温故知新 シリーズ「あの頃こんなことがあった」(3) 広島ルーテル教会の変電所問題(下)

大久保貞利(電磁波研事務局長)

 住民側からことごとく論破されても、ルーテル教会と中国電力は広島ルーテル教会ビル建設にまい進しました。変電所の側面にもシールドを貼れ、通学路に高圧送電ケーブルを地下に埋設するのは非常識だから変更しろ、という住民側の理にかなった要求にも一切拒否回答でした。それなのに実際は別の動きをしていたのが判明しました。

なんと姑息にも側面シールドと通学路下ケーブル変更をこっそりやっていた
 5団体とルーテル教会側がシールドについて話し合っている最中の1995年9月に、ルーテル教会側はこっそりと地下変電所の側面にも鉄板でシールド工事をしました。さらに児童の通学路の地下に11万Vの高圧送電ケーブルを計画していましたが、このルートを断念し、変更しました。理由は「試し掘りをしたら、障害物があり技術的に困難な部分があると判断したため」というのです。ルートは通常事前調査を済ませた上で決定されます。見え透いたうそです。
 表面上「変電所は健康上安全だ」と強弁したものの、万一稼働後保育所の幼児や小学校の児童らに小児白血病等の健康被害が起こったら取り返しがつかないのを恐れたのでしょう。変更しないより変更したほうがいいことですが、5団体の要求には正面から答えずに、こっそり変更するやり方は「命の尊厳を説く教会」や「一部上場企業の中国電力」として恥ずかしくないのでしょうか。

住民側と「覚書」を締結
 こうした紆余曲折を経た上で、1996年5月、最終的に「竹屋学区子ども会育成協議会」と中国電力の間で「覚書」が締結されました。また1996年10月、「日本福音ルーテル教会」及び「財団法人ルーテル会」と5団体の間で「覚書」が締結されました。
 前者の中国電力との「覚書」の内容は、①生活環境を保全するため適切な措置を講じる、②子どもの健康に影響が生じた場合は誠意をもって協議し必要な対策を講じる、③変電所の運営状況を年1回以上報告する、という趣旨です。
 後者のルーテル教会側との「覚書」の内容は、①今後変電所周辺の所定の場所で測定する電磁界の値を双方が共有する、②将来生じる電磁界問題のあらゆる事態に必要な措置の実行に努力する、という趣旨の確認です。
 この「覚書」に基づいて、中国電力は年2回、ビル周辺5カ所で電磁波を測定し(下の図)、その測定値の確認を含めて年1回、住民たちと話し合いの場を設けています。

広島ルーテル教会周辺の磁場測定場所

この壮大な取り組みの成果は
 表面上、ルーテル教会と中国電力は「変電所の電磁波は健康上安全だ」との姿勢を崩していません。しかし、ルーテル教会内部の大論争と周辺住民の反対運動は、相当ルーテル教会と中国電力に打撃を与えたことは明らかです。
 以下私見を含めて成果について述べます。
1 ルーテル教会は今後露骨な収益事業に乗り出すことにブレーキがかかった。
2 これまで鶴見変電所周辺の測定値は最大1.2mG(ミリガウス)である。この値は他の広島市内の変電所と比べるとかなり低い。他の変電所周辺では10mG台か20mG台で、最大では50mG台のところもあった。
3 測定値が低い理由は、変電所の上部と側面をシールドしたことと鶴見変電所の稼働率が20%と低いことだ。シールドは鉄板以外の素材を使用した可能性もある。稼働率については「不況のため」と中国電力は説明しているが、そんな採算を無視した稼働率は常識に見て考えられない。「安全である」と強弁したため、怖くて稼働率を上げられないのであろう。
4 通学路下の高圧送電ケーブルを別に移したことは児童の健康を守る上で大きな成果だ。

極低周波電磁波の健康問題
 電磁波の健康問題は二つの分野があります。50Hz(ヘルツ)・60Hzを使う普通の電気から出る極低周波電磁波(ごくていしゅうは)と無線で使う高周波電磁波の二つです。ルーテル教会の地下変電所問題は極低周波の分野の問題です。
 極低周波問題は、高周波問題より歴史が長く、発端は1979年のワルトハイマー疫学調査です。米国のナンシー・ワルトハイマ―とエド・リーパーが共同で行った疫学調査で、配電線周辺では小児白血病の発症リスクが2.98倍になるという研究です。高圧送電線ではなく普通の配電線で起こった事象です。つまり「電気は安全ではない」という提起です。これは衝撃な研究結果で電磁波問題の引き金となりました。

スウェーデン国立カロリンスカ研究所の疫学調査結果
 その後極低周波電磁波の安全論争は続きましたが、一つのターニングポイントとなったのはスウェーデン国立カロリンスカ研究所が行った大規模疫学調査結果です。この発表は1992年です。広島ルーテル教会地下変電所問題の直前だったため、これがルーテル教会内部と教会周辺住民に大きな波紋を引き起こしました。
 カロリンスカ報告とも呼ばれるこの疫学調査を説明します。
 スウェーデン国内のすべての22万V高圧送電線と40万V高圧送電線の周辺(左右150m以内、つまり300mの範囲)で1年以上住む住民の患者のデータを1960年から1985年までの26年間調べ、それと高圧送電線と関係ない一般人のデータを同じく26年間調べ、両者を比較する大規模疫学調査です。疫学調査といえば、たばこを吸う人と吸わない人の比較が有名ですが、電磁波を多く浴びる人と普通の人との健康状態の比較を行った調査です。
結果は、1mG未満を1として、2mG以上で小児白血病が2.7倍、3mG以上で3.8倍と出ました。この研究は国立研究所の調査であり、調査対象規模も対象期間もかつてないものだったため、世界に衝撃を与えました。
 しかもスウェーデン政府はこのカロリンスカ報告を基に、1995年から「高圧送電線下では住宅を建てない」「住宅の近くには高圧送電線を建てない」とする慎重なる回避政策を採用しました。
 周辺とは送電線の左右150m以内です。
 疫学調査は一つの指標なので、法律で規制するのでなく政策で規制したので「慎重なる回避政策」といわれるのです。

灰色をどう見るのか
 電磁波の健康影響は決定的なクロではなく灰色の段階です。それも「限りなくクロに近い灰色」です。予防政策を採用している国は「灰色である以上回避政策をとる」のですが、日本のような後進国は「灰色だから規制しない」政策をとるのです。
 命と健康を大切にするのか、事業者(営利企業)の保護を優先するのか、の分かれ目がここで生まれます。予防政策をとらない日本政府の後進性を楯に、ルーテル教会と中国電力は保育所の真下と小学校の近くという最悪の場所での変電所建設を強行しました。しかし、良識あるルーテル教会信徒と竹屋学区地区の住民たちの取り組みで、「1.2mG以下」という「実質的に慎重なる回避」変電所を実現させたのです。中国電力にとっては採算の合わない事業となったはずです。

 

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