1日20分以上のケータイ通話で脳腫瘍リスクが有意上昇

 インターフォン研究における、日本の携帯電話と脳腫瘍の関係の研究結果は、シロ=影響なし」(武林論文)であった。ところが、今回発表された東京女子医科大学と鹿児島大学医学部のグループによる共同研究(脳腫瘍の1種である聴神経腫瘍と携帯電話使用における疫学研究)では、1日20分以上の通話(決してヘビーユーザーとはいえない程度の通話時間)によって、有意にリスクが上昇した。具体的には、聴神経腫瘍と診断された日から、1年前を基準日とした場合のリスク率は2.74(95%信頼区間1.18ー7.85)であり、5年前を基準日とした場合のリスク率は3.08(95%信頼区間1.47ー7.41)である。この共同研究には、総務省や経済産業省などで重用されている、山口直人・東京女子医科大学教授(疫学)も名を連ねている。
 いずれにしても、日本の有力研究グループが、携帯電話と脳腫瘍との関係において、1日20分以上の通話時間という条件付きではあるが、携帯電話使用でリスクが有意に増加するとした意義は小さくない。

研究者

 佐藤康仁 東京女子医大医学部・公衆衛生
 秋葉すみのり 鹿児島大医歯学部院生・疫学予防医学
 久保おさみ 東京女子医大医学部・神経外科
 山口直人 東京女子医大医学部・公衆衛生

症例オンリー研究

 今回の疫学研究は、症例オンリー研究 (症例症例研究ともいう)といわれる手法を使った。疫学手法で代表的なのは、コホート研究と症例対照研究がある。コホート研究とは、集団と集団を比較する手法である。たとえば、電磁波を曝露された集団(送電線の周辺住民)と曝露されたいない集団(送電線から離れた地域の住民)を追跡し、比較する手法である。  症例対照研究とは、個人と個人を比較する手法である。たとえば、電磁波を浴びて脳腫瘍になった症例(患者)と同年令、同性、同職業、同地域等で脳腫瘍に罹っていない対照(コントロール)を追跡し、比較する手法である。 これに対し今回採用した手法は、比較する研究対象はいずれも症例だが、聴神経腫瘍が発生した側の耳を症例と見立て、腫瘍が発生していない側の耳を対照と見立て、比較研究するという手法である。同一患者の右耳と左耳を比較することで、バイアス(偏り)をなるべく減らそうとしたのである。
 今回の論文で「症例対照研究は、携帯電話使用と聴神経腫瘍の関係をみる上で最も有効な分析手法の一つとして広く採用されているが、症例対照研究は、選択バイアスと思い出しバイアスを受けやすいことも知られている。症例オンリー研究はまだ知られていない疫学手法だが、聴神経腫瘍は左右のどちらかにできるケースが多いので採用が可能となる」としている。

診断日の1年前と5年前基準について

 患者が聴神経腫瘍と診断された日から遡って、1年前と5年目の二つの基準日を設定し、携帯電話を使用していたか否かのデータをまとめ、比較研究対象としている。携帯電話使用と聴神経腫瘍がどう関係するかをみるためだ。

研究者の問題意識

 1990年代以降、携帯電話が急速に普及するに従い、携帯電話の安全性への関心も高まっている。携帯電話から出る電磁場(波)の量はとても小さい。しかし、携帯電話を当てている、身体組織部位への電磁波エネルギー吸収による影響は、明確に説明される必要がある。とくに、聴神経細胞は携帯電話使用中一番近い身体部位なので、聴神経腫瘍のリスクへの関心は高い。  疫学研究としては、2009年のアールボムらの研究が聴神経腫瘍のリスクを調べた。この研究と共に非常に重要な研究は、WHO(世界保健機関)のIARC(国際がん研究機関)が指揮した、国際共同研究であるインターフォン研究である。この研究には日本を含む13ヵ国の14研究グループが参加した。
 インターフォン研究は途中段階であるが、いくつかの研究結果はすでに公表されている。2004年のデンマークのクリステンセンらの研究や2006年の日本の武林らの研究は、携帯電話使用による聴神経腫瘍のリスク増加は見られなかったとしている。しかし、2004年のスウェーデンのレンらの研究では、10年以上継続的に携帯電話を使用する人の中でも、頻繁に使う人においては聴神経腫瘍リスクが増加することが確認された。そのオッズ比は3.9(95%信頼区間1.6-9.5)と出た。また、2005年にシューメイカーらが行なった6ヵ国の共同プール分析研究では、10年以上携帯電話をやや頻繁に使う人のオッズ比は1.8(95%信頼区間1.1-3.1)であり、レンらの研究と同様、有意にリスク増加を示した。6ヵ国とは、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、フィンランド、英国(英国のみ2箇所)である。
 今回の研究は症例オンリー研究による研究で、携帯電話を使用する側の耳と聴神経腫瘍の位置との関係について、様々なパラメーター(条件や変数)を使って調べたものである。研究のねらいは、携帯電話の使用頻度(時間)と聴神経腫瘍の発生位置との相関をみることである。

対象とした症例

 症例の対象期間は、2000年1月から2006年12月までの6年間である。国内で脳腫瘍登録している68病院のうち、全国的にみて地域的偏りがないよう勘案した上で22病院を選び、研究に参加してもらうよう要請した。
 抽出した1589症例のうち、研究参加に同意した症例は816症例であり、参加率は51%である。
 調査方法は、調査アンケート用紙を対象者あてに郵送し、記入後に返送してもらう方式である。
 研究参加に同意した816人のうち、実際に返信があったのは804人である。しかし、そのうち4人は2つの病院で登録が重複していたため、結果的には800人が対象となった。800人のうち、右耳に腫瘍がある人は395人、同左耳が392人であった。合計すると787人だが、残り13人のうち両側に腫瘍ができた人が9人、どちらにできたか不明の人が4人であり、これらは研究対象から除外した。その意味で実質研究対象者は787人である。日本でこの6年間に聴神経腫瘍と診断されたのは、推計で11200人なので、研究対象は日本全体の約7%に相当する。

対象をさらに絞りこむ

 今回の研究のねらいは、携帯電話を使用する耳と聴神経腫瘍の発生位置との関係をみることにある。そこで、聴神経腫瘍と診断された日から遡って1年前と5年前の基準日段階で、聴神経腫瘍の症状が無かった人に限定することが必要であり、その数は362人となる。このなかで、基準日に携帯電話を使用していた人は199人であった。この199人のうち、18人は両側で携帯電話を使用していたと回答し、1人はどちらかわからないと回答していたので、その合計19人は除外した。したがって、最終的に研究対象としたのは180人である。

研究結果として

 全体としてのリスク率は、1年前基準日で1.08(95%信頼区間0.93-1.28)、5年前基準日で1.14(同0.96-1.40)であり、統計的には有意でない。しかし、1日20分以上携帯電話使用では、1年前基準日で2.74(同1.18-7.85)、5年前基準日では3.08(同1.47-7.41)であり、統計的に有意で、リスク増加という結果だった。

研究者らによるサマリー(概要)

 携帯電話使用と聴神経腫瘍に関する症例対照研究結果には矛盾があった。私たちは症例対象者自身が郵送した調査アンケートに記入し返送してもらう方法で、携帯電話の使用と聴神経腫瘍に関する症例オンリー研究を実施した。日本国内の22病院で、聴神経腫瘍として確認されているトータルで1589人の患者(症例)に研究参加を要請した。そのうち、787人(51%)が実際に参加された。腫瘍と診断された日からさかのぼって1年前と5年前に、患者が携帯電話を使用している側と腫瘍の位置の関連が分析された。全体のリスク率は、診断日から1年前で通常の携帯電話使用の場合、1.08(95%CI=信頼区間,0.93-1.28)であり、診断日から5年前で通常の携帯電話使用の場合、1.14(95%CI,0.96-1.40)であった。統計的に有意なリスク増加は、携帯電話を1日20分以上したケースで確認された。内訳は、診断日から1年前に携帯電話を使用した場合のリスク率は2.74で、同5年前の場合は3.08であった。
 腫瘍の位置と携帯電話をやや頻繁に使う側の耳が一致する患者は、腫瘍の大きさがより小さいことが発見された。そのことは発見バイアスの影響を示唆している。また、左右の腫瘍の配分の分析は、診断の日から5年前における携帯電話の使用を思い出すことによる、腫瘍ができる側に関する思い出しバイアスの影響を示唆している。
 平均通話時間が1日20分以上の携帯電話使用者に、リスク増大が確認されたことの解釈は、発見バイアスと思い出しバイアスを考慮に入れる時、慎重さが求められる。しかしながら、携帯電話の使用が聴神経腫瘍のリスクを増大させる可能性があり、そうしたバイアスでリスク増大をすべて説明するという結論には至らなかった。

バイアスについて

 統計学を使う疫学においてバイアスの問題は避けて通れない。適切なサンプリング(対象データの取出)がないと、データ分析の信頼度は損なわれる。典型的なのは選択バイアス(selection bias)である。症例(患者)と同年令、同性、といった比較すべき条件を満たしていない対照(コントロール)と症例を比較すれば、恣意的な部分が入り込む余地が生まれる。こういう場合、選択におけるバイアス(偏り)がある、とされる。
 思い出しバイアス(recall bias)も有力なバイアス(偏り)である。過去の思い出をたどる時、思い込むが入る場合がある。今回の研究者が使った思い出しバイアスは「5年も前のことであると、腫瘍を発生したのと同じ耳で携帯電話を使っていたのではないか」という思い込みが生じるのではないか。
 この研究ではさらに、発見バイアス(detection bias)という用語が出てくる。「携帯電話を使用すると脳腫瘍になるのではないか」という予断から、聴覚上の身体不調が気づき易くなる傾向が生まれる。そのために、携帯電話を当てている側の聴神経腫瘍が反対側より早く診断されるから、発見された時に腫瘍の径(大きさ)がより小さいのというのだ。
 しかし、診断日から遡って1年前より5年前のほうが、携帯電話を使用している頻度や時間が長いのだから、1年前より5年前のほうがリスクが高い(1日20分使用のケース)と出た研究結果は、当然すぎるほど当然な結果ではないだろうか。
 どうして日本の研究者はバイアスにこだわるのかと思いたくなる。【大久保貞利】

参照:“A case-case study of mobile phone use and acoustic neuroma risk in Japan” Bioelectromagnetics. 2011 Feb;32(2):85-93

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