日本と海外の電波の規制値

 放送・通信に使われている電波(高周波電磁波)の日本や海外の規制値について、あらためてまとめてみました。実際はもっと細かい規定がありますが、ここでは概要をお示しします。

電波防護指針(基礎指針)
 日本では「電波防護指針」に基づき関係法令によって電波の強さが規制されています。電波防護指針は、電波が電子レンジのように人体を加熱する作用(熱作用)しか考慮していません。
 動物実験などから、約4W/kg以上の電波を浴びると、熱作用による生体影響が出るとされ、これに安全率をかけて10分の1にした0.4W/kgが、電波指針値の根本と言える「基礎指針」です。ただし、これは管理環境(労働環境)の規制値であり、一般環境(生活環境)向けの規制値は、さらに安全率をかけて5分の1にした0.08W/kgとなります。
 「W/kg」は比吸収率(SAR値)の単位で、人体に吸収される電波のエネルギー量を示します。

電波防護指針(管理指針)

 しかし、電波のエネルギーがどれだけ吸収されたのか、人体内部を直接測定することは困難です。そこで、基礎指針を測定可能なものに置き換えた「管理指針」が定められています。

■遠方界
 携帯電話基地局や放送タワーなど、遠くから来る(遠方界)電波は、電界強度(V/m)、磁界強度(A/m)、または電力密度(μW/cm2)の3種類の単位で規制値が定められています。これらは機械で測定することができます。これらのうち、管理環境の電力密度の規制値は1000~5000μW/cm2で、一般環境では、さらに安全率をかけて5分の1にした、200~1000μW/cm2が規制値です。数値に幅があるのは、周波数によって異なるからです。よく「日本の電波の規制値は1000μW/cm2」と言われますが、厳密には「周波数が1.5GHz(1500MHz)以上の電波の規制値は1000μW/cm2」となります。

■近傍界
 携帯電話・スマホなど、体のすぐ近くからの(近傍界)電波を直接測定することは困難とされています。そのため、近傍界電波では「局所SAR」で規制されています。局所SARとは、人体が電波にさらされることによって、任意の10g当たりの人体組織に吸収されるエネルギー量です。ファントム(頭部など人体の部位の模型)に携帯端末から電波を浴びせて、装置で電界強度分布を調べます。局所的な温度上昇が1℃を超えなければ健康に悪影響を及ぼすことはないとの考え方から、局所SARの基準値は2W/kg(四肢では4W/kg)と定められています(一般環境の場合)。
 ところが、5Gで使われる周波数が高い電波は、ほとんどが皮膚で吸収されるとされ、より深い組織を含むSARは重要ではなく、測定技術も開発されているとのことから、6GHz超の電波は近傍界についても電力密度で規制されています。6GHz超の近傍界電波は、任意の体表面積4cm2(30GHz超の場合は1cm2)当たり2000μW/cm2以下という基準値が5G開始前に、電波防護指針へ追加されました(会報第114号)。
 電波防護指針には、このほか「補助指針」もありますが、ここでは省略します。

ICNIRP国際指針
 世界保健機関(WHO)の協力機関である、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)は、国際指針値を策定しています。これも電波の熱作用による健康影響だけを考慮したものです。詳しい説明は省きますが、その概要は表2の通りです。日本の電波防護指針と、とてもよく似ています。電波防護指針がICNIRP国際指針値を参考にしながら策定されており、また、日本の電波防護指針の改定に関わった委員の一部がICNIRP指針値の改定にも関わっているためでしょう。
 総務省は「ICNIRPは、WHOや国際労働機関(ILO)などの国際機関と協力する中立の非政府組織で、非電離放射線(電磁波)に対する人体防護ガイドラインの勧告と関連する科学的な情報の提供を主要な役割とし」ている[1]と説明しています。しかし、ICNIRPの委員には医学系の専門家が少なく、また、委員らの大多数に利益相反(通信業者から研究費を得ているなど)があるなどと批判されており(会報第125号)、その専門性、中立性に疑問が持たれています。

各国・地方政府の規制値など
 海外の国や、地方政府・自治体の規制値について、総務省の調査報告書に掲載があるものをまとめました(表3)。
 かなり多くの国が、ICNIRPの国際指針値を、自国の規制値として採用していることが分かります。日本と米国の規制値は、もっとも高い(緩い)ですが、日米の規制値とICNIRP指針値との違いは大きくないですし、300MHz以下、および(5Gを含む)2GHz以上の電波について、両者の数値は同じです(図1)。
 なので「日本の電波の規制値はヨーロッパに比べて、とても髙い」という言葉を目にすると、私は内心「いや、同じぐらい高いヨーロッパの国も多いし」と突っ込みたくなります。ましてや、欧州評議会の勧告値0.1μW/cm2と比べて日本の基準値が緩いと批判するのを時々見かけますが、欧州評議会に規制権限はなく、この勧告値をヨーロッパの典型例のように語るのはおかしいでしょう。
 もちろん、電磁波についての研究がさらに進んでいくにつれ、厳しい基準値を採用する国などが今後、増えていくだろうと思います。
 現在ICNIRPの国際指針値より厳しい国などはまだ少ないですが、その一方で、ほとんどの国では、電磁波の非熱作用による健康影響が疑われるため、規制値を厳しくする以外の施策を講じて、健康影響の予防を図っています。たとえば、保育園でのWi-Fi利用を法律で禁止(フランス)、携帯電話を安全に使うための啓発リーフレット作成(英国)などです。そのような施策を何も行っていないという点で、日本はかなり特殊な国だと言えると思います。

ザルツブルクについて
 オーストリアのザルツブルク州・市の勧告値は、世界でもっとも厳しい屋外0.001μW/cm2、屋内0.0001μW/cm2であると、かつてこの会報でも取り上げました。しかし、ドイツ語ができる方に調べていただくなどしたところによれば、2005年に勧告値は廃止されました。
 ザルツブルク市による同年4月のプレスリリース[2]によると、市と通信事業者が基地局の立地などについて協議を重ね、「うわべだけの果ての無い上限値の議論ではなく、技術的に必要最小限の送信出力による最小限の曝露での全域的なUMTS(3G)の基本的供給という新たなネットワークの最適化の道をたどる絶好のプロセスが開始された」とのことです。勧告値は廃止されても、日本よりザルツブルクのほうがはるかに先進的であることに変わりはないようです。【網代太郎】
 
[1]総務省「電波と安心な暮らし」
[2]ザルツブルク市オンライン「UMTSネットワーク:技術による送信出力の最小化と最適化での全域サービス(UMTS-NETZE: FLÄCHENDECKENDE GRUNDVERSORGUNG MIT GERINGSTER TECHNISCHER SENDELEISTUNG UND OPTIMIERTEN)」2005年4月21日

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