月刊誌『世界』がスマホ特集

 月刊誌『世界』(岩波書店)2021年7月号は、「スマホとヒトと民主主義」と題した49頁に及ぶ特集を組みました。5名による記事で構成され、それぞれ興味深い内容でしたが、「スマホ」だけでなく、「ネット社会」全体について論じられています。それらの内容を、かなり大ざっぱにご紹介します。ご関心がある方は、ぜひ読んでみてください。

記憶の外注化
 橋元良明・東京女子大学現代教養学部教授による「便利な端末が私たちにしていること」は、ネット社会が人々、特に若者の言動に与えている影響について述べています。筆者(網代)にとって特に印象的だったのは「記憶の外注化」です。分からないことはスマホでいつでも調べられるので、人々は自分の頭の中に情報を記憶しなくなっています。脳に記憶を蓄積して知識を構造化していく作業をしなくなることにより、脳内で知識どうしが結びついて物事の構造全体を理解できるようになる力や、一見関係ない知識の結合により新しい発想へ飛躍する機会が、失われてしまうおそれがあると思いました。

全体的な責任を誰も持っていない
 徳田雄洋・東京工業大学名誉教授による「スマホ社会はなぜ生きにくいか」は、2020年以降に起こった出来事・事件を時系列順に挙げて、それぞれのデジタル社会との関係について検討。新型コロナ感染症拡大を受けて6月に運用を開始した雇用調整助成金等オンライン受付システムから情報が漏洩した件などを例示しました。徳田さんは「デジタル社会の最大の特徴は、どの組織も個人も部分的な責任のみで、全体的な責任を誰も持っていないことである」と指摘し、私たちはデジタル社会で何を起きているのかを最低限理解して、関係者に意見を示し、このままで良いのかどうか考える必要があると述べています。

子どもの発達への悪影響
 内海裕美さん(小児科医)による「デジタル端末と子どもたち 小児科医の警鐘」は、スマホなどの電子端末に赤ちゃんのころから触れていくことで、子どもの心身へどのような影響が出る恐れがあるのかを列挙しています。たとえば、言葉の発達の阻害、目の発達、学力への影響などです。残念なのは、電磁波による健康影響について触れていないことです。

ネット依存と治療
 岡安孝弘・明治大学文学部教授による「スマホ社会のメンタルヘルス」は、ネット依存症、なぜスマートフォンを手放せないのか、スマートフォンから自由になるために、といった内容です。

デジタル全体主義への抵抗は簡単ではない
 百木漠・関西大学法学部准教授が「スマホとデジタル全体主義」で論じているテーマは、スマホ問題の中でも、とりわけ解決が難しいように思われます。
 人々がスマホなどでネットを検索した履歴、SNSで読んだり発信した内容、ネット通販での購入歴、スマホを持っていつどこへ行ったかなどのビッグデータが日々蓄積され、さまざまな方法で活用されています。GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)をはじめとした巨大IT企業は、私たちユーザーの行動のすべてを監視し、予測し、さらにその行動をすべて思い通りに動かそうとしています。しかし、ほどんどのユーザーはその狙いに抵抗せず、むしろ、自ら進んで個人情報を差し出しています。このまま進めば、収集した個人情報をもとに、AIがもっとも成功率が高い職種や、結婚相手を決めてくれる世の中になるでしょう。
 そのような近未来に現在、最も近づいているのが「幸福な監視国家」と言われる中国だろう、と百木さんは言います。中国の都市部には至る所に監視カメラが設置され、あらゆる個人情報が国家の監視下にありますが、多くの国民はそれらを受け入れており、治安改善、交通事故減少、住民満足度向上の効果などが見られています。
 そのようなデジタル全体主義の動向に対抗するためには、自分のデータを渡す・渡さないを自分自身で決める「データ主権」を取り戻していく必要があるという主張に百木さんは賛成しつつ、その一方で、スマホとネットの利用があまりに日常化し、その利便性が圧倒的に向上した現状において、データ主権の実現は相当に困難な目標であろう、と百木さんは認めてもいます。【網代太郎】

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