カネミ救済法成立後の現状と課題 新認定裁判で「除斥」を理由に請求却下判決

大久保貞利(カネミ油症支援センター共同代表)

 2012年8月にカネミ油症救済法が議員立法で衆参両議院において全会一致で可決・成立したことは会報78号(2012年9月発行)で報告いたしました。今回は救済法成立後の問題点や課題を中心に報告させていただきます。大きくは二つで、一つは「新認定裁判・地裁敗訴」で、もう一つは「三者協議(被害者・国・カネミ倉庫)」についてです。

3月に新認定裁判で不当判決出る
 今年(2013年)3月21日、福岡地裁小倉支部で「カネミ油症新認定訴訟判決」が出ました。結果は被害者(原告)の全面敗訴です。
 カネミ油症事件は、1968(昭和43)年に起こったわが国最大の食品公害事件です。北九州に本社のあるカネミ倉庫が製造・販売する食用米ぬか油を食した人に、全身に及ぶ健康障害が出た痛ましい事件です。当初、保健所等に被害を訴え出た件数は約1万4千人で、西日本一帯に被害は出ました。しかし認定された患者は2000人弱で、あとの被害者は放置されました。事件発生からおおむね1980年代までに認定された被害者を「旧認定被害者」と呼びます。
 一方、当初は米ぬか油(カネミ油)に混入したPCB(ポリ塩化ビフェニール)が原因物質と思われていましたが、その後PCBが熱変成してできたジベンゾフラン(PCDF=ダイオキシン類)も主原因の一つであることがわかり、それに伴い認定基準も変更されました。この新認定基準によって新たに認定された被害者を旧認定被害者と区別して「新認定被害者」と呼びます。
 旧認定被害者には国の仮払金やカネカ(PCB製造業者・カネミ倉庫と異なる)
からの見舞金が合わせて数百万円(人により金額は異なるが)支払われましたが、新認定被害者にはカネミ倉庫から一時金として見舞金23万円しか支払われません。こうした現状を不服として、2004年以降に認定された新認定被害者が2008年5月23日、カネミ倉庫を相手取り、損害賠償を求めて提訴したのが「新認定裁判(訴訟)」です。
 原告数は現在59名です。

「除斥期間」を盾に、被害者を切り捨てた不当判決
 地裁判決は、カネミ倉庫が米ぬか油製造工程で毒物PCBが混入することは「予見可能」だったとし、カネミ倉庫に被害者への損害賠償責任があることを認めました。しかしながら、ほとんどの被害者は事件が起こった1968年に発症しているのだから、損害賠償請求起算点は遅くても約1年後の1969年末とすべきだ、したがって「20年経過した時点で請求権がなくなる」とした民法の除斥期間(じょせききかん)である20年が過ぎた1989年末をもって消滅する、としたのです。つまり、被害者は本来的には賠償請求する権利はあるが、除斥期間を過ぎた以上請求権はなくなる、として被害者の全面敗訴へと導いたのです。
 法律用語で、賠償請求などの権利が存続する期間を「除斥期間」といいます。除斥期間は「時効」と違って中断や停止がなく、期限が過ぎれば権利は自動消滅します。

除斥期間起算点は「被害者認定時から」が当然なはず
 除斥期間起算点をめぐり、被告側(カネミ倉庫)は「症状発生時から」を主張し、原告側(被害者)は「被害者認定時から」を主張しました。判決は被告側の主張を全面的に採用しました。これはとんでもないミス判断です。カネミ油症被害者は国が被害者と「認定」しなければ、裁判も権利も主張できないの実状です。ただの「健康を害した人」としてしか扱われないのです。事件発覚時(1968年)から約1年間が除斥開始期間とした判決は現実を見ない空論です。判決後、原告たちは口ぐちに「患者(被害者)認定の前に裁判を起こすなんて不可能だ」と涙ながらに訴えていました。特にジベンゾフラン(ダイオキシン類)が原因物質と国が認めた時点で除斥期間は過ぎていたのです。新認定訴訟原告弁護団は「患者認定の遅れは医学,科学の限界によるもので、原告には何の落ち度もない。除斥期間適用は正義に反する」と声明を出しました。

控訴により舞台は福岡高裁に移ります
 原告団・弁護団は、福岡地裁小倉支部の判決を不当とし、福岡高裁に控訴しました。マスコミの報道も地裁判決には批判的です。
 この判決が定着すれば、被害者の2世、3世は訴訟できなくなってしまいます。カネミ油症は「晩発性(ばんぱつせい)」といって、あとになってから症状で出たり、悪化することが少なくありません。それだけではありません。福島第一原発事故の周辺住民が将来的に、放射線による被害が晩発的に起こった場合にもこの判決は悪影響を与えます。
 その意味でも、今後の福岡高裁での控訴審は大事です。

第一回三者協が6月に開催される
 もう一つの課題が「三者協」(さんしゃきょう)です。昨年8月にカネミ救済法が成立する際、被害者団体とカネミ油症被害者支援センターは共同で、5項目の緊急要請をし、それが「5項目の付帯決議」として法案成立時に加味されました。この「5項目の付帯決議」の一つとして「被害者、国、カネミ倉庫」の三者が定期的に協議することが法的に認められました。そして、法律制定後の2013年11月に、国は厚生労働大臣・農林水産大臣共同名で、「カネミ油症患者に関する施策の推進に関する基本的な指針」(以下、基本的な指針)を告示しました。この基本的な指針にも「国、カネミ倉庫、油症患者による定期的な協議」(三者協)を設けることが盛り込まれました。
 その第一回三者協が2013年6月21日に福岡市で開かれました。会議には初めて加藤大明カネミ倉庫社長が出席しました。被害者団体は、会議の場に支援センターと弁護士のオブザーバー参加を要請しましたが、残念ながら実現しませんでした。これから、何度も三者協は開かれるでしょうが、この会議を単なるセレモニーとせず、被害者救済に役立てるように活用していくことがとても重要です。

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