欧州各国は高周波規制に乗り出している 最新電磁波事情概観(下)

大久保貞利 (電磁波問題市民研究会事務局長)
岩波書店『世界』2014年5月号所収

8 世界で日本で、こんなことが起こっている
①欧州では4人のうち3人が携帯電話と基地局に健康不安を感じている
 2007年にEU(欧州連合)は欧州人2万7千人を対象に「携帯電話と基地局(携帯電話中継基地局)」に関する意識調査を行った。
 その結果、「携帯電話電磁波が健康に影響を及ぼすと考えている人」は73%で、「基地局から発している電磁波が健康に影響を及ぼしていると考える人」は76%、じつに欧州人の4人のうち3人が携帯電話と基地局の電磁波に不安を感じていると出た。
 一般的に、携帯電話からの電磁波量に比べて基地局からの電磁波量ははるかに小さい。ところが調査結果では、基地局電磁波に対する不安のほうが携帯電話電磁波への不安より割合が高かった。その理由は、携帯電話は使っている間だけしか電磁波を浴びないが、基地局の場合は24時間、365日ずっと電磁波を浴びること、基地局の場合は携帯電話を使わないお年寄りや幼児・胎児も電磁波を浴びてしまうという理不尽さ、が考えられる。
 日本で同様の調査をしたら、こんな高い割合にはならないであろう。特に基地局に関しては知らない人が圧倒的だ。それだけ、欧州ではマスメディアが電磁波問題について日本より日常的に報道していることの証左といえよう。

②シュトゥットガルトで電磁波過敏症救えと2千人がデモ
 ドイツのシュトゥットガルト市で2009年11月14日、「電磁波過敏症で苦しんでいる人を救うため、電磁波規制を行え」などと要求する2000人のデモが行われた。電磁波過敏症(Electromagnetic Hyper Sensitivity=EHS)とは、電磁波を浴びると頭痛、吐き気、疲労感、皮膚感覚の異常、めまい等々の症状が出る病気である。シュトゥットガルトの人口は約60万人。日本では千葉県船橋市がそれに相当する。日本の中核都市で2000人が電磁波問題でデモをすることを想像していただきたい。いかにドイツでは電磁波問題や電磁波過敏症が社会的に認知されているかをこのデモは示している。
 1998年から1期4年、WHOの事務局長を務めていたグロ・ハーレム・ブルントラントが電磁波過敏症であることは欧州では知られた事実だ。ブルントラントはノルウェー初の女性首相に就任した人で、出身は小児科医だ。電磁波過敏症がひどい時は、4m離れたところで携帯電話が鳴っても反応してしまう。そのため、事務局長室内では「携帯電話持ち込み禁止」であった。日本だと、医師がこの現代病である電磁波過敏症についてよく知らないため、電磁波過敏症患者が医師に訴えても、「気のせい」「ノイローゼ」「自律神経失調症」「更年期障害」と斥けてしまう。しかし相手は元首相で、医師で、WHO事務局長である。「気のせい」と診断したほうが笑い者になるであろう。

③画期的なベルサイユ高裁基地局判決
 2009年2月4日、フランスのベルサイユ高等裁判所が画期的な判決を出した。内容は、1.稼働中の基地局の撤去を命じる、2.原告(住民)の「精神的苦痛に対する賠償金」として7千ユーロ支払う、3.被告(携帯会社)が基地局を撤去しない場合は、遅延料として1日につき5百ユーロ支払う、というものだ。
 フランス南部ローヌ地方タシン・ラ・デミリューヌ地域にフランスの携帯会社ブイグ社が高さ19mの基地局を建てた。これに反対する周辺住民の3家族が基地局撤去と損害賠償を訴え裁判となった。基地局アンテナから出る電磁波の強度は「電界強度0.3~1.8V/m(ボルト・パー・メーター)(電力密度換算0.024~0.86μW/㎠<マイクロワット・パー・平方センチ>)」で、日本の基準値「電力密度1000μW/㎠」の約4万分の1という微弱さである。ちなみにフランスの基準値も日本と同じ値だ。ICNIRPの急性影響に基づくガイドラインに準拠しているためだ。
 1審で原告(住民)は勝訴し、高裁判決も1審判決を支持した。支持した理由は以下である。①健康リスクに関する科学論争はまだ結論に達していない、②ブイグ社はリスクがないことを証明していないし、予防原則も尊重していない、③リスクは確かに存在するし、そのリスクは決して仮説ではない。そうしたリスクが存在する電磁波を曝露される住民にとって、基地局電磁波は生活妨害そのものである、④リスクを取り除くには基地局撤去しかない。
 日本では被害者にリスクの証明を押しつけるが、この判決は加害者(事業者)に安全性の証明を迫る。どちらが環境や健康保全をめざすのにふさわしい姿勢かは明らかであろう。

④「脳腫瘍の原因は携帯電話」としたブレッシア判決
 2009年12月、イタリア・ブレッシア労働控訴裁判所(高裁に相当)は、イノセンゾ・マルコリーニさんの訴えを認める判決を下した。ブレッシア市で顧客サービス業に従事していたマルコリーニさんは、仕事柄1日5時間以上携帯電話を使用せざるをえなかった。10年勤務したので延べ1万5千時間以上使用で、まさに携帯電話ヘビーユーザーである。2002年、左頭部に三叉神経腫瘍(脳腫瘍の1種)が発生した。マルコリーニさんは現在も顔面麻痺症状が治っていない。マルコリーニさんはイタリア労働保険機構(INAIL)を相手取り、労働裁判所に提訴した。そして1審に続き控訴審でも勝訴したのである。労働裁判所は日本人にはなじみがないが、イタリアやフランスでは常識で、労働訴訟案件は通常の裁判所ではなく労働裁判所で扱う。3審制で通常の裁判所と全く変わらない。
 裁判では、パヴィア大学のレビス教授(生物学専攻)と、神経外科医のグラッソ医師が原告側証人として証言した。労働裁判所は二人の証言を採用し、マルコリーニさんの訴え(脳腫瘍は仕事のための携帯電話使用が原因)を認めた。米国では90年代から何回も同様の裁判があったが、いずれも敗訴している。携帯電話と脳腫瘍の因果関係を認めたブレッシア判決は今後欧州全体に大きく影響するであろう。

⑤都立豊多摩高校の基地局建設は中止になった
 東京・杉並区の井の頭線浜田山駅から徒歩7~8分の閑静な住宅街に都立豊多摩高校はある。2008年6月東京都教育員会は、この高校の校舎屋上にドコモの携帯電話中継基地局を設置する計画に許可を与えた。学校長が職員会議で基地局建設の話をしたのは、その半年後の2009年3月である。職員にとっては寝耳に水の話だった。当初は職員に説明した3月中に即工事を強行する予定だった。学校外にこの暴挙が知れ渡ったのは、同年4月5日付の『東京新聞』が「高校屋上に携帯電話基地局」の見出しで大きく報道したためだ。
 住民たちから、「なぜ健康リスクが不確かなのに高校に基地局を設置するのか」と問われて、ドコモは、「周辺住民からサービス品質改善(携帯電話がよく聞こえるようにする)の要望が出ているのでそれに応えるため」と回答している。これは健康リスクへの不安に対する答ではない。「自社の営利活動のために必要なのです」、と言っているにすぎない。「携帯電話が繋がりにくいという苦情がある」というのも曲者だ。ちなみに携帯会社はどこでも基地局を建てる時にこの口実を使う。豊多摩高校周辺のドコモ携帯を使っている住民に聞くと、「特に繋がらないという不便は感じない」という。同校天文部の生徒は基地局の建つ予定の屋上で天文観測等の活動をする。都教委や学校長はこうした生徒たちへの安全配慮に想いを馳せなかったのだろうか。
 あまりにもズサンで配慮にかける建設計画に各方面から反発の声が上がった。PTAははじめ様子見だったが、だんだん変化し、最後は反対の姿勢をとった。杉並区議会では革新系区議がこの問題を取り上げた。地域でも電磁波をテーマに住民学習会が開かれた。こうした各方面の連携した動きが功を奏し、完成すれば「都立高校初」の基地局計画は潰えた。もし建設が強行されていたら、他の都立高校に波及しないとも限らなかった。実は1997年に横浜市で市教委が市立全小中学校にPHSアンテナを建てる計画があり、約250校中68校まで建設がすすんだ段階で、電磁波問題市民研究会と学校事務組合と神奈川ネットワークが連携協力し、計画を撤回させ、設置が済んだPHSもすべて撤去させた経験がある。学校や幼稚園・保育園のような、より安全性が求められるセンシティブな施設に対する配慮がこの国には欠けている。
 ちなみに、2012年9月13日、日本弁護士連合会(日弁連)は「電磁波問題に関する意見書」(以下意見書)を発表し、予防原則に基づく対処などを求めた。

⑥欧州各国はより厳しい高周波規制に乗り出している
 日本政府は、「WHOがより厳しい規制を打ち出したら検討する」という待ちの姿勢である。しかし欧州のかなりの数の国では、WHOの高周波環境保健基準の発表を待つことなく、ICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)ガイドラインより厳しい規制を始めている。表4はその一覧表である。

(表4)高周波規制値各国比較表
 国名(地域名)  電力密度(μW/㎠) 電界強度(V/m) 備考(周波数・他)
イタリア 10(学校、幼稚園、病院の新設で) 6(学校、幼稚園、
病院の新設で)
ポーランド 10 制限なし
ロシア 10 制限なし
ギリシャ 600(感受性の高い学校等で基地局から300m以内) 47(感受性の高い学校等で基地局から300m以内)
ブルガリア 10 制限なし
リトアニア 10 制限なし
スロベニア 100(住宅、学校、病院、公園、公共建物保養地等で適用) 19(住宅、学校、病院、公園、公共建物保養地等で適用)
スイス 6(人が長期間滞在する建物や遊び場で適用)
リヒテンシュタイン 0.1 0.6 2013年より適用
ベルギー 31 フランダース地方(首都ブリュッセルは4.5V/m)
ザルツブルク州 0.1 0.6 屋外勧告値は0.001μW/㎠
パリ市 1.06 ただし24時間平均値
フランス 1000 61
日本 1000
欧州各国は2100MHz(2.1GHz)。リヒテンシュタインを除いて2011年4月現在

 なお、日本では高周波に関しては総務省が所管し基準値を設けている。その値は第3世代携帯電話の周波数(規制値は周波数によって異なる)で使われている2ギガヘルツ(ギガ=10億、1秒間に20億回の周波数)帯で「1000μW/㎠(マイクロワット・パー・平方センチ)」である。日本では、地方自治体は独自の基準値を持たず、総務省の基準値に従っている。地方分権は名ばかりで、電磁波行政に関しては旧態依然の中央集権体制下にある。欧州では連邦政府制をとっている国が多く、連邦政府は一応基準値を設けるが、ローカル政府も独自に基準値を設定できる。一般的にローカル政府のほうが連邦政府より厳しい規制を敷く。たとえば、オーストリアは連邦レベルの基準値は日本と同じく「電力密度1000μW/㎠」だが、ザルツブルク州(市)はそれより1万倍厳しい「同0,1μW/㎠」を採用している。フランスは、政府基準値は日本と同じICNIRPガイドライン値だが、首都パリ市は「電界強度2V/m(電力密度換算値1.06μW/㎠)」で、政府基準より943倍厳しい値だ。

9 電磁波の強い3つの電気製品
 すべての電気製品から電磁波は出るが、電磁波が強く、健康影響を及ぼすおそれが特に懸念される電気製品が、IH調理器と電子レンジと電気毛布の3つである。
 IH調理器はその中でも特に強い電磁波を出す機器だ。IHとはインダクション・ヒーター(Induction Heater)、つまり電磁誘導加熱器の英語の頭文字をとった言葉である。原理は、トッププレート(天板)の下に設置した加熱コイルに20~90キロヘルツの高い周波数の電流を流し、加熱コイルの周囲に意図的に磁力線を発生させる。その磁力線がトッププレートの上に載せた鍋の底を通る際に渦電流を生じさせることで、鍋を発熱させるという仕組みだ。要は、電気→磁気→電気→発熱、というプロセスで調理するのだ。電磁波を意図的に強く発生させて調理に使う製品なので、電磁波が強いのも当然といえよう。
 2004年4月、三重県松阪市は新しく開設した二つの「幼児園」の調理室に業務用IH調理器を各5台導入した。
 ところが、開園直後から調理員から「頭痛がする」との訴えが続出した。現場から電磁波の影響への懸念が出されたため、市は民間業者に電磁波を測定させた。しかし高い値は出なかった。この市の測定結果に納得しなかった調理員たちは、自らが参加する労働組合に被害を訴え、自治労三重県本部の顧問医師が独自にIH調理器の電磁波測定に乗り出した、測定結果は「2万mG以上」という途方もなく高い値だった。実際は測定器の性能限界を超えてしまっていたので、しかたなく「2万mG以上」と報告されたのである。
 それでも当初、松阪市は「WHOが定める環境保健基準は5万mGだから、基準を超えていない」と主張した。だが正確には、2004年当時、WHOに基準値というものはなく「目安として5万mG」と言っていたにすぎない。結局、1年でIH調理器は撤去され、ガスコンロに置き換えられた。
 IH調理器は、通常の電気で使う50・60ヘルツの磁場に加えて、20~90キロヘルツの磁場が出る。20~90キロヘルツは「中間周波数」領域で、健康影響に関する研究があまり進んでいない。通常の低周波磁場測定器は50・60ヘルツの磁場測定を対象としたものが多く、IH調理器から出る正確な磁場を測定しにくい。実際のIH調理器からはかなり高い磁場が出ている。しかも、調理器はその性質上、「使用中に離れる」ことができないやっかいな電気製品である。2007年6月に発表されたWHOの「低周波(極低周波)環境保健基準」の策定に関わる国際会議に出席した国立成育医療センターの斎藤智博・成育疫学研究室長は、「妊婦は電磁調理器(IH調理器)の使用を避けるのが望ましいだろう」(『東京』2007年6月18日)と語っている。
 電子レンジも強い電磁波を出す機器だ。電子レンジは、周波数が2.45ギガヘルツの(1秒間に24.5億回)のマイクロ波を照射して食材をあたためる仕組み。5百~1千ワットという高出力を使うため機器周辺に50・60ヘルツの極低周波が強く出る。マイクロ波自体はガラス面にシールドフィルムが張られているので外部に漏れる量は多くない。ただし、フィルムが劣化すると漏れる量が多くなるので注意が必要だ。初期の電子レンジは1台が数十万円もする高額商品だった。当時この高額な機器を購入した裕福な主婦たちは、珍しさも手伝って電子レンジの稼働中に扉を開けてしまい、マイクロ波を大量に目に浴び、白内障になる事故が何件も起こった。訴訟にまで発展するケースも出た。そのため、メーカーは万一稼働中に扉を開けても、ブレーカーが自動的に落ちる仕組みに改良した。しかし現在でも注意が必要なのは、待機中であっても電子レンジから10センチ付近で100mGを優に超える強力な磁場が出ることだ。使用中は1m以上離れること、使わない場合でもまめにコンセントを抜くこと、が賢い対処法だ。
 電気毛布も注意が必要だ。電磁波曝露量は、発生源との距離が近いほど、また曝露時間が長いほど、多くなる。電気毛布は体と密着しているし、寝ている時間ずっと電磁波を浴び続けるので注意が必要なのである。1995年に発表されたリー論文は、電気毛布を妊娠初期3カ月間に使用していた母親から生まれた子どもに先天性尿道異常が約10倍増加する、と報告している。電気毛布で小児白血病発症リスクが2.75倍になる(1998年ハッチ論文)という報告もある。

10 携帯電話中継基地局は安全か
 携帯電話は有線でなく無線で繋がる。したがって、無線中継設備(リレー用アンテナ)が必要となる。それが携帯電話中継基地局(以下基地局)である。基地局には鉄塔の最上部にアンテナが設置される「鉄塔型」と、ビル屋上にアンテナが設置される「屋上型」がある。都会では屋上型が主流だ。
 基地局の問題点は、①電磁波(高周波と極低周波)による健康影響のおそれ、②景観が損なわれることや、電磁波のおそれから資産価値が下落する可能性(ドイツでは現実化している)、③基地局倒壊のおそれ、等がある。
 基地局は、周囲360度にマイクロ波(高周波電磁波)を照射するアンテナ(通常は3本)と、アンテナからマイクロ波を増幅して発信させるための電源装置から成っている。電源装置には増幅装置や変復調装置等が入っている。電源装置には50・60ヘルツの極低周波電磁波が使われる。電源装置は相当高い出力を使い、重量もかなり重い(基地局の規模によって出力も重量も変わる)。極低周波電磁波は遠くまで届かないかわりに、コンクリートも貫き、シールドがしにくい。だから、マンション屋上に基地局を設置すると、最上階の居住者は極低周波電磁波を浴びるおそれが強い。基地局倒壊のおそれについては、実際、2004年9月6日に沖縄県南風原町で大型台風18号の影響によりマンション屋上の基地局が倒壊する事故が起こった。
 私は、市民団体・電磁波問題市民研究会の事務局長を務めているが、住民と当研究会とが連携して、これまでに全国で190カ所以上の基地局計画を中止、ないし稼働中の基地局を撤去させてきている。住民たちが基地局反対に立ち上がるのは、携帯電話会社が基地局建設計画を周辺住民に知らせず地主だけとこっそり話を進めるやり方や、「アンテナから出る電磁波は、国(総務省)の電波防護指針の範囲だから安全だ」というばかりで住民の健康不安に対する納得のいく回答をしない不誠実な態度、こうした携帯電話会社の住民を無視した姿勢に怒りと不信感を抱いているからである。
 住民たちは、基地局計画を知るとすぐ、インターネットで調べ、電磁波関連本を読み、「基地局からの電磁波は決して安全ではない」ことを知る。実際に、基地局周辺で健康被害を訴えている人たちは存在するし、2003年4月にフランス国立応用科学研究所が発表した調査では、「基地局から300m以内では、301m以遠と比較すると頭痛、吐き気、疲労感、睡眠障害、不快感、食欲不振、性欲減退、視覚障害、等が発生するリスクが増加する」としている。意識的な住民たちのレベルはかなり高いし、総務省が旧郵政省で「電波業界寄り」であることも彼らは肌で感じている。
 これまでのような「大衆は何も知らない」といった傲慢な発想を総務省や携帯電話会社は改めるべきだ。基地局建設を計画する時点で、計画内容をオープンにし、住民たちと立地が適正か否かを大いに話し合う「リスクコミュニケーション」の構築することが求められている。総務省や業界は、「基地局が安全だ」と主張するのならば、業界と利害関係がなく、行政の影響も受けない専門家たちによる、基地局周辺の健康影響に関する疫学調査を実施すべきであろう。

11 トラブル続出するスマートメーター
  従来の電力消費計(メーター)からスマートメーターに替える動きが加速している。スマートメーターは、メーター自体に通信機能が備わっている。そのため、電力使用量データを人を介さずに、電柱などに設置する「アクセスポイント機器」に自動的に送り、さらにその先は通常の電話通信回線や無線通信ネットワークを通じて電力会社にデータを直接送る、というシステムである。
 スマートメーターを巡る争点の一つは、各家庭や事業所に設置したメーターから、アクセスポイント機器に電力使用量データを送る際、有線でするのか無線でするのか、にある。有線で送るのであれば少なくとも電磁波曝露面での問題はないのだが、電力会社は無線で電力使用量データを送ることを考えている。そこが問題なのである。海外でもこの無線送信によるトラブルが続出している。
 では、無線による送信でどの程度の電磁波が出るのであろうか。
 PG&E社(パシフィック・ガス&エネルギー社)は、米国カリフォルニア州で2007年からスマートメーターを導入した。PG&E社は電力とガスを供給する会社だが、各家庭や事業者に設置したメーターから電柱に設置されたアクセスポイント機器へ電力使用量データを無線で送信し、その後は携帯電話送信網を使って電力会社にデータを送っている。まさに日本の電力会社のいいモデルである。同社のホームページによると、周波数は902~928MHz(メガヘルツ)で、出力は1Wを使う。そして、スマートメーターから1フィート(約30センチ)の距離で、電力密度は8.8μW/㎠としている。この値は、ザルツブルク州の基準値「0.1μW/㎠」と比較すると88倍も高い値である。カリフォルニア州科学技術評議会(CCST)が2011年4月に発表した報告書では、スマートメーターから1フィートの距離で「180μW/㎠」とある。これだと、PG&E社発表の値の約22倍であり、ザルツブルク州の基準値から比べると実に1800倍も高い値である。
 すでに、米国ではカリフォルニア州をはじめ各地でスマートメーターの健康不安を懸念する住民運動がいくつも起こっている。カリフォルニア州フェアファクス町では、「スマートメーター導入を1年間停止」する町条例を2010年8月に施行した。同町は2011年に「一時停止期間」をさらに1年延長している。同州では、他に51の自治体でスマートメーターへの反対表明や一時停止条例の制定が行われている。
 各電気製品は特有の電波パターンを発する。そのため各電気製品の負荷を監視する装置を使うと各家庭の生活パターンがわかってしまう。いつ起き、いつ食事し、いつ洗濯し、いつ留守にし、いつ帰り、いつ寝る、といった生活慣習が把握されるということは、個人のプライバシーが監視されることに繋がる。データが流出すれば犯罪にも利用されるであろう。
 スマートメーターから出る電磁波が電気回線に過剰な負荷をかけることが原因とみられる火事も、米国、カナダ、オーストラリアで報告されている。米国では、スマートメーター設置後に電気料金が不当に2~3倍も請求され訴訟になったケースもある。データ記録に誤りがあったためだ。「コンピュータは間違えない」という考えは禁物である。
 関西電力では2012年度からすでにスマートメーターを導入している。東京電力は2014年度の本格導入を目指し、2020年度までに全戸設置を完了したいとしている。しかし、日本では、ほとんどの人がスマートメーターを知らない。それをまず論じるべきだし、取り付ける際には「従来のアナログメーターでいいのか、スマートメーターに替えるのか」の選択権を各家庭、各事業者に委ねるべきである。米国カリフォルニア州では、住民による反対運動の結果、電力各社は電気利用者がスマートメーター採用を拒否する権利を認め、アナログメーターに戻すことが可能になっている。

12 危険な日本式リニアモーターカー
 2013年9月18日、JR東海はリニア中央新幹線の「環境影響評価準備書」と詳細ルートを公表した。リニアを「次世代鉄道」「夢の高速鉄道」と無批判に礼賛する報道が一部で見受けられるが、リニアモーターカーにはクリアすべき課題が山積している。ここでは電磁波問題に絞って詳述する。なおリニアモーターカーの電磁波は低周波(極低周波)領域に属する。
 JR東海のリニアは独自の日本方式を採用しており、現在中国・上海で運行しているドイツ方式(トランスラピッド方式)リニアとは異なる。日本方式は「超電導磁石」を車体と軌道ガイドウェイに装着させ、双方の間に大きな磁場を発生させ、これによる吸引・反発力で推進させて走る。超電導磁石の採用によりとてつもなく強力な磁場を作り出すことで、車体を10センチ浮上させることが可能になり、最高時速581kmまで出せるようになった。マイナス269℃になると「超電導現象」が生じ電気抵抗がゼロになるという超電導技術を採用したのが日本方式だ。具体的にはニオブチタン合金という超電導材を使用し、液体ヘリウムでマイナス269℃まで冷却することで超電導状態を作り出す。
 一方ドイツ方式は「常電導磁石」を採用する方式で、磁場の反発力も超電導磁石に比べ弱いため、車体は1センチしか浮上せず最高時速も430kmが限度だ。それでも上海リニア周辺住民は電磁波被害反対で立ちあがっている。日本の超電導方式はコストがべらぼうに高く、磁場の発生量も半端でなく強い。なぜ、JR東海がこの方式を採用したかといえば、地震国家の日本で1センチしか浮上しない常電導方式を採用すれば、地震で軌道が歪み車両と軌道が接触する事故発生の可能性がそれだけ高まるためだ。原発もリニアも本来地震国には不向きな技術である。地震による事故の可能性をなるべく低くするかわりに、コストが高く電磁波発生量がとてつもなく大きい方式を採らざるをえなかったのだ。
 JR東海の「環境影響評価準備書」では車体外の沿線の磁場影響のみ記述し、肝心な車体内の磁場発生量や、その影響については触れていない。こんな記述がある。「列車の走行(地下を走行する場合を除く)により磁界が発生するため、対象事業実施区域及びその周辺の環境への影響のおそれがあることから、環境影響評価を行った」。ふつうに読めば、あたかも「地下を走行する場合」は磁場が発生しないかのような表現だ。あくまで「車体内の磁場発生」にふれたくないから、こういう表現が生まれる。
 「準備書・本編」にはないが、「資料編」に4年前(2010年)の「国土交通省第2回中央新幹線小委員会配布資料」として「車内及びホームの磁界測定結果」が掲載されている。それによると、車内の磁場(磁界)は静磁場が最大2mT(mT=ミリテスラ)、変動磁場が0.6mT(床上)。ホームでは静磁場が最大0.6mTとある。2mTは2万ミリガウスで、0.6mTは6千ミリガウス、0.8mTは8千ミリガウスである。これとは別に、2005年に国立環境研究所が山梨実験線で実測した数値がある。それによると、床で6千~4万ミリガウスとなっている。その後の磁場シールド技術をもっても思うように下がらないので公表しないのであろうが、一番知りたい数値を意図的に出さないJR東海の姿勢は誠意にかける。
 (2013年12月11日、JR東海は「12月5日に車内磁界測定を含めた磁界測定を実施した」と発表した。9月18日の「環境影響評価準備書」では車内磁界測定値は一切出さなかったことにいろいろな方面から批判が出たため、急遽測定したものと思われる。それによると、床から高さ0.3mの走行測定値は「車内貫通時」で0.90mT(9千mG)、「車内客室2」で同0.43mT(4千3百mG)、床から高さ1mで停車時測定値は「車内貫通時」で0.81mT(8千百mG)、「車内客室2」で0.37mT(3千7百mG)となっている。ただし、どれも静磁界値である。肝心な変動磁界については「原理的に車上では推進コイルによる変動磁界は、推進力の変化による緩やかな変化以外生じません」と公表を避けている)。
 次に、消費電力の問題である。リニアのピーク時の消費電力は1本当たり約3.5万kWである。これは東海道新幹線の約3倍になる。原発が停止中であり日本全体で電力不足が懸念されている時代にリニアは逆行する乗り物である。山田佳臣JR東海社長は9月18日の記者会見で「このまま電力のない状態で(日本が)衰退していくとは思っていない」と原発再稼働に期待を寄せる発言をしている。

 13 電磁波利用に規制ルールが求められている
 電磁波は「第二のアスベスト」といわれる。目に見えないし匂いもない。アスベストは時限爆弾のように作用する。一定の潜伏期間の後、肺がんや悪性中皮腫などの健康被害をもたらすからである。IARCのインターフォン研究は「携帯電話を10年以上累積使用すると脳腫瘍発症リスクが高まる」としている。まさに潜伏期間である。
 アスベストは、耐熱性、絶縁性、保温性にすぐれ、加工もしやすいため、「魔法の鉱物」と重宝された。しかし効用以上に人体に害があるのではどうしようもない。携帯電話に代表される電磁波利用の効用はいまさら説明の必要もあるまい。だが「もし電磁波が生体にとってリスクがある」と確定した時の社会的インパクトはアスベストを超えるであろう。
 いまだ電磁波のリスクは「灰色」「不確実」の域を出ていない。こうした悩ましい段階の理性的な対応が「予防原則」であろう。予防原則(precautionary principle)とは、人の生命、健康及び自然環境に対して、大きなリスク(悪影響)を及ぼす可能性のある対象(物質、因子、活動等)について、たとえそのリスクの科学的証明(証拠)が不十分な段階であっても、なんらかの防護対策を施そうという考えである。
 「もし後になって問題がないとわかったらどうするのか」と予防原則批判派は言う。問題がなかったら、それは喜ばしい限りだ。「安全を担保するためのコスト」と割り切ればいい。後でリスクが確定した場合の危険性のほうがはるかに重大だ。その時の被害の補償コストを考えれば、予防的コストなど取るに足らない。欧州、とくに北欧で予防原則が採用されているのは、「後で被害が出てから補償するとかえってコストがかかる。予防原則に基づく対策はむしろコストがかからない方法だ」という合理的な考えが背景にある。だが、日本政府、電力会社、携帯電話会社、電機メーカー等は「リスクが不確実だから電磁波対策は取らない」という姿勢を頑なに保持している。
 21世紀は環境の世紀といわれる。そろそろ私たちは「大人の選択」をする時代に来たのではないだろうか。
 WHOの低周波(極低周波)環境保健基準は、新設の電磁波発生施設や電気製品の新規開発から電磁波低減対策に乗り出し、送電線や変電所等の施設の新設にあたっては住民を含めた利害関係者に情報を開示し事前に協議するように、と勧告した。これはいわば、電磁波分野で規制の新ルールを構築しようということに他ならない。また各種審議会や対策委員会に、関連企業からの利益供与のない専門家や、住民や環境団体等をメンバーとして入れていくことも重要である。業界を所管する省庁から独立した組織を立ち上げなければ国民的理解、支持は得られないであろう。
 電磁波利用を否定しているのではない。利用にあたってそれなりの規制ルールを確立すべきではないか、と主張しているのである。少なくとも、子どもたちや病人といった社会的弱者が安心して暮らせるように、学校、保育園、幼稚園、病院、公園、公共的施設、老人ホーム等が存在する地域で、電磁波発生施設(変電所、高圧送電線、基地局等)を新設する場合は厳しい規制をすべきだし、健康被害を訴えている人がいるかぎり、被害の実態調査を公正な立場の専門家に委嘱して行うというのが道理である。電磁波問題は国民的レベルで論議する段階にきているのではないだろうか。

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