電磁波過敏症の統一的な診断基準の確立に向けて ベルポム博士らの論文を読み解く(下)

上田昌文さん(NPO法人市民科学研究室)

 フランスのベルポム博士の論文(※5)は、要旨の最後の段落で次のように述べています。
 「電磁過敏症ならびに化学物質過敏症は、客観的に特徴づけることができる疾患であり、商業的に利用可能な簡便な検査によっていつでも診断ができる。その特徴は、ヒスタミンの放出増加に関連した炎症反応、酸化ストレス、自己免疫反応、脳血流の低灌流、脳血液関門の開き、そしてメラトニン代謝の低下である。これらが、慢性的な神経変性疾患のリスクをもたらしているのである。そして、電磁波過敏症と化学物質過敏症の併発がよくみられることはこの2つの病理のメカニズムが共通していることを強く示している。」
 電磁波過敏症を神経変性疾患ととらえ、通常用いられている検査法でいくつかのバイオマーカー(生物的診断指標)を測定することによって、客観的に診断が可能だとしています。
 この根拠をどう示しているのかを、論文に即して読み解いてみましょう。
 まずベルポム博士らは、2009年から臨床ならびに生物学的検査(問診を含む)によって、1216名のEHSまたはMCS(人によっては両方)を発症していると自己申告した人たちを対象に、様々な絞り込みを行って、839人を正式に登録し、そのうち727人を評価可能な患者としました。そして以下に述べるバイオマーカーでの検診を行って、「521人(727人の71.6%)がEHSのみ、52人(7.2%)がMCSのみ、154人(21.2%)がEHSとMCSを併発している」と判定しました。EHSまたはMCSの患者の3人に2人は女性であり、患者全体の平均年齢は47歳だった、とも記されています。

 ※5 Dominique Belpomme, Christine Campagnac and Philippe Irigaray “Reliable disease biomarkers characterizing and identifying electrohypersensitivity and multiple chemical sensitivity as two etiopathogenic aspects of a unique pathological disorder” Rev Environ Health 2015; 30(4): 251–271

血中ヒスタミン濃度
 まず彼らが調べたのが血中のヒスタミンの濃度です。これは、「EHSとMCSでは組織学的にみて炎症が引き起こされることが鍵となるプロセスであり、ヒスタミンの放出が炎症の主要な仲介物質(伝達物質、メディエーター)になりえる」との判断からです(※6)。その結果は、40%近くの患者で血中のヒスタミンの増加がみられ、とりわけEHSとMCSを併発している患者ではその割合が高くなりました。

 ※6 生体は、炎症反応により、体内に侵入した病原体や毒素をその場所から拡散しないようにする防御するしくみがあります。体内に細菌が侵入したりして毒素が産生された時に、その場所で炎症反応を起こし、血管の透過性を高め、白血球をその場所に浸出させます。また、血漿などの防御因子をその場所に漏出させて血液凝固を促進させ、血管内を閉塞させてその場所の酸素濃度を低下させます。そうすることで、病原体の増殖を抑制し、全身へ毒素が拡散するのを防ぐのです。ですから、炎症は本来、生体の正常性を維持するための合目的的な防御反応なのですが、過剰な炎症反応は生体自体への損傷をもたらし、痛みも強くします。また炎症ではよく、熱感、発赤、疼痛、腫脹も見られます。じつはこれらにヒスタミンが関わっています。皮膚の真皮の表層で肥満細胞から放出されたヒスタミンが、紅斑や発赤を形成させたり(血管を拡張させる)、浮腫を生じさせたり(血管透過性を高める)、痒みの感覚をもたらす(痛覚を伝導する神経繊維の一種であるC線維を刺激する)、といったメカニズムがわかっています。

酸化ストレスと血液脳関門の開きのマーカー:ニトロチロシンとS100Bタンパク質
 次に彼らが注目したのはニトロチロシンです。これは、生体内タンパク質のチロシン残基がニトロ化されたもので、生体内における炎症と一酸化窒素(NO)産生のマーカーとして知られています。ベルポム博士らは、このニトロチロシンを、ペルオキシ亜硝酸イオン(ONOO-)(※7)が産生されたことのマーカーとして、そしてそれと同時に、脳血液関門(BBB)の開きが生じること(※8)のマーカーとして注目しました。
 その結果は、患者の28%でニトロチロシンの増加がみられる、というものでした。
 もう一つ、BBBの開きと関連するものとして、「S100Bタンパク質」(※9)を調べていますが、これについても、「患者の15%で増加した」と報告しています。

 ※7 一酸化窒素(NO)とスーパーオキサイドとの反応によって形成されるといわれる、非常に酸化力の強い化学物質で、各種生体分子を酸化ならびにニトロ化し、特に血管系では動脈硬化や炎症などに関与していると考えられています。
 ※8 脳以外の毛細血管では、血管の内側にある細胞同士の間に大きなすき間があり、かなり大きな分子も通過できたりしますが、脳の毛細血管は内側の細胞がギッシリ並んで間隙がなく、なかなか物質が入り込めません。そのことで、脳にはアミノ酸、糖、カフェイン、ニコチン、アルコールなど一部の物質しか入っていけません。この毛細血管の構造は、脳の働きに大切な神経細胞を有害物質から守るバリアー機能を果たしている、と言えるのです。この構造を「脳血液関門(BBB)」と呼んでいます。最近の研究では、脳に必要な物質を血液中から選択して脳へ供給し、逆に脳内で産生された不要物質を血中に排出する、動的な仲介役を果たしていることもわかってきていて、循環する血液と脳の部位との間では物質の輸送が厳密に制御されているらしいのです。
 ※9 脳の構成体(神経回路を作るニューロン、脳構造の維持をつかさどるグリア細胞および血管)のうち、脳細胞の半数以上を占めているのがグリア細胞で、その中でも最も多いのがアストロサイトという星状の細胞ですが、これは、神経伝達の主役であるニューロンと同様に、グルタミン酸など種々の神経伝達物質を放出して、神経活動を調節します。このアストロサイトに特異的に発現するカルシウム結合タンパク質が「S100Bタンパク質」で、S100Bは、これまでに、てんかんの患者やアルツハイマーの患者の脳脊髄液ではその濃度が高くなることがわかっています。

自己免疫疾患に関連するミエリンの自己抗体
 ベルポム博士らは電磁波過敏症と自己免疫疾患との関連にも着目しています。身体に細菌などの外敵が侵入した場合に作られる「身体を守る免疫抗体」とは違い、身体のなかに「自分の身体の組織を攻撃してしまう抗体(自己抗体)」が作られてしまい、これにより引き起こされる疾患を総称して「自己免疫疾患」と言っています。多発性硬化症がよく知られていますが、それは、脳や脊髄のあちこちに炎症が起こり、視力障害や手足の麻痺、感覚障害、高次機能障害等の症状が現れる難病です。中枢神経系の神経軸索を覆う「ミエリン」という被膜が破壊されることで引き起こされる病気です。このミエリンに対する自己抗体(血中に含まれて循環している)を測ってみると、「23%の患者でその抗体が検出された」のです。後に述べる考察により、これは「EHSとMCSが自己免疫疾患の反応に関連しているらしい」ことを示唆するものだとしています。

熱ショックタンパク質の発現量の増加
 また、動物実験において、電磁波曝露をさせた場合に2種類のタンパク質Hsp27とHsp70(熱ショックタンパク質27と70)でみると、Hsp27 またはHsp70の増加が示されていた事実をふまえて、上記の患者らでこの2種類のタンパク質を調べると、「33%の患者において増加がみられた」としています。この2種の熱タンパク質の発現量の増加も、体内で炎症反応が引き起こされたことの傍証になります(※10)。

 ※10 熱ショックタンパク質とは、細胞が熱等のストレス条件下にさらされた際に発現が上昇して細胞を保護するタンパク質の一群で、別名ストレスタンパク質とも呼ばれています。これは身体のなかの細胞内に広く分布しているのですが、温熱、虚血、感染、放射線等の種々のストレスによっても誘導され、他のタンパク質の変性を抑制するとともに、変性したタンパク質の修復を行うことが知られています(数字の27とか70はタンパク質の大きさ(分子量)を表します)。Hsp27は創傷を治癒させる時にその場所に発現することや、Hsp70は損傷を受けた個体の血液の中や皮膚欠損部に再生する肉芽組織の中において、Hsp70の発現する量が多いほどその個体の創傷治癒が良好であることなどがわかっています。

メラトニンの分泌低下
 さらにベルポム博士らは、「ほとんどの患者が睡眠障害や疲労感を訴えている」という状況から、体内のホルモンであるメラトニンの量的変化を調べています。メラトニンはいくつかの生物学的機能に概日リズム(サーカディアンリズム)を持たせている物質で、日中、強い光を浴びるとメラトニンの分泌は減少し、夜、暗くなってくると分泌量が増えます。メラトニンが脈拍・体温・血圧などを低下させることによって、睡眠の準備ができたと身体が認識し、睡眠に向かわせるわけです。朝日を浴びて規則正しく生活することで、メラトニンの分泌する時間や量が調整されることも知られています。また、歳を重ねるごとにその分泌量が減っていきますが、お年寄りでは眠る時間が短くなる傾向になることもこれが原因です。ベルポム博士らが患者の尿中のメラトニン代謝物(6-hydroxymelatonin sulphate;(6-OHMS)、検査ではクレアチニンの量との比をとって調べる)の濃度を調べてみたところ、なんと、「すべての患者でメラトニン分泌の低下が示された」のです。

超音波を用いた脳内血流計測で確認された血流の低灌流
 そして最後に、ベルポム博士らは最もオリジナリティの高い計測法の結果を示します。これはU.C.T.S(Ultrasonographic cerebral tomosphygmography 「超音波脳内脈流断層撮影」とでも訳せるでしょうか、今のところ訳語がありません)という特別な装置を用いてすべての患者の側頭葉を測って得られたものです。その計測のデータはどんなものであり、何を意味するかは、ここでは述べる余裕がありませんので、結果だけ引いておきます。「(この装置で得られた画像は)脳の視床において血流の低灌流が生じていることを示しており、これは炎症反応が大脳辺縁と視床をも巻き込んで生じていることを示唆している。」この装置は、1cm単位で血液の流れを把握できる精度を備えているので、脳内での血液の流れの全体像につながるデータとしてはかつてないものが得られているように思います。
 ヒスタミン、ニトロチロシン、S100Bタンパク質、ミエリン自己抗体、Hsp27とHsp70という熱ショックタンパク質、メラトニン、そして脳の視床部における血液の低灌流―こうしたものの計測によって、電磁波過敏症が診断できるとするなら、非常に画期的なことではないでしょうか。日本においてもベルポム博士らの結論の検証がなされるべきでしょう。国際的に統一的な診断基準の確立にむけて大きな流れができることが望まれます。

カテゴリー: 過敏症, 調査研究, 海外情報 

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