リニア中央新幹線 その後の大鹿村と南アルプストンネル工事

 会報102号で「南アルプストンネルでゆれる大鹿村を訪ねる」と題して、リニア中央新幹線の工事で最難関と言われる南アルプストンネル長野工区の本体工事が行われる長野県大鹿村の状況を報告させていただいた。
 その後、今年に入ってから、4月に南アルプストンネルの除山(のぞきやま)非常口、7月に小渋非常口の工事が着工。村内を工事車両が走行するため、幅が狭い県道や国道の拡幅やトンネル新設工事も進められている。緊迫した状況の中、リニア新幹線を考える登山者の会が「リニアで南アルプスを壊さないで」という集会を8月5~6日に開催した。その第1部のみ日帰りで参加してきたので、十分な情報ではないが、最新の状況を報告したい。
 8月5日、中央自動車道松川インターから大鹿村に通ずる県道松川インター大鹿線を走っていると、102号の拙稿内写真1で報告した場所に新たにトンネルが掘られているのを確認した(写真1)。本体工事のための準備工事の1つである。

写真1 南アルプストンネル本体工事の準備工事現場。トンネルが掘られていた

 大鹿村交流センターで開かれた集会は3部構成で、第1部がいわゆる集会。第2部が、南アルプスを望む新小渋橋の袂に「リニア反対」の看板を立てるワークショップ。第3部が6日の朝から、工事現場を通過して、渇水期に86%水量が減るとされている小河内沢を遡行するという、いかにも登山者の集いらしい企画である。
 第1部の最初は前村長の中川豊さんによる、日本の登山史における赤石岳や大鹿村の位置についての話である。中川さんは、除山非常口近くの釜沢集落の出身。明治・大正のウェストン、ドーントといった近代日本登山の開拓者たちが赤石岳に登る際は、釜沢から登るのが一般的だったそうだ。その頃の村の人たちは、「高い山は神々が住むところ」という意識が一般的で、山の恵みは活用するものの、決して頂上を極めようとはしなかったという。
 次に、探検家の成瀬陽一さんが、自身と大鹿村との関わりについて話す。

クライミングの有名人が登場
 個人的な話で恐縮だが、筆者は以前にクライミング(岩や氷や滝などの登攀全般を指す)をやっていたことがあり、成瀬陽一さんはその世界では知られた名前であった。その名前をビラで見つけて、「あの成瀬さんがリニア反対?!」と衝撃を受け、是非とも話を聞いてみたかった。
 成瀬さんは、ほぼ冬の大鹿村にしか来たことがない。南アルプストンネルと並行するように走る小河内沢にアイスクライミングのために通っていたからだ。それも、この20年間ということだから驚きである。ようやく今年で目標としていた氷の瀑布を全て登ることができた。小河内沢は、素晴らしい場所なのに誰も注目しておらず、冒険魂から登攀を始めたということであった。リニアを通しても大丈夫なのかというくらい急峻な地形で、イヌワシを見たこともあるという。その小河内沢が、南アルプストンネルのため水が涸れるという話を聞き、いても立ってもいられなくなり、本日の集会に参加したそうだ。
 現在は、不登校など困難さを抱えた子どもたちが通う高校の教師として、グレートアースという授業を担当しており、「自然の中で遊んで遊んで遊びまくって、それで出てきた答えが本当の答えではないか」「リニアの問題もそういう中で考えていきたい」という話が印象的であった。余談だが、携帯電話は持っていないそうである。
 その後は大鹿村住民からの、様々な動きの紹介。

「もう静かな村ではない」
 青木地区の畜産農家からの発言が印象に残った。その方は、工事(青木川工区)の影響も受けるのだが、リニアに電力を供給する17万4000ボルトの送電線が家の近くを通るという。開通以後の健康への影響も懸念される。また、旅館を営んでいる方からの発言で、「うちに宿泊したJR東海の社員が、内緒で『リニアの工事は7年遅れは前提で進められている』と教えてくれた」ことが報告された。
 続いて、各地からの報告。近隣県はもとより大阪の参加者からも発言があった。全体で55人の参加で、予想以上に集まったことが主催者から報告された。

写真2 工事看板

 所用で、ここまでしか参加できなかったのがとても残念だが、会場をあとにしてから、本体工事作業員用宿舎を訪れた。途中、工事の看板が目に入る。不鮮明な写真で申し訳ないが、1日のうちで通行しやすい時間帯が書かれている。通行しやすいのは、午前と午後に30分ずつと昼の1時間で、日中は影響を受ける時間帯の方が圧倒的に多い(写真2)。小渋川沿いの宿舎は、昨年訪れた際は草ぼうぼうだったが、一昨年までは田んぼだった場所である。そこに、鹿島・飛鳥・フジタ建設共同企業体や協力会社の事務所もある200人規模の宿舎が建てられていた。ちなみに、大鹿村の人口は約1000人である(写真3)。

写真3 工事業者の200人規模の宿舎

 この1年間に、工事は少しずつ進められ、じわじわと既成事実が増えている。今度来る時は一体どうなってしまっているのか? 集会第2部で村内に「リニア反対」の立て看板を立てることについて、「静かな村にふさわしくない」という異論もあったそうだが、「もう、すでに静かな村ではなくなってしまっているんです」という住民の発言が胸を打った。一体、誰の、何のためのリニア中央新幹線なのかを改めて問うていきたい。【渡邊幸之助】

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