“離れた場所へ電波で給電”屋内限定で解禁へ 強い電波被曝の恐れ(数十μW/cm2以上)

 離れた場所へ電波を送信して電力を供給する「空間伝送型ワイヤレス電力伝送システム」が、年度内に実用化されると報道されています。このシステムを導入した屋内にいる人々は数十μW/cm2以上の強い電波に被曝し続ける恐れがあると見られ、健康影響の多発が懸念されます。
 電源との配線なしで給電する「ワイヤレス電力伝送」はWPT(Wireless Power Transfer)と略されます。台に置くだけでスマートフォンを充電するなど「近接接合型」のWPTは既に実用化されていますが、電波を使って離れた場所へ給電する空間伝送型のWPTは、放送・通信障害やヒトへの健康影響を防ぐため、日本では利用できませんでした。しかし政府は、あらゆるものがネットでつながる「IoT社会」を目指しています。これを実現するためには、あらゆるものに取り付ける多数のセンサーなどについて、いちいち電池交換をしてはいられないので、政府は空間伝送型WPTの実用化を推進しています。
 総務省の情報通信審議会は、どのような条件であれば、電波を使ったWPTを行っても通信障害を防ぎ、健康影響を防げるか(電波防護指針を下回れるか)を検討し、その検討結果を踏まえて、今年度中に電波法の省令を「改正」して、920MHz帯、2.4GHz帯、5.7GHz帯をWPT用に割り当て、送信アンテナから10m程度離れた装置などへ給電するシステムが解禁されると報道されています。
 総務省の情報通信審議会の答申[1]は、電波を使ったWPTの用途として、以下などを挙げています。

<920MHz帯>
物流現場での利用
 RFID(電子タグ)システムが使用されている配送センター等の物流現場で、品質センサ等へ、空間伝送型WPTシステムをRFIDシステムの置き換えとして使用する。構造物に設置するセンサの配線工事が不要になるだけでなく、パレット、コンテナ及び荷物にもセンサの設置が可能となり、荷物の温湿度や振動等の異常検知等、保管・仕分け品質管理、履歴管理ができる。

介護での利用
 介護分野で人材が不足している。老人介護施設等で、空間伝送型WPTシステムを用いた、配線不要、電池交換不要の見守りセンサにより、高齢者等施設利用者の状態を把握することで、状態監視による介護サービスの向上、介護担当者の負担軽減等のメリットが得られる(図1)。

図1 情報通信審議会情報通信技術分科会陸上無線通信委員会空間伝送型ワイヤレス電力伝送システム作業班(第2回)配布資料「920MHz帯WPTシステムにおける実験局事例」より(2019年4月9日)

<920MHz帯、2.4GHz帯、5.7GHz帯>
工場での利用
 組み立て型の無人工場ラインにおいて、ロボット及び周辺機器に設置されたセンサ群へ空間伝送型WPTシステムを使用する。生産性向上、信頼性向上のメリットが得られる。
 総務省はWPTの用途として上記などを想定しているわけですが、今回決めた条件を守れば、通信障害や人体影響は大丈夫になるのでしょうか。総務省は経済対策のための電波利用を促進したいという立場で、電磁波による健康影響の訴えをこれまでも無視しているのですから、WPTの実用化によって新たな問題が起きても、これまでと同様、見て見ぬふりをする恐れが大です。
 なお、一般社団法人日本アマチュア無線連盟は、通信障害の可能性があるとして、空間伝送型WPTに反対しています[2]。

920MHz以外は無人の場所のみ利用可能
 図2は、周波数帯ごとのWPTの特徴について示しています。

図2 「空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの技術的条件」のうち「構内における空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの技術的条件」概要(2020年7月)より

 図3は、WPTの送電アンテナからどれくらい離れれば、日本の電波規制値である電波防護指針を満たせるかなどについて示しています。

図3 出典は図2と同じ

 これらによると、920MHz帯は電波防護指針を満たすアンテナからの距離が比較的近距離になるため、一般環境(生活環境)での利用を可能としました。一方で、2.4GHz(2400MHz)帯、5.7GHz帯は、原則として人がいる場所では使わず、電波防護指針を超える範囲に人が立ち入った場合は送信を停止する機能を設けることを条件としています。
 920MHz帯WPTで電波防護指針を満たす距離は「比較的近距離」であると書かれていますが、図3の「検討結果」の表の「920MHz」「一般環境」のところをみると、その距離は計算上0.227~0.912mになっています。つまり、送信アンテナから最長90cm程度離れれば良いことになります。本当にこれで安全だと言えるのでしょうか。
 標準的な天井の高さ2.4m(240cm)の場合、天井に設置された送信アンテナの真下に身長150cm以上の人が立てば、距離は90cmを下回ります。この場合、電波防護指針を超える強さの電波に被曝する可能性があります(実際の電波の強さは、環境などによって、計算上の値より強くなる場合も弱くなる場合もあります)。四六時中アンテナの真下に立っていることは考えにくいですが、そもそも電波防護指針は緩すぎて、それを2桁以上も下回る値(数十μW/cm2以下)でも健康影響が出る場合があると指摘されています。

 図4は、介護現場での利用(図1)を想定して、京都大学などが行ったWPTの実験レポート[3]からの引用です。この実験で使われた電力送信アンテナの場合は計算上、0.69m以上離れていれば電波防護指針値を下回るとしています。この図4のグラフをよく見ていただきたいのです。車椅子に座った人の頭の高さが1.3mで、高さ2.4mの天井からの距離が1.1mのとき、図4のグラフは、電磁波の強さが0.11mW/cm2(110μW/cm2)を上回ることを示しています。100μW/cm2という数字は、携帯基地局のすぐ近くの住宅などで測定してもありえないほどの強さです。周辺住民に健康被害が多発した宮崎県延岡市の携帯電話基地局の例でも、もっとも強くて22.0μW/cm2でした(会報第93号参照)。基地局の場合は、10μW/cm2以上でさえ、かなり珍しいほどの強さですが、WPTの場合は図4によると送信アンテナから5m離れても、10μW/cm2を上回ります。このような環境の「老人介護施設」など、筆者なら絶対に滞在したくありません。

将来は、出力アップや屋外利用を目指す
 以上見た通り、今年度中に解禁されると言われているWPTは、屋内での利用に限られ、また、人がいる環境では920MHz帯のみが使えるというものです。これらの制限を突破したものを将来は実現しようと、さらに出力を上げ、屋外でも使える「第2ステップ」(図5)を目指した技術開発が行われています。

 電子デバイスメーカーのミネベアミツミと京都大学は、トンネルの保守点検にWPTを活用する実証実験を開始すると2020年10月に発表しました。トンネル内にセンサーを取り付け、走行車両からマイクロ波をセンサーに当て、給電しつつセンサーから情報を取得。その情報をもとにボルトの緩み具合などを点検するとのことです(図5の左側)。
 また今年10月、第5世代移動通信システム(5G)基地局からのミリ波電波で給電するWPTシステムの実現を目指すソフトバンクなどによる研究が、国機関による公募[4]に採択されました。基地局の近くを通過するだけで、ワイヤレスイヤフォンやスマートウォッチなどを自動的に充電できるようにすることを目指すと、報道されています。[5]
 しかし、第2ステップを実現するためには、電波防護指針値を下回る強さの電波でも給電できる技術の開発、または人が被曝しそうになったら電波を止めるか送信方向を変える技術の改良が必要です。それらが実現できなければ電波防護指針を改悪するしかありません。市民による監視が必要です。【網代太郎】

[1]「空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの技術的条件」のうち「構内における空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの技術的条件」2020年7月14日
[2]総務省が今年4月22日まで行った「空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの運用調整に関する基本的な在り方(案)」への意見募集に対し、一般社団法人日本アマチュア無線連盟は「到底、同意することはできるものではありません。」との意見を寄せた。
[3]この実験は2017年6月から2019年3月まで、奈良県精華町役場企画調整課で実施。当初は勤務時間内のみ、2018年10月からは24時間、給電アンテナを稼働。室内の電池レス温湿度センサへ給電し、センサは安定して動作したとのこと。また、2018年からは、人が携帯する「温湿度+気圧+加速度センサ」へ給電。7カ月間、電池交換なしに連続通信動作したことを確認したとのこと。
[4]国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)による「『Beyond 5G研究開発促進事業』に係る令和3年度新規委託研究の公募(第1回)」。提案者:ソフトバンク(代表提案者)、京都大学、金沢工業大学。
[5]「ソフトバンク、基地局から無線給電 イヤホン電池不要に」日本経済新聞のウェブサイト2021年11月5日

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