シンポジウム まちじゅう基地局時代の ヒバク公害の予防と救済

-研究の始まりを市民とともに考える-

 シンポジウム「まちじゅう基地局時代のヒバク公害の予防と救済-研究の始まりを市民とともに考える-」が6月10日、大分県別府市の別府大学で開かれました(主催・日本環境学会別府大会実行委員会)。

調査・研究がほとんどない日本
 まず、近藤加代子さん(九州大学芸術工学研究院准教授)がシンポジウムの趣旨を説明。「現在はいつでもどこでもアクセス可能な便利な時代だが、そえを支えているのが“まちじゅう基地局状況”だ。この状況のもと、基地局の電磁波で病気になったという訴えがたくさん出てきており、その一つとして電磁波過敏症の方々が増加、症状が深刻化していることが報告されている。これは公害としてとらえることができ、生活基盤と生活可能空間(通勤、勉強、仕事の場所)の喪失状況が生まれてきている。しかし、携帯電話の便利さの情報は多いが、健康や生活が破壊されていることは多くの人には知られていない。これを解決するためには、健康や生活の破壊についてきちんと調査・研究し、それを評価して、政策に結びつけるプロセスが必要だ。ところが、諸外国と違い、日本は調査・研究がほとんどない。この状況を変えるための市民と研究者が連携しての“初めの一歩”のシンポジウムだ」と説明しました。
 次に、加藤やすこさん(ジャーナリスト)が、「基地局電磁波公害の現状 国内外の規制と対策」と題して報告。携帯電話基地局の基本的なしくみや、国内外の基準値、裁判例などを紹介しました。3月の東京でのシンポジウムでも報告した欧州評議会議員会議による勧告、川西市の健康被害などについても紹介しました(会報前号参照)。

基地局周辺に多い体調不良
 中原節男さん(託麻の環境を守る会)が報告する予定でしたが、基地局による体調不良が悪化して参加できず、宮嵜周さん(中継塔問題を考える九州ネットワーク)が「御領地区の携帯基地局反対運動と健康被害の現状報告」と題して報告しました。
 1996年に発覚した熊本市御領地区での九州セルラー(現KDDI)による高さ40mの基地局建設計画について、業者側は「住民に説明したが、反対する人はいなかった」という虚偽の報告を熊本市にしていたこと、「反対があるといけないから、用地買収をして確認申請を取ってから着工前に知らせる。これが従来からの仕事の進め方だ」と九州セルラーの取締役がテレビで語ったこと、建設に反対する住民を大勢のガードマンが暴力的に排除して建設したこと、1999年12月に住民216人で九州セルラーを提訴したが敗訴し、2004年に基地局が稼働してしまったことなどを報告しました。
 稼働後に住民の中で体調不良が話題になり、2007年秋に住民独自で健康調査アンケートを実施し、対象約900世帯のうち320世帯(907人)が回答、体調不良を12の症状項目に区分して症状の有無を尋ね、症状がある場合には、最近症状が出始めた(又は悪化した)のかどうかを尋ねた結果、基地局から300m以内の住民に占める体調不良者の割合は、301m以遠の住民に比べて、12症状の大部分で上回りました。当時、坂部貢・北里大学教授が、控訴審で「本件携帯基地局と付近住民の健康影響との間に強い関連性のあることは否定しがたく、電磁波測定結果から、それらが健康に対して何らかの影響を及ぼしている可能性が高い」との意見書を書いてくださったものの、裁判所は「中立第三者による調査ではない」などの理由で調査結果は採用しなかったとのことでした。
 また、電波が発信されて8年目の現状について、中原さんの自宅は、先の調査で電磁波強度が最も高かった地点にあり、この4~5年の間に周辺の11戸で、①ガン2人、②心疾患2人、③脳梗塞3人、④足腰痛など筋肉痛7人、などで3人が亡くなり、室内犬も5匹死んでいるとのことです。このうち、深刻な症状には、①基地局との間にさえぎるものがなく、②寝室が2階にあり、③家に居る時間が長い、という共通した傾向が見られました。中原さん夫妻もさまざまな症状に悩まされていますが、病院での検査結果は異常なしとのことです。
 宮嵜さんは最後に「住民はみんな不安を感じています。この事実の解明と安心な暮らしの実現のため、住民も頑張りますので、研究者の皆様のご支援ご協力をお願いします」との中原さんからの伝言を読み上げました。

左から加藤さん、宮嵜さん、徳田さん、荻野さん、北條さん

左から吉富さん、平川さん、近藤さん

携帯業者は裁判所をなめきっている
 次に、弁護士の徳田靖之さんが「延岡電磁波裁判の意義と今後の課題」について報告。延岡の裁判は、おそらく日本の裁判史上初めて実際に基地局で健康被害が起きているのだという原告の訴えを認めるのか認めないのかについて司法による判断が下される裁判である、と指摘しました。
 また、延岡裁判の特徴として(1)原告らのうち3名は北里大学臨床環境医学センターで検査を受け電磁波過敏症あるいは電磁波症候群と呼ばれる症状に医学的な根拠があること、(2)原告の他にも被害を訴える住民が多数いることが延岡市という行政による健康調査で明らかになっていること、(3)裁判になる前にKDDIが九州電波監理局立ち会いのもとで電波を測定した際に基地局の電波を止めると他の電波はほとんど観察されず電波を出すと荻野晃也さん(電磁波環境研究所所長)によると他では見られないほどの強度(KDDI測定では4.428μW/c㎡、荻野さんの測定では15.976μW/c㎡)が出たという貴重なデータがあること、(4)被告のKDDIは一人の証人も申請しなかったこと、の4点を挙げました。
 特に4点目について徳田さんは「電磁波被害に限らず、今、日本の裁判所がおかれている状況が現れている。被告は『証人を出さなくても、自分たちを負かせるはずがない』と裁判所をなめきっている。なぜ、そういう状況が許されているのか。研究者やマスコミは、大企業による健康問題の研究や報道を意識的にか無意識的にか避けている。国の役所は、企業育成と企業による健康被害のチェックを、同じ役所が行っている。原発事故、水俣病や薬害と同じ構図であり、こういう現状を延岡裁判は表に出している」と強調しました。そして、10月の判決に注目し、延岡裁判を支援するよう訴えました。
 次に、荻野さんが「日本の電磁波公害の特徴と課題」と出して報告。国立大学の法人化で寄付を民間から募る方針となり大学が堕落したのではないか、また、配電線・送電線などの影響を示した論文をメディアが紹介していないことなどを指摘しました。

早大に電磁波などの研究会を結成
 続いて、北條祥子さん(早稲田大学応用脳科学研究所招聘研究員)が「医師免許を持たぬ研究者の模索-早稲田大学応用脳科学研究所“電磁波および微量化学物質による健康影響研究会”の結成-」と題して報告。北條さんは、化学物質過敏症(CS)を発症しているかどうかスクリーニング(選別)をしたり診断のために米国の研究者が開発した「QEESI(クイージー)問診票」の日本語版の作成や検証の研究に15年間取り組み、現在は電磁波過敏症(EHS)の問診票の作成等に取り組んでいると自己紹介。問診票を検証するために、あらかじめCSとEHSの合併の有無等によって発症者を分類したところ、CS発症者についてはCSからEHSへ移行した人が65.8%、EHSからCSへの移行が10.5%、発症経過不明が5.3%、CSのみが18.4%だったと報告しました。
 また、早稲田大学応用脳科学研究所に「電磁波および微量化学物質による健康影響研究会」が発足したと報告。これまでCSに取り組んできた研究者を中心に日本臨床環境医学会の中にプロジェクトを作って共同研究を行い、2014年3月ころまでに報告書を作成して公開シンポジウムを開く計画であることを示しました。
 そして、「子どもの健康を守る」ことは思想信条が異なっても一致できる課題であり、天台宗・最澄の「一隅を照らす」という教えの通り、一人ひとりがそれぞれの持ち場でできることをして全体の光が強くなれば問題は解決すると強調しました。

それぞれの壁を乗り越えて
 次に、新城哲治さん(大道中央病院医師)が報告予定でしたが、体調を崩し参加できず、渡久山清美さん(琉球大学講師)が新城さんからのメッセージを「携帯基地局問題に正面から向き合わないと後世につけを回すこととなります。全国のたくさんとの方々との良縁が活動をし続けた原動力となっています。今後、研究者の先生方、司法の先生方、マスコミの方々、私のような実被害者、一般市民、市民活動家が、それぞれの壁を乗り越え、決して争うことなく一丸となって基地局問題解決に取り組むことを願っています」と読み上げました。
 渡久山さんは化学物質や電磁波に敏感との自覚があり、『週刊金曜日』の記事をきっかけに新城さんと知り合うまでは周囲にほとんど理解者がいなかったものの、学生には化学物質、電磁波問題を伝えてきたとのことです。
 次に、吉富邦明さん(九州大学)が「小学校における電磁環境と健康影響との関係に関する調査分析」をテーマに報告。3月の東京シンポでの近藤さんの報告内容(会報前号参照)に、より詳しい電磁波の測定結果などを加え報告しました。

科学論争のやり方
 最後に、平川秀幸さん(大阪大学コミュニケーション・デザインセンター)が、「電磁波公害研究のための共同事実確認は可能か?」をテーマに報告。平川さんは、電磁波問題には関心はあるが、これまで研究で取り組んだことはなく、電磁波のように論争になっていることをどうしたら解決できるのかについて研究をしているとのことです。
 平川さんは、ある問題への答えが対立しているときは、そもそも問題の立て方が対立していることが多いことを、具体例を示しながら解説。たとえば遺伝子組換作物のリスクについて、各国政府などは「環境影響が少ない」と評価し、環境保護団体などは「環境影響が大きい」と主張したが、双方の主張を詳しく見ると、政府などは農薬を大量に使う在来農法よりは農薬使用量が減るので「影響が少ない」と評価し、環境保護団体などは有機農法と比べると農薬を使うので「影響が大きい」と評価した。つまり、一見答えが対立しているように見えるが、何を基準に環境影響を判断すべきかという、より深いレベルでの対立であった。したがって、対立する双方が納得するかたちで科学論争を解決するためには、問いの立て方、概念の定義などの諸々の前提をそろえておく必要があり、そのための方法が「共同事実確認」である-と説明しました。
 共同事実確認のために、それぞれの当事者が推薦した専門家による専門家パネル(審議会)を設け、当事者と専門家が協働し、専門家が互いに議論しながら進めていく方法を紹介しました。
 電磁波問題に関心を持つ研究者の広がりを感じ、今後への希望となるシンポジウムだったと思います。【網代太郎】

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