温故知新 シリーズ「あの頃こんなことがあった」(9) 山口県阿東町嘉年の闘い山陰の古戦場城跡に50万V高圧線を計画(下)

大久保貞利(電磁波研事務局長)

嘉年への行き方
 嘉年(かね)への行き方は、東京方面からだと東京から東海道・山陽新幹線に乗り「小郡駅」で降り、山口線に乗り換え津和野の手前の「徳佐駅」で下車し、バスで向かいます。現在、山口市に阿東町は編入されていますが、アクセスはかんたんではありません。
 21年前の2002年初夏、電磁波研の私(事務局長)と野村修身代表は龍昌寺の竹林史博(たけばやし・ふみひろ)住職に会いに現地に行きました。山口線にはSL(蒸気機関車)が走っており、二人は運良くSLに乗ることができ旅を味わいました。

大久保貞利(電磁波研事務局長)  「温故知新(おんこちしん)」―故(ふる)きをたずねて新しきを知るこのシリーズ。これまで変電所問題(広島ルーテル教会の中国電力地下変電所)と携帯基地局問題(熊本市御領地区のKDDI基地局)を見てきました。  今回は山口県阿東町嘉年の高圧送電線問題を取り上げます。 山口県北東部に位置する阿東町  50万V...
大久保貞利(電磁波研事務局長)  山陰地方を貫く50万Vの超高圧送電線を敷こうとする中国電力の構想に、反対の意志を鮮明に掲げた山口県阿東町嘉年(かね)地区の住民たち。1993年9月に山陰ネットワークを結成した竹林史博龍昌寺住職の下に電磁波問題に関する資料データがだんだん貯まるようになってきました。中電鉄塔対策協議会が発行する『会報』『経過報告』...

歴史ある龍昌寺
 龍昌寺は約460年前の1560年に勝山城主・波多野内蔵助が創建した由緒ある曹洞宗の寺です。寺は小高い山の斜面に建てられています。
 竹林住職は私と同じ〝団塊の世代〟です。会った当時は二人とも若かったですが今はお互い70代半ばにさしかかる歳です。住職は一時「ガウスネットワーク(高圧線問題全国ネットワーク)」の代表を務めていました。

龍昌寺山門

素晴らしい460ページに及ぶ記録集を編纂
 今回この温故知新シリーズを書くにあたり、「なにか資料をいただけますか」とお手紙をさしあげたところ、460ページに及ぶ「平成の住民運動記録」を送っていただきました。
 記録集の「はじめに」は以下のように書き出しています。
 「年号が平成から令和に移り、早や4年が経過した。今年はお彼岸に枝垂桜が咲き始め、月末には山桜も満開になるという。私の経験では最も早い記録となった。また去年から続く新型コロナウィルス禍で、取材や講演がすべて中止となり思わぬ自由時間がとれた珍しい年でもある。
 もうだいぶ前のことだが、巨大な送電鉄塔が拙寺の近くの八反田の小山に建設され数年後近くの家で法事があり、親族が二十人ばかり集まられた。その中のお一人が嘉年のご出身で、嘉年中学校を卒業後、小郡の方にお住まいであった。久しぶりに、子供の頃よく遊びにきたその親戚の家に来てみると、裏山に天を突くような送電鉄塔が出来ている。それに驚かれて『こんな家の近くになぜあんな大きな鉄塔を建てさせたのだ。まったくバカなことをしたものだ』と厳しい苦言をいただいた。この方は嘉年を出ておられたため、地元の激しい反対運動をご存知なかったのである。『力及ばず申し訳ありません』とお詫び申しあげたのだが、これはそのうち地元でも運動のことは忘れ去られる日が来るであろうことを予感させた。
 反対運動の最中、中国電力(以下中電と略す)以前の明治から戦前までの多くの電力会社の記録を調べたことがあったが、その中に一世紀も前、今の萩市で電燈料金について紛糾し電力会社に反対する住民運動が発生した記録が見つかった。ほほう、電力会社への反対運動はわれわれだけではなかったと、何か勇気づけられる思いをした記憶がある。そんなこともあって、今年のコロナで時間がたっぷりできたのを幸いに、当時の記録を整理してみることとした。あるいは一世紀後に、目にする人がいるかもしれない。(後略)」
 光陰矢の如し、といいますが地元の嘉年にあってもこれだけの闘いでも風化するおそれがあるのです。記録し残すことはとても重要です。

住民の会ニュース「経過報告」

現地にそびえ立つ送電線鉄塔
 21年前、現地には巨大な送電線鉄塔は何事もなかったように周囲を威圧しそびえ立っていました。送電線鉄塔は各地にあり見慣れているつもりですが、50万V・85mの巨大鉄塔は天を衝く高さです。
 竹林住職は「送電線下で最大7~8mG(ミリガウス)の磁場が出ている。鉄塔二基は目立たないようにと中電が勝手に灰色に塗りかえた。だが冬にここらが雪で白く覆われるとかえって目立つ。十種ヶ峰のように古代から神の山として崇敬を受けてきた山や郷土の誇りである勝山城跡のような歴史遺産も含めて中電は景観を破壊し、私たちの生活基盤を崩した。そして末代まで続く電磁波被曝は肉体に対する侵略行為である。ルート変更は可能だったのに一企業が利益を優先させ、郷土の美しい景観と住民の安全な生活環境を奪った責任は重大であり、住民に対する背信行為だ」と語っていました。

龍昌寺の書庫は電磁波資料の宝庫
 その時、龍昌寺の書庫を拝見させてもらいました。そこには電磁波を巡る全国各地の運動の資料、新聞雑誌の記事、海外資料、電磁波関係の本、が整理されよく保存されていました。
 それらを説明しながら、竹林住職はこう語りました。
 「京大の荻野晃也博士は四国伊方原発反対の特別弁護人として法廷に立たれたが敗訴であった。しかし私は博士から『30年経たないと本当にどちらが正しいかわかりませんよ』とのお話を聞き、深い感銘を受けた。誰もが原発の過ちを認めるにはそれ位の年月がかかるということだ。電磁波も同じだ。本当にどちらが正しいのか。最終的な勝利はどちらにあるのか。
 電離放射線(ガンマ線、エックス線)の危険性をふつうの人がわかるまでに大体50年かかった。それに比べると非電離放射線(送電線=極低周波や携帯電話=高周波、などの電磁波)は誰にも身近な問題なだけに、もっと早く理解されると思っている。その時、中電との闘いの決着が明らかになる。」
 2011年の福島第一原発事故で、日本中で反原発の気運が盛り上がりました。世論(ふつうの人の考え)は不幸な出来事などエポックメイキングな出来事があると一変します。しかし、東北大震災から10年以上が経ち、岸田内閣は再び原発回帰の動きを見せています。「歴史は螺旋階段のようなもの」といいますが、一直線に動くのではなく、何度も揺り戻しがあって前に進むことをこの言葉は表しています。
 あれから21年が経ちました。龍昌寺の書庫はさらに充実していることでしょう。

異議申し立ての内容は今でも色褪せない
 今から28年前の1995年2月10日、竹林史博他7名の住民は阿東町長に対し、「行政不服審査法」に基づく異議申し立てを行いました。
 前年の1994年12月7日に町長が町有地を中国電力に売却し、一挙に送電線建設計画が進められる事態になりました。住民がこの事実を知ったのは翌1995年1月18日のことでした。「行政不服審査法」は、行政側の行為(この場合は町有地の売却)に不服を抱く利害関係者(阿東町住民)が行政(阿東町)に異議申し立てができるとしています。
 異議申し立ての本論は「本件ルート(中電の送電線ルートを指す)、及びそれを前提とした本件行為(町有地の売却)の違法性、不当性」を明らかにし、町有地の売却行為を「破棄」せよ、というのが異議申し立ての趣旨です。
 異議申し立ての根拠は以下11項目です。
①教育環境の破壊
②電磁波による生命への危険と、それに対する精神的恐怖心
③農業後継者を見殺しにする
④歴史公園に壊滅的打撃
⑤史跡破壊
⑥将来のレジャー資源の重大な損失
⑦十種ヶ峰の景観破壊・県の『山口環境プラン』に反する
⑧自然災害に対する危険性
⑨その他の諸被害の恐れがある
⑩基本的人権を守るための「公共性」である
⑪町長は町民の疑問に答える責任がある

教育環境の破壊とは
 詳しくは紙面の関係で紹介できませんが、いくつか説明します。「教育の破壊」とは、嘉年小学校の真正面に巨大鉄塔を建ち連ねる本件ルートは、子供達が地元の誇りと仰ぐ郷土のシンボル十種ヶ峰の景観を台無しにし、「誇り」まで奪うものだということです。「農業後継者を見殺しにする」とは、ビニールハウスへの送電線の悪影響は中電も認めており、ハウス栽培を営む若者の夢を奪い見殺しにすることになるということです。
 「将来のレジャー資源の重大な損失」とは、送電線敷設でパラグライダー等の使用が不可能になります。この付近の丘陵を利用して新しいレジャー資源として利用しようと打診にきた業者がいましたが、そういう可能性を巨大送電線鉄塔と送電線網が奪うことになるということです。「自然災害に対する危険性」とは、異議申し立ての年である1995年1月17日に阪神淡路大震災が起こり、山陽新幹線の橋架や高速道路が破壊されました。巨大送電線鉄塔が安全という保証は信用できません。かかる災害時に多くの住民の頭上を通過する送電線網や鉄塔に身の危険を感じさせる恐怖にさらし、人家に実害を与える恐れがあるということです。
「基本的人権を守るための『公共性』である」とは、阿東町長は送電線ルートを認めることは「公共性」のためだ、としていることへの反論です。本来公共の福祉のために制限されるべきは、企業の特権であって人権ではありません。基本的人権を守るためにこそ公共の福祉があることは、最近の法解釈に照らしても明らかです。
 だが、こうした住民側の主張は退けられ異議申し立ては却下されました。
 何十年後の人々はどう思うでしょうか。大企業とそれを擁護する行政の判断と、真に郷土愛に立った嘉年の住民の異議申し立ての判断、のどちらが正しいかを。今見ても異議申し立ての主張は色褪せません。(了)

 「温故知新 シリーズ『あの頃こんなことがあった』」は今回9回目をもって終了とします。広島市ルーテル教会の地下変電所問題にしても、熊本市御領の携帯基地局問題にしても、そして今回の山口県阿東町嘉年の送電線問題にしても、いま遡っても本当に頭が下がる市民・住民運動です。この取り組みを過去の出来事として片付けず、その教訓を今後の取り組みに生かさなくてはなりません。

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