5Gは暮らしに必要!? 「5Gで文化財 国宝『聖徳太子絵伝』」を見て考えた

「5Gで文化財 国宝『聖徳太子絵伝』」のトップページ(東京国立博物館のHPから)

 今年9月、上野の東京国立博物館で開催されていた「5Gで文化財 国宝『聖徳太子絵伝』」を見る機会があり、5Gとはどんなものかを体験した。この展覧会はKDDIと東京国立博物館などが共同で行うプロジェクトで、5Gの可能性をアピールする目的があるという。国宝「聖徳太子絵伝」とは仏教を広めた聖徳太子の生涯を絵で伝えるもので、11世紀に描かれたとされている。
 さて、この展覧会の目玉は5Gを利用する絵に描かれた人物がアニメーションとして動き出すことと、超高精細の画像を拡大して見ることができる点である。アニメを体験するには、「魔法のグラス」という5Gの電波を受信する特別なグラスをかけることで、絵に描かれた聖徳太子などの人物がアニメーションとして動き出すという仕掛けがある。それ自体は面白い試みであるが、グラスが重くかけづらい。また、筆者はもともと近視用の眼鏡をかけているので、そのうえにこのグラスをかけるので焦点が合いづらいという点も気になった。

5Gの電波を受信する「魔法のグラス」を装着したところ。絵画の人物が動き出す(東京国立博物館のHPから)

 一方、超高精細の画像を見るには「魔法のループ」という5G端末を絵に向けて、拡大ボタンを押すと、肉眼では見えないポイントを拡大して見ることができるというものだ。美術品に関して、アニメや高精細で見ることができる試みはそれほど目新しいものではない。平安時代や鎌倉時代の絵が動くという展示はこれまでもあった。また、高精細は4K、8Kで撮影することで対応テレビや端末などで見ることも可能である。
 この展覧会は「5Gで通信」するという点をアピールしたものだ。会場はタテ約30m、約ヨコ5mほどの限られたスペースで、人数を制限して鑑賞できるようにしていた。人数制限をしたのは新型コロナの感染防止という点もあるが、5Gでの通信をスムーズに行うためだという。5Gの送信機の数が少ないため、人数が多くなると、直進性が強い5Gの電波が行き渡らなくためだ。
 さて、このコンテンツのうち、「魔法のグラス」は自宅でも体験することができる。使用環境は「4Gスマートフォン・タブレットでもご利用いただけます。」とある。期間は12/27まで。
 ということは5Gである必要はどこにあるのかということになる。高精細は、著作権がクリアになればという条件がつくが、パソコンでも見ることができることになる。
 電磁波に過敏な筆者は、会場に1時間ほどいたが、頭が痛くなるなどのことは起きなかったが、あまりいい気分ではなかった。それが5Gによるものかは不明だが、使い勝手がいいとはなかなか言えないのが事実である。

5G端末で展示された絵画のポイントを拡大して超高精細画像を見ている(東京国立博物館のHPから)

「こんなことも」「あんなことも」できます。でも誰が求めているのだろう。
 各地の博物館や美術館で行われている展覧会はセキュリティと文化財保護の観点から、会場内は少し薄暗く、そして展示品から距離がある。そのため作品がよく見えないという課題もある。超高精細で見られるには、それらを解決することができる方策の一つである。まだまだ課題はあるだろうが、試みの一つとして理解できる。
 体験した感想は「凄い」とはなかなか言えないのが事実である。技術的には「凄い」のかもしれない。この5Gコンテンツに限らず、技術的には「凄い」かもしれないが、それを使ってどうなの?という点が欠けているように感じた。
 他に鑑賞している人も、さほど感動したというわけではないようであった。凄いだろうと勢いづく主催者とは裏腹にユーザーは、少し冷めた感じでもあった。
 「こんなことも」「あんなことも」できます。でも、それを使う人はいるの? 携帯電話をめぐる技術開発を見るたびにそう感じるのは筆者だけであろうか。例えばテレビは地上デジタル放送、BS、CSなどを含めると80チャンネルを超えるという。でも、そんなに必要ないと感じている人も多いのではないだろうか。技術が先行してニーズがない、そんな感じさえする。

5Gはとくに「利用する」「利用しない」の選択ができるように
 今回のように限られた空間で、人数を制限し「5G」でという告知がされていることで、5Gの電波が飛んでいて、それを受け入れることを理解して体験するのなら5Gの電波を浴びたくない人は行かなくてもいい。しかし、そんなことお構いなしに、無条件に5Gの電波を撒き散らすと、浴びたくない人にも届いてしまうことになる。一部では5Gの電磁波が飛び始めているが、限られた地域で、その利便性は不明である。今までできなかったことができるようになり、劇的によくなったという声はあまり聞こえてこないように思う。しかし、例え限られた地域であっても、5Gは無条件に電波を発信している。一方、博物館など、限られたエリアで、限られた用途で、利用を容認した人に向けてなら5Gはあってもいいのではとも思う。問題は、使いたくない、5Gに晒されたくないという人にまで5Gの影響が及ぶことだ。
 話は少しそれるかもしれないが、今、駅ナカのボックス型のワークスペースが増え、利用者が増えているという。テレワークで在宅勤務が増えるなか、webで会議をするケースも増えている。web会議の場合、自分たちの話が周りに聞こえないようにする目的もあるが、外の声が入らないことも必要になる。そこで静かな個室として駅ナカのボックス型ワークスペースが求められているという。確かに外はいろんな音が溢れ、静かなスペースがない。
 音と電磁波では違うかもしれないが、音のない場所に行きたい気持ちはよくわかる。それと同様に電磁波のない場所に行きたいという人に、その願いを叶える場所や機会があってもいいのではないかと考える。とくに電話をする場合、静かな場所を探すのが非常に難しい。それと同様に電磁波の「静かな」場所を探すのも難しいといえる。
 多くの人にとって5Gになることで、劇的に変化するとはなかなか思えない。少し乱暴な言い方になるかもしれないが、過剰な技術とも言えるのではないだろうか。
 断捨離という言葉が使われだして久しいし、コロナ禍で断捨離とまでいわずとも、いらないモノを整理した人も多いだろう。シンプルな生活を求める動きもある。科学技術の進歩は私たちの生活を豊かにした面はある。そして科学技術の進歩は素晴らしいと思う。人間の幸福をもたらす科学技術ならどんどん進歩してほしいが、そうではない科学技術は思い切って断捨離してもいいのではと、コロナ禍の今、そう感じている。【鮎川哲也】

 

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