分析対象の選び方に疑問
 この論文自体の問題点について、まず第一に思ったのは、議論の対象とされている研究が17しかない、ということです。Klaps論文は携帯基地局の健康影響に関する研究を対象としており、「基地局」をキーワードにして検索したと述べていますが、さらに、動物や小児を対象とした研究を除外したと述べ、また「あらゆる種類の望ましくない心理的状態という意味でのwell-beingに関連する尺度や症状(頭痛、めまい、疲労など)を扱った論文に焦点を当てた」注1と理屈をつけて、 数多くの研究のなかから、たった17に絞っているのです。 都合の良い対象を選んだ場合、メタアナリシスとは言えないことは常識です。
 また、大久保所長の説明の仕方も問題です。Klaps論 文は携帯基地局だけを対象としているのであって、これをもって携帯電話などを含む電磁波全般の健康影響について云々するのは議論のすり替えです。さらに、Klaps論文が書かれた以降も、携帯基地局からの電磁波を含め、高周波電磁波の非熱効果を示す研究結果は増え続けており注2、これらを無視して、Klaps等による論文を選んで、あたかも高周波電磁波の非熱効果を客観的に示す証拠が存在しないかのような説明をしたのは非常に問題です。

論文の著者は結論に自信がなさそう
 質問状への回答の中で、大久保所長が「この論文の結論はこれだ」と引用した「要旨(Abstract)」中の文章「Taken together, the results of the meta-analysis show that the effects of mobilephone base stations seem to be rather unlikely.(全体として考えると、メタ分析の結果は、携帯電話基地局の影響は、かなり、ありそうにないことを示しているように思える)」という文 [下線は網代が追加] には“seem”という単語が用いられています。“seem”の他に“appear”という単語があって、どちらも「~なように思える/~なように見える」などと訳されますが、“seem”は、主観的な印象や感じを表すのに用いられる単語で、“appear”は、客観的な証拠に基づいてどのように見えるかを表すのに用いられます。
 そして、英語論文では「断言できる訳ではないが、かなりそのように思える」という場合にはappearを用います。一方、seemを用いることは自信の無さを表わすので、論文では基本的に避けます。
 私はOxford大学出版の学術誌にも論文が載りましたし、海外の学会でも発表してきましたが、最初の頃、海外の数名の大学教授や編集者から、「ちゃんと証拠を見つけて論じているのだから、“seems”ではなく“appears”と書くべきです」とか、「“seems”では弱すぎるので、論文では普通使わないのですよ。論文で“seems”を用いるのは、根拠が乏しくてやむを得ない場合だけです」などと、異口同音にアドバイスされました。
 つまり、この論文のabstract(要旨)で“seems”を用いているのは、“appears”を用いる程には、「携帯電話基地局の影響はありそうにない」ことを自信をもって主張できない、ということです。
(論文自体及び大久保所長の説明には他にも問題があり、上記のものはその一部です。)

注1 わかりにくい文で、「頭痛、めまい、疲労」を一律に「心理的状態」であるかのように扱っている点にも問題があります。
注2Environmental Health TrustのHPの “Peer Reviewed Published Research on Cell Tower Radiation, Base Station Radiation and Health Effects”に携帯基地局の健康影響を示す研究が多数リストアップされています。

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