欧州議会議員がⅠCNIRP批判の報告書 「EUは新たな組織の設立を」

 携帯電話基地局、スマートメーターなどからの電磁波に不安を感じたり、実際に健康影響を受けている人々が国などへ対策を求めたときに言われる決まり文句が「国の基準値を下回っているので問題はない」。日本政府が基準値を決めるときに参考にしているのが、「国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)」が策定している国際指針値です。多くの国が自国の規制値を国際指針値と同じにしており、日本の基準値も国際指針値とほぼ同じです。6月19日、「EUはICNIRPへの資金提供をやめて、完全に独立した新しい諮問委員会を設立すべき」などと提言する報告書が公表されました。
 報告書をまとめたのは、ドイツのKlaus Buchner(クラウス・ブッフナー)と、フランスのMichèlle Rivasi(ミッシェル・リバシ)。2人とも欧州議会の議員で、欧州議会の「欧州緑グループ・欧州自由連盟」が2人に調査を委託しました。報告書はフランスの新聞『ル・モンド』などで報じられました。
 私も知ったときには意外だったのですが、国連の機関である世界保健機関(WHO)などとは異なり、ICNIRPは法的にはドイツ政府に登録された、いちNPOに過ぎません。そのNPOが、国際指針値を策定するという役割を担っているわけですが、その影響力の大きさにも関わらず市民への説明責任を果たしておらず、メンバーの多くが利益相反(規制対象である通信業界から研究費を得ているなど)であることなどを、報告書は痛烈に批判しています。
 報告書には、ICNIRPの委員および科学専門家グループ全員について、そのプロフィール、電磁波の健康影響への立場、利益相反の有無などを示したリストも掲載されています。それによると、日本からのメンバーである平田晃正(名古屋工業大学教授)、小島正美(金沢医科大学教授)、渡辺聡一(国立研究開発法人情報通信研究機構)、佐々木謙介(同)の各氏が、KDDI財団から研究費を得ています。また、大久保千代次・電磁界情報センター所長について「一般社団法人電波産業会の助成を受けて研究を行っている」と記載されています。日本人メンバーは、電磁波の健康影響に関係する総務省の各種委員を兼任してもいます。
 報告書のタイトルは「The International Commission on Non-Ionizing Radiation Protection: Conflicts ofinterest, Corporate capture and the push for 5G(国際非電離放射線防護委員会:利益相反、企業による乗っ取り、および5Gの推進)」。
 この報告書の「結論」の章をご紹介します。
[]は訳注です。小見出しは原文にはなく、この会報の読者のために訳者が追加しました。
【訳・網代太郎】


 ICNIRPは、欧州委員会およびメディアで科学的証拠に基づいてアドバイスを提供する独立した国際委員会として紹介され、自らもそう説明している。私たちは、この(自己)イメージを疑うべき様々な理由があると考えている。
 ICNIRPの構成は非常に一方的だ。ICNIRP委員会の14名の科学者のうち医学的資格を持つ者(無線放射線の専門家ではないが)は1名のみであり、また、科学専門家グループのメンバーのうち医学的資格を持つ者は少数派だ。これは、世界中の政府にヒトの健康と安全に関するアドバイスを提供することを任務とするための最も賢明な構成とは言えないだろう。
 ICNIRPの委員会と科学専門家グループ(SEG)のメンバー45人のプロフィールを見ればわかるように、安全性の問題については全員が同じ立場をとっている:非電離放射線[電磁波]は健康への脅威をもたらさず、その影響は熱的なものだけであると。
 ICNIRPは、「非イオン化放射線[電磁波]は、身体の組織を1℃以上加熱しなければ健康への脅威をもたらさない」と述べ、健康影響の可能性があることを認めているが、強い放射線へ非常に高レベルで被曝した場合に限る」としている。
 過去数年にわたり、また多くの演壇上で、様々な電磁界専門家が、米国のNTP研究のような健康への悪影響を示す特定の科学的研究をICNIRPが否定し続けるのは間違っており、また、「非電離放射線は健康への脅威をもたらさず、健康への影響は強い放射線の場合の熱的影響のみである」というほぼ独断的なICNIRPの信念も間違っていると述べてきた。

閉鎖的で説明責任がない組織
 世界的な科学コミュニティのメンバーから多くの批判を受けた後も、ICNIRPは、(健康への)唯一の証明された影響は熱的影響であるというパラダイムに固執している。「ICNIRPは、最新の勧告では、他のメカニズムも評価したと主張しているが、組織の加熱と制御されていない筋収縮だけを考慮に入れているようだ」と、オランダのIans Kromhout(ハンス・クロムホウト)教授は書いている。彼は現在(オランダで)携帯電話の使用が人間の健康に及ぼす影響に関する長期研究を主導しており、オランダ政府に助言を与える主要なオランダ保健評議会の電磁界に関する特別委員会の委員長を務めている。
 「志を同じくする科学者の閉鎖的なサークル」が、ICNIRPを生物医学的専門知識の欠如と、特定のリスク評価における科学的専門知識の欠如により、自堕落な科学クラブに変えてしまったようである。その結果、組織の対象範囲が「視野狭窄」に陥りやすい状況を作り出しているのである。Ians Kromhout氏とChris Portier氏という2人の専門家は、ICNIRPが閉鎖的で説明責任がない一方的な組織であることを確認した。
 多くの科学者や批判的なオブザーバーが指摘しているように、ICNIRPのメンバーは、非熱作用による健康への悪影響の可能性を発見した科学的研究に気づかないか、無視しているように思われる。産業界が資金を提供した科学研究は、電磁界の健康への悪影響を示す知見をあまり出さない傾向があることを一部のICNIRPメンバーは認めているものの、公的資金が提供された研究(NTP研究のように)が電磁界と健康への悪影響の間に有意な関連性を発見していることは、ICNIRPメンバーの見解に少しも影響を与えていないようだ。

委員らの大多数に利益相反
 ICNIRPの科学者の大多数は、産業界から資金の一部の提供を受けた研究を行っているか、行ったことがある。これは重要なことだろうか? 冒頭で述べたように、私たちは重要であると考えてる。2人のICNIRPの科学者、Anke HussとMartin Röösliの共著による科学論文は、資金提供の重要性を確認した。2006年と2009年に彼らは、携帯電話の利用に関する実験研究における資金提供元の健康への影響について系統的なレビューを行い、その結論は、「産業界が資金提供した研究は、(健康への悪影響を示唆する)結果を報告する可能性が最も低い」というものだった。そして、このことを示したのは彼らの研究だけではない。結果に対する強い資金バイアスを示唆する、業界の資金による研究と公的資金による研究との間の報告の違いに関する多くの研究があるのだ。

指針値策定に通信業界や軍が直接関与
 ICNIRPのメンバーの中には、米国電気電子学会(IEEE)の国際電磁界安全委員会(ICES)のメンバーを兼任している者もいることに加えて、メディアや通信業界、軍関係者などが積極的かつ構造的に関与している組織であるICESと、ICNIRPが緊密に協力していることが、さらに明らかになってきた。現在のICNIRPのリーダーシップの下では、「電磁界への曝露に対する国際的に調和した安全限度を設定することを目標に」、これらの関係はさらに緊密になっている。これは確かに利益相反の可能性がある状況だと考えなければならない。
 ICNIRPが、2020年3月に発表した高周波の新しい国際指針値の作成において、IEEE/ICESと緊劉こ協力していたことは、ICESの議事録から明らかである。そしてこのことは、現在でもこの分野におけるEUの政策の基礎となっているICNIRPのガイドラインに、モトローラなどの大手通信会社や米軍などが直接影響を与えていたことを示唆している。

通信業界が歓迎する「規制値」
 欧州連合(ブリュッセルと加盟国の両方)の電気通信部門によるロビー活動は多いが、欧州電気通信ネットワーク事業者協会(ETNO)は、ICNIRP基準を技術開発を阻害する「規制圧力」とは見ていないため、規制の緩和を求めてロビー活動を行っていない。それどころか、ICNIRPが提案する基準は、ETNOが歓迎する「[国などによる違いのない]調和された規制値」である。全体として、通信業界はICNIRPのポジションに非常に満足しているようだ。これは、関係する特定の産業が重要な面で法律や規制に影響を与えようと常に様々なロビー活動を行うというEUの政策決定でのよくある手順から逸脱している。ICNIRPについては、その必要はないようだ。そうではあるが、保険業界は、現在のところあまり安心感を持っておらず、通信会社が訴訟を起こされた場合に、訴訟費用を支払わなければならない状況に陥りたくないと考えているようだ。
 ICNIRPは、過去25年間、電磁界と健康影響が関連する可能性について、科学的真実の唯一の提供者としての立場をとってきたのだが、ある日、電磁界が健康問題を引き起こすことが議論の余地のない事実となったときに、この科学NGOに単独で説明責任を負わせるのは正しくない。
 各国政府はもちろん、「条約の守護者」である欧州委員会にも、国民の注意と保護の義務があり、法的拘束力のある「予防原則」を考慮に入れるべきだ。
 この分野におけるより独立した科学的評価を求める声は、上記および以下の論拠からして、十分に正当化されていると考える。

lCNIRPへの資金提供をやめよ
 これがこの報告書の最も重要な結論である:本当に独立した科学的助言を得るためには、ICNIRPに頼ることはできない。欧州委員会とドイツなどの各国政府は、ICNIRPへの資金提供をやめるべきだ。欧州委員会は、新しい、公的で完全に独立した非電離放射線に関する諮問委員会を設立すべき時が来ているのである。また、ホライズンヨーロッパ[EU加盟国及び関連国を対象とした研究助成プログラム]を介したR&D資金の全体的な増加が見込まれ、予測される予算(2021~27年)は750~1000億ユーロであるので、この真に独立した新しい組織を設立するために、資金調達が克服できないハードルになる心配はない。

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