携帯電話の通信に使われる電磁波をラットに長期間浴びせたら、脳腫瘍の一種である神経膠腫と、心臓の神経における神経鞘腫(シュワン細胞腫)と呼ばれるがんが増加したとの研究成果の一部が5月27日、発表されました。この研究は2500万ドルの予算のもと、米国国立衛生研究所(NIH)の下部にある共同研究集団、NTP(米国国家毒性プログラム)に所属する研究者が行いました。NTPは、工業、農業、医薬化粧品、食品添加物等々、化学物質の種々の毒性、とりわけ発がん性に関しては、省庁を横断して様々な試験を行い、試験法・評価法の開発を含めて、その結果が規制政策に反映されることが何度もあったという、大変影響力の大きい研究プログラムです。今回の研究をどう評価するかについては、米国の諸機関の間で現在議論がなされています。
携帯電話で使われている高周波電磁波の発がん性について国際がん研究期間(IARC)は、人に発がん性があるかもしれない(2B)と評価しています。本堂毅・東北大学准教授は報道機関による取材に対して「電磁波の発がん性を調べた動物実験の中で最も厳密かつ大規模なものといえる。IARCの発がん性評価に変更を迫ることになるのでは」と述べています。
来年公表される予定の、この研究の結果の最終報告が注目されます。
実験では、オス、メス別に90匹を1グループとして、900MHzの電磁波を10分浴びせては10分休むパターンを1日約18時間繰り返し胎児期から2年間続けました。電磁波の強さは、グループごとに1.5、3、および6W/kgで、これらのうち最低の強度は米国の携帯電話会社による基準値1.6W/kgにおおまかに相当するとのことです。このほか、電磁波を浴びせないグループも飼育しました。
電磁波を浴びたオスでは2~3%に神経膠腫ができ、1~7%に神経鞘腫が発生しました。一方、電磁波を浴びたメスと、浴びていないオス・メスでは、この2種類のがんの発生はありませんでした。
「もっとも慎重に実施された実験」
この研究の立ち上げに貢献したNTPの元代表であり、引退した現在でも連邦政府の顧問をつとめているクリストファー・ポーティアー(Christopher Portier)氏は、「これは空前絶後の、もっとも慎重に実施された、携帯電話の生物学的影響評価です。人間に問題がおこると言い切るには、もっと研究がされねばなりませんが、ラットでがんが生じたというだけでも大事件です。専門家である私が、懸念するといっているのですよ」と話しています。
電磁波を浴びせたメスにがんが発生しなかったことについて、研究者たちは、毒性研究において一方の性にのみ結果が表れるのは異例ではないと述べています。
また、電磁波を浴びせたオスのラットは、浴びせなかったオスよりも長生きしました。NTP副代表のジョン・ブッヒャー(John Bucher)氏は、そういう疑問も「また慎重に議論されねばなりません」と述べています。
これまでの研究では、高周波電磁波の照射が、動物での今回観察された種類のがんの発症と関連づけられたことはありませんでした。しかし「それは、本研究ほど多数の個体を、長期間にわたり、ときに高水準の曝露にさらした実験はかつてなかったからだ」と、本研究の計画に関与し、現在は引退しているロン・メルドニック(Ron Melnick)氏は述べています。【網代太郎】
参照:
『京都新聞』6月28日
上田昌文「携帯電磁波でラットに脳腫瘍 米国国家毒性プログラムで判明」6月13日
「電磁波でラットに腫瘍、携帯電話の発がん性議論に一石」ウォールストリートジャーナル5月30日