米サンフランシスコで携帯電話のSAR表示を義務化

 米国カリフォルニア州サンフランシスコ市議会は、小売業者に携帯電話の電磁波量を表示義務付ける法案を賛成10、反対1で予備承認しました。翌週にはニューソム市長が条例案に署名し、法案は正式承認となりました。具体的には、小売店に並ぶ携帯電話の横に、その携帯電話のSAR(特異吸収率=電磁波エネルギー量)の表示が義務付けられます。2011年から段階実施し、違反した小売業者は最高300ドルの罰金を課せられます。欧州のいくつかの国ではすでに実施している措置ですが、米国では初めてです。【渡海伸・訳も】

米国では初の措置

 あなたの携帯電話からどの位放射線(電磁波)が出ているか知っていますか?サンフランシスコ市に住めば、これからはそれがわかります。2010年6月15日に、サンフランシスコ市議会は、携帯電話の放射線量を小売業者が表示することを決定しました。この規制措置は米国では初の試みでしょう。この新しい規制措置にまもなくギャビン・ニューソム市長はOKのサインをするであろう。この措置は小売業者に「携帯電話放射線は潜在的に危険である」ことまで言及するよう求めているわけではありません。しかし、これまでは携帯電話手引書には書いてない情報が、今後は購入者に明示するようになることは確かですと、同市のスポークスマンであるトニー・ウィニッカー氏は『タイムズ』紙に語りました。
 この表示内容はその気になって手引書を読めばすぐにわかるように表示されます。だから、電磁波に関心がある購入者にはすぐわかると思います。

携帯電話業界は反対

 携帯電話業界は、この措置に当然ながら反対しました。無線協会の広報担当のジョン・ウォールズ氏は「こういう措置は、購入したいと思っている人に混乱を与えるだけだ。情報を提供するというより、どっちの携帯電話がより“安全か”と購入時点で誤った判断をさせることになる。」と『サンフランシスコ・クロニクル』紙に語りました。
 ウォールズ氏は「米国内で販売されている携帯電話はFCC(連邦通信委員会)が決めた基準値(身体組織1キログラム当たり1.6ワット)をすべてクリアしているし、携帯電話を使用しても健康への悪影響はないというのが科学的合意として一般的である。」とも語りました。

環境団体は電磁波の健康影響に懸念

 しかし、絶対に悪影響がないとも言い切れません。環境活動団体のウェブサイトに掲載されているように、携帯電話の機種によって放射線量はまちまちです。WHOや米国がん研究所は、携帯電話が健康に脅威を与えるとする考えを支持する十分な証拠はないと言っていますが、携帯電話と脳がんを巡る科学はいまだ混沌とした状態です。「リスクは明確に証明されていないが、懸念を抱くには十分な証拠がある。とりわけ若い人や1日中携帯電話を使う人にとっては心配だ。」と、私が『タイム』2010年3月15日の記事で書いた通りです。

携帯電話業界の主張

 携帯電話業界は次のように主張しています。RF(無線周波数=高周波)放射線は身体の中の分子を改変する力はありません。FCCが携帯電話電磁波基準値として設けた値は、細胞にダメージを与え得る熱作用を起こさせない範囲のレベルとして意図し設定されたものです。「携帯電話のRF放射線が身体に与える影響は、少なくても現在までのところがんを引き起こすほどの遺伝子損傷をもたらすには不十分である」と米国がん研究所の疫学・生物静力学計画責任者であるロバート・フーバー博士は、2008年議会公聴会で証言しています。

神経学者は影響を発表

 しかし、研究機関は結論からはほど遠い結果を出しています。1995年に、ワシントン大の神経学者ヘンリー・ライは、米国の基準値レベルで少なくとも安全とされるレベルの放射線を2時間照射しただけで、ラットの脳細胞内でがんにつながる遺伝子損傷が起こったとする、研究論文を共同執筆しました。ライ研究に続いて同じ研究(こういう場合、往々にして無線業界が部分出資する研究なのだが)をした研究者は、ライの研究結果の再現実験に失敗しましたが、2004年の欧州連合が出資した研究ではライと同じ研究結果になりました。

他の国の研究も注目すべき

 ヘルシンキにあるフィンランド放射線・核安全局研究教授ダリウス・レジンスキーが、次のような研究結果を行ないました。RF放射線は血管の内側細胞にストレス反応を引き起こし、そのストレス反応はBBB(脳血流関門)に危険な裂目を引き起こすことにつながるというものです。「携帯電話放射線は間接的に細胞を傷つけます。おそらく正常なDNA損傷の修復する能力に干渉するのだと思います。もし科学的に不確実だとするならば、携帯電話は安全だというのは時期尚早です」とレジンスキー教授は語りました。

インターフォン計画が答だったのだが

 問題に対する答として一番良い方法が長期間の疫学調査です。そのため、IARC(国際がん研究機関)が数年前にインターフォン研究を始めたのです。インターフォン研究は、13ヵ国・1万2千人が参加し、携帯電話と脳がんの関係を見るのが目的で2千4百万ドルもかけた研究です。最終的な研究結果は何年も遅れて先月発表されました。しかしながら、携帯電話のリスクの明確な評価は出されず、インターフォン研究結果内容は不透明なままです。
 インターフォン研究は『国際疫学ジャーナル』に今週発表されますが(訳注:ウェブサイトには2010年5月に発表されたが、印刷物は2010年6月に発表となった)、結局携帯電話と脳がんの関係は明確にならないということになりました。IARCの責任者クリストファー・ワイルドは「インターフォンのデータでは脳がんのリスクが増加することは証明されなかった」と語りました。

長時間使用ではリスク上昇

 しかし、より綿密に調べていくと研究結果は違って見えてきました。携帯電話を多くもしくは長期間使う人(1日に30分使う人とか、少なくても10年使う人)の10%は、携帯電話を全く使わない人に比べて脳がんのリスクがはっきりと高く出ました。一方で、携帯電話を少ししか使わない人は、固定電話しか使わない人よりリスクが低く出ました。まるで、携帯電話を少ししか使わない人は脳がん発生から守られるかのようです。

インターフォン計画には問題が多い

 インターフォン計画は、多くの方法論的な問題を多く抱えています。たとえば携帯電話を最も多く使う場合以外は、携帯電話を使うほうが携帯電話をまったく使わない人より脳がんになる割合が小さいというデータ上の事実は、技術的隠語を使えば、“そこにはなにかが欠けている”ことを示しています。ヘビーユーザーはコントロールに比べて神経膠腫(グリオーム)リスクが40%も高くなるが、1日に30分しか携帯電話を使わない人を“ヘビー”と定義付けるのは苦しいといえます。平均的米国人は1日に21分携帯電話を使います。そして、これよりかはるかに多く携帯電話を使っている人たちがいるのを知っています。結論の出たインターフォン研究とともに、付随して出された疫学者ロドルフォ・サラッチとジョナサン・サメットの所信にはこう書いてあります。「研究結果を説明する上でバイアスは無視できない」。

ロイド・モーガンの批判

 さらに、ロイド・モーガンが発表した研究では、インターフォンが厳しく批判されています。ロイド・モーガンは環境健康トラストの上級研究者です。環境健康トラストは無線産業を昔から批判しているがん研究機関です。モーガンによると、インターフォン研究は、携帯電話の脳がんリスクが約25%低くなるよう見積もっているということです。

携帯は危機を招くとモーガンは言う

 モーガンは次のように言います。「私たちが発見したことは、もし現在のような携帯電話の使い方を今後も改めないならば、脳腫瘍が蔓延する地獄が来るかもしれないということだ。政府はこのように重大な公衆衛生問題を目立たないように隠すのでなく、早く市民にリスクの存在を知らせることだ。携帯電話をいつでも頭や身体から離すべきだという、このメッセージを人々はきちんと聞く必要がある」。

後悔より何かする方がましだ

 まだ、科学者たちは、携帯電話放射線が明確にがんの原因であるとする、はっきりとした道筋を発見していません。そして、携帯電話のリスクを正確に評価する疫学調査のデザインを作るのも、これまた難しい。特に携帯電話がますます普及するにつれてますます難しくなってきています。(ほとんどの研究は、携帯を使う人にどの位の頻度でその人が携帯を使っているかを思い出してもらうことに頼っている。ーあなたなら同じ質問にすぐに答えられますか)。
 良いニュースとしては、携帯電話放射線の曝露をカットする簡単な方法があることです。それはとにかくワイヤー付きのヘッドセットを使うことです。そこがタバコと肺がんとの違いです。タバコならばやめる以外ないが、携帯電話の場合は放棄する必要はありません。
 今日、世界中で何十億という人々が携帯電話を使っています。実際には、40億人という数です。喫煙人口よりはるかに高い割合で普及しています。もし携帯電話が脳腫瘍リスクを少しでも上昇させるとしたら、公衆衛生へのインパクトは大きいです。しかも、脳がんはできるのに何十年とかかるので、気づくまでに時間がかかり、手遅れになるかもしれません。後悔するより安全であるほうがまだましです。サンフランシスコの取り組みはそれを示しているのかもしれません。

原文:Bryan Walsh “A San Francisco Regulation Raises the Question: Do Cell Phones Cause Cancer?” 2010年6月16日 TIME

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