総務省「電波の安全性に関する調査」は廃止すべき

 総務省の「生体電磁環境に関する検討会」の第5回が10月8日に開かれ、これを傍聴してきました。同検討会は「電波による人体への影響に関する研究を促進する」ことなどが目的だとしていますが、事実上、「電磁波は危険ではない」という国の見解にお墨付きを与えるための機関となっています。
 今回の検討会の内容は、(1)インターフォン研究結果の概要について東京女子医科大学教授の山口直人委員が解説、(2)委員らが国の予算で行っている研究結果の報告、(3)8月に公表されたWHOの高周波電磁波研究アジェンダ(優先的に研究すべき課題など)の紹介、(4)その他-でした。
 傍聴して特に印象的だったのは、最後の「その他」でした。この検討会の委員らが取り組んでいる「電波の安全性に関する調査等」について、いわゆる事業仕分けで「廃止を含めた全面的な見直し」との結論が出されたことに対し、委員から次々に反論が出ました。
 その中で、北海道大学教授の野島俊雄委員が、「自分も業界出身で、業界は業界として責任を持って研究に取り組んできたが、中立性の議論をした時に反論がでる。中立な機関で研究を行うことが重要で、日本では総務省や厚労省などがそれをやっている」と発言しました。この発言に、筆者や一緒に傍聴していた市民は仰天しました。国の検討会のメンバーが堂々と「自分は業界代表だ」と言い切ったのです。自分の立場に対するその認識は正しいですが、そういう自分が入っている検討会が世間から「中立」だと見てもらえるのかということには思いが至らないようです。
 実際、同検討会のメンバー20名のうち、半数の10名が、電波を利用して収益を上げている企業が中心となっている「電波産業会」の研究に関わったことがあり(1)、利益相反の問題があることは明らかです。婦人団体代表等も検討会メンバーに入っていますが、電磁波問題について知識や取り組み実績がある方々だとは残念ながら言えません。
 このように、中立的立場からほど遠く、多額の金を使って「電波は危険でない」という研究成果ばかりを積み重ねている検討会の委員が中心となっている同事業は、事業仕分けの結論に従って廃止したほうが良いと考えます。電波産業を振興する立場である総務省ではなく、厚労省、環境省または消費者庁のもとで、市民も参加した公平な仕組みを作って出直すべきでしょう。

市民からの被害発生指摘 内容議論せず「不安の問題」に

 「その他」では、事業仕分け結果への反論のほか、検討会の大久保千代次座長が「携帯基地局の健康被害を訴える市民の方々から、私や皆さんに文書が送られています。携帯電話基地局により周辺住民に健康被害が生じているので、電波防護指針の検証をしっかりしていただきたいという趣旨かと思います」と、市民から各委員に手紙が届いたことを話題にしました。手紙の内容については触れられませんでしたが、手紙を送ったことを市民団体等に表明している方がいらっしゃるので、おそらくその方が出した手紙のことだろうと思います。
 大久保座長は、2006年のWHOファクトシートや、「まだ発行されていないのWHO紀要に掲載される予定のスイス・バーゼル大学のルースリー(Roosli)による研究報告」の内容を一部紹介しながら、基地局電波曝露と健康影響との間にはいかなる関連も示唆されていない旨、強調しました。
 その上で大久保座長は、主婦連合会副会長の山根香織委員と、東京都地域婦人団体連盟生活環境部副部長の飛田恵理子委員に意見を求めました。山根委員は「たいへん難しい問題だと思います。被害を訴える方や、取り組んでほしいとの呼び掛けも増えています。今後どこかでさらに議論する場が出来ていくのであろうと思っています。明白な科学的証拠はないということについては、受け止め方のギャップというか、安全と安心の違いというか」等と述べました。また、飛田委員は「中継局等の施設は社会資本であり、市民が納得するような建て方が必要」等と述べました。
 その後、大久保座長は「これまでの議論を踏まえまして、不安を感じている方がたくさんおられて、その方々とのコミュニケーションがうまく取れていないことが大きな要因ではないかと考えています。より上手なリスクコミュニケーションの取り方について、総務省にご検討いただければと思うのですけれど」と総務省にふりました。総務省の担当者は「調査検討していきたい」という趣旨のことを回答し、大久保座長は「前向きなお返事をいただきました」と述べました。
 私が承知している手紙の内容は、那覇市のマンションで携帯電話基地局設置後にマンション居住者に健康問題が多発したことを新城哲治医師が報告したことなどを委員らに情報提供する内容でした。これを大久保座長は、自身が得意とする“不安な人に安心してもらうためのリスクコミュニケーション”の問題にすり替えました(しかし、大久保座長が言う「リスク・コミュニケーション」の意味は、この言葉の本来の意味とは異なります)。大久保座長が所長である電磁界情報センターは、経産省のワーキンググループの答申をもとに発足したため、現在は超低周波電磁波についての活動がメインですが、総務省のお墨付きも得て高周波へ活動領域を広げるきっかけとして、この市民からの手紙を利用したいのではないかと、筆者は推測しました。

WHOのアジェンダ 委員から不満も

 8月に公表された「WHOの高周波研究アジェンダ」について大久保座長が紹介しました。総じて、疫学など人についての研究の優先されるべきとの内容でした。これに対して、細胞実験の優先度が低いことへの疑義を一部の委員が発言しました。健康影響を訴える市民に対してはWHOを“錦の御旗”にしている研究者たちが、自分の研究に支障がある点についてはWHOに異を唱えていたことが印象的でした。
 インターフォン研究結果の概要についての山口委員の解説は、脳腫瘍と携帯電話との関連を否定する内容でした。しかし論文の趣旨は必ずしもそうではないことは、当会報前号、その他の解説(2)や、海外のマスメディアが報じている通りです。【網代太郎】

(1)植田武智「電波特定財源の闇 検討会の委員20人中10人が「利益相反」」マイニュースジャパン、2010年11月11日
(2)たとえば、上田昌文「携帯電話電磁波と脳腫瘍~インターフォン研究論文から読み取れること」2010年8月5日 。または植田武智「ケータイヘビーユーザは脳腫瘍1.9倍 WHO研究結果も、日英で180度異なる報道」マイニュースジャパン、2010年6月1日

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