船瀬俊介著『コロナと5G』は、信じてはいけない

 電磁波問題は、この国のマスメディアがほとんど報道しないこともあり、この国の市民への認知度は低いです。そして、この問題を周囲に理解してもらえないという悩みを持つ方々は多いです。相手の興味を引くために、より恐ろしげな、よりセンセーショナルな情報に飛びつきたい気持ちも分かります。しかし、その情報がウソであり、情報を伝えた相手がウソだと知ったら、どうでしょうか。電磁波問題についての相手の否定的な態度をいっそう強めただけ、という結果で終わるかもしれません。

「世界は闇の勢力が支配している」
 電磁波問題について根拠の怪しい情報が出回ることは昔からですが、最近は5Gと新型コロナを結びつけた根拠のない陰謀論を唱える人々が、かなり増えているという印象です。たとえば、以下のような内容です(主張する人によって若干の違いがあるため、互いに矛盾する内容もあります)。ネットで検索すると、いくらでも見つかります。

  • 世界は、闇の勢力によって支配されている。国家権力もマスコミも、彼らに支配されている
  • 闇の勢力は、世界の人口を大幅に削減することを目指している
  • 新型コロナウイルスの危険性は、インフルエンザと変わりない
  • 新型コロナウイルスは、存在しない
  • 闇の勢力はマスメディアを使ってコロナへの恐怖を過剰にあおり、人々をワクチン接種に駆り立てている
  • ワクチンは毒物なので、ワクチン接種により人口削減計画が推進される
  • 5G電波によってウイルスが拡散されている
  • 5Gは電磁波兵器であり、人口削減計画の一環である
  • 5Gによる被害を隠すために、コロナの危険性が過剰に宣伝されている

 上記のような主張は、5Gやコロナ禍が始まるずっと以前から唱えられてきた根拠のない陰謀論の焼き直しに過ぎません。そして、「ジャーナリスト」の船瀬俊介氏も、その著書を通して根拠のない陰謀論を広めてきました。
 船瀬氏と言えば、約200万部のベストセラー『買ってはいけない』の著者の一人であり、電磁波問題の著作も多く、知名度がある方だと思います。筆者は船瀬氏の本をほとんど読んだことがありませんでしたが、あるきっかけから彼の著書『死のマイクロチップ』(2015年)を図書館で借りて読んで、そのとんでもない主張に仰天しました。

「ワクチンの中にマイクロチップ、その中に青酸カリ」
 『死のマイクロチップ』によると、「フリーメーソン」という国際的な秘密結社のメンバーのうち、最高階層の者で構成する「イルミナティ」が世界を支配しています。イルミナティは、その理想とする社会像を、国連環境開発会議(1992年、リオデジャネイロ)で採択された文書「アジェンダ21」に示したとのことです。この文書は一般には、21世紀に向けて持続可能な開発を実現するための具体的な行動計画を示した文書だと理解されていますが、『死のマイクロチップ』によると、アジェンダ21には以下のような恐ろしい内容が書かれているそうです(7頁)。

  • 大幅な人口削減
  • すべての国家を廃絶
  • 地球統一国家を樹立
  • あらゆる宗教を廃止
  • 私有財産の禁止、職業選択の禁止
  • 居住の自由を否定
  • 教育は最低限とする
  • 子どもを国家が没収(以下略)

 イルミナティが、このような社会を実現するために実行していることの一つがワクチン接種推進である、ワクチンは人体の免疫系を破壊する(224頁)、あるいはワクチンに混入させたマイクロチップが体内に残り人工衛星からの指令電波を受信するとチップから青酸カリなどの薬剤が漏出して死に至る(44頁)--などと『死のマイクロチップ』に書かれています。

「コロナは生物兵器、5Gは電磁波兵器」
 船瀬氏の新刊『コロナと5G』も同じ世界観で書かれています。新型コロナは生物兵器であり、イルミナティが目的を達成するために、中国へのコロナウイルス攻撃を米軍に実行させた(51頁など)、などと書かれています。
 また、5Gは電磁波兵器であり、5G電波がターゲットの人物の脳に直接作用して(ハッキングして)「催眠暗示」状態にして、その人の投票行動や購買行動を操り、犯罪や自殺を行わせる(254頁)、などと書かれています。
 
根拠は示されているのか
 ちなみに、筆者(網代)は、すべての陰謀を否定しているわけではありません。古今東西、陰謀は行われてきました(日本軍が南満州鉄道の線路を爆破して中国のせいにした柳条湖事件のように)。
 しかし、イルミナティが人口削減計画を実行していることや、5Gが電磁波兵器であることなどについて、船瀬氏が示している「根拠」は、客観的な根拠とは言えません。
 たとえば、船瀬氏が根拠の一つとして挙げているアジェンダ21はネットで公開されています。数百頁もの英文をすべて読むことは筆者にとって時間的に厳しいので、アジェンダ21に書かれたと船瀬氏が指摘する、イルミナティが目指す理想社会のキーワード「人口」「宗教」「居住」などの英単語で検索しながら該当部分を読みました。船瀬氏が挙げる恐ろしい文言は見つからず、氏の主張の根拠になり得ないことを確認しました。
 また、『コロナと5G』には、ギガヘルツ帯の電波を用いた米軍の電磁波兵器などの事例を紹介し、5Gもギガヘルツ電磁波などを使うから、5Gは電磁波兵器だ、という趣旨の記載があります。ギガヘルツ帯の電波を用いた電磁波兵器が実際に存在していたとして、あちらこちらに設置されている5G基地局が、それらの兵器と同じ機能を備えていることの根拠について同書には記載がありません。根拠なしに言えるのであれば「火炎放射器は火を使う武器である、ガスコンロも火を使うから、ガスコンロは武器である」もアリです。また、Wi-Fiもギガヘルツ帯を使っていますし、4Gも一部はギガヘルツ帯を使っているので、それらも電磁波兵器だということになります。市民科学研究室代表理事の上田昌文さんは、根拠のない陰謀論の特徴の一つとして「『風が吹けば桶屋が儲かる』の類の『自分の主張に沿った(好都合な)事実認定の(イメージによる)連鎖』で導かれるものであり、それぞれの事実関係の因果を確かめながら推論していく方法とは大きく異なる」と指摘しています。この指摘は、まだに『コロナと5G』に記された上記の論法に当てはまります。
 『コロナと5G』を読んで、その内容を信じている方々がいらっしゃったら、本の中に示された根拠が正しいのかご自身で確かめることをお勧めします。一例を挙げれば、同書の冒頭で、選挙結果が「操作」されている根拠として、2014年の東京都知事選での舛添要一氏の得票数は、前回(2012年)の猪瀬直樹氏による得票数の「23区を含むすべての選挙区で」「ピタリ48%だった」と書いています(そもそも都知事選に「選挙区」はないので、この点ですでに誤り)。公表されている得票数で計算してみてください。すべての市区町村で「ピタリ48%」になりましたか?

根拠のない陰謀論唱える人、多すぎ!
 5G問題に取り組んでいる(ように見える)団体や個人で、根拠のない陰謀論を唱える者が多いことに、最近、驚いています。
 無農薬農産物の生産、販売などを営むある会社から、3月上旬に行う5G学習会に講師の一人として参加するよう筆者は依頼を受けました。その会社の代表者が自説を唱えるユーチューブ動画を見たところ、「イルミナティ」「人口削減運動」に言及していました。筆者が講師をするなら、このような主張は放置できないと考え、①筆者の講演時間は、少なくとも60分にする(そもそも筆者に割り当てられた30分が短すぎました)②筆者の講演内容について一切制限しない-を要求したところ、先方は講師の依頼を撤回しました。
 その後、自身のウェブサイトで「シックハウス・化学物質のエキスパート」を売りの一つにしている関西の建築家からメールをもらいました。5Gについて筆者と対談をしてネットで公開したいとのご依頼でした。しかし、メールに「コロナはイルミナティによるでっちあげ」と書かれていたことから、「根拠のない陰謀論批判を私がして、その内容をノーカットで公開することが条件」と返信したところ、先方は依頼を撤回しました。

根拠のない陰謀論者と手を組むべきか
 5G問題に立ち向かうためには、多くの人々と協力したほうが良いから、陰謀論は棚上げにしても良いのでは、との意見もあるでしょう。筆者は協力を否定しませんが、科学的根拠がない主張を放置、黙認すれば、自分たちも同類だと見られかねません。結局は社会からの信用を失い、運動は死んでしまうと思います。
 また、イルミナティを信じる人々は「国家権力さえ支配する強大な敵に市民はとてもかなわない。闘ってもムダ」という考え方に最後は落ち着きそうです。国や事業者は追及せず、自衛のために無農薬野菜など良いものを食べて免疫をつけて、電磁波対策グッズでしのぎましょう、といった行動に留まりそうに思えます(実際『コロナと5G』の「終章」は、ほぼそのような内容です)。5G問題を広く知らせるための協力ならできそうですが、その先の展開はなさそうに思えます。【網代太郎】

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