北條祥子さんら早大グループ 電磁波過敏症の診療と研究に役立つ問診票を作成

海外論文誌に掲載

研究グループ代表の北條祥子さん

研究グループ代表の北條祥子さん

 北條祥子尚絅学院大学名誉教授(環境医学)が代表を務める早稲田大学応用脳科学研究所「生活環境と健康研究会」の疫学グループによる「日本人のための電磁波過敏症に関する調査用問診票の作成とその評価」と題した論文が、海外の査読付き論文誌に掲載されました。また、宮城県の地方紙・河北新報に記事(次頁)が掲載され、会員からこの論文の内容の概要を会報で紹介してほしいとの声が多く寄せられました。
 そこで、当会事務局員の網代が仙台市へ出向き、北條さんから論文内容の詳細と「なぜこの研究にとりくむことにしたか?」「今後の課題は何か?」などをお聞きした上で、網代なりに理解できた範囲で、会員の皆様にもわかりやすく概要をまとめたものを以下にご紹介します。
 なお、北條さんは、長年、厚生労働省の研究班の一員として、米国のミラー(Miller)らが開発し、多くの国で化学物質過敏症(MCS)用問診票として使用されているQEESI問診票(クイージー問診票、以下QEESIと省略)の日本語訳版を作成し、それを用いた多くの疫学研究結果を査読のある国内外の学術誌に掲載してこられた疫学が専門の研究者です。
 この論文は日本の電磁波過敏症(EHS)に苦しむ人の実情を明らかにし、EHSに対する認知度を高め、医療現場では、MCSとEHSとの関係、EHSの診断・治療法の開発にも役立つ第一歩ともいえるたいへん意義深い研究成果と言えますので、ここにご紹介する次第です。
 以下に、日本語で論文の概要をご紹介いたしますが、以下に掲載するのは原論文(英文)の精緻な日本語訳ではなく、網代が一般の方々向けに要約したものを、北條さんのご了解のもとに掲載させていただくものです。図表は北條さんからご提供いただきました。
 なお、原論文全文は、通常は要約しか無料でみられませんが、北條さんが自分でお金を払い、以下のURLから、全文を無料でだれでもダウンロードできるようにしてくださっておりますのでご覧ください。また、実際の日本語版EHS問診票は、『臨床環境医学』12月号の北條さん執筆の総説で全文公開されるそうですので、それをご覧ください。【網代太郎】
 原論文 Hojo S et al.2016. Development and evaluation of an electromagnetic hypersensitivity questionnaire for Japanese people. Bioelectromagnetics 37:353-372

北條さんらの論文を紹介した『河北新報』2016年8月28日付

北條さんらの論文を紹介した『河北新報』2016年8月28日付

論文の概要の紹介

1 はじめに
 電磁場(EMFs)の人体に与える影響については50年以上の研究の蓄積があり、これらの科学的知見を基に、国際非電離放射線防御委員会(ICNIRP)は短期曝露の熱作用・刺激作用を考慮した安全基準を策定しています。電磁過敏症(Electromagnetic hypersensitivity、EHS)は、別名、電磁不耐症(Idiopathic environmental intolerance、IEI-EMFs)とも呼ばれ、上記ICNIRPの安全基準値よりずっと微弱な電磁場曝露により多彩な非特異的多臓器障害を起こす健康障害の総称ですが、EMFs曝露と症状発現との因果関係は不明で科学的に不確実なことが多いです。例えば、WHOのファクトシート296(電磁過敏症)の中には、以下のように記載されています。「EHSは様々な非特異的症状が特徴であり、悩まされている人々はそれを電磁界へのばく露が原因と考えています。最も一般的な症状は、皮膚症状(発赤、チクチク感、灼熱感)、神経衰弱性および自律神経性の症状(疲労、疲労感、集中困難、めまい、吐き気、動悸、消化不良)などです。症状全体は、承認されているどの症候群の一部でもありません。…EHSは、多重化学物質過敏状態(化学物質過敏症、MCS)、即ち化学物質への低レベル環境ばく露に関する障害、とよく似ています。EHSもMCSも、明らかな毒性学的または生理学的根拠、または独立した検証がない一連の非特異的症状が特徴です。…」
 筆者らは、長年、QEESI問診票を用いて日本のMCS患者の疫学調査を行ってきました。その中で、MCS患者の多くは電磁過敏症状も訴えることを経験し、MCS患者の電磁過敏症状を評価するための問診票を探していました。そんな時に出会ったのが英国のEltiti(エルティティ)博士らが電磁過敏症状を評価するために開発したEHS問診票です。この問診票の特徴は多くの問診票が2択(はい、いいえ)で質問するのに対し、5択[(全然ない(0点)、少しある(1点)、まあまあある(2点)、かなりある(3点)、非常にある(4点)]で質問するため、統計学的解析をしやすく、また異なった研究者間の相互比較もしやすいです。そこで、筆者らはEltiti博士の承認を得て、上記Eltiti問診票を日本人の生活スタイルに適したように改変し、さらに日本独自の質問(THI抑うつ尺度など)を追加した日本語版EHS問診票を作成しました。
 本研究の目的は、1)まず、日本語版EHS問診票の信頼性と妥当性を確認した上で、2)日本のEHS者の自覚症状や電磁過敏反応の特徴を明らかにする、3)日本のEHS者が症状発現要因と推定している電磁場発生源が何かを明らかにする、4)EHSと既知の慢性疾患(診断基準のある疾患)との関係を検討する、そして、5)日本のEHS者がどんなことに苦しんでいるかを解析する、最後に、6)本調査結果を基に、日本の一般人から電磁過敏者を選び出すための暫定基準値(簡易)を提案することです。

2.調査方法
2-1.日本語訳版EHS問診票の質問項目
 質問項目はEltiti博士らの原文を忠実に和訳しました。ただし、和訳の際は石川哲医師、宮田幹夫医師、坂部貢医師、水城まさみ医師、辻内琢也医師などの専門医に相談して、日本人が質問の意味を理解できるような文章に改定しました。また、さらに日本人の特徴を解析しやすくするような日本独自の項目も追加しました。以下にその詳細を示します。
(1)個人特性:解析に必要な情報
 年齢、性別、住所(都道府県市町村名)、仕事内容(①フルタイム勤務、②パートタイム勤務、③主婦、④無職、⑤学生)、最終学歴(①中卒、②高卒、③短大・専門学校卒、④大学卒、⑤大学院以上卒)、一日平均労働時間(家事労働時間・学習時間も含む)。
(2)症状および症状の要因と推定される電磁場発生源
 A.症状(q1-q57):57の症状について、「ここ1~2週間、以下のような症状がどのくらいありますか」と質問し、0(全然ない)、1(少しある)、2(まあまあある)、3(かなりある)、4(非常にある)の5段階の中から、自分に近いと思われる数字に○をつけてもらいました。
 B.症状の要因と推定される電磁波発生源(q58-q66):Eltitiらのものと同じ9種類の電磁場発生源(パソコン、家電製品、蛍光灯、電子レンジ、携帯電話、高圧送電線、ラジオ・テレビ塔、携帯電話基地局、テレビ)が上記57の症状と関連があると思うかについて、5段階[0(全然ない)、1(少しある)、2(まあまあある)、3(かなりある)、4(非常にある)]の中から○をつけてもらいました。また、「家電製品」の場合は、下に具体的な家電製品名を記載してもらいました。また、上記9種類以外に、症状発現要因と推測される電磁波発生源がある場合は、それらを空欄に具体的に記載してもらいました。
 C.電磁場による過敏反応(q67―q71):q67「現在、あなたは電磁波を発生するもの(例えば、テレビやパソコン、携帯電話など)に対して過敏だと感じることがありますか?」、q68では「あなたが電磁波を発生するものに過敏だと感じる場合、どのような電磁波発生源でどのような症状がでるかを具体的に記載して下さい」。q69では「あなたは今までに、強い電気反応(例えば、電源を切る時や、電球・アイロン・電気柵などに触れ、痛みを伴うほどビリッと感じるなど)の経験がありますか?」、q70「現在、あなたが静電気反応(例えば、金属や車のドアなで)でビリっと感じる頻度は?」、q71「電磁波を発生するものの近くに寄ると、体調が悪くなることがありますか?」を質問しました。q68は自由記載。q69は2択。それ以外は5択(0-4点)の質問。
(3)一般的な健康状態
 D1「現在、あなたはどの程度幸せだと感じていますか」、D2「現在、あなたの健康状態は、全体的にいかがですか」はEltitiらのものと同じです。ただし、D3睡眠については、Eltitiらのものと同じ「あなたは一晩寝ると疲れが取れますか?」の他に、日本独自の質問として、D3-2一日の睡眠時間の平均値、D3-3睡眠障害についての項目を追加しました。また、D4慢性疾患の有無、D5日本独自の項目として、日本人の健康調査に頻用される「東大式健康調査票抑うつ尺度(THI-D)」(10項目)を追加しました。
(4)医師に診断されたことがある慢性疾患(現在・過去)
 EHSと他の慢性疾患の関係を検討するために、日本独自の質問項目として、具体的な慢性疾患名[生活習慣病(糖尿病、高血圧、心臓病、脳卒中、高脂血症、肥満、がん、歯周病、動脈硬化)]、[アレルギー疾患(アトピー性皮膚炎、気管支喘息、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、じんましん、片頭痛、花粉症、食物アレルギー、その他のアレルギー)]、[過敏症(シックハウス症候群、化学物質過敏症、電磁過敏症)、その他の慢性疾患(自律神経失調症、更年期障害、心身症、うつ病、不安症、適応障害、パニック障害、統合失調症、免疫異常疾患)]、その他の全32の慢性疾患名を挙げて、現在通院・加療中のものに◎印を、過去に診断されたことがあるものに○印を付けるよう求める質問項目を追加しました。
(5)すでにEHSを発症した経験がある方への質問
 巻末に、「すでにEHSを発症した経験がある方への質問です」として、発症の引き金になったと推定される経験と症状の推移を次の6択(①シックハウス症候群→化学物質過敏症→電磁過敏症、②化学物質過敏症→電磁過敏症、③両方の症状があるがどちらが先かは不明、④電磁過敏症→化学物質過敏症、⑤電磁過敏症の症状のみ、⑥化学物質過敏症のみ)で質問しました。さらに自由記入欄を設け、発症した方が日ごろ直面している苦労などを具体的に記載してもらいました。

2-2.調査期間
 2009~2015年(予備調査期間も含む)。

2-3.調査対象
 EHS(医療機関の診断を受けていない自己申告EHS者)群は、二つのEHS自助グループに調査依頼文を送り、協力者を募集し、協力者には事務局から問診票と回収用封筒を同封して郵送し、記入問診票は郵送にて事務局まで送ってもらいました。一方、対照(「一般人」)は、早稲田研究グループの先生方を通して、知人、地域団体(町内会、NPO)および所属学会のメーリングリストや機関誌で協力者を募集しました。協力者には事務局から問診票と回収用封筒を送り、記入問診票は郵送で送ってもらいました。

2-4.統計解析
 「SPSS ver21」というソフトウェアを使用して統計解析をしました。

2-5.倫理的配慮
 この調査は、大分大学医学部倫理委員会、(独)国立病院機構盛岡病院および(独)国立病院機構相模原病院の3つの倫理委員会の承認を経て実施しました。

3.調査結果と考察
3-1.有効回答
 一般人群は2,000人問診票を郵送して、32都道府県に在住する1,320人から回収されました。年齢、性別と、その他の項目9割以上に回答したものを有効回答としました。その結果、一般人群の有効回答は1,306人でした。一方、EHS群は165人に問診票を送り、128人から回収され、有効回答は127人でした(1人はMCSのみで、EHSは発症していなかったので除外しました)。

3-2.一般人群とEHS群の個人特性の比較
 一般人群とEHS群の個人特性を比較しました。有意差があったものは平均労働時間で、一般人群の8.21時間に比べて、EHS群は6.52時間と統計学的有意に短かかったです。また、EHS群は、対照群と比べて、フルタイム労働者が有意に少なく、無職者が有意に多かったです。居住地域、最終学歴には有意な違いはありませんでした。これらの結果はEHSを発症した人は体調不良のためフルタイム労働ができないという欧米の報告と一致しています。

3-3.問診票の信頼性の確認
 問診票の信頼性は、上記の一般人群とは別の一般人173人(NPOメンバー65人、学生121人)に、1~2週間の間隔で同じ問診票に回答してもらい、2回の回答の一致性を統計学的に比較しました。すなわち、同じ人が(状況に変化がなければ)同じように回答をしたことから、問診票の信頼性は確認できました。

3-4.日本のEHS者の主な症状
 Eltitiらと同じように一般人群の症状57項目得点を、8因子主成分分析という方法を用いて分析した結果を示したのが表1です。第1主成分には中枢神経症状10項目(ゆううつ、集中困難、注意欠如など)が、第2主成分に皮膚症状8項目(皮膚過敏、発赤など)が、第3主成分に頭部症状7項目(鈍頭痛、片頭痛など)が選ばれました。これらの症状はEltitiらが報告している英国人やWHOのファクトシートに記載されている主な症状とも一致しています。そこで、日本のEHS者の症状も欧米のEHS者の症状と同様に、これら8つの主な症状で説明できることがわかりました。

3-5.問診票の妥当性の確認
 EHS群127人と性別及び年齢を適合させた対照群127人の問診票得点をいろいろな統計学手法を用いて比較しました。その一例として、「ロジスティック回帰分析」という統計学的分析を行った結果(英語論文のTable7を網代が日本語訳)を示したのが表2です。一日の平均睡眠時間以外は、EHS群は対処群と比べ有意に得点が高いことがわかります。例えば、Ⅱ―2電磁場発生源では、EHS群の得点は一般人群の得点と比べ、家電製品が4.29倍、携帯電話基地局が3.87倍、蛍光灯が3.60倍得点が高いことを示しています。すなわち、オッズ比の大きい項目ほどEHS者と一般人を識別する能力が高い項目といえます。

3-6.EHS群が症状発現要因と推定している電磁場発生源(図1a,b)
 q68「あなたが電磁波を発生するものに過敏だと感じる場合、どのような電磁波発生源でどのような症状がでるかを具体的に記載して下さい」に具体的に記載してくれた内容(複数回答)をまとめたのが図1ab(英文論文Fig.2abを和訳)です。最も多くの人が記載していたのは家電製品(76人)、次いで携帯電話(74人)、パソコン(53人)、携帯電話基地局(39人)の順でした。「家電製品」の内訳を示したのが図1bです。多い順に冷蔵庫・冷凍庫(33人)、掃除機(24人)、エアコン(18人)、乾燥機付き洗濯機(16人)…でした。図1aの9種類は英国と全く同じですので、日英のEHS者が自分の症状要因と推定している電磁場発生源は日英で一致していると言えます。さらに、上記9種類以外に、日本のEHS者が症状発現要因と考えている電磁場発生源を調べた結果、次の3種類が多かったです。すなわち、(1)75人(63.6%)が乗り物[内訳:自動車とバス(28.8%)、列車(21.2%)、新幹線(3.4%)、地下鉄(3.4%)]を、(2)61人(53.4%)が携帯電話以外の電気通信装置[内訳:無線LAN(22.9%)、固定電話(15.3%)、セキュリティーセンサー(12.7%)、ワイファイを使っている装置(7.6%)]を、(3)9人(7.6%)が、医療機器[内訳:MRI(2.5%)、低周波の電磁場を発散する医療計測器(1.7%)、エックス線(0.8%)、歯科装置(0.8%)、骨密度測定装置(0.8%)]が症状発現要因だと記載していました。そこで、筆者らは、今後の実態調査には、9種類に追加して、これらの3種類についても質問すべきだと考えます。

3-7.医師に診断されたことがある慢性疾患
 日本独自の追加項目の「医師に診断されたことがある慢性疾患(現在・過去)」の回答を一般人群とEHS群間で比較した結果を英文論文ではTable10に示しています。その結果を概要すると、現在治療中で有意差があったのが自律神経失調症と他のアレルギー症状でした。また、過去に診断されたことがある疾患では、EHS群は一般人群と比べ、自律神経失調症、アレルギー鼻炎、アレルギー結膜炎、じんましん、花粉症、食物アレルギー、他のアレルギーの割合が有意に高いことが注目されました。糖尿病、高血圧、心臓病、偏頭痛、アトピー性皮膚炎、気管支喘息と診断された人の割合には両群間で有意差はありませんでした。一般的に、アレルギー症状とシックハウス症候群(SHS)・MCS・EHSは密接な関係があることは知られておりますが、具体的報告は少ないです。本論文はMCS・EHSをアレルギー疾患別に解析した世界的にも貴重なデータだと考えます。今後、アレルギー患者にもこの問診票を記載してもらい、MCS/EHS者とアレルギー患者の症状や化学物質過敏反応や電磁過敏を比較していきたいと考えています。

3-8.EHS者の症状の推移
 EHS者が症状の推移に記載してくれた結果を図にまとめたのが図2(英文論文Fig.3の日本語訳)です。最も多かったのがSHS→MCS→EHS(32.4%)、次いでMCS→EHS(21.30%)、EHSのみ(18.52%)、EHS→MCS(14.81%)、MCSとEHSの症状はあるが、どちらが先か不明(12.96%)の順でした。EHSのみ(18.52%)以外の81.4%の人はMCS症状とEHS症状を合わせ持つと回答していることが注目されました。この結果はウィリアム・レイらの「EHS患者の80%以上がMCSを訴えた」という報告と一致しております。筆者らはEHSの病態解明のためには、今後は、このEHS問診票とMCS用のQEESI問診票を併用した調査が不可欠だと考えます。

3-9.EHS者が巻末の自由記入欄に記載してくれた内容のまとめ
 最も多くの方が記載していたのは、1)病気による離職に伴う経済難、2)一般的医師や周りの人々がEHSという健康障害について無理解による苦悩でした。例えば、病院を受診しても、MCSやEHSに関する知識のある医師がおらず、別の病名(アレルギー、自律神経失調症、うつ病、統合失調症、不安症など)と診断され投薬治療を受けたが、症状が良くならないばかりか悪化してしまい、数回以上医者を変えた経験、特に、精神障害と診断され、家族関係にも支障が出たことが最もつらいと記載している方が多いことが注目されました。

3-10.EHS者と一般人を識別する簡易版暫定的な基準値の提案
 Eltitiらと同じ方法で、「EHS者と一般人を識別する暫定的な基準値」を設定しました。すなわち、暫定基準は次の3条件をすべて満足する人、①症状合計得点が一般人群の75パーセンタイル*(47点)以上、かつ、②q67「現在、あなたは電磁波を発生するもの(例えば、テレビやパソコン、携帯電話など)に対して過敏だと感じることがありますか」が1点以上、かつ、③q68「あなたが電磁波を発生するものに過敏だと感じる場合、どのような電磁波発生源でどのような症状が出るかを具体的に記載して下さい」に2つ以上きちんと明記している人です。
 これらの暫定基準値を満足した人はEHS群で82人(64.6%)、対照群で60人(4.69%)おりました。これらの結果を総合すると、日本人の3.0%(60/2000(一般人への調査票送付数))~4.6%(60/1306(一般人群の数))が、EHS者と同程度の症状を示す可能性があるので、専門医を受診し、他の慢性疾患で症状が出ている可能性などをきちんと見てもらい適切な治療をしてもらうことを勧めたいです。
 しかし、EHS者が自由記載欄に記入しているように日本の一般医師の中にはMCSやEHSに対して知識がある医師が非常に少ないのが実態です。日本ではEHSに対する認知度が低く、家族にも理解されず苦労している方が多くおられます。筆者らは、この問診票は日本のEHSに対する認知度を高めるためにもこの問診票は有効だと考えます。
*パーセンタイル データを小さい順に並べたとき、何パーセント目の順番かを示す数値。データが全部で100個の場合は、小さい順で75番目のデータが75パーセンタイルになる。

4.今後の課題
 2011年に発行された「欧州科学技術研究協力機構(COST)のファクトシート-電磁界を原因と考える本態性環境不耐症(IEI-EMF)または“電磁過敏症”」の中では、以下のように記載されています。「電磁場曝露と症状出現の因果関係を示す科学的証拠がないため、電磁過敏症の診断基準はなく、これを医学的状態と認めたEU諸国は一つもありません。それはそれとして、電磁場がそのような不健康な状態の原因であるか否かとは関係なく、自分の症状の原因を電磁場と考える患者には真の医学的治療がぜひとも必要であることは広く合意されています。…自分は電磁場に過敏であると言う人は実際の症状を感じています。彼らの体調を改善するための努力をしなければなりません。特定の状況やその個人に合った方法がとられた時に最も効果があがります。したがって、そのような方法は人によって、国によって様々なものになるでしょう。一般的には、次の点を目当てに体系的アプローチをとることが勧められます。①情報を提供すること、②症状が初期段階にある人には援助を申し出ること。③症状が重篤で長期間続いている人には治療を行うこと。」
 この調査を通して、筆者らは日本でも、早急に体系的なアプローチを実施し始める時であると考えます。そしてこの問診票は①情報提供のための効果的なツールとして、②初期段階の症状の患者のためには、生活環境改善の評価のためのツールとして、さらに③重篤な症状の患者には、治療効果の評価に役立つと考えます。

5.結論
 日本語版EHS問診票は信頼性と妥当性が高く、日本の一般人からEHS者をスクリーニングするために有効です。また、この問診票は日本のEHS患者の実態を解明し、EHS症状を訴えている人々の治療効果および生活改善効果の評価にも役立ちます。さらに、異なる研究者によるEHSに関する調査結果の相互比較にも有効だと考えます。

北條さんインタビュー

 論文の代表著者である北條さんにインタビューさせていただいた内容を、以下にご紹介します。

日英の「一般人」の症状の違い
 --Eltitiらの研究で、対照群による症状の回答の総得点の75パーセンタイルが26点だったのに対して、今回の日本の研究でのそれは47点と大幅に高かったです。これは日本の「一般人」が英国の「一般人」よりも不健康であることを意味しますか?
 北條さん この結果だけでは、日本人が英国人より電磁場に過敏症状が重いとは言い切れません。なぜなら、英国で調査は2005年に行われており、現在の日本よりも生活環境中の電磁波発生源が少なかった可能性や、調査方法の違いによる可能性があるからです。今後、同じ問診票を使って調査を重ねて、欧米と日本の比較をしていきたいです。そのためにも世界共通の問診票は役立つのです。

EHS患者が自己申告であること
 --EHS患者が自己申告であることは、本研究の結果へ影響しますか?
 北條さん 自己申告であることは、診断基準がない疾患に関しては仕方がないことです。だからこそ、今後、さらに研究を進め、一刻も早くEHSの診断基準を設定することが急がれるのです。

アンケートの普及
 --この問診票を医療機関や研究者に普及させますか?
 北條さん はい。問診票を普及させることが医療従事者に対してEHSの認知度を高めることになりますので、ぜひ、普及させたいです。ただし、本調査でもEHSとMCSは密接に関係していることが確認されましたので、今後は、QEESI問診票とEHS問診票を合体させた問診票を普及させたいと考えています。

研究費について
 --これだけの大規模な研究だと研究費がかかったと思いますが?
 北條さん 残念ながら、科学研究費、助成金など申請したのですがダメだったので、研究費は北條の退職金を寄付した形でやっております。問診票の印刷・配布・回収・整理、データ入力、統計解析などを手伝う多くのアルバイトを雇用しましたので多大な費用がかかりました。今後、研究を続けるためには、公的研究費の獲得は不可欠です。公的研究費がつけば、このような論文になりにくいテーマに興味を持ち研究する若手研究者も出てくると思います。私は「電磁過敏症」は現代人なら誰がいつ発症してもおかしくない健康障害だと思います。また、4人の孫をもつおばあちゃん研究者としては、電磁場の子ども脳神経系への影響を一番危惧しております。子どもへの健康影響の研究は、公的研究費をつけて、早急に着手してほしいとが思います。
 公的研究費をつけてもらうためには、「もっと電磁場の健康影響に対する基礎的調査研究をしてほしい」という世論を大きくすることが大事だと思います。

今後の研究について
 --北條先生のご研究の今後の方針について教えてください。
 北條さん 私たちは今年6月に福島県郡山市で開かれた第25回臨床環境医学会学術集会で、QEESI問診票とEHS問診票を併用した三つの新しい研究成果を報告しました。これらの三つの研究を、早く査読のある国際学術雑誌に英文論文として発表することとを最優先にやっています。査読がある国際学会誌に英文論文として発表された研究しか認めてもらえないからです。また、このような論文になりにくい難しいテーマに取り組む優秀な若手研究者が増えることも大事です。英文論文執筆は集中しても1~2年かかるハードな仕事ですが、若手研究者に手伝ってもらいながら、72歳の老骨に鞭打ってやっております。ですから、電磁波問題市民研究会の皆様や患者さんの個別のご質問にお答えする物理的・精神的余裕がないことを、網代さんから皆さまにお伝え下さい。
 私は、電磁波問題市民研究会が、長年、機関誌を発行する等、地道な活動をしていることを大きく評価しており、この取材に応じました。皆様もこのような活動を続けることは大変でしょうが、私たち研究者のためにも、これからも、是非、がんばって活動を続けて下さいね。
 --ありがとうございました。

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