本田技研工業(ホンダ)と国土交通省は11月11日、自動運転車(レベル3)の型式認定[1]を世界で初めて行ったと発表しました。この自動運転車「LEGEND(レジェンド)」は、本年度内(遅くても来年3月)の発売を予定しているとのことです。
自動運転は機能によって五つのレベルがあり、完全な自動運転が「レベル5」です。「レベル3」は、特定の条件下のみ自動運転が可能です(表1)。発売されるレベル3のレジェンドは、強い雨などの悪天候でない時、中央分離帯のある高速道路を走行中に、渋滞か、渋滞に近い状態になり、車線を変えず、時速約50km以下で前の車に追従するなどの条件でのみ、自動運転が可能になるそうです。自動運転中は、運転席に座っている人が前を見ずにスマホやテレビを見ても良いそうです。条件を満たさなくなった時や緊急時には車が警報を発して、運転者が運転を引き継ぐよう求められるので「運転者は過信せずに常に運転できる状況を維持する必要があります」と国交省の発表資料は説明しています。
そもそも自動運転とは何かについて、以下のように説明されています。「人間による自動車の運転の4要素、すなわち目や耳による『認知』、脳での『予測』及び『判断』、ハンドルやアクセル制御などの『操作』を、運転者に代わり、システム(制御プログラム)が行う運転です。車につけたカメラやセンサー、人工衛星の位置情報システムなどを使い、周囲の状況を認知し、自動車をどう動かすかを人工知能(AI)が予測・判断して、ハンドルやアクセル制御の指示を出すことにより自動で動かします」[2]。
この説明にある「目」にあたる部分が、カメラ、レーダー、ライダー(後述)などです(図1)。自動運転の実現のためには、このような複数の種類の装置を連携させて利用する必要があるようです。
自動車で利用されているレーダー
レーダーは76GHz帯(77GHz帯と表記する文献もあり)と、24GHz帯(総務省は24GHz/26GHz帯と表記)が既に自動車で利用されています。76GHz帯のミリ波レーダーは最大検知距離が200mと長く、車両などの大きな物を検知でき、ACC(前走車を検知し車間距離を一定に保ちながら走る機能)などに利用されています。24GHz帯は最大検知距離が30mで車両周辺を監視します。しかし24GHz帯は他の無線システムへ干渉するため、出力や使用期間などが制限されています。このため、歩行者などの小さな対象物の探知距離は数mしかありません。
そこで、24GHz帯に替わるものとして、79GHz帯レーダーが開発されました。79GHz帯は帯域幅が4GHz。24GHz帯の帯域幅200MHzの20倍もあり(したがって電波が強い)最大検知距離が100mと長いうえ、歩行者など小さな物も検知できるそうです。2020年(つまり今年)ごろをめどに、24GHz帯から79GHz帯へ世代交代すると言われています[3]。
電波防護指針を上回る強さ!
この79GHz帯レーダーの強さがとんでもないレベルに達していることが「79GHz帯高分解能レーダの技術的条件(2012年4月情報通信審議会答申)の根拠となった総務省「情報通信審議会 情報通信技術分科会 移動通信システム委員会 報告」で明らかにされています。これによると、79GHz帯のレーダーが出す電磁波が電波防護指針(1000μW/c㎡)以下になるには計算上、レーダーから7~13cm以上の離隔距離が必要になります。つまり、車のすぐ脇など、レーダーから13cm以内に歩行者などがいる場合、緩すぎる電波防護指針すら上回る超強力な電磁波に曝露される場合があることになります。この計算結果について同答申は「79GHz帯高分解能レーダの主な利用シーンとして、車載レーダシステムやインフラ設置のレーダシステムが想定されており、車載レーダシステムの場合は走行中の車での利用となるため(略)必要離隔距離以内に人が立ち入ることは極めて稀である」と書いて、問題視していません。しかし、そもそも79GHz帯は「一般道での車載レーダによる安全運転支援システムの実現」のために「歩行者等の小さな物体を高精度に分離検知する」目的で導入されたものであると、同答申に書かれています。狭い生活道路なら、交差点で自動車と歩行者や自転車が13cm以内の近さで信号待ちを行うことも不自然ではなく「必要離隔距離以内に人が立ち入ることは極めて稀」とは到底言えません。
総務省で電磁波の健康影響について検討している「生体電磁環境に関する検討会」の下のワーキンググループ(WG)の報告書[4]は、上記答申を引用(表2)したうえで「79GHz帯高分解能レーダについては、将来的に一般道における歩行者や自転車等の検知への応用(車両及び路側機)が期待されており、高速走行時のみならず、低速走行時や停車時の車両、さらに路側機から電波が発射される利用シーンにおける、人体へのばく露を想定した検討を別途行っていく必要がある」と述べ、歩行者への曝露について「検討」が必要であることを認めています。しかし、生体電磁環境に関する検討会は近年ほとんど開催されておらず、この「検討」は、まだ行われていないはずです。そもそも13cmより離れていてもレーダーの周辺では数~数百μW/c㎡というかなり強い電波に曝露される恐れがあることになります。
なお、79GHz以外の車載レーダー(24GHz帯、76GHz帯)については、総務省の上記報告書[4]に「離隔距離10cmにおいて指針を満足」という趣旨の記載があるだけで、具体的に10cmでは何μW/c㎡なのかといった具体的な数値を公表しているものを筆者は見つけられていません。
ライダーとは
ライダー(LiDAR)はミリ波電波の代わりに近赤外線レーザーを使うレーダーのようなものです。レーザー光はビームを細く絞り込むことができるので、電波よりもはるかに精密に、物体の存在する角度や形状を検知できるそうです。その一方で、人はまぶしいものを見ると反射的に目をつぶったり顔をそむけますが、近赤外線レーザーは目に見えないため、気付かないうちに目にレーザーを受けて傷害が生じる恐れがあります。
従来の車載ライダーは波長905nm(ナノミリ。1nm=100万分の1mm)のレーザーを利用していましたが、この波長は網膜を損傷させる恐れがあるので出力を制限されています。これに対して、新たに1550nmのライダーが開発されました。目の角膜やレンズなどは、1400nmより長い波長をよく吸収するので網膜まで届かず安全とされていて、高出力の放出により探知距離が長くなります。
しかし1550nmが「905nm波長よりも本質的に安全であるという広がった仮定について疑問が持ち上がっている」「1550nmで十分に高出力のレーザパルスは、角膜とレンズに損傷を与える」という指摘もあります[5]。いずれにせよ、新しい技術には用心すべきです。
「レジェンド」の諸元は?
今回発売が発表された自動運転車レジェンドには、レーダーが車体前面に3個、後部に2個、ライダーが前面に2個、後部に3個、カメラが前面に2個付いているようです(図1)。これらの周波数などについて、筆者が電話で本田技研工業に問いあわせたところ「今は公表できない。発売時に公表できるものは公表する」との回答でした。また、自動運転中以外は、レーダーなどは動作しないのかと質問したところ「自動運転中でなくても動作している」との回答でした。つまり、歩行者などがレジェンドのレーダーからの電波に被曝します。さらに「レーダーから歩行者などがどれくらいの強さの電波を浴びるのか実験などはしているか」と質問したところ、そのような質問には一切答えられないとのことでした。「偉人」本田宗一郎で有名な大企業の情報公開の消極姿勢にガッカリです。
5Gは自動運転の主役ではない
電磁波研会員の皆さんの関心が高い第5世代移動通信システム(5G)と自動運転の関係について触れておきます。「自動運転に5Gは必須」と、まことしやかに語る人もいます。実際は「自動運転」と聞いて私たちが思い浮かべることが多い「自律型」の場合は、5Gは主役ではありません。
自動車運転は、車載システムで集めた情報をもとに車が自力で判断して走行する「自律型」と、他の車や道路設備など外部からのコントロールも受けながら走る「協調型」があります。
自律型での完全自動運転を実現するためには、これまで述べたレーダーやライダーなどの他に、カーナビを高度化させた「ダイナミックマップ」が必要とされています。刻々と変化する自車周辺の交通情報などを受信してダイナミックマップへ反映させたり、逆に自車の走行情報などをダイナミックマップのサーバーなどへ送信することも想定されています。5Gが活躍するとしたら、この送受信の場面でということになりそうです。とは言え、5Gでなければ実現できないと解説しているものは見当たりません。
一方、協調型の自動運転の場合は、外部からのコントロールに対してタイムラグなしに応答できるよう、低遅延の5Gが必須になっていくのかもしれません。また、自律型の自動運転車でも、高速道路の合流部といった特定の場所で道路設備からの誘導を受けるなど、協調型の技術が併用されるかもしれません。【網代太郎】
[1]自動車の型式認証制度は、自動車製作者等が新型の自動車等の生産又は販売を行う場合に、予め国土交通大臣に申請又は届出を行い、保安基準への適合性等について審査を受ける制度である。型式認証制度には、新規検査の合理化を目的として、「型式指定制度」と「新型届出制度」がある。(国土交通省「自動車の型式認証制度について」)
[2]政府広報オンライン「ついに日本で走り出す! 自動運転“レベル3”の車が走行可能に」
[3]久米秀尚「車載ミリ波レーダーで主役交代、交差点対応が24Gから79Gへ」日経クロステック2017年8月21日
[4]総務省生体電磁環境に関する検討会 先進的な無線システムに関するワーキンググループ「先進的な無線システムに関する電波防護について」2018年3月
[5]Jeff Hecht「1550nmライダで持ち上がった安全問題」Laser Focus World Japan 2020年3月